前夜祭の最終話です。
アラスカ基地内には様々な設備、施設がある。
トレーニング室や講義室、ビリヤード等の娯楽も揃っている。
今、セイルがいるバーも、そうした娯楽施設の1つだ。
「隣、よろしいですか?」
声を掛けてきた男の方を見ると、珍しくセイルの顔に驚きの色が浮かんだ。その間に、男はセイルの横のカウンター席に腰を下ろした。
「……ヘイ」
一声、カウンターの向こうにいるバーテンダーへ声を掛けると、手元のグラスに注がれていたアイ・オープナーを一息に煽った。
「あー、シャンディガフを」
バーテンダーへ次の注文を告げる。
「かしこまりました……そちらのお客様は?」
恭しく頭を下げると、セイルの隣に座った男へも尋ねた。
「では、モヒートを貰えますか。ここは蒸しますからね」
注文を終えた男は、腕時計を外してバーカウンターに置くと、バーテンダーから差し出されたおしぼりで手を拭いながらセイルへと体を向けた。
「はじめまして……そちらはどうやら、僕の事はご存知のようですが」
「こんなところで有名人に会えるとは驚きだ。ミスタ・
セイルは全く感情の籠もらない声で答えた。
「結構、私もあなたの事は、以前から興味がありました……最も、戦果を伝え聞いた限りの、書類上の話ですが」
男……ムルタ・アズラエルは挑戦的な笑みを浮かべた。
「ブルーコスモスがお嫌いとか?」
「射的の的に好き嫌いを言う程ガキじゃねえよ、と言いてえところだが、目の前を蚊が横切ったら殺すだろ? それに近い」
アズラエルは肩をすくめた。
「生理的嫌悪、的な?」
「まあ、その辺りだな。気持ち悪い連中だよ……だからまあ、慈善活動として見掛けたら殺すようにしてるのさ」
アズラエルの額に、一瞬で引き抜かれたコンバットマスターが突きつけられた。
「おっと……僕が蚊に見えます?」
茶化した物言いのアズラエルだが、額には汗が浮かんでいた。
少し、歯の根も震えている。
しかし、それをアズラエルは隠さなかった。
「どうかな……だが銃声に答えを委ねるのも、時には悪くねえと思ってるよ」
アズラエルがセイル・オランチョという人間について調べた限り、恐らくは駆け引きや化かし合いの類で、正面から勝とうとするのは相当難易度が高いと判断していた。
基地内の被カス者へもヒアリングしたが、アズラエルの目から見ても他者の考えや感情を読み取ることに異様に長けているのが伺える。おまけに『何故そうなるのか』に対する深掘りの精度が高いのだろう、浅い考えで相対すると常に見透かされた様な言動でイニシアチブを取られてしまう。
それが嫌で暴力に訴えてみれば、むしろ相手の方が暴力に長けているという、何の冗談なのだろうか。
弁舌が立つならせめて暴力は苦手であれよ、とアズラエルは思っていた。
つまるところ、セイルが見ているのはこちらの反応と、そこから伝わる胸の内なのだ。
隠せばそこから意図を読み取られる。
恐ろしく洞察力の高い猛獣とは、きっと彼の様な存在を指すのだろう、とアズラエルは思っていた。
だから隠さない。
隠そうとする意思、意図を、隠さないことで隠す。
「実は僕、コーディネイターが大嫌いでして」
「だろうな」
銃口の向こうに覗く目は、僅かな温度すらなく、それでいて冷たくもなかった。今自分がここにいる意図を悟られたら、それが少しでもこの先害になると判断されたら、この男は躊躇いなく引鉄を引くのだろうと確信できた。
「出来れば叩き潰してやりたいんですが、これが中々難しい」
「で?」
「……あなたの力を借りたいんですよ。開戦以来、個人で一番多くのコーディネイターを殺したあなたの力を」
「お待たせ致しました」
そこへ、バーテンダーが注文したカクテルを差し出してくる。
「オランチョ様、次店内で発砲したら出禁にすると、店長が申しております」
ついでの一言に、興が削がれたのか銃を引き、懐へと戻すセイル。
「で、つまり? 書き出しが抽象的な企画書は見ないで捨てることにしてるんだが」
「同感です。では、やはりビジネスの基本、単刀直入に行きましょう」
銃が下げられて調子を取り戻したアズラエルは、グラスに手を掛けた。
モヒートのグラスにストローは刺さっていなかった。クラッシュアイスがやや大ぶりなことと、軍人向けの店でチマチマした飲み方をする客が少ない為だろう。
それを一息で半分飲み干す。
「……あなたの力を使いたい。私は別に、連中を絶滅させてやろうなんて考えてる訳じゃない。彼等だって使いようだ。でも今のようにこちらの頭を抑えつけるようなやり口を黙って見ていてやるつもりもないんです」
アズラエルの目は、目だけが、笑っていなかった。そして真実、それだけがこの男の本気を示している事が伺い知れるものだった。
「ただ戦争に勝つだけじゃなく、完全な統制下に置き2度と刃向かえないよう首輪をつけて飼いならす。僕が欲しい未来はそれです」
セイルもまた、グラスを一口に飲み干すと、タバコを取り出して火をつけた。
「ボストンクーラー、濃いめで頼むわ」
「かしこまりました」
注文をしてグラスを下げさせると、煙を吐いて目の前の胡散臭いスーツを着た男を見る。
「俺がそんなイジメっ子みてえな目的で戦ってると思ってんのか?」
「まさか。むしろそんな人間の方が稀でしょう。ブルーコスモスにならいるんでしょうが、まあ、なんです。武装テロ未満の賑やかしやってる人達じゃあ、到底無理な話だ」
さらに一口、それでモヒートは終わりだ。
話はまだまだ序盤。次の酒がいる。
「キューバ・リブレを。レモンは刺さなくて結構」
「かしこまりました」
「あなたが戦い、勝ち続けた先に、そうした結末があればいいと考えています」
アズラエルは懐からシガレットケースを取り出す。
中には
「吸うのか?」
「付き合い程度には。遥か昔にはオフィスで吸ってた時代もあるようですけどね。僕が普段付き合ってる人達には、大抵好きな場所で吸うって人が多いんですよ。なんで、持ち歩くようにはしてます」
所謂お付き合い程度の嗜みとして、アズラエルは咥えた小巻を一緒に取り出した細いガスライターで炙り、火を着けた。
「そのナリでタバコは似合わねえな。無理して悪ぶってるみてえだ」
「よく言われます。言った連中で無事に済んでるのは、あなたが初めてになるでしょうが」
「実際悪いことしてますってツラだな」
セイルは煙を吐き出した口を笑みの形に変えながら揶揄った。
「実際悪いことしてますから」
アズラエルは肩をすくめて軽口を叩く。
「お待たせ致しました」
再びバーテンダーが酒を差し出す。
グラスを持ち上げながら、セイルは独り言のように語り始めた。
「…………この戦争はクソだよ」
口を湿らすように酒を舐める。
「そもそも本来は、もっとソフトランディングに受け入れ方法を模索していくべき人種だったんだ、コーディネイターは」
「ふむ」
「だが、ジョージ・グレンがご破産にした。お手軽に金メダリストが造れるってキャッチコピーに、無能な馬鹿が飛び付いた」
更に一口。トールグラスに入ったカクテルが、それで半分消える。
「当時は酷い騒動だったと、父から聞きましたよ」
アズラエルも、グラスに口をつけた。
爽やかな酸味と炭酸が、ラムの甘い香りを運んでくる。
香りの強さがいい塩梅だ。どうやら、このバーテンダーの腕は確からしい。
「種としての人類は、コーディネート技術によって1つ上のステージに上がったと言う奴等もいる。だが違う、それじゃ出生率の低下はどう説明する? 人類が進化するとセックスの価値が下がるのか? そんな進化は願い下げだね」
「つまり彼等は間違った方へ進化した人類だと?」
「サーベルタイガーなんかと同じさ。強烈な個性ばかりが目について、結局先がどん詰まり絶滅した。優秀なオツムしてんのに、MSなんて作ってるのが良い例だ。あんなのは人が潤沢に使い捨て出来る方の専売特許だろうに」
「兵器としては、優秀なプラットフォームだと思いますがね。1人で多くの役割をこなせる」
「そこだ。開発が進めば、最後は性能競争になるのが目に見えてる代物だろ。なら、結局は数を揃えた方に軍配が傾く……どうせこっちでももう、試作のテストは終わってんだろ? じゃなきゃ、MS用の試作ブースターなんか作るはずねえからな」
ブリッツに付けた試作品を思い出す。
あれはもう、あの出力を機動に使う事前提のMSが無いと設計されないものだった。
「ああ、あれね。高い金かけたのに紛失したと聞かされた時は、どうしてやろうかと思いましたよ。あなたが使っていたんで?」
「モノは悪くなかった……つかヒゲが言ってたパトロンってお前かよ」
喋りながらも酒は進む。
お互い丁度、手元のグラスが空になった。
「んー、ダーク・ラムでなんか。センスで」
「僕はグリーンアイズを。フローズンスタイルで」
「かしこまりました」
「俺は別に、コーディネイターだって
吸い終わったタバコを、灰皿に捨てる。
「線引き?」
アズラエルの小巻は葉巻の一種であり、まだ半分ほどの火の進みだった。
「隔離ではなく、区別の為の線が。それを踏み越えたら戦争になるという、明確な線がな」
「法整備のことを言ってますか?」
その問いに、セイルは首を降ると、意思の籠もった目をアズラエルに向けた。
「それもある。だが、それだけじゃ足りねえ。きちんと全ての人類に思い知らせる必要があるんだ。
アズラエルはその言葉を噛み砕くように反芻し、理解を示す。
手元の灰皿に、まだ火の着いた小巻を置いた。
「ああ、バランサーが抑え役になることで、ナチュラルとコーディネイターをフラットな関係にしたいんですね。相互にメリットデメリットが釣り合っていれば、人類は敵とでも手が取り合える。謂わば、永遠に続く冷戦のような」
「うん、そうだな。でもその為には必要でしょ。
「どうぞ、プランターズパンチとグリーンアイズです」
「いい色だ……」
赤味がかった茶色の液体が注がれたタンブラーグラスを持ち上げる。
「自らがその、最初の抑止力になる、と?」
「ま、さ、か、やだよ面倒くせえ……ただ、戦争すると俺みたいのが徒党を組んでやって来るぞ、どうすんの? 思ったよりも優秀じゃねえお前等は、また沢山死ぬぞ? と、それを考えてもらいてえのさ」
アズラエルはグラスを持った手の人差し指を、器用にセイルへと向けた。
「あなたに、そこまでの価値と実力が?」
「それを示す為に、俺は未だに戦ってんだよ。その気なら、ユニウスセブンの時に功績抱えてブルコスについて円満退役してたわ」
実際そういう話はあった。
ブルーコスモスの支部長にならないか、という誘いだ。
勧誘に来た者は今も宇宙の何処かを漂っている。
「重厚長大な目標ですね……しかし、ならば尚の事、僕からの提案は受けて貰いたいものです」
一歩踏み込んで、アズラエルは交渉を進める。
話していて、この男とは目指すゴールは違えど過程そのものに大きな差は無いと感じていた。
「えー、でもブルーコスモスはなぁ」
ぐい、とグラスを一気に空ける。
どうでもいいがこの男、先程から酒のペースが速い。
2-30度はあるカクテルなのだが。
「編成にはあなたの意見も取り入れますし、何より、近々竣工予定の新造艦艦長に、ナタル・バジルールを予定しています」
その名前に、セイルの目が細まる。
再度、目の前の男の殺害が検討され始めた。
「…………ハァン?」
「アークエンジェルの同型艦なんですよ、なら経験者をってね。そこで率いてみたくはないですか? あなたの部隊を」
機敏にもそれを悟ったのだろう、珍しく言い訳から入りつつも、アズラエルは尚も駒を進めた。
「……別にお前の目的の為に戦うつもりはねえぞ?」
何故ならまだ、この男は明確な拒否をしていないからだ。
ビジネスとして見れば、こんなのはまだまだ押せ押せのステータスなのである。
「でも、少なくとも、あの宇宙人共に現状で一番痛い目を見せられるのはあなただ」
アズラエルは嗜虐を滲ませた笑みで言葉を締めた。
「あの目障りな砂時計を、叩き折る瞬間位は見せて貰えそうだ」
セイルは大きなため息を吐くと、指をパチリと弾いた。
「ロン・サカパを、ストレートダブルで……こいつと2人分」
「かしこまりました」
ここまでひたすらカクテルを頼んでいたセイルの急な変化に、アズラエルは尋ねる。
「カクテルがお好みかと思いました」
しかも自分の分まで頼まれた。
ラム系のカクテルを飲んでいたので、同じ熟成ラムのロン・サカパも飲めると思ったのだろう。
「ストレートやロックなら自前でやれるからな。スキルを味わうとこだこういうとこは。だが、男同士で乾杯するならショットだろ」
乾杯、その言葉に交渉の結果を想起して、アズラエルは少し緊張が解けた。大きな山を越えた気分だった。
「……まあ、わからなくもないです」
なので、雑談に興じる余裕も生まれてくる。
「1本数百万のワイン使って女コマしてるアンタにわかるのか?」
「やめてもらえませんか、悪質なデマを事実として語るのは」
とは言え、風評被害はいただけない。
「初デートのコースは?」
「そりゃまあ、相手の好みに合わせた店に予めワインを用意させて……やめましょうこの話」
そう、やめましょうこの話は。
「お前はアレだな、何食わぬ顔で飲ませた後、店員経由で偶然値段が女の耳に入るような工作をするタイプだな」
「……嘘でしょ、見てたんですか? やめてください、別に初回でベッドインに持ち込んだ訳ではありませんよ」
アズラエルはやっぱり気を引き締めることにした。
ついうっかりでヤバい話をさせられそうだった。
「自分の手で組んだ計画は、完遂の瞬間を間近で見たがる感じか。社長が現場主義だと、部下は苦労しそうだな」
「皆さん、全力で僕を支えてくれる良い部下ですよ」
アットホームさと驚きの白さが自慢の会社だ。
何せどの社員に聞いてもそう答えるのだから。例外はない。
「お待たせ致しました」
黒蜜の様な液体が注がれたグラスが2つ、2人の前に置かれた。
「乾杯しようか、ムーたん」
「待ってください。それはまさか僕の事ですか?」
ムーたんは抗議の声をあげた。
「アズにゃんとどっちがいい?」
「地獄の2択なんですよね………………いや、どちらも嫌ですよ。人前で呼ばれたら積み上げてきたものが終わります」
アズにゃんは抗議の声をあげた。
「じゃムルちゃまにしとくか」
「昔そう呼んだ同級生を一家離散まで追い込んだことを思い出しますね……ムルタでもアズラエルでも、好きな方にしてください」
その日の夜に一家が揃って土下座しに訪れたのはいい思い出だ。
彼等は今、どこで何をしているのだろうか。ムルちゃまは遠く思いを馳せた。
「わかったよ、ムルちぃ。さ、乾杯だ」
「クソですね、なんでこれでこれまで殺されてないんです?」
セイルとムルちぃのグラスが合わさり、軽い音を立てた。
「俺を殺そうとする奴は、何故か皆俺より弱いんだよ。努力が足りねえんだろうさ」
「……軍人さんには、是非ともしっかりしてもらいたいものです」
いや、それで正規軍のコマンドーを撃退しているのだったか。
全盛期シュワちゃんのターミネーターが10体いればギリ、という少将の言葉を思い出した。
「しっかりした軍人さんはご家族が弱みなんですね、ここテストで出ます。嫁か娘が1人で歩いてるとこを後ろから撮った写真がラッキーアイテムです」
やっぱ駄目だ、人間でこいつを仕留めようとすること自体が駄目だ。
「脅し方が熟れ過ぎててただのギャングなんですよ」
脱力したアズラエル、濃厚な漆黒のラムを一息に飲み干した。
「それで、いつまでこの基地に?」
雑談は続く。
「え? ああ、まあ明後日には発つ予定です。あなたも行きますか? 辞令は後付けになりますから、多少ゴタつくかもしれませんが」
「いやー、いいよ。どうせもう少ししたらザフトが降ってくるんだろ? そん時のドサクサに紛れてフケるわ」
そう思っていたのはアズラエルだけだった。
「……おや、悲観的な予定ですね。ここはアラスカですよ?」
何とか、顔や声には出さずに返せたと思う。
「立場を自覚するんだなお坊ちゃん。ブルコス派閥が極端に薄くなってるこの基地に、なんで盟主がわざわざ顔出すんだよ」
セイルは2本目のタバコに火を着けた。
先程灰皿に置いた小巻は、もう殆どが灰になりつつあった。
今、アラスカ基地にはブルーコスモス派閥の兵士がほぼいない。
それはアズラエルが派閥の将校達に指示したことであり、当然その指示をする理由もあった。
勘の良よければ気付く者もいたが、どうせまた何か、碌でもないことをやっておるんだろうと思われる程度の違和感だ。
戦争中なのだ。誰と言わずとも反コーディネイターの兵士は多いし、言動が過激になりがちなのは男所帯の宿命だ。大きな問題はないと、アズラエルは考えていたのだが。
「地球でしかイキれないブルコスが、まさか連合軍の本拠地でこんなに数を減らすなんて、誰かの意図があるって言ってるようなもんだろ。取りまとめやってる将校もハルバートン派閥のデブだし。要は、ここには見切りをつけたんだろ?」
だが、この男は違った。
恐らくは、この偏った配置に対する答えを考え続けていた。
その上で、目の前に現れたアズラエルを紐付けて答えを導き出したのである。
「しかもアンタの目的はコーディに痛い目見せたい、と。ああ、いい手だよ。地上拠点が減れば、嫌でも戦いの場は宇宙に移るもんな……だが、アンタは商人だ。手持ちの資源をタダで捨てる筈はねえ」
違う。アズラエルが何故ここにいるのか、アズラエルの性格を加味して推測し、そこから逆説的に配置の不自然さを結び付けたのだ。
「敵を誘引して自爆なんて、如何にもなやり口じゃねえか。ここに来たのは、最終調整を自分でやりに来たからか?」
もう質問の答えは求めていないのだろう。
考えを整理するように言葉を続け、ハッとしたように目を見開いた。
「ん? 違うなぁ……だってそれじゃピースが足りねえ。そう、どうして今、ここで、
アズラエルは背筋に寒気を感じた。
酒で上がったはずの体温が、足元から抜けていくような錯覚に陥る。
「あ……はっはぁ、タレコミ屋抱えてんのかお前。おいおい、それで知り得た情報を元に自爆トラップとはやってんな……ブタ共は知ってんのか?」
辿り着かれた。
異常とも言える観察力で看破されたアズラエルの動揺を最後のキーとして、セイルはそこに辿り着いた。
最早ここから隠し通せる道はない、とアズラエルは震えを抑えるように唇に力を入れた。
「ええ……ええ、勿論。今ここにいるのは、各部隊の爪弾き者や反ブルーコスモス、最期まで基地に残る前提の幕僚陣です。当然、上層部は全て知っていますよ」
そう言うしかない。
逃げ出そうものならまず間違いなく、この男は銃を抜くだろう。
「反ブルーコスモスを集めたのか。しょうもねえ権力闘争の片手間とは、余裕のある戦争してて羨ましいぜ」
「…………止めないんですか?」
「なんで? 潤沢に人を使い捨てに出来るのはナチュラルの専売特許だろうが。どのみち成層圏からここを落とすつもりで攻められたら、アラスカは保たねえよ。第8艦隊が動けなかった理由の8割はそれなんだからな」
セイルの声は冷たく、呆気ないものだったが、アズラエルはその裏にコールタールのような怒りがこびり付いているように感じた。
「ああ、その企みは正しいよ。使い捨て止む無し!」
笑って言い切りながら、再度、アズラエルが瞬きする間もなく、銃口がその額に押し付けられた。
「ああ、正しいよ……やっぱ殺しとくか……ここのグラスホッパーは美味いんだが、残念だ」
「……賭けをしませんか」
ビジネスの場において、ハッタリは時に必要だ。
だが何の勝算もないハッタリを口にするのは、アズラエルにとって人生で初の行為だった。
「アーハン?」
トリガーに指がかかる。
「この戦争が終わった時に、世界が僕とあなた、どちらの望むものになっているかを」
「賭け金は?」
「お互いの望むものを。僕が勝てば、宇宙人共を完全に支配下に置くために協力して欲しい」
アズラエルは続けた。
更なる出任せを。
命懸けのデタラメを。
「あなたが勝ったら、欲しがってる中立軍、用立ててご覧に入れましょう」
だから目は逸らさなかった。
数秒、間を置いて銃口が離れていった。
「
セイルはそれだけ言うと、椅子から立ち上がった。
「合流場所はお前がここから発つ時までに知らせろ。気が向いたら行ってやる」
そしてアズラエルには一瞥も落とさず去って行った。
その姿が扉の向こうに消え、ようやくアズラエルは肩の力を抜いた。滝のような脂汗が全身から噴き出してくる。
どうやら切り抜けたようだ。
あの会議で、あれだけアズラエルに対する感謝の声が大きかった理由が、ようやく身に沁みて理解出来た。
「お疲れ様でございます」
バーテンダーがチェイサーを差し出してくる。
「どうも……ああ、ここの払いは僕に……一つ貸しとしておきましょう」
そんな軽口以上に、重圧から解放されたアズラエルの心は軽かった。
「よろしいのですか?」
「構いません。軍票は無いので、カードで」
ただしばらくは、自分は立てそうもない。
腰が抜けた、などと、簡単に言える程ブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルのプライドは安くないのだ。
「ついでに、ホットワイン貰えます?」
仕方なく、飄々と、皮肉げに、先ずは今夜の生還を祝う祝杯を挙げることにした。
セイル・オランチョという人間の再定義みたいな回になりましたね。
うちの盟主は若干マイルドかもしれません。
アズラエルは原作で禁煙者という設定はありませんでした。
つまり喫煙者と言うことです。(断言)