そろそろ分岐かな…
いよいよ以て不味いな、とマリューが感じ始めたのは戦闘開始から2時間も経った頃だった。
急遽機体を貸し出したマグノフの働きは凄まじく、一時的に戦線を膠着させる事には成功したものの、侵攻してくる敵機をアークエンジェルだけで全て抑え込める訳もなく。
本音を言えば、今すぐにでも残存兵力をまとめて退却すべき状況だった。しかし、どこへ。それがマリューの思考を堂々巡りに追い込んでいた。
――グダグダやってねえでさ、逃げちゃおうぜ。
一瞬脳裏を、憎らしく、煩わしく、騒々しくも頼もしい男の声が聞こえた気がした。
その時、マグノフからの通信が入る。
『上空から新手! ジン3機!』
「対空砲火! 目測でよろしい、ってぇー!」
反射的に命じながらも、焦りからノイマンへの移動指示が漏れる。
ノイマンはいつでも艦を動かせるように構えていたのに。
足を止めた戦艦がどれだけ良いマトになるか、分かっていたはずなのに。
「2機、抜けてきます!」
チャンドラの、悲鳴のような報告すら、マリューにとって遅く聞こえた。すべてが、遅きに失していた。
ライフルを構えたジンが、重斬刀を構えたジンが、火線を掻い潜りブリッジへ向かって来る。
次の瞬間、ライフルを待ったジンが後方から飛んできたビームに撃ち抜かれた。
同時に、重斬刀を持った方の機体に3本の鉄杭が突き刺さる。
爆発も同時だった。
「い、今のは……」
マリューが呟くように漏らした声に応えるように、アークエンジェルの右舷前方から滲み出てくるように黒いMSが姿を現した。
次いで後方より、長筒を抱えた重装タイプのMSが。
2機共にザフトから強奪したのだろう、グルゥーに乗っていた。
その2機から、相次いで通信が入る。
『こちらブリッツ、ニコル・アマルフィ。アークエンジェルの撤退を援護します!』
『何やってんだよアークエンジェル、さっさと逃げろよ!』
ニコルとディアッカの声が、ブリッジに響いた。
「あ、貴方達、どうして……?」
マリューの言葉には戸惑いと、僅かに安堵が滲み出ていた。
『僕達、隊長から解放されましたので、自由にさせて頂こうかと』
『MS運用艦が、艦載機も無しに出しゃばるんじゃねえよ!』
事態が少しだけ、明るい方へ開けた様な気がした。
「……ありがとう、助かったわ」
『いいんです……僕はこのまま遊撃に出ます。ディアッカはアークエンジェル艦上で迎撃をお願い出来ますか?』
『任せな。ザフトレッドは伊達じゃないってとこ、見せてやるぜ』
そんなやり取りの後、飛び立つブリッツと、グルゥを乗り捨て艦上に降り立つバスター。
「あんた……大丈夫なの?」
ミリアリアがディアッカへと問い掛ける。
『何がだよ副隊長』
「今なら戻れるじゃない……あんたもニコル君も」
経緯はどうあれ、元々はザフトの人間だった2人だ。
そこに戻れる機会があるのなら、そうするべきだとも思ったからだ。
『べっつに……あー、面倒くせえ約束しちまったからな』
「約束……?」
――……ありがとう、ディアッカ……みんなを助けてあげてね
――私が祈って、あんたが守って……
『アルスターの奴とな……そんだけだよ』
それを聞いたミリアリアは、優しげな笑みを浮かべるとマイクをミュートにした。
「ここ抜けるまで、フレイは艦内にいるってことでお願いします」
殺人を決意した目のサイ以外、全員が頷いた。
マリューは心がホクホクしてくるのを感じた。
ノイマンとチャンドラは心の底から憐れむような表情で、そっと親指を立てて見せた。
ミリアリアはすぐにマイクを入れる。
「ありがとうディアッカ……あの子もきっと喜ぶわ……今も艦内で、震えていると思うから」
心の底から友達を心配するような声を出すミリアリア。嘘で塗り固めた嘘のシチュエーションから生まれる虚偽の会話に、なんでこんなに感情が込められるんだろう、と男性陣は思った。
『ケッ、だからさっさと降りとけばいいのによ……なあ、アイツと話せるか?』
飛び交うジンの群れを榴散弾頭で追い払いながら、ディアッカは意を決したような言葉を発した。
ミリアリアは無言で録音を開始すると、返答した。
「いいけど、あの子のいる部屋に応答設備はないから、あんたの声を届けるだけになっちゃうけど、いい? 出来たら励ましてあげてほしいの」
懇願する様な声を出すミリアリア。何もかも全部嘘の会話が成立していた。舵を持つノイマンの手が恐怖に震える。
『ふん……いいさ、繋げよ!』
対空、対多数にとにかく強いバスターを駆りながら、ディアッカは吠えた。
まあ、得意なシチュエーションでの戦闘でイケイケな為、無闇にテンションが上がってしまった副作用とも言える。
後年、ディアッカはこの時のことを繰り返し後悔する事になる……
『おい、聞いてっかアルスター! お前、俺に言ったよな? 祈ってやるから守れってよ!』
マリューはニヨニヨし始めた。
『守れって、ザフトにいた俺によ!』
きっと弱味を握った時の隊長って、こんな気持ちなのね。とミリアリアは学びを得ていた。
『守ってやるよ!』
サイはギリギリと歯軋りをした。
何だかんだ諦めだけは悪い男なので、未だにいつかまたフレイとやり直せると希望を抱いている。可哀想な男が歯軋りをした。
『俺がぜってえ守ってやっから、大丈夫だから……』
ノイマンとチャンドラは共感性羞恥で自殺したくなった。
いいないいな、俺もそんな青春欲しかったな。と思っていた。
『俺が、俺が絶対に! だから!』
連結させた砲塔で接近するディンの部隊を薙ぎ払いながら、ディアッカは吠えた。
爆炎に覆われた空をバックに仁王立ちするバスターは、まるで主人公機のような貫禄を醸し出していた。
『怖がらなくて、いいんだ……安心して待ってろ!』
パイロットはピエロだった。
同じく聞いていたニコルは、フレイがもう艦内にいない事は知っていたので、新たなる贄が生まれた事を純粋に憐れんでいた。
(そう言えばディアッカ、昨日は隊長に捕まって帰れなかったから知らないのか……可哀想に)
とは言え、それを伝えない事もまた友情であると思い込める程度には、彼もオランチョ小隊の一員であった。
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「おう、あったあった」
基地本部区画にある格納庫で、カスはアズラエルの用意してくれたスピアヘッドを見つけた。
「乗れ。マスク忘れんなよ、多分高高度を突っ切る事になるからな」
「はいっ」
フレイに声を掛けつつ、自分もコックピットで発進の準備をしていく。
「管制は……流石に機能してねえかな?」
ポチポチとスイッチを入れながら、管制センターへ通信を入れる。
「こちらTT-356特務機、セイル・オランチョ中尉、これより6番格納庫より発進する。管制センター、応答求む」
まあ、流石に誰もいないかな、と思っていたら、反応があった。
『……こちら管制センター。なんだい、まだいたのか君は』
それは、初日にアークエンジェルを出迎えた少将の声だった。
「おー、何だよ。少将が管制センターに詰めてんのか?」
エンジンを始動させつつ、カスは返した。
『何、事情を知ってても残るって連中以外は退避させてるからね。人手不足なんだよ本部は』
少将は言葉を終えると、ジャムを乗せたバタークッキーをポリポリ齧り、大さじ10杯で作ったミロをずびずび啜った。
「咀嚼音を通信に流すんじゃねえよデブ」
『ミロは良い。人類が作った甘味の叡智だよ、セイル・オランチョ君』
飛べないブタは恍惚の表情で追いミロをした。
「うぜえ……まあいいや。格納庫の扉開けられっか? 無理なら吹っ飛ばして行くけど」
カスの言葉に応じるように、少将はカタカタと手元のコンソールを叩いた。
『6番だったね……いいよ、1分後に開く』
「おう……それじゃ、達者でな」
『うん、君もね。ああそう、地下は見たかい?』
格納庫の扉が開くまでの間、雑談に興じるつもりらしい少将からの問い掛けに、カスは鼻で笑って答えた。
「ああ、アラスカ最後のパーティにしちゃシケた出し物だったな。予算が足りなかったのかい?」
階級差を考えれば本来あり得ない軽口を全く意に介す事なく、少将は1センチ程の厚さのジャムが乗ったクッキーをドロドロのミロにしゃぶしゃぶしながら笑った。
『生憎とあれで精一杯だよ。シルク・ドゥ・ソレイユの様にとはいかないがね』
むっちょむっちょとクッキーを食べながら、今度はカップに豆乳を注いだ。どうやら少将は健康志向らしい。
そして更にミロをふたさじ。茶色い沼みたいになったそれをしゅびしゅびと飲む。
「動物園の間違いだろ。サルとブタしかいねえけど」
『おいおい、ちょっと前までボスザメとコバンザメもいたんだよ?』
アズラエルと取り巻きのことだろう、とアタリをつけたカスは苦笑した。
「魚じゃん」
『鳥が目玉だったんだけどね、それも飛び立ってしまうらしい』
「ほら、俺は自由を愛する男だから」
カスの眼の前にある、扉が開いていく。
誘導員や整備兵が一人もいない閑散とした格納庫で、飛ぶために作られた鋼鉄の鳥に火が灯る。
『……君はそれでいいさ。あの頃のままで』
「おい、ジジイと昔話する時間はねえぞ」
『エンデュミオンの凶鳥、不吉を運ぶ鳥、しかし君は勝利をも運んで来てくれた』
「まあね。それが長所なもんで」
『僕は世界樹で君の戦いを見て、きっとこの戦争は勝てるだろうと確信した。何せ、優秀を自称するコーディネイターの新兵器だったニュートロンジャマーを、君は初戦で覆した』
あとは発進するだけだ。
カスはその前に、この温和で優しい元上司に、労いの言葉をかけることにした。
「世辞言ってもなんもねえよ……メスのガキかお孫さんいる? せめてもの礼に抱いてやるよ」
『殺すぞカス。あれをこの先もやってくれ、僕の希望。こんな基地は、君の羽ばたきを妨げるだけだろうから、私が貰っていくよ。どうか人類の良き翼となってくれ……さようなら、オランチョ中尉』
これがもう、最後のやり取りになる。それを察したカスの顔に、ほんの僅かに寂し気な色が浮かんだ。
「……ああ、さようなら少将殿。あの世に行ってもデブ活は怠るなよ?」
『天使の羽を唐揚げにしたら美味しいと思う?』
ちょっと想像したが、ヒト科の動物に生えた羽は筋が多そうだな、位しか思えなかった。
「いやー、どうかな……食い出はあると思うが…………じゃあな」
「うん、元気でね」
機体を発進させる。
飛び立ったスピアヘッドは、一度だけ管制塔の上を旋回すると、最高速度で遠ざかって行った。
「君の変わらぬ人類への献身に敬意を。悪意の翼で風を受けて、どこまででも行ってしまえ。さようならだ、セイル・オランチョ」
その機体に向けて、少将は椅子に座ったままで崩した敬礼をしてみせた。
「少将殿、ピザ食べますか?」
この場に残った数少ない部下が、特大サイズのピザを持って話しかけて来た。
「うん……? おいおい、ピザのペパロニは面積の8割以上に並べろと教えたじゃないか。そのピザは偽物だ、食べられないよ」
「サラミなら追加出来ますけど……」
部下が何本かのサラミを取り出す。
「いや……ならサラミをおかずにピザを食べるとしようか」
「ですね。しかし、思ったよりここまで被害が来ませんでしたね」
「各部隊の所でダマになってるみたいだね。時間の問題だろうが……何にせよ、組織的な行動が不可能になった隊は順次基地の外へ撤退か、再集結を命じるようにね」
「それで再集結を望むから、我々はここにいるんですよ、少将」
「……それもそうか……さて、食べるとしようね」
最後の瞬間が近付く中、いつもの様に、白ブタと揶揄される少将はニッコリと笑ってみせた。
頬がふるふると、揺れていた。
ディアッカ、未成年の主張。
色恋沙汰のテンションで道を踏み外す瞬間からしか得られない栄養がある。
アラスカはあとは予定調和ですね。