東方懐古録   作:暁桃源郷

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六話

 朝日が格子窓から差し込んで名無しの顔を照らす。

 その眩しさに、雀の鳴き声を聞きながら起き上がると一度大きな欠伸をして立ち上がる。

 ズキッと頭が締め付けられるような痛みに頭を抑えながら名無しは外へと足を運ぶ。

 本日も快晴。中々の奉公日和と言えるだろう。

 

「さて、朝飯の用意でも買いに行くかの。今日はシジミ汁の気分じゃわい」

「おい」

 

 出発しようとしたところで背後から声が掛かる。

 その声に名無しが振り返ると、肩を振るわせた妹紅が名無しを睨み付けていた。

 怒られることでもしたのか?と名無しは首を傾げる。昨日のことは鯨呑亭に入った辺りからの記憶がない。

 とにかく、刺激しない様に名無しは慎重に妹紅に尋ねる。

 

「おお、妹紅。どうした?今からしじみを買いに行くんじゃが主もどうじゃ?」

「そんなことより、これを説明して!」

 

 そう言って妹紅が見せてきたのは『文々。新聞』と書かれた新聞だった。

 妹紅からそれを受け取った名無しがその一面記事に目を通しているとくしゃりと新聞の端を握り潰す。

 そこに書かれていたのは名無しが鯨呑亭で慧音たちに真っ赤な顔で擦り寄っていく姿。

 見出しは『幻想郷きっての変態現る!!』。

 

「な、何じゃこりぁぁぁぁ!!!」

「妖怪の山の天狗が書いた新聞だよ」

 

 流石の名無しの驚き様に怒りが何処かに吹き飛んでしまった妹紅が答える。

 記憶の無い名無しにとって何が真実かはよく分からない。酒癖が悪いことは知り合いから聞いていたが、それにしても新聞に書かれていることは誇張表現に見える。

 写真では服を着ているが、よく新聞を読んでみれば、『全裸で迫った』や『儂のアレは世界一!と叫んでいた』などと言う記述もある。

 

「ふ、風評被害じゃ!今すぐにその天狗をとっ捕まえて新聞を差し止めねば………」

「待った待った」

 

 焦った様に妖怪の山へと駆け出そうとする名無しを妹紅は止めると名無しは青筋を浮かべて振り返る。

 

「何じゃ!」

「人里の新聞は鈴奈庵から刊行してる。新聞を差し止めたいならそっちに行った方が良い。慧音と甘味処の店主には私が上手く誤魔化しとくよ」

「それはありがたいわ。昼までには片をつける。店主には儂は午後出勤になると伝えといてくれ」

「わかった」

 

 妹紅に軽く頭を下げながら名無しは再び駆け出す。大通りに出れば一斉に視線が名無しに集中して突き刺さる。

 ヒソヒソ声をそのその背に受けながら名無しは大通りを駆け抜ける。そして一つ重大な問題にぶつかる。

 解決にあたっての初歩の初歩。

 

「鈴奈庵て何処にあるんじゃァァァァァァァァ!?」

 

 奇声を上げながら走ること半刻、人里の主要な箇所を回り終わり辿り着いたのは人里を流れる川に掛かったの近く。

 デカデカと掲げられた『鈴奈庵』の看板に、フンと鼻息を拭いてその暖簾を潜る。

 そこにいたのは鈴がついた髪留めでツインテールにしている飴色の髪をした少女。少女は店のカウンターで座り、何やら本を読み耽っている。

 

「いらっしゃいませ───ヒッ!?変態!」

 

 名無しに気付いて顔を上げた少女は小さく悲鳴を上げて蒼ざめる。

 そんな事は気にも止めずに、名無しはゆっくりと少女に詰め寄って問いかける。

 

「文々。新聞は、ここで観光しとると言う事で間違いはないかの?」

 

 あまりの恐ろしさに少女は勢いよく首を縦に振る。

 名無しはそうか、と呟くと少女に視線を合わせ、笑みを作った。

 

「できれば、その新聞を差し止めてはくれんかの?」

 

 警戒されない為の笑顔。

 されども、今は逆効果だ。名無しの作り笑顔に少女は怯えた表情を浮かべてふと、視線を今手に持っていた本に落とす。タイトルすら書かれていない本。

 まだ最初の方しか読んではいないが、何やら誰かの自著伝のらしい。

 話は今よりもずっと技術が進歩していた太古の古代文明で目を覚ました所から始まった。

 自著伝なんて言えないほどの妄言の類だ。それでも少女はその物語に何故か魅入られていた。

 好奇心旺盛な彼女にとってはその本の内容はとても興味がそそられた。

 自分も、この様な体験をしてみたい。そんな思いは名無しと言う脅威の前で更に強くなる。

 次の瞬間、少女の手から本が浮かび上がり、パラパラとページを開いて行く。

 

「きゃ!」

「何じゃ!?」

 

 驚いて飛び上がった本に目を向けた名無しは目を丸くして言葉を失った。

 

「何で………それがこんな所に………」

 

 更に光が強くなり悩んでいる場合では無いと少女を抱きしめる。

 そんな名無しに少女が抵抗した次の瞬間、強い光と共に少女は意識を手放した。

 そんな少女が目を覚ましたのは、それからしばらくしての頃だった。

 パチパチと何かが弾ける音に少女は起き上がって辺りを見渡してみる。

 そこは木々の一つもない『枯れた』大地。それを見るだけで自分まで命を吸い取られそうな気さえしてくる。

 

「起きたか?」

 

 ふいにかけられた声に少女は振り返る。

 そこにいたのは新聞に載っていた法衣姿の男、名無し。

 

「ここは、何処ですか?」

 

 当然の疑問。少女の質問に名無しは申し訳なさそうな顔で答える。

 

「ここは懐古録の中じゃ」

「懐古録………?」

「主が先程まで持っていた書物じゃ、。それはとある妖怪が描いた代物、妖魔本と言う奴じゃな」

 

 妖魔本。

 その言葉に少女はその小さな胸を躍らせる。

 

「楽しそうにしているところ悪いんじゃがな、流石にこの本はタチが悪すぎる」

「どう言う意味ですかな?」

「言ったじゃろ?ここは懐古録の中。儂らは本の中に閉じ込められておる」

 

 確かに、普段人里から離れない少女であっても幻想郷にこの様に殺風景な場所がないことくらいは知っている。

 ならばここは本当に幻想郷では無いのだろう。

 

「その、どうしたら幻想郷に帰れるんですか?」

 

 少女の質問に、名無しはふむ、と一息ついて東に向かって指を指す。

 そちらの方を見てみても、あるのは殺風景な景色と地平線。

 

「今はとにかく東に真っ直ぐ進むのが得策じゃ」

「な、何でですか?」

 

 そんな言葉に少女は疑いの眼差しを向ける。

 どうやらこの事象について何やら知っている様だが、見知らぬ怪しい男の意見。

 当たり前だろう。

 名無しはそんな少女の内心に気付いて口を開く。

 

「儂の名は名無しと言う。主の名前は?」

「名無しさん?私は………本居小鈴です」

「本居?………そう言えば江戸にそんな名をした学者が居ったの」

 

 ぼそり、と呟いた名無しは少女、小鈴の不安そうな顔に気がついて優しく先程の質問に答える。

 

「懐古録はな、これを書いた妖怪が過去を思い出すために書いたもの何じゃ。そのせいか読んだ者に過去を追体験させる力を得てしまった様での、出るには本の一章分を追体験せねばならん」

「でも私、今まで追体験なんて………」

「それは儂にもまだわからんが………」

 

 とにかく、まずはこの世界から出ねばならぬ、と名無しは東に目を向ける。

 そんな名無しに小鈴は少し考えてから喋り出した。

 

「………多分、この世界は古代文明が月に逃げて、その後始末で都市を破壊した後だと思います。私がそこまで読み進めましたから」

「その様じゃの」

 

 火を足で踏み消した名無しが小鈴の頭にポンと手を置いてはにかむ。

 

「新聞のことや奉公の時間が迫っとること、色々と気にすることはあるが今は頭な隅にでも置いておくわい。安心せい小鈴よ。儂が絶対に主をあの貸本屋へと返してやろう」

 

 そんな言葉と共に小鈴の前に一つの小指が差し出される。

 ゆびきりげんまんでもしたいのだろうか?まだまだ子供ではある小鈴だが、流石にそれをするほど自分は子供では無い、と思いながらも小鈴は小指を差し出した。

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