前回ブリッジで、カスを探しに来たフレイが寝ている彼のほっぺにチュウするのを見てから、サイはチャンドラの席の下で体育座りをしていました。ずっと「私は貝になりたい」と呟いていました。
実はあの場で1番地獄だったのはチャンドラでした。
ウケる。
ナタルが早々に切れたのはそれを見て苛ついていた、というのを書くと甘口過ぎるかしらと思いカットしたらサイごと消えました。サイが悪いよサイが。
アークエンジェル主要クルーはメネラオスからの連絡艇を格納庫で出迎えた。
皆緊張の面持ちをしている。
カスは手錠を掛けられ、C.E.にもなって紐で繋がれている。
紐の終端はナタルの手に握られている。
「ナタルちゃーん、タバコ吸いたいなぁ」
「……はぁ」
ナタルは心此処にあらずといった様子だった。
どうやらブリッジで発砲した事に自己嫌悪で落ち込んでいるらしい。ムウやキラを含めて全員一致でカスが悪いという判定にはなっていたが、確かに普段から厳しく自分を律している副艦長の乱心は、驚きをもって受け止められていた。
「私は、知らぬ間に軍人としての心構えを失っていたのかもしれません」
ナタルはポツリと呟く。
「心を律する力が、弱くなっているように思います」
顔を、セイルに向けた。
「貴方のせいでしょうか……?」
「人のせいにするのいくないよ?」
「……はあ」
そんな2人のやりとりを、周囲のクルー達は『死ねこのクソボケ、そこは抱き締めてブチュウとやらんかいカスが』と思いながら聞いていた。
「何やってんのよそこはハグ、からのキッスでしょうが……」
1人思うだけでは済まなかったのもいた。
そんなことをしていると、連絡艇のハッチが開き、護衛と共にハルバートン、ホフマンが降りてきた。
「総員、敬礼!」
マリューの号令に、クルー達は一糸乱れぬ敬礼を行う。
「カッー、ペッ」
カスは床に痰を吐いた。
「アークエンジェル及びG兵器移送任務、ご苦労だった。楽にして良い」
返礼と共に、ハルバートンは労いを口にする。
「取り決め通り、ヘリオポリスの避難民達はここでシャトルに乗り換え、一足先にオーブへ送られる予定だ。この艦は引き続きアラスカ本部を目指してもらうことになる。質問はあるか?」
ホフマンからの説明に、マリューが挙手をする。
「あの、クルーの補充については……私は見ての通り専門ではありませんし、ブリッジ要員も半分がヘリオポリスの学兵でなんとか賄っている状況です」
「ラミアス大尉の疑問は最もだ。ホフマン、例の物を」
ハルバートンが鷹揚に頷きながら、副官を促す。
「はっ。ラミアス大尉、これを」
渡されたのは、1枚の書類だった。
「……第8艦隊全員アンケート、アークエンジェル艦長に相応しいのは誰だ……?」
読み上げながら、嫌な予感がマリューを襲った。
「賛成22人、反対0人、可哀想726人で、マリュー・ラミアスに決定とする……」
顔を上げると、至極真面目な顔のハルバートンとホフマンがこちらを見ていた。
マリューは再度書類を見、また顔を上げた。
「え、これ現実?」
「第8艦隊全艦長が、君の艦長続投を支持した。それ以外のクルー全員が可哀想に丸をつけた」
「お、お言葉ですが、可哀想って言えば許される訳では……」
「さ、時間は有限だ。Gの……ストライクのパイロットは誰かね?」
ハルバートンは教え子の切なる訴えをスルーして他のクルーに話しかけた。
マリューはまるでF1カーのエンジンにも似た爆音が胃の中から響くのを感じた。
「ストライクパイロットの、キラ・ヤマトです。ヘリオポリスから参戦しています。オランチョ大尉の小隊で副隊長をしています。ええと、あとは……その、僕はコーディネイターです」
その言葉に、連絡艇から降りてきた全員がざわつく。
信じられないものを見るかのような目、疑われている、そんな雰囲気になった。
キラは前にセイルから言われた、『ナチュラルかコーディネイターかと言う問題』がまさに、目の前で発生しているのを実感した。
そんな雰囲気に、トール達が今にも飛び出そうとする気配がする。
「コーディネイターか……その、オランチョ大尉の小隊というのは? ラミアス大尉?」
しかし返事はない。マリューの精神は今ちょうど見知らぬ花畑で流れの速い川を眺めていた。向こう岸に見えるのは昔付き合っていたアーマー乗りの男だろうか。懐かしい。
「あー、自分が説明しますよ」
ムウが代打を申し出る。
「我々軍人も適正人数が確保できない中で、正直学兵と言えど個々に面倒を見るのは困難でした。そこでオランチョ大尉がまとめ役を買って出てくれたんです」
その内容に、ホフマンはさらに懐疑的な目をキラへ向けた。
「だ、そうだが、君からは何かあるかね?」
キラは何を話しても無駄になるような予感を抱えつつ、それで黙ってしまうのは一方的に損をするだけだと開き直った。
「はい、あの、ヘリオポリス脱出から今日まで、僕はオランチョ大尉と同室で、大尉は僕を舎弟として扱ってくれて、友達のことも面倒を……その……」
どうしよう、カズイとかサイとか、口が裂けても面倒見てもらったとは言えないことに気付いた。
煮え切らないキラの様子に、ホフマンはため息を吐いた。
「おい、お前!」
キラへ近付くと、強く肩を叩く。
「2週間もヤツの舎弟など、正気の沙汰ではない。どれだけ辛かったか我々には想像も出来ん。だが、1つだけ確かなことがある」
ホフマンは無骨な顔に笑みを浮かべた。
「よく頑張った。我慢するな。お前は今泣いていい、泣いていいんだ!」
その言葉に、まるで決壊したかのように、キラの瞳からは次々と涙が零れ落ちてきた。
「ぼ、僕は……友達を、守る為に……来る日も来る日も、わけの分からないタスクを振られて、報告書も書かされて、セイルさんのサインも、いつの間にかそっくり書けるようになってて、なんなら代わりに頭を下げることもあって……どうして……」
「そこまでだ! 誰か、彼に温かい飲み物と毛布を」
ハルバートンが遮るように怒鳴って指示を出した。
「落ち着け!」
「もう大丈夫だ!」
「俺達はお前の味方だ」
「ほら第8特製ココアだ、甘いぞ?」
「もういいのよ、よく頑張ったわね」
「被害者団体、『青き正常な日々』の奴らはいるか!?」
「医療班もだ!」
ワッと駆け寄ってきた艦隊スタッフ達が、キラの肩に毛布をかけ、ココアを持たせ、持ってきた椅子に座らせた。
カス被害者の会が8つ発足されている第8艦隊では、8割以上のクルーがそのいずれかに属している。
石を投げれば被害者に当たるのだ。
そんな彼等にとって、カスを至近距離で浴び続けてついに涙を流した少年は、出自に関係なく尊く貴重な存在だった。庇護対象といっていい。
あっという間に要救護者のようになってしまったキラを見て、そうか、そういやアイツ異常者だったわ、となる小隊員達。
前に食堂で一瞬我に返ったが、結局カス漬けの日々がなくなった訳ではないのだ。あくまで延命処置に過ぎなかった。
そして、英雄も戦争が終われば人殺しになるように、頼りになるカスは緊急事態が終わればただのカスなのだ。
「君達がヘリオポリスからの協力者だね? 本当にありがとう。立場上、君達も私の部下と言うことになるが、それでもこの艦がここまで来れたのは、君達の協力あってのことだよ」
ハルバートンは優しそうに微笑み、トール達に声を掛けた。
「そ、そんな、こちらこそ、ラミアス艦長達には本当にお世話になって」
サイが若干しどろもどろになって口を開くが、ハルバートンは遮ることなくうん、うんと頷いた。
「そして、君達が残りのオランチョ小隊員だね?」
子供たちが頷くと、ハルバートンは目を細めてホフマンへ言った。
「ホフマン、カスとの濃厚接触者4名、トリアージを」
「了解です。救護班、ヒアリングの上、重篤者はカウンセリング、軽症者は簡易的なメンタルケアを」
またわちゃっと軍人たちが集まってくる。
「君は?」
「え、好きな子を!?」
「クソカス野郎が、またやったな!」
「逃げ場のない艦内でそれを目の前で!? あの畜生が!」
「トリアージイエロー!」
「異性関係被害者だ! 『BSS絶ゆるの会』はいるか!?」
「ここにいるぞ!」
「次は!?」
「そ、そんな……毛根が」
「これは、くっ、トリアージレッド!」
「世界樹攻防戦後の新米と同じだ!」
「まさか、薬物反応隠匿の為に全身の毛を?」
「なんだ、この人生の希望全部を諦めたような目は!」
「『レッド・サバイバー』の奴、頼む!」
「任せろ!」
あっという間にサイとカズイが連れ去られていく。
二人とも大人の軍人たちに囲まれて、二、三言葉を交わすと途端に涙を零し始めた。
自分達がいかに異常な空間に居て、それに慣れ切ってしまっていたかを理解したらしい。
「君達は恋人同士なのかな?」
トール達のところにも、同じように軍人がやって来た。
若い男女で、気が付けばミリアリアから手を握られていたトールは、ハッとしたようにそちらを見た。
「ええ、はい、あっ失礼しました!」
敬礼するトールとミリアリアに、軍人たちは苦笑した。
「よせよせ、事情は聞いてるし、何より俺らはあのカスの被害者仲間だからな」
あのカス、で通じる名前を呼ばれないあの人。
とはいえ、トールとミリアリアは比較的非戦闘時も必要な部署にいたせいか、直接的な被害はあまり被っていない。まあ、他の三人に比べたら雲泥の差だった。
「俺らはカス被害者の会、『だって人間だもの』さ。比較的カス害が少ない、思い出したときにちょっと手が震えるくらいまでの人たちの寄り合いさ」
「アルコールの話してます?」
どうやらカスの話らしかった。
「中には射撃場でカスの顔を張り付けた的を一日中撃って、出てきたと思った瞬間またすぐ入り直して撃ち続けるような人もいる。みんなを同じくくりには出来ないんだ」
「シャブの話してます?」
どうやらカスの話らしかった。
「ともあれ、簡単に話を聞かせてくれよ。もしそれで、なんか症状が出るならカウンセリングを手配するからさ」
頼りになる大人に促され、トール達はこれまでのことを話し始めた。
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さて、子供たちがカスに負わされたメンタルダメージの治療に連れていかれると、ハルバートンは改めて残ったクルー達に向き直った。
「では、アークエンジェルは補給と艦載機のメンテナンス完了後、アラスカのジョシュアへ向けて降下シークエンスに入ってもらう。艦長はゴッドスピード・ラミアス、副艦長は
「許容できないおかしな通名がつきましたが!?」
「まさか、え、私、見捨てられてる……!?」
「空いた穴だが、もしも学兵の彼らが除隊を拒否するのであれば、その調整は任せる。そうならなかった場合のクルー選定については、現在第8艦隊内で厳正な審査が行われている。明朝0800までには確定予定だ」
後の説明を引き継いだホフマンが締めくくると、小さく咳払いをした。
話を区切る時の、彼の癖だった。
「レポートには目を通したが、ストライク、ブリッツ共にオーバーホールが必要と判断している。特にブリッツはダメージも大きいため、整備班も総がかりになるだろう。その為、諸々の時間を加味し、明日より2日間は半舷休息とする。なお、補給後にアークエンジェルは旗艦メネラオスと共に第8艦隊の球形陣中央に配置する。その為、オペレーター、操舵士等最低限の要員以外は休んでよし。また、その間にここまでの論功行賞等を行う予定の為、そのつもりでいるように」
ヘリオポリス勢にマリューとナタル、そしてカスを除く全員が敬礼をして、その場はお開きとなった。
「さて……久し振りだなクソガキ」
ハルバートンが手錠で繋がれたカスへ歩み寄る。
「おー、クソヒゲじゃねえか。相変わらず見事なケツ毛を鼻の下に生やしてんな。いい加減、口から出る屁に似た能書きは止まったのかい?」
先手カス、フルスロットルである。
「全く優秀な部下だよお前は。あの報告通りの戦闘をこなして、まだ生きてるんだからな……ねえ、何で死なないの? どうして? 全人類がお前の死を望んでいるんだよ?」
後手ハルバートン、眉を八の字にひん曲げて煽り散らかす。
「俺が死んだらお前のガキが悲しむぜ? もし俺が死んだら、それはきっとパパが命じたからだね、って吹き込んであるからな」
「あー! やっぱりか貴様、どうりで一言も口聞いてくれなくなったと思ったわ! ヘリオポリスに向かう前だな! 人の息子にクソみたいなカス語を吹き込むんじゃない!!」
「プッ、おい、ケツ毛の下の見事な尻穴から長々とクソが飛び出てるぜ? 切れが悪いのか?」
「どんなクソでもお前よりは清廉だわ! あーでも、限定とかいう変身ベルト贈ってくれたのは助かる。マジでどこにも売ってなかった」
「だろ? クソヒゲはガキのオモチャを舐め過ぎなんだよ。ま、お陰で俺と坊やの絆はより強固なものになった。ありゃ将来進んで俺の舎弟になりに来るな……うお、危ね!」
パァン、とヒゲのシグ・ザウエルが火を吹いた。
カスが反射で持ち上げた右足の下に着弾する。
「お前に限ってはワシが殺人を躊躇うことが無いとまだ理解できないのか? ホントにぶっ殺すぞカスが」
「おいおい、俺はお前の嫁さんからファーストネームで呼ばれ食事をご馳走になる仲なんだぜ? 俺の為に喪服を着る嫁が見たいのか? 歪んだ性癖だなぁ?」
「ハニーが最近仲良しの男の子がいるって言ってたのはお前か! 人の心のオアシスにクソまみれの土足で入り込んでくるんじゃない! いつの間に近付きやがった!?」
「はあ? 俺を本部の諜報科に飛ばしたのはクソヒゲでしたよねぇ? 痴呆かな? 大丈夫? そんなに大事なら戦艦の中に家でも建てろや。週3で通ってやったわ」
「週3でウチにカスが!? っていうかお前諜報科の連中に何した!? ジョシュア経由でガチめの苦情来てるんだが?」
「はあ? 何でも人のせいにすんなよ。ちょっと尋問ごっこで遊んだだけだわ」
「遊びで8人もエージェント病院送りにしたんかい!?」
「絶対に家族に言えない秘密を言ったら負けー。椅子に縛り付けて目の前でそいつのガキに1人ロシアンルーレットやらせたら泣きながら『お前は妻の浮気相手の子供なんだー』って、あん時のガキの顔は傑作だったぜ!」
「地獄の職場見学やめろ! でも正直あそこの連中高慢でちょっといい気味だった」
「だろ?」
わははははははは! と笑い合うカスとヒゲ。
見ていたクルー達はなんとなく彼等の関係性を理解しつつあったが、これまでナタルが語ってきた事が凡そ真実であったことを悟り天を仰いだ。
スクライドいいっすよね。
やっぱカスはこんくらいのカス度がちょうどいいっすね。