東方懐古録   作:暁桃源郷

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二話

「………いつの間に幻想郷は自殺スポットになったのかしら」

 

 縁側に座り空を見上げた霊夢はポツリと呟いた。

 結局、名無しを退治するでもなくそのまま見送ってしまった霊夢は既に後悔しかけていた。

 今は冬。胡散臭いスキマ妖怪も今は冬眠で頼りにならない。

 問題を起こすつもりは無いと言っていた名無しを信じたものの、やはりどうにも気にかかってしまう。

 

「おーい、霊夢ー!」

 

 そんな何とも言えぬ違和感に苛まれている時だった。

 空からから箒に跨った少女が降りてくる。リボンのついたつばの広い黒い三角帽、黒系の服に白いエプロンの見るからに魔法使いと言わんばかりの金髪少女、霧雨魔理沙だ。

 

「あら、魔理沙じゃない。どうしたの?こんな昼間から………来るのはいつもの事だったわね」

 

 にしては、慌てているようでいつもより箒での飛行が危うく見えた。

 魔理沙も気にすることは無いのか慌てた様子で捲し立てる。

 

「た、大変なんだ!今人里の阿求ん家で騒ぎが起きてるんだよ!慧音が何とかしようと奮闘してるが無理そうなんだ」

「………それ、アンタなら何とかできたんじゃないの?」

 

 荒事で言うならば、慧音より幾つもの異変解決に乗り出した魔理沙の方が慣れているはずだ。

 その魔理沙が霊夢に助けを求めるなど霊夢には些か信じられなかった。

 魔理沙の顔を覗いといると何やら複雑そうな面持ちである事が伺える。

 

「いや〜………、ありゃ私には無理だ。言葉が通じないんだ。弾幕勝負で白黒付けようにも向こうがスペルカードを持っていないんじゃあ話にならないし」

 

 ───弾幕勝負。またの名をスペルカードルール。

 幻想郷内での揉め事や紛争を解決するための手段であり、『殺し合い』を『遊び』に変えるルールだ。魔理沙から言ってみれば、「この世でもっとも無駄なゲーム」な訳だが。

 とにかく、それを相手側が了承しない以上魔理沙にはどうにもする事ができない。

 

「言葉が通じないって、ソイツ獣が何かなの?」

「なら、話は早かったんだけどな。残念なことに言ってることは分かっても話していることが分からん手合いさ」

 

 嫌な予感がして来た、と霊夢はため息を吐きながら魔理沙に再度質問する。

 

「………じゃあ、ソイツなんて言ってるの?」

「何でも自分を殺せる奴を探すために今現在阿求が編纂中の幻想郷縁起を読ませて欲しいんだと」

 

 訳が分からんだろ?、と肩を窄める魔理沙とは裏腹に霊夢は眉間に皺を寄せて大きなため息を吐く。

 

「あのエセ坊主、早々に問題を起こしやがったわね」

 

 もはや分かっていた事ではあるが、それでも霊夢は面倒臭そうに立ち上がる。

 大幣を握り締めて振り向く事なく魔理沙に声をかける。

 

「ソイツ、今阿求のところで良いのよね?」

「あ、あぁ………。多分今も慧音が足止めして───」

 

 それだけ聞ければ十分だ。

 霊夢は魔理沙の言葉を最後まで待たずに浮かび上がり、人里へと一直線で飛んでいくのだった。

 

◇◆◇◆

 

 上白沢慧音にとってはとても頭を痛める事態だった。

 

「何じゃい!ケチケチせんでもええじゃろ!?」

 

 稗田邸に侵入した袈裟を着た男が編纂中の幻想郷縁起を見せろと迫って来たのだ。

 

「ま、まだ編纂中なんです!幻想郷縁起が見たいのであれば先代のものがありますのでそちらをお願いします!」

 

 それに対峙するのは頭の花飾りに着物が似合う少女。稗田家の九代目当主である稗田阿求。

 

「先代て………。百年も前のモンじゃろうが!儂は最新の情報が知りたいんじゃ!」

 

 雰囲気としては聞き分けのない老人、と言ったら感じだろうか。男は頑として諦めようとせずに粘っている。

 身体の弱い阿求も興奮しているのかそろそろ顔も青くなって来ている。

 

「落ち着いて頂きたい!幻想郷縁起は今はお見せできないと言うことをまずはご理解して貰おう」

「………良いじゃろう」

 

 ピシャリと告げられた慧音ね言葉に男も流石に頭が冷えて落ち着いて来たのか肯首する。

 

「もう一度、お名前と幻想郷縁起を見たい理由を教えて下さい」

「名は名無し。見たい理由は儂を殺せるモンを探す為」

「失礼を承知で伺いますが、貴方は人間では─────」

「無い。元、を付けていいなら話は変わるがの」

 

 あっけらかんと答える名無しに慧音は頭を抑えながら更に問い糺す。

 

「貴方が妖怪ならば、各地を周って話を聞けばいいのでは?」

「ふむ、それも考えたが、やはり手間じゃからの。儂が知りたいのはこの百年で新たに台頭してきた実力者の名前と居場所じゃ。それが揃っておるのが───」

「阿求が編纂してる幻想郷縁起って訳ね」

 

 不意の部外者の声に全員が振り返る。

 

「霊夢さん!」

 

 赤いリボンがトレードマークの博麗霊夢だ。

 自分の肩をトントンと大幣で叩きながら霊夢は名無しを睨み付ける。

 

「問題、起こさないんじゃなかったのかしら?」

 

 その質問に名無しは間を置かずして答える。

 

「儂はこうも言ったと思うがの。風向きが変われば問題の一つや二つ起きるわい」

 

 霊夢は辺りを一瞥する。

 怪我人はいない。人里の人間を襲ったわけではなさそうだ。

 

「とにかく、幻想郷縁起は諦めなさい」

「諦めんかったら?」

「今すぐアンタを退治するわ」

 

 首元に突きつけられた大幣に名無しはふむ、と考え込むと諦めたように両手を上げる。

 

「分かった。博麗の巫女(調停者)の言じゃ従おう」

 

 ただ、と名無しは言葉を続ける。

 

「儂に仕事と住処を斡旋して貰えんかの?何せこうなるとは思わず持ち合わせがないんじゃ」

 

 ふざけているのか、と言いたくなった霊夢であったがグッと堪えて慧音に視線を送る。

 本来ならばそんなギリも無いどころか、妖怪であると言う名目で人里から追い出すのが妥当なのであろう。

 しかし、今回の場合条件を飲まなければこのまま話は平行線だ。人間に害意もない様子も見せているし、妖怪の中にも人里で働いている者はいる。

 

「いいだろう。一応顔も効く。私が何とかしよう」

「おお、頼むわい」

 

 慧音について行くように屋敷を後にする名無しの背を見送った阿求は力が抜けたようにヘナヘナと床に座り込む。

 

「お疲れ様。大変だったわね、あんなのの相手」

「え?」

 

 霊夢の労いにきょとんとした顔を見せる阿求だったが、すぐさまその意味が分かり訂正する。

 

「違いますよ。確かに大変でしたけどこのくらいならたまに来ますし」

「たまに来るの!?気を付けなさいよ、それ感覚狂ってるわよ!」

「あはは、気を付けます」

 

 まったく………、とため息を吐く霊夢だったがふと、気になった。

 

「じゃあ何でそんな疲れてるのよ」

 

 阿求はゆっくりと立ち上がると、控えていた使用人に指示を送る。

 すると、使用人の一人がその場を離れてしばらく待っていると今度は幾つかの書物を手にして戻って来た。

 阿求はその中の一冊を手に取ってペラペラとページを巡って行く。

 

「あの人、名無しさんのことが初代、四代目、六代目が編纂した幻想郷縁起に書かれていたんです」

 

 妖怪が跋扈する幻想郷において人間の安全を守るために編纂される書物こそが幻想郷縁起である。

 今に至っては人間と妖怪の仲も良好であると言えるだろうが、その昔はやはり妖怪は危険なものだった。

 だが、霊夢にとってそれ自体はどうでも良いことだった。

 

「それで、なんて書いてあるのよ?」

 

 重要なのは内容だと言わんばかりに阿求に読むように急かす。

 

「───六代目によれば、彼は不死人だと」

 

 そこはもう知っている。霊夢は次の説明に耳を傾ける。

 

「───四代目によれば、彼は未来を生きる妖怪だと」

 

 未来を生きる?訳がわからないと頭を捻るが、基本的に幻想郷縁起はその代の阿礼乙女の主観が120%だ。

 悩むだけ無駄と言う者だろう。

 霊夢が次を促したところで阿求は息を呑む。

 

「─────初代によれば、彼は幻想郷の創立者の一人である、と」

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