東方懐古録   作:暁桃源郷

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五話

 人里の真ん中ほどにある同心の詰め所。

 普段は特に事件などと言う事件は起きずあったとしても喧嘩の仲裁くらく。

 ほとんど静寂に包まれた詰め所が今日はやけに騒がしかった。

 

「だーから誤解だと言っとろうが!」

「嘘おっしゃい!聞いたわよ。稗田家に押し入って幻想郷縁起を盗もうとしたんでしょ!どう取り繕おうとこの私、小兎姫の目は誤魔化せないわよ!」

「大いなる尾ひれじゃ!押し入りはしたが盗もうとはしとらんし、博麗の巫女に仲裁もされた!もう終わっておる!」

「じゃあ、さっきのはどう説明するのよ?看板娘をやらしい目で見てやらしい手つきで触ったりして!」

「貴様何処に目を付けとるんじゃ!」

「ここですが何か?」

 

 両者が睨み合い叫び合う惨状に流石に通りを歩いていた人間たちも何事かと顔を覗かせる。

 

「おいおい、何だこの騒ぎ?ありゃ稗田家の襲撃犯じゃねーか」

「何でも団子屋のお赤ちゃん襲ったらしいぜ?」

「あれ?俺は小鈴ちゃんも襲ったって聞いたけど」

「何はともあれ女の敵ね」

「違ェねぇ」

 

 何もかも違う………!、と叫びたかったがグッと堪える。

 妖怪は人里の人間を襲ってはいけない、と言うのは幻想郷の絶対的なルールだ。破ろうものならば、博麗の巫女や妖怪の賢者に死ぬより酷い目に遭わせられる。

 そろそろ詰め所に閉じ込められてから半刻ほど。ずっと抵抗を続けるにも気が滅入る頃合いだ。

 

「ハン!まともな裏取りすらできんポリ公に何も話す気はないわ!弁護士を呼べ!儂は黙秘権を行使する!」

「残念だけど、幻想郷には弁護士なんて居なければ黙秘権も存在しないの」

「こーれだから前時代的な世界は好かん!」

 

 机をバンバン叩いて威圧する名無しに、負けじと机をバンバンと叩く小兎姫。

 次第に威圧は苛烈を極めて最終的には二人とも立ち上がる。

 

「埒があかん!裁判じゃ裁判!言っとくが、儂弁護はものすごーく得意じゃぞ。初見で矛盾と言う矛盾に証拠を突き付け撃ち抜いてやったわ!」

「上等よ!完璧な立証でアンタを豚箱にぶち込んでやるわ!」

「二人ともいい加減にしろォ」

「ほぎゃ!」

「うぎゃ!」

 

 そこに仲裁する形で入ったのは人里の相談役、上白沢慧音だった。

 慧音の十八番である頭突きを喰らって悶絶する名無しと小兎姫。

 名無しは慧音を睨みながら叫ぶ。

 

「な、何するんじゃ!」

「いい大人が見苦しく言い争いをするんじゃあ無い!」

 

 呆れた様に告げる慧音に名無しは青筋を浮かべながら反論する。

 

「主は冤罪の恐怖を解っとらんのじゃ!やってなくとも訴えられた時点で世間からの視線は冷たくなり職を失い引っ越しも余儀なくされるのじゃ!」

「なんか生々しいな………」

 

 説得力と言うのか、迫力と言うのか、名無しの言うことに嘘がない様に思えて仕方のない慧音。

 次に慧音は小兎姫に視線を向けて声を掛ける。

 

「小兎姫も。何か彼が罪を犯した証拠でもあるのか?」

「見たのよ私!甘味処のお赤ちゃんに手を出しているところを!」

「それは本当か?」

「間違いないわ!」

 

 慧音はジロリ、と名無しを見るが、フルフルと首を横に振って否定している。

 

「そのお赤は今何処に?」

「まだ店に居るんじゃない?」

「ここにいる」

 

 ガヤガヤと騒がしい人だかりの中から声が上がり、一人の少女が人混みをかき分けて現れる。

 

「ちょうど良かった。お赤、君は彼にその………乱暴をされたのか?」

「それはない。私、結構強いし。乱暴されそうならむしろボコボコにしてる」

「だ、そうだ」

 

 最近の娘はおっかないのぅ………、と震えているイブキとは対照的に被害者が被害を訴えていないなら仕方ないと諦めたように立ち上がる。

 

「どうやら私の誤認逮捕だったみたい。ごめんなさい」

「分かってもらえたならそれでよい。儂もちと言い過ぎた。すまん」

 

 これで一件落着、と満足そうに頷く慧音を他所によし、と名無しは立ち上がり声を上げる。

 

「なぁ、お赤よ。仲違いが治れば次は何をする!」

「何って………」

 

 答えられないお赤が眉を顰めて名無しを見る。

 

「わからんか?宴じゃ宴!」

 

◇◆◇◆

 

 ───と、なったのが日も落ち切った頃。

 

「ハッハッハッ!飲め飲め!食え食え!ここは全部儂の奢りじゃあ!」

 

 人里にある居酒屋、鯨呑亭。

 普段は二、三人くらいの客が酒を片手に駄弁るくらいしか音の無いこの店は何故かいっそうの賑わいを見せていた。

 理由は勿論、名無しである。

 

「同心の詰め所付近にいた人間引き連れて宴会とか、何考えてるんだか」

 

 賑わいの端っこでボソリとお赤が酒を煽りながら呟く。

 出会ってすぐにわかっていた事ではあるが、名無しと言う男はやることが無茶苦茶だ。

 不貞腐れているお赤に気付いたのか、慧音が隣に座る。

 

「………飲んでる?」

「明日につかえない程度にな」

 

 明日も寺子屋の仕事がある慧音はそこまではっちゃけて呑むつもりは無いらしい。酒には強い筈なのによくもまぁ、と思いながらほろ酔いしているお赤から言葉が溢れる。

 仕事の愚痴や知り合いの愚痴、様々が口が溢れてくるが、そんなお赤を温かい眼差しで慧音は見守っている。

 

「鯨の竜田揚げとかあるかの?」

「無いですよ、お客さん」

 

 そんな時、ふと声が聞こえて慧音が振り向けば、名無しが鯨呑亭の看板娘に絡んでいるのが見えた。

 

「そうかぁ………。なら、タコの唐揚げはあるかの?」

「ちょっと前にお得意様が特別なルートでタコを仕入れてきてくれたんですけどもう無くなっちゃいました」

「そうかぁ………。仕方ないのぅ」

 

 残念そうに呟きながら名無しは目の前の看板娘に目を向ける。鯨の様な帽子を被るくせっ毛なピンク髪と緑色の目を持つ美少女。

 何より服のアクセサリーで止められたばつ印のリボンで強調された実りが名無しの何かを掻き立てる。

 

「あの………お客さん?」

「………ところで娘よ。仕事が終わったらこの後儂と一発儂の家でしけ込まんか?」

 

 その場の空気が凍る。よく見てみれば、名無しは顔も赤ければ目の焦点も合っていない。完全に酔っている。

 

「酔いすぎですよ」

「おー、慧音。主も良い身体をしとる。一発どうじゃ?」

「しませんよ。私たちはそんな仲では無いでしょう」

「そうかぁ………」

 

 残念そうな名無しを見ながら看板娘、奥野田美宵は慧音に耳打ちする。

 

「慧音先生、大丈夫なんですかこの人?」

「真面目にしていればカッコいい奴ではあると妹紅から聞いているが、今のところ私は大丈夫なところを見たことがないな」

「ダメじゃないですか!」

 

 ゆらゆらと、小兎姫やお赤に言い寄りに行く背中を見ながら慧音がふと、気づく。

 今名無しが働いているのは食べる為の金がないからの筈だ。だと言うのにこの宴会の全てを名無しは負担すると言った。

 それに気付いた慧音は急いで名無しの肩を叩く。

 

「あの、代金はどうするつもりなんです?」

 

 はにゃ?と言いながら振り返った名無しは得意顔で語る。

 

「実は儂ここに来る時に百万ほど持ってきたのよ。幻想郷の銭で言えば百円くらいかの?」

「それはまた、大金ですね。それでは何故奉公なんて?」

「実は要らぬと思ったから博麗の巫女に全部渡しちまったんじゃ。じゃから手間賃としてここは博麗の巫女に付けてもらおうと思っとる!」

 

 頭が痛い。酔っていないはずなのに慧音は自然と頭を抑えた。

 

「貴方いつか霊夢に殺されますよ?」

「それで死ねるなら上々よ!」

 

 頭痛が酷くなる。そう言えば目の前にいる男はそう言うものであったことを嫌でも再認識させられる。

 

「てことで、娘。儂らの飲み食いした分は博麗神社に付けといてくれ」

「えぇ………。良いのかなぁ………」

 

 美宵も困った様に慧音に助けを求めるが慧音も諦めて、さらりと酒の席へと戻って行く。

 

「夜はこれからじゃ!まだまだ呑んで食うぞー!」

 

 結局、その日の夜は店が閉まるまでどんちゃん騒ぎが続いた。

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