昔からキラにはカスな兄貴分が必要だと思ってたんですよ。
第1話 カス、ヘリオポリスに立つ
C.E.70年、プラント、地球連合間において発生した戦争は、農業用プラント・ユニウスセブンに核ミサイルが撃ち込またことで激化。物量で勝る地球連合軍の勝利で終わると予想されていた戦争は、膠着状態に陥り11か月が経過。
膠着とは名ばかりで、地球はザフトの投下したニュートロン・ジャマーの影響で深刻なエネルギー不足に陥ると共に、ザフト軍の新兵器、モビルスーツへの対応で後手に回ったことで甚大な被害を出しており、地球連合は巻き返しの必要に迫られていた……
宇宙に点在するコロニーの内、中立を標榜するヘリオポリス。ある日その宇宙港エントランスに、学生であるカズイ・バスカークが学校の用事で訪れていた。単純に教授が回収手配を忘れていた地球への郵送物を、直接届けに来ただけなのであるが、課業終わりについでとばかりに言いつけられた用事には、温厚なカズイもついついため息が出てしまう億劫さであった。
「ああ、そうです。カトウ教授からオーブ宛に小包を、え? いやデータ化は難しいと聞いてます。追加料金? お、俺が払うの!? なんで……」
おまけにその日配送される荷物の回収期限はとうに過ぎており、追加料金を要求される始末である。
これをケチって次の配送日によろしく、と出来ないから、教授もカズイという、比較的押しに弱い割に責任を投げ出す程は度胸のない人間に頼んでいるのだろう。
眉を顰めながらも、指定された金額を支払い、貰った領収書と預かり証をファイルに綴じる。宇宙にまで進出した人類だが、末端まで行けばまだまだ、紙だの印鑑だのといった文化は、拭い残された汚れのように残っていた。
さて、そんなやり取りのされているエントランスに、一人の男が降り立った。
サラと風に流れる耳まで伸びた金髪と、形の整った鼻筋、アゴ、唇は薄く、笑みの形に曲がっている。サングラスをしていた為、目元は不明だが、十分ハンサムと呼べる雰囲気をしていた。
大きめのスーツケースから、旅行客の風体をした彼は、左右を見渡すと、今まさに肩を落とし出口へと向かう哀れなるカズイを発見した。
ちょうどよかった、とばかりに歩み寄り、肩を叩いて話しかける。
「失礼、そこの……床屋で『取り敢えず適当に短く』以外注文したことが無さそうな童貞のキミ!」
本当に失礼だった。
礼どころか品性すら失われた第一声である。
「い、いきなりなんですか!? 誰がど、童……誰ですか!?」
やべーのに絡まれた。
カズイは左右を見渡し助けを求める視線を飛ばした。
「実は休暇で遊びに来たんだが、ここは初めてでね。キミ、地元民だろ? よかったら飲んで遊べる場所、教えてくれない?」
絡んできたやべー奴は構わず気安げにカズイの肩に手を回した。
自分ではつけたこともないコロンの香りが漂ってきて、否応なしに感じる大人の男らしさが余計にカズイを緊張させる。
「は、繁華街ならDブロックの方です。エントランスを出れば、バスが出てますから!」
律儀にも聞かれたことには答えつつ、カズイは手を振りほどき走り去って行った。
一度も振り返らない。マジビビりである。
男は礼を言う間もなく去っていくカズイを、野良チワワでも見るかのように眺めつつ、スーツの内ポケットから情報端末を取り出した。
画面には明朝9時に、ヘリオポリス工業ブロックのとある区画へ来るよう書かれた命令書が表示されていた。
簡単なコロニー内の地図も添付されている。
「Dか……げ、工業ブロックの真逆じゃん。これワンチャン初日は迷って辿り着けなかった説でいけるかな……」
いける訳もないプランが男の口から漏れたが、それを聞き逃さない者がいた。
「何がいけるんですか? 大尉」
後ろから、そんな言葉がかけられる。
女の声だ。規律を重んじ、自他共に厳しく、頭と身持ちが固くて潔癖な性格だが同期の女が寿退軍した際はその花嫁姿を羨ましそうに眺めていそうな女の声がした。
……後半は男の独白であった。
ショートカットで間違いなく気の強いだろう眼差し、パンツスーツと言う出で立ちの女性が、そこには立っていた。
「ナタル・バジルール君、ここは中立コロニーで我々はあくまで軍令とは関係のない、私的な理由で訪れた一般人に過ぎない」
男は内面思ったことはおくびにも出さす続けた。
「たまたま、旅行でここに来たカップル。それが我々の
「そのダーリンがいきなり夜の街に消えようとしております。挙句の果てには本命である予定まで私的な理由でキャンセルするかの発言までありました。これは看過できないもので即刻上層部への報告を――」
「おい、おい、おい、ハニー、ハーニー、悪かった。君も連れて行くよ。勿論じゃないか。個人的にはオーブの料理と酒が楽しめる店がいいね。あそこの嗜好品は他所の国じゃ高くてね。宇宙じゃここくらいしか流通してないし」
「結構です。食事などその辺のファーストフードで十分でしょう。今日の内にルートを確認したら、明日に備えホテルに入りましょう」
ナシのつぶてだった。ある意味冷え切った、先の無いカップルのやり取りとしては合格点の会話がそこにはあった。
「えー、観光はー?」
男のブーたれた声に、
「不要です。確かにカバーストーリーは準備されていますが、そもそも我々は任務でここにいます。つまりは仕事です」
あまりにも平静な、ビジネスライク然とした女の声が返される。
「ノイマン曹長、チャンドラ伍長が既にホテルに到着したと連絡が入っています。大尉は2人と合流後、一切部屋から出ず、誰も部屋に呼ばず、寝て下さい。明日は8時にはお迎えに上がります」
「野郎二人と相部屋ぁ? そりゃひどい話だ。ナタル、キミの隣は今夜、俺の為に空いてはいないのかい?」
「空いてませんしセクハラは控えてください……」
ナタルはそこで一度言葉を切ると、目の前の男を今一度睨み付けた。
「父より、この任務中で私に何かあればあらゆる手段を用いてあなたを軍法会議にぶち込むと、言付けを預かっております」
「お前、それは暴論……」
「私も、それには及ばない、と答えました」
「ナタル……」
「その前に私の手で射殺します。ハルバートン提督からは、相手があなたであれば略式で無罪にする旨、お約束頂いております」
「あのクソヒゲが……」
「さ、もう行きますよ。車の手配は済んでいます」
歩き出したナタルの背を見ながら、男は肩を落として呟いた。
「何だかなぁ、余裕無いよなぁ、ウチの軍は」
歩き出した彼らの様子は、第三者が見ればまさに男が見事に女の尻に敷かれているカップルそのものであった。
見切り発車です。