オリチャートはサクサク行きましょうね。
「ふおおおおおおおおおおぉ!」
格納庫のデッキ上から、二腕二足が胴体から生えた鋼鉄の巨人が横たわる様を見下ろして、男は興奮を隠さず声を上げた。
見るまでもなく、昨日ヘリオポリスについたばかりのカップル(偽)の片割れである。
今は野暮ったいオレンジのツナギを着て、サングラスは外している。
緑色の瞳が、おもちゃを見つけた子供のように輝いていた。
「いーねっ! これがウチのMS? ラミアスちゃーん、いいよこれ、あのクソヒゲ主導にしちゃいい仕事したじゃなーい」
すぐ横にいる、女性士官、マリュー・ラミアス(初対面)に馴れ馴れしく話しかけながら、男は手すりから身を乗り出すようにして眼下にある5機のMSを眺めていた。
「ええと、大尉が受領予定の機体は右から三体目、GAT-X207 ブリッツとなります。その名の通り、電撃戦仕様で初のミラージュコロイドステルス搭載機です。あと、ハルバートン提督をクソヒゲと呼ぶのはどうかと……本当に、もう」
温和な、それこそ争いごとは苦手な性質なのだろう物言いには、隠し切れない位『この男とは関わり合いになりたくなかったなぁ』という悲哀が含まれていた。
「まあ、機能的な話は動かしながら見るよ。俺が前乗りした理由は『コレ』だからね」
男はポケットから、データディスクを取り出して指先で挟み、ピコピコと振った。
「地球連合産のM.O.S……ザフトの鹵獲機からリバースエンジニアリングしたものを改良したと聞いていますが……」
「まあほら、ヘリオポリスで開発中のが完成してるならそれ試しても良かったんだけど、駄目だったんでしょ? 一応、グリマルディ戦線からこっち、メビウスも取り上げられてデスクワーク続きだったからね。シミュレーターでの慣らし時間は500時間超えてるんで、多分こっちのが良いよ」
言いながら男は立ち上がり、階下へ続く階段へと向かい歩き出した。
「そいじゃあ、諸々よろしくねー」
遠ざかる金髪の後頭部を見やりつつ、マリューは堪えていた溜息をようやく吐くことが出来た。人生で最も重たい溜息だった。
「あれが『エンデュミオンの凶鳥』セイル・オランチョ……」
その名を口にしただけで、背筋がひやりとする錯覚を覚える。
「
凶鳥の鳴き声に、耳を貸してはいけない。
それは人を不幸に誘う悪意の音色だからだ。
「ハルバートン提督は、ただのクソガキだから邪魔なら鈍器で殴っていいと仰ったけど……」
凶鳥の羽ばたきに、目を奪われてはいけない。
その風は目を腐らせ、浴びたものに不運を運ぶからだ。
「やっぱり激戦区帰りってだけで、触れ難い雰囲気でも出てるのかしら……こんな緊張するなんて」
凶鳥の羽に触れようとしてはいけない。
追い縋り、ようやくその指先が触れた時、自分が追いかけていたのは自分自身の凶禍だったと気づくからだ。
「味方相手に嫌ね……戦争を、しているのにね」
マリューの声はどこか、自身に言い聞かせるような響きでその場に溶けて消えた。
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さて、ヘリオポリス到着当日、結局ホテルマンにチップを払って酒とつまみを手に入れた男、セイルは嫌がるノイマン、チャンドラに階級を盾にして飲酒を強要するという、お手本のようなアルハラを行った。
一晩が明け……
『打ち上げられたマグロの真似』と名付けられた、パンイチで寝転がった小太り男がビチビチ跳ねるだけというチャンドラ必勝の宴会芸は、朝の8時にそれを目撃したナタル・バジルールの精神を一瞬で危険域へと叩き込んだ。
ノイマンはもう少し落ち着いており、キャスター付きの椅子にまたがり『主舵いっぱーい! おっぱーい!』と叫びながらベッドに繰り返し突撃し続けていた。控えめに言って狂気を感じた。
そんな部屋に踏み入ってしまったナタルは、床で跳ねる形容し難い何かを強靭な精神でなかったものとし、ノイマンの発する音声を全力で朝の小鳥の囀りに変換した。
当然失敗したので、元凶であることは明白なセイルを探すと、彼は丁度洗面台から出てきたところだった。
腹立たしいことに、既に指定のツナギを腰まで履いており、髭をそり、髪を整え、情報端末をポシェットへしまいながらだ。
どうやら、完全に酒は抜けているらしい。
「何です? これは」
自分でもよく、ここまで冷静な声が出せるものだとナタルは驚いていた。人は怒りの極致を振り切ると逆に冷静になるらしい。
「少尉を楽しませたくて体を張ってるシャイな二人だよ。拍手でもしてやったらどうだ?」
前後不覚になるまで酔っぱらっているようにしか見えない。
「飲ませましたね?」
「違うね、分かち合ったのさ」
「分かち合うにしては量に差があるように見受けられますが」
「下士官が酒に酔う姿を見て、満足したのさ」
床のマグロを指して言う。
「彼らが楽しそうにしているだけで胸がいっぱいになっちまったんだよ」
まあ、楽しそうに見えるまでは飲ませたが、そんな副音声が聞こえてくる言い振りだった。
「っていうか、何なら今日用事で呼び出されてんの俺だけじゃん? こいつら、テストパイロット組の到着する明日まではオフっつってたぜ?」
「そうですよ。あなたを一人にすると終わるから誰かしら張り付けておけと、佐官以上の全員から言われておりましたので、彼らをつけたのですが……」
ビチビチ、おっぱーい!
「俺、自分が仕事なのに休みのやつが身近にいるの嫌いなんだよね。だから、こいつらの理性もオフにしてやろうかなって」
「はぁぁぁ…………まあ、彼らも流石に夕方までには正気に戻るでしょう。それより大尉、準備はお済みですか?」
ナタルは全ての惨状を数時間先まですっ飛ばして考えることにしたのか、完全に仕事モードといった風に話を続けた。
「勿論だとも。その前に、朝食でも一緒にどうかな、少尉?」
「結構です。下に手配したエレカにカロリーバーを置いてありますから、道中で召し上がって下さい。行きますよ」
「せめて手作りのサンドイッチとかさ」
「そういう事は恋人にでも求められては? 少なくとも、私はあなたにサンドイッチを作る為に軍に入った訳ではありませんので」
軽蔑と嫌悪に上官に対する態度を被せた声の主は、それだけ言うとさっさと部屋を出て行ってしまった。
荷物を持ったら出て来いということだろう。
「……邪魔くせえな」
床を跳ね回るチャンドラに軽く蹴りを入れてどけながら、セイルは荷物の入ったスーツケースを手に持った。
「ナタルちゃんは真面目なイイコだよねぇ。面倒くせえから、さっさと昇進してくんねえかな。クソヒゲぶっ殺したらいい感じに繰り上げ昇進してくんねえかな」
無理だろーなー、と呟きながら部屋を出た。
後にはやや勢いの落ちてきたマグロと、椅子に乗った奇行種が残された。
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そして今、送り届けたナタルはさっさと立ち去り、マリューに案内されたセイルはブリッツのコックピットでかれこれ3時間はコンソールと格闘していた。
「ねえ待って、新機能つけるならせめて標準規格OSの範疇で動くようにはしといてよ。右手の武装なんか半分くらい応答しないんだけど?」
セイルが持ち込んだM.O.SはザフトのMSであるジンに使われていたものを、無理やりぶっこ抜いて拡張性を持たせた代物である。
この拡張性とは、詰まる所ジン以上に複雑な機能を持つMSにインストールしても、ある程度は複数にハイパーバイザー化した管理系で分散制御を可能とし、最終的にはパイロットの操作で一括管理が出来るようになるという話であった。
しかし……
「武装系統の設計がクソ過ぎるよ。何でサーベルとライフルと実体弾と盾が合体してんだよ。バカが盛り付けたバイキングの皿みたくなってんじゃん。サーベルなんかシールドに固定設置のせいで、ジンのモーションパターンがゴミと化してんだけど。あとこの実体弾は何? なんでビームライフルと兼用にしてんの? 照準システム1個しかねえんだけどバカにしてんのか? どう当てろと? つうかそんで左手には予備武器でもなく投げ縄とか舐めてんのか。何を想定した武装なんだよ」
無限に愚痴が湧いてくる。
セイルは中卒で軍学校に入るような人間も多い下士官からの叩き上げの中では、珍しくまともに教育を受けている人間ではあった。
あったが、流石にコーディネイターの様なある種の専門家が作り上げたものに対しては精々アレンジする程度の技術しか持ち得ない。
「鹵獲したジンならなんとかなるんだけどなぁ……これ多分、火器管制だけは別口でやんないとまともに戦えないんじゃないの? ていうか、元のOSに至っては姿勢制御すら怪しいもんだったし。やっぱ駄目だなナチュラルは。何で戦争なんかしてんだか……」
さらに1時間、頭を悩ませたところでセイルは諦めることにした。
どうやっても動くこと以外は満足のいく結果になりそうもないからだ。
「そういやマリューちゃんが言ってたミラージュコロイドシステムもだいぶキチーな。ただでさえフェイズシフトで電池バカ食いするのに、それに輪を掛けて燃費悪いし、しかも肝心のフェイズシフトとの併用も出来ねえのかよ。なんでロールアウトしたんだよこれ。あのクソヒゲ高い金掛けて棺桶でも作りやがったのか?」
煙草に火を付けると、ゆっくり煙を吐き出しながら、セイルは設定済みの内容をもう一度見直してみる。
「動作系統は軒並みオッケー。ブースターも、クリアね。AMBAC制御……はOS通りなら大丈夫なはず。で、武装は…………せめてライフルだよな。サーベルとビームライフルの銃口を同じ方に向ける意味よ」
カタカタと、コンソールを叩く音が響く。
「んー、これでもう、後は出航してからだなぁ。アラスカまでの遭遇戦で、コーディ何人か捕まえればワンチャンかなぁ……」
軽く伸びをすると、煙草から灰が落ちた。新品のシートを早速汚しながら、セイルは盛大な欠伸をかました。
「……寝るか」
煙草をコックピットの外に投げ捨て、シートのリクライニングを最大まで効かせると、まあまあの寝心地となった。
「おお、いい感じじゃないの。流石オーブ監修。どうでもいいとこばっか拘るな」
寝やがった。軍人が、仮にも任務中に。
とはいえ、地球連合の誇る数少ないエースパイロットの作業中である。メカニックや技術士官は恐れて近寄ってこない。
これ幸いと、セイルは早々に意識を手放した。
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ズ………………
ズ…………ゥゥ
ズ……ゥゥゥゥゥゥン
遠くから、地響きのような音が聞こえて来る。
エマージェンシーを知らせるサイレンも、鳴っているだろう。
セイルはそれを、夢心地に聞いていた。グリマルディ戦線では、日常的に耳にしていたものだった。てっきりその頃の夢を見ているような、そんな、錯覚を覚えていた。
全てが慣れ親しんだ戦場の音、しかし、
「お父様の……裏切り者ぉ!!!」
「ふがっ……?」
甲高い女の声は、そこには含まれておらず、かくしてセイル・オランチョは戦火の只中に目を覚ましたのであった。
ブリッツ、いいよね。