朝食も済み、妹紅は知り合いとの待ち合わせに向かい、慧音はいつもの様に寺子屋へと向かう。
対して名無しは慧音に紹介された奉公先へと足を運んでいた。
そこは人里の大通りに面した甘味処であった。
「お、兄ちゃんが先生が言ってた名無しって妖怪かい?」
「妖怪かどうかと問われれば回答には困るが………。うむ。よろしく頼む、大将」
互いの挨拶もそこそこに大将は和菓子を拵えながらも淡々と説明していく。
「兄ちゃんにやって貰いたいのは客の呼び込みと客の対応だ。先月一人辞めちまったんで手が足りなかったんだよ。奥に兄ちゃんのエプロンがあるから着替えてきてくれ」
「あい、分かった」
奥へと姿を消す僧侶姿の男に店の前で客の対応に追われていた看板娘の少女が視線を向ける。
赤髪のショートカットに青いリボン。赤と白を基調とした斑ら模様の着物を着た少女。
「お赤ちゃーん。みたらし一つ!」
「お赤ちゃん、私は金鍔ね」
「はーい、みたらしと金鍔一つずつね。毎度あり」
客の注文に笑顔を向けながら注文を復唱し代金を徴収すると店の奥の店主に伝える。
何でもないことではあるがその一つ一つの所作はとても洗練されている。
「着たぞ、大将!」
「おう、法衣のせいで似合ってねーな!」
「ハッハッハッ!これは手厳しいわ!」
笑い合う男二人を眉を顰めて見ながらお赤は再び客の対応へと戻る。
「んじゃあ、後の事はウチの看板娘に聞いてくれ」
「うむ。委細承知した」
店主の指示に従い名無しが表へと出ると、お赤に笑顔を向けた。何と眩しい笑顔だろう、とお赤は思ってしまう。
それ故に、初対面ではあるが看板娘の少女はこの男が苦手だった。
「して、先輩よ。儂は呼び込みをすれば良いのじゃろうか?」
「まぁ、そうね。声は張り上げてそれでもって聞いてる人がちゃんと解るようにね」
「主、客に対する声色と儂に対する声色………なんか違わんか?」
気のせいでしょ、と外方を向くお赤に名無しは小首を傾げながら大通りに向けて声を張り上げる。
「酔ってらっしゃい見てらっしゃい!美味しい和菓子の甘味処だよ!儂のおすすめは金鍔と抹茶、みたらしと緑茶の組み合わせ!今なら看板娘のお赤の笑顔も付いてくるよ!」
「何勝手なこと言ってんのよ!」
お赤のいきなりの飛び蹴りに頭から地面にぶつかった名無しの胸ぐらを掴む。
「何じゃいええじゃろ看板娘!」
「良い悪いじゃなくてアンタに言われんのがなんかムカつく」
「なぁぁぁぁ!?かわええ面しとるんじゃから使わんでどうする!」
「はぁ!?てか、呼び込みと今とで口調変わってない!?」
それこそ気のせいじゃろ!、などと宣いながら口論を続ける二人を眺めながら店先で団子を食べる客たちがヤジを投げる。
「何だ何だ?痴話喧嘩か?」
「ハハハ!良いぞもっとやれー!」
「親父!俺にも三色団子と煎茶をくれ!」
「まいど!」
ともすれだ。二人とも分別の弁えた大人である。あまりみっともないまでは出来ぬとある程度の口論の末に埃を払ってそれぞれの業務へと戻っていく。
「なーんだ。終わっちまった………」
「これからがおもしれーとこだったのに………」
「もう、お客さんも残念がらない!はい、みたらしと金鍔お待ちどう様」
「仕事の休憩に甘〜い和菓子はいらんかね〜」
さて、そんなこんながありながら名無しの奉公は順調に進んで行った。
そろそろ日の沈む頃。客足も遠くなり暇な二人は店先の椅子に座り大通りを眺める。
「暇じゃの〜」
「………この時間になればね」
そういえば、とお赤は話を切り出す。
「アンタ、どうして働こうと思ったの?身なり的にあの妖怪寺の関係者?」
「ほう。儂の居らぬ間にそんなモンまで出来とったのか」
店主が賄いとして出した団子を頬張りながら幻想郷の新入りに想いを馳せていると、お赤が肘で名無しの脇腹を突く。
「で、どうして?答えられないなら別に答えなくていいけど」
お赤の突きで咽せた名無しがお茶を飲み干して息を整えると、ゆっくりと顔を上げた。
「儂はな、死ぬ為にこの幻想郷に来た。いや、まぁそれが無くとも数百年に一度は来るんじゃが………」
「一人で結界超えられるって………じゃあ賢者級の大妖怪って事?」
「どちらかと言えば年の功よ。で、死にに来たはええが何せ情報が無くての。飢えても死にはせんがやはり侘しいもの。食えるくらいには金が必要だったんじゃ」
「死ぬまで生きる為に働くって可笑しな話ね」
お赤もパクリと団子を食べる。
昔とは違い、人里には妖怪だって姿を見せる。
ある者は新聞(大抵掃除に便利な塵紙になる)を売りにまたある者は団子(甘すぎて食べれたものでも無い)屋を営みに、またある者は寺子屋に勉強をしに。
様々な理由があるものの、死ぬまでの生活の為などとは正直反応にも困る。
「全くじゃ。稗田の現当主が編纂中の幻想郷縁起を見せてくれさえすればこうも矛盾する事をせんでよかったんじゃがのう」
「だったら鈴奈庵にでも行ってみたら?あそこの店主の娘、稗田の当主の親友らしいし。製本にもあそこの貸本屋が関わってるんだって」
「ソイツは良い情報を聞いた。礼を言おう」
名無しは立ち上がり様に一度ポンと手をお赤の頭へと置く。
その行為に特に意味はない。近所の子供相手に気のいいおじさんが頭を撫でる様な物であろう。
これは互いに何年来の知り合いならば何も問題は無かったのであろうが、如何せん今日知り合った物同士だ。
それはやりとりを見ていた周りの人間だって理解できる。
「はい、公然わいせつ罪で現行犯逮捕ね」
「は?」
手にかけられた手錠に視線が釘付けになる中、手錠をかけた人物は更に捲し立てる。
「稗田家への不法侵入、鈴奈庵での未成年略取未遂、公然わいせつ罪」
「待て待て待て待て!身に覚えのない罪が入っとるぞ!」
罪状を読み上げる何者かに名無しは勢いよく振り向いて否定する。
赤い瞳に黄色いリボンで束ねられた赤髪。白い着物の上から赤い羽織と赤が目立つ少女だ。
「昨日からアナタのことを張り込ませて貰っていたわ。間違い無く黒。言い訳ならば署で聞きます」
「おいおいおいおい!話を聞かん奴じゃ。警察と言うのはどの世界でもこうなのか?」
「フフ………。これで検挙した犯罪はコンプリートよ」
「主今何と言った!?とても聞き逃せん言が聞こえたぞ!?」
そんな名無しの抵抗も虚しく終わり、少女は名無しを連れって行く。
そんな光景が眼前に広がっているにも関わらず、お赤は頭の温もりを確かめながら今の複雑な感情を理解できずにいたのだった。