アラスカ終わらせたい……ずっと真面目なテンションなの辛い……
ゴウン、ゴウン、ゴウン
巨大な機械を稼働させるためのファンの音が閉鎖空間に響き渡る。
パラボナアンテナのような形をしたサイクロプスの群れが、その内に秘められた無慈悲な死を撒き散らすべく、臨界に向けて稼働を続けていた。
それらを眼下に見下ろせる区画に、2人の男女がいた。
「はぁ~い、今緊急で動画回してまーす。何と、地球連合軍の基地の地下でサイクロプスを発見しちゃいましたー!」
フレイがノリノリでリポートをする様子を、端末のカメラで撮影するカスである。
「いやー、大っきいですねー。しかもたくさん! これが暴走したら、こんな基地なんか消し飛んじゃいますね! 本当に怖いです! 誰か素敵な王子様とか隊長が助けに来てくれないかしらー(チラ)」
フレイの思わせ振りな視線と言葉に、カスは端末のカメラは動かさず、咳払いを一つして口を開いた。
「こらこら駄目ムウよ。こんなとこで個人情報に繋がるような言動は慎むフラガ。身バレしたら後が大変デュミオンだろ」
厳かに個人情報保護の観点から注意を促す言葉に、フレイはハッとした表情になった。
「あっ、ごめんなさいたいちょ……ムウ・ラ、ラララ、タカさん!」
コンプライアンスはコズミック・イラにおいても重要視される考えだ。当然在学中からそれに関した教育はフレイも受けている。すぐに修正してきた。
「おっちょこちょいタカねぇ、ターカタカタカタカ……」
こうして個人情報は守護られた。
「ねえ、なにしてんの?」
カスの後頭部にゴリッと銃口が押し当てられた。
少し首を回せば、視界に『怒りを通り越した何か』の感情を浮かべたムウがいた。
どうやらカス達とは別のルートからこの場所にやって来たらしい。突貫工事だったのだろう、機材やコンテナが放置された場所なので、接近に気付かなかったのである。
「あれぇっ!? エンデュミオンの鷹さんじゃないスか! チィッス! 場ぁ温めておきましたんで! あとオナシャス!」
「きゃー! タカさん隊長! カッコいー!」
「悪質な印象操作をするんじゃねえ! 撮影までしやがってどうするつもりだ!」
カスの胸ぐらを掴み上げて怒鳴るムウ。
「いや、これ配信用に撮ってるから、ねえ?」
「戦闘中の軍事基地から一般ネットワークに繋がる訳ねえだろ! ニュートロンジャマーだってあるんだぞ!」
「だから、ここ脱出したら世界各地にいるVやってるセフレ共に実況配信させんだよ」
「……そいつらの視聴者数は?」
「全部足したら2千万届くかな位?」
「そんだけ見たらガチに受け取る馬鹿が出て来るだろうが!」
ヘラヘラしたカスはカメラを目の前の同僚へと向ける。
「タカちん世界デビューでフー☆!」
「ぶっ殺すぞカス! 撮んな!!」
切り抜き5千万pv、フリー素材化する未来が約束されたエンデュミオンのバカの方の英雄は近年稀に見るブチギレ加減でカスの方に詰め寄った。
ぐりん、とフレイにも目を向ける。
「お前も! 駄目だろこのカスにノセられたら! 親父さん泣くぞ!」
「パパはなんだかんだ私には甘いから……この動画も顔は隠して貰いますし……」
「なお、冒頭から画面右下には絶賛売り出し中の地球連合軍エースパイロットの写真を出しとく予定だ。ほら、月とかで活躍したオレンジのメビウスに乗ってる奴」
個人を特定させない配慮に満ちたディレクターの手腕だった。
「俺だろうが!」
しかし素人丸出しの疑り深いバカはなおも言い寄った。
「こういう負債は分かち合っていこうぜ。エンデュミオンからの付き合いじゃねえか」
「ならせめて、事前に許可を取れや!」
そもそも負債を発生させるなという話ではある。
「まあまあ、折角だからさ。これ見てどう思う? プロの意見を聞かせてくれよ」
カスはヘラヘラしながら、サイクロプスを指す
「チッ……マジで消せよそれ……つうか、これは本当に
手を離すと、ムウは目頭を揉むように押さえつつ言った。
疑いを口にしつつ、既に確信があるのだろう。その言葉は純粋に事実を確認する為のものだった。
「月でやったんだ。ここでもやるだろ」
カスは、肩をすくめた。
「にしたって……この数を暴走させたらアラスカは消えるぞ」
「消しても構わねえのさ。連合側でもMSの開発は進んでるし、ここから地上は地域奪還の為の襲撃戦が中心になる。デカくて動けない基地なんかはいいマトになるだけだからな」
ナチュラル最大の優位性と言える、数を活かした戦い方が本格的に始まるであろう事を、カスは既に予見していた。
アズラエルが、世界屈指の軍需産業の長が絡んでいるのだ。そうもなろうという予測がついていたのである。
「そうか、ただの軍事基地より生産拠点の方が価値が高い訳か。ビクトリアやカーペンタリアが取り返せればいいってか? 思い切り過ぎだろ」
「それは思う。だが少なくとも、MSで大気圏外から空挺降下したなんて経験した連中を軒並み消し去ることが出来る。プラマイで言や、悪くないトレードだ」
「まあ、こんな作戦なら向こうはベテラン揃えてるんだろうし……そこだけ見たらな。だが、味方も諸共じゃねえか……ふざけんなよ」
「恐らく地球連合は、決戦の場を宇宙に定めた。地上でしか使えねえ兵科ならここで使い潰してもいいんだろうさ。ザフトはほら、元々が宇宙がホームグラウンドの連中だから、この機に減らしておけば後が楽になるじゃん」
「クッソ……いつまでこんな事を繰り返すつもりなんだ、上の連中は……今回の配置換えだってあからさま過ぎるくらい、前線から遠ざかるもんだったし……怪しいと思って探って見りゃこれかよ」
ムウは堪えきれないように悪態をついた。
「勝つまででしょ。ウチの上もザフトの連中も、勝てばチャラになると思ってる。問題は、そうじゃねえのがお互いの上層部にボチボチいるってことなんだが……」
カスは煙草を取り出すと、安物のジッポで火をつける。
「どういうことだ?」
ムウの問いに、煙を吐き出したカスはニヤリと笑う。
「この襲撃は事前にこっちに漏れていた。だから上の連中はこんなデカブツを予め仕込めたんだよ」
「……漏らした側は、そうなる事も織り込み済みってことか?」
「ああ、そいつの狙いはイマイチわかんねえが、少なくとも双方の消耗を強いたいってのはあると思ってる。で、漏らされたこっちの人間はこれを機に派閥強化を狙った……反対勢力にこの基地を押し付けることでな」
それを聞いたムウの顔に、焦りと不安が浮かび上がる。
「おい……それじゃアークエンジェルの連中は……」
「ウケるぜ。あいつら今、艦載機ゼロの状態で航空師団の介護してやがんの。雑魚パイロットのスピアヘッド如きでMSの群れをどうこう出来るかよ……ま、生き餌ってとこだろうな」
「それを先に言え! すぐ戻るぞ!」
そんなムウに対し、カスは首を振った。
「それは無理。先約がある」
「先約だぁ!? こんな時に何を……」
苛立つムウに、いつになく真面目な目を向けて、
「悪いな」
言い切った。
その目を見て、何かを思い至ったのか、ムウはそれ以上に強要はして来なかった。
「……そうかよ…………中尉によろしくな」
ただきっと、ならば、この男は彼女の元に行くのだろうな、という確信があったからだ。
「ああ、あいつらのこと頼んだぜ……
「こんなに可愛くねえ後輩は初めてだぜ……任せろ」
ムウはそう言うと駆け出して行った。
カメラを止めたカスは、端末をポケットにしまう。
「恋する男子は決断が早いね……さ、俺等もそろそろ行くか」
その言葉に、フレイが駆け寄って来る。その顔には一抹の不安がのぞいていた。
「了解です、隊長……でもこんな動画撮って、何を狙ってるんですか?」
カスは吸いかけの煙草を根元まで消費して、踏み消す。
大量の煙が
「こういうのは隠せないから。絶対どっかで明るみになるんだよ。その時になってから『ぼくも知りませんでしたぁ』なんて言って信用されるか? 特に顔の割れてるエースなんかはすぐ槍玉になんの。先にこういう陰謀は許せないぜって側に立っとかないと駄目なのよ。むしろ率先してバラす側に回るべきなんだよ」
ある意味では生配信でなくて良かったのだろう。
内容の取捨選択と編集が出来る。
こんなやり方には断固反対するように改変した動画を、アラスカ基地崩壊からさほど間を置かず不特定多数にバラ撒く。人々に非人道的な行いに反対する2人のエースがいた事を世に知らせるのだ。
言ってしまえば保身に悖る行動であった。
このカス、その手の嗅覚は他の追随を許さない感度があるのだ。
「ま、個人的には楽でいいけどな、こういうやり方も。旧式兵器でMSが一網打尽に出来るならコスパ良いでしょ」
「そもそも戦わないって選択肢はないんですね……」
「人類が数千年掛かっても達成出来てないことが、今更出来るようにはならんでしょ。オラ、行くぞ」
「はいっ、着いてきます!」
こいつもなんか情緒が安定しねえよな、とカスは思った。
誰か適当な奴に押し付けておきたいな、とカスは思った。
「あー、キラかニコルがいればな」
人権のウェイトがミニマム級の2人を思い浮かべながら、カスは静かにため息をついた。
タカちんはこの後、クルーゼと軽く接触してました。
残念ながらそこで時間を取られ、クルーゼとカスはニアミスで会えませんでした。
■人物紹介
ムウ・ラ・フラガ
エンデュミオンクレーターで活躍した地球連合軍の誇るエース。
『エンデュミオンの鷹』の異名を持ち、ザフトのトップオブエースであるラウ・ル・クルーゼと熾烈な戦いを繰り広げた。
ヘリオポリス崩壊の危機に際し、新造艦であるアークエンジェルを援護し、そのままアラスカまでの道中を大いに助けた。
しかしアラスカが連合軍の仕組んだ罠により、味方諸共自爆する作戦をとったことに対し、用意されたサイクロプスの前で涙ながらに義憤に駆られた愛と正義の演説を行い、非道な行いを許さない自身の立ち位置を世界に知らしめることになった。
これは後に『竜驤鷹視にして無二の英雄』として大いに世間を盛り上げた。
撮影したもう一人の英雄、セイル・オランチョについても、一般的な評価とは裏腹に彼の盟友であり、志を同じくする同志として見られている。
劇場版では上のやり方に涙するセイルを励まし、奮い立たせ、その後単騎で戦場を駆け回り多くの連合、ザフト兵を戦場から離脱させた。
公開後のインタビューで『なんで誰も止めなかったんだ』『舐めてんのか』『真実というピースで作られた欺瞞』と、実際には語れないような陰惨な真実の存在を仄めかした。