舞い降りちゃったのだ。
今試されるオーブの耐久力。
「カガリ……」
「お父様!」
オーブの獅子とさえ称されるウズミ・ナラ・アスハ。
アークエンジェルを出迎えに来た、中年と呼ぶには余りに覇気に満ちたその容貌に、マリューを始めとするクルー達は一様に緊張を露わにした。
「さて……と」
腕をるんるんと振りながらカスが前に出ようとした。
それをマリューとムウとマードックとチャンドラとノイマンとキラとキサカがしがみつく様にして止めた。
「……おいおい、これはレギュレーション違反だろ」
「どの口が」「適正だろ」「勘弁してくださいよ」「マジで」「ホントに」「みんなの帰る場所なんですよ」「お願いしますから」
ちなみにナタルは既にセイフティを外してある拳銃に指をかけていた。
「この、バカ娘が」
「う……申し訳ありませんでした……」
そんなカス共をバックに、感動的な親子の再会は果たされていた。
「閣下、貴国軍人レドニル・キサカ一佐より承った要人護送支援は、現時点をもちまして完了とさせて頂いてよろしいでしょうか?」
マリュー達が妖精さんを見たような顔になった。
だって、そう、そんな、まさか。
全員がカスから距離を取る。
あのカスが、誰かを敬うという用途での敬語を使っている。
……普通敬語とはそういうもんである。どこの世界に煽り散らかしたりコケにしくさったりする為に敬語を使う奴がいるのか。
いたわ、ここに。
「……一佐より中途報告は受けている。身内が迷惑を掛けた。ヘリオポリスについてもだ」
お髭がダンディなロン毛の中年ライオンであるところのウズミ・ナラ・アスハは、カスたちに向かい頭を下げた。
「御冗談を閣下。我々にとってもMSの独自開発は悲願でありました。オーブの技術的な助力無くば、今日この日を迎えることは出来なかったでしょう」
聞いているものが等しく鼓膜を抉り出そうとする衝動に駆られるカスの丁寧な態度は続く。
「ヘリオポリスでのMS建造は私の意図するところではない……諸君らからすれば、大差ないのであろうがな」
「それを可能とする程に強固な国を築き上げた、閣下のご尽力あってのことと認識しております。我々に含むところはございません」
誰だよお前は。何が閣下だよ。
誰もが思った。
「一佐の報告とは随分人物像が違うな、セイル・オランチョ殿……いや、それよりも過酷な状況の中、取り残された市民の救助、誠に感謝する。ついでに、バカ娘についてもな」
ウズミは試すような視線をカスへと向ける。
「聡明な御息女であらせられました。何ら苦はございません。再会を心よりお喜び申し上げます」
「え」
カガリが顎関節に疾患があるとしか思えないほど大きく口を空けて、結局何も言えずにパクつかせた。人は心の底から唖然とすると、何も言えなくなるらしい。知りたくなかった、そんなこと。
「……銃で撃ったと聞いたが?」
少し困ったように眉を顰めたカスは、堂々と説明する。
「初対面時、ヘリオポリスから私を慕って着いてきてくれた部下に危害を加えましたので、威嚇の為にやらせて頂きました。まだ御息女の正体を把握しておらず、ゲリラに囲まれ武力行使が求められる状況でした為、申し訳ございませんでした」
「え」
キラがこの世の終わりみたいな目をした。
誰が誰を何? こんな人の尊厳を貶める行為が許されるんですか? あ、許されますか、そうですね、そんな感じですよね。
「顔を殴ったと」
ウズミはキサカから聞いていた情報を元に、さらに踏み込んで来る。これは答え方を間違えたら怒られが発生するな、と誰もが思った。
……怒られ、程度で済むかは微妙ではあったが。
「オーブ要人という立場でありながら、プラントへ一方的に与するスタンスを取りましたので、僭越ながら閣下の御立場を考え、再発を防ぐ為にやらせて頂きました……少々軍隊式だったことはご理解下さい。勿論、地球連合軍への過度な協力も無いように留意しております。依然、オーブは中立でごさいます」
しかしカス、流石に堂々と胸を張りまともに喋っている時の説得力は尋常ではない。
「しかしながら、御息女への危害については親としての閣下のお気持ちを配するに、言い訳のしようもございませんでした。この通りです」
そして、カスは頭を下げて謝罪した。
キラはその光景に、世界が足元から崩れていくような錯覚に陥っていた。
「あ、そうか、これ夢か……」
逃げなきゃ。もうそれだけである。
「だな……あのカスが頭下げるわけねえもん。人体の機能として搭載されてなさそう」
ムウも同じ様に頭を振っている。
「嫌だわ、早く目覚めないと」
マリューに至っては手の甲をこれでもかと抓りあげている。これで駄目なら顔面を殴るつもりであった。
「いや、むしろバカ娘を諌め、止めてくれたことに感謝する。良い学びになったことだろう……それで、一佐からは見返りについて交渉したいと聞いているが?」
そんなクルー達を他所に、ウズミとカスの会話は続いていく。
まるで地雷原のすぐ上に貼られたガラスの板上で会話をしている様子を、幻視したようだった。
「はっ、我々の不徳の致すところではございますが、アラスカへ辿り着くための補給と整備を賜りたく存じます。詳細な交渉については当艦艦長のマリュー・ラミアス少佐、副艦長のナタル・バジルール大尉、ムウ・ラ・フラガ先任大尉にて担当させて頂きます」
事前に打ち合わせのあった内容に差し掛かり、マリュー達も姿勢を正す。どこまで設定通りに通せるかは自分達の動き次第だ、というのは身に染みて分かっていた。これまで、ここに来るまでの全てがそうであったからだ。
「うむ……艦については差し当たって、モルゲンレーテで引き受ける予定だ。あちらからも確認が入っている。
カス意訳:ウチの技術の総本山で世話してやらぁ。これがどんな意味かわかっちょるやろな? グダグダ言わんとウチのモンの言われた通り金玉の裏まで儂らに見せるんやで? 戦艦ごとポッケナイナイされたないやろ?
「肝要なのは何を、どこまで、何の為に、ではないかと愚行致します。御息女と艦の取引きで、我々は今フラットな関係になっていると考えております。一軍人として、『可能な限り、許される裁量で』という条件はつけさせて頂きたい」
カス意訳:え? 何々聞こえなーい。人語喋ってよ人語。会って早々にプレゼントのお強請りとか関係性勘違いしたセフレかよ。俺達のチン毛の一本でも恭しく拝領して奴隷のように働けや。
「違いない。詳しくは向こうの責任者と話して欲しい」
ウズミは笑みを浮かべた。
「承知致しました。そちらは小官にて対応します」
カスも同様だ。
「よろしく頼む」
緊張した周囲を他所に、偽物だけが飛び交った会話はそうして終わった。
――――――――――――――――――――――――――――
「変だわナタル、さっきから夢が醒めないの。見て私の手の甲、抓り過ぎてアザでニコちゃんマーク」
応接室に通され、ウズミを待つマリューは右に座るナタルにそういった。
「やめなさいよ、跡になっちゃうでしょ」
左からムウが嗜める。
「残念ですが艦長、これは現実なんですよ」
ナタルも残念そうに眉を顰めた。
それを聞いたマリューはちょっと涙目になる。
「どうして……? 道中、さっきみたいな態度の億分の一でもあれば、私まだ固形物が食べられたかもしれないのよ? きっとカズイ君も赤ちゃんにはならなかったわ」
「あー……その、大変申し上げにくいのですが」
「何? 舐められてるとかいうなら言わないでね? 自覚はあるから。辛く悲しい現実なら知ってるから」
思ったより先程のカスショックが大きかったマリューの様子に、ムウは憐れみの目を向けた。
「どういうメンタルなのよ」
「逆です艦長」
しかし、ナタル・バジルールはここで流石のカスソムリエたる所以を見せ付ける。
カスソムリエってなんだよ。
「逆?」
「率直に申し上げますと、奴はウズミ前代表に対して、一切の私情、興味、期待が無いのです」
「……えぇ?」
イマイチ意味のわからない言葉に、首を傾げる。
「それこそMSや、キャッシュディスペンサーなんかと同じなんですよ。
ソムリエは少し言い辛そうに、言葉を選ぶように、続けた。
「
つまるところ相手を人間と思ってないから、頭下げても敬語使っても何も感じないし思わない、そういうことらしい。
「何よそれ……え、じゃあ私は?」
「私情も興味も期待もある、ということですよ。第8艦隊駐留時に酒を飲んだ際言っていました。『あれだけ見事に貧乏くじを引いた人間を見たことがない、不器用な上にタフとか不幸への適正が高過ぎる、他人事でよかった、胃袋にいつ穴が空くか賭けない?』、と」
「殺人が許されるレベルの煽りじゃん」
「こ、殺したい……それと一緒にお酒飲んだ話、私聞いてないわ? 報告漏れかしら、大尉」
そして、下世話な呼吸の使い手は追い詰められた死地にて最強。
「そういうとこですよ」
「ちなみにどこで?」
「私の部屋ですが……」
「重大な報告漏れだわ大尉。本日夜までに詳細な会話内容と距離感、位置関係、ワンナイトがあったかをまとめて報告貰える?」
二の型、隙あらばシモ事情。
「そういうとこですよ」
「そういうとこだな」
ムウとナタルは、これからアラスカまでの道中は余裕で保ちそうだな、と思った。
――――――――――――――――――――――――――――
「ここが、モルゲンレーテですか……」
アークエンジェルを格納したドックに降り立ったキラは、興味深そうに周りを見渡した。
「オーブの技術力の屋台骨、人様に言えない開発なんかもやってるらしいな」
カスが補足しながら、駆け寄ってきたオーブの整備員に補充が必要な弾薬リストを渡す。
「そんな、悪の組織じゃないんですから……」
「バカだなぁキラ。この国はな、いっそ悪に振り切る位の方がよかったんだぜ? だからどん詰まりになるのさ」
キラはうーん、と苦笑い。
「セイルさん、本当にオーブのこと嫌いですよね」
「そんなことねえよ。何度か来てるが、酒と風俗街は好きだぜ?」
「それはそれでどうなんですかね……」
そんな師弟にして上司部下の会話をしていると、横合いから女の声が掛かった。
「ようこそ、モルゲンレーテへ」
そこまで長くない髪を後でまとめ、動きやすいパンツスタイル。
いかにも仕事のできそうな、切れ長の瞳が特徴的な美女だった。
「私はエリカ・シモンズ。ここのMS主任設計技師をしています」
そう言いながら、手を差し出す。
「は、はじめまして……あの、今MSって……」
その手を握り返しながら、キラは恐る恐る尋ねた。
「貴方が乗るストライク、その技術の出処はもう知っているのでしょ? 取り繕う方が不自然だわ」
からかう様に笑うが、美人なので嫌味になっていない。
そこへ悪玉菌が襲来する。
横からキラの手を振り払い恋人繋ぎのように指を絡めて握りつつ、その細い腰を抱き寄せる。
「はじめまして、麗しのミセス・シモンズ。んー、いや、貴女と一秒でも早く仲良くなりたいのでぜひ愛称で呼ばせてくれ、エリー」
カスは握った指に嵌められた指輪を感触だけで察してミセス、と呼んでのけた。完全に
「ええと、私は既婚者ですので、子供もいますし……」
急な接近に戸惑いを隠せないエリカは、カスにとってはスパイスか燃焼剤になる言葉を漏らしてしまう。
「ああ、大丈夫。
本当に慣れてそうな軽さだった。
指を握る手を離すと、カスはポケットから束にしたプリペイドカードを取り出し、キラへと放る。
「キラ、こいつをマードック達に渡して来い。ここの連中に整備を引き継いだら、それで好きなだけやってこいと伝えろ。あ、そっから2枚くらい抜いて、お前もちょっと外出て来い。友達も連れてな」
「え、いいんですか?」
「砂漠での大戦果のご褒美だ。女買ってもいいぞ。詳しいことはマードックに教えて貰え。俺が世話してやってもいいが、それだとお前性癖歪みそうだからな。さ、こっちはこれから大人の時間だ。子供は立ち入り禁止だよ」
さらにウエストを抱く手に力を込める。
危機感を感じつつ、エリカが慌てたように止める。
「いえあの、流石に入港自体が秘密裏なので外出までは……」
その言葉に、カスはすぐさま対応する。
「あ、そっか。うっかりしてたな。キラ、マードック達に外出るなら私服で、問題は起こすなと伝えろよ。お前らもだぞ」
基本的にバレなきゃいいだろ、というのは普通に生きている人間には通じないセオリーなのだが、それがカスにはわからない。
「そういうことではなくてですね……」
言い淀むエリカに、やむを得ず取り出した通信端末で知己の奴隷へと通話をかける。
「……あ、もしもし? てめえ俺からの連絡には0.5コールで出ろや舐めてんのか……あ? 国防の会議中だ? ボケが、今更何やってもこの国の寿命は延びねえよ! あんまグダついてると頑張ってお行儀良くするのやめちまうぞコラ」
人が変わったようなカスの怒声に、抱き寄せられたエリカが唖然とした顔を見せる。
「……けっ、最初からそう言や良いんだよ。おい、バカガキ捜索の貸しを返せるぜ。今すぐウチのクルーに私服での外出許可を出せ。使った金も全額出国前に補填だ。は? 権限? 上司にケツ貸してでもそれをもぎ取るのがお前の誠意なんじゃねえのか?」
どうやら相手はキサカらしい。
貸しとは、この前のカガリ遭難時の捜索に関してだろう、とキラは当たりをつけた。
「無理? 俺の聞き間違いか? お前、地球連合の諜報部門がこの国に、まさか何も仕掛けてねえとか思ってんじゃねえだろうな? 俺がバナディーヤでやったことはガキから聞いてるよな?」
交渉の姿か……これが?
「何故か中立国にいた地球連合軍人が、
歴史ある地球連合軍人の姿か……これが?
「俺は別に、オーブにいることが知られても何も困らないんだぜ? わかるか? 放送される内容が銃撃戦に巻き込まれた民間人の死傷者数になるか、カルガモ親子のほのぼの映像になるかはお前次第だっつってんだよ。あ?……一分以内に折り返さねえと今すぐ
通話を切ったカスを見て、キラは朧気ながらも理解した。
カスに弱みを握られ貸しを作るということは、こういうことなのだと。
30秒くらいで、カスの端末が着信する。
「おう……ご苦労。次からも励めよ。ん? バカお前、さっきの会話を聞いてなかったのか? 俺らがウズミと交わした条件は、ガキをここまで連れてきた代わりに艦の整備と補給、
え、と言う目がエリカからカスへ向けられる。
「具体的に言ってやろうか? 今からモルゲンレーテで
凄い、自分だけが一方的に要求を通した挙句プラマイプラで交渉を終わらせた。キラは感心していた。絶対に自分じゃできないし、同じ立場にならないよう誓ったが、それはそれとして感心していた。
「キサカが外に出て良いってさ」
サムズアップするカス。
「絶対良くないでしょ、どうして軋轢ばかり産むんですか」
「認知した覚えはねえのに次々産まれんだから仕方ねえだろ」
余りにも外道。
「発言のカス度が限界突破してる……!」
「大体、お前らここで降りるつもりねえんだろ? なら、せめて今は羽を休めとけよ」
カスからの言葉に、キラも切り替えることにした。
友達と街に繰り出すなんて、いつぶりだろうか。
「……了解です。あの、後で艦長たちから怒られたりしませんよね?」
「別に怒られたって数分の話じゃん。コスパ的に遊ぶのが鉄板でしょ。オラ、行け行け!」
「は、はいっ!」
追い立てるようにキラをアークエンジェルに向かわせると、カスはようやくエリカへ視線を向けた。
「さ、エリー、邪魔者は消えたね。まずは君の話を、ゆっくり聞かせてもらおうかな」
笑顔だ。この男は努めて爽やかな笑顔を自分に向けている。
エリカはそう予感していた。何故か。
「お子さんの話なんか、良いと思うんだ」
きっと口から溢れ出す話題の、禍々しさを誤魔化す為なのだろう、と思った。
リテイク◯回目
僕『違う、もっとゲスく笑わせて。歯を見せるんだよ』
AI君『うんしょ、うんしょ』
僕『ッ(舌打ち)、もういい。次はドブに落ちた犬を見る目をさせて』
AI君『えい、えい』
僕『なんでドブに落ちた犬を拾うんだよ、踏みつけながら笑わせろよ当たり前だろ』
AI君『う、う……』
僕『犬耳を生やせとは言ってねえよ!……わかった、バカを見下した目をさせて』
AI君『あ、あ……』
僕『やれやれ、しょうがないなぁ。って顔させるんじゃねえよ、道端の糞を見る目だっつってんだろ』
AI君『』
僕『糞を弄ぶ小学生ではねえよバカが。やり直し!』
AI君『』→最初に出力した絵に戻る
僕『久し振りですよ……私をここまでコケにしたおバカさんは』
人の叡智が作ったもんならカスも作ってみせろってんですよね。
で、生まれたのが俺って訳
カス(イメージ画)
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