くぅ〜、っぱ主人公のお色直し(階級的な意味で)はアガりますよねぇ!
第85話 英雄待望症候群
ロサンゼルスの軍事拠点にて。
「遂に来ちまったな……俺の時代が」
真新しい将官の制服に袖を通したカスを見て、悪夢の様な光景だ、と秘書は思っていた。
「今日この時を以て、コズミック・イラは終了とする。新しい時代の名はセイル・オランチョだ! はーっはっはっはっ!」
アズラエルの要求である、セイル・オランチョの昇進は驚くほど簡単に実行された。
ここのところ宇宙では負け続き、局地戦でも苦戦する大西洋連邦では、戦死だの責任取ったりだので上の人間に程々の空きが出来ていた。
加えて、政治的な折衝に参加させるというアズラエルの言葉に、なら将官でええやろ、と前例のない少将への抜擢が決まった。
勿論いきなりは流石に無理なので、低軌道会戦まで遡り、戦果を反映。マイナス査定を一切考慮せずに忖度モリモリの評価をした結果、アラスカまでの間に中尉→少佐→大佐→准将→少将と飛び石で昇格していくこととなった。
かなり特別な措置ではあるが、アズラエル直々の指示ともなれば断る方が問題になるので、大西洋連邦側もなんとか無理を通した形だった。
後、いくらなんでも低軌道でMS20機以上の撃墜補佐ってなんだよ、という実績が強過ぎた。ここまでやったら何でも叶うよそれは、と査定をした軍人達は思った。
結果、我が世の春を謳歌するコズミック・イラ最悪の将官が爆誕した。
階級は少将。艦隊指揮権を持つ、軍隊トップクラスの上位階級である。
「俺の部隊は顔採用を適用する! 20歳以上、Dカップ以上必須だ! 処女は配属初日の夜に俺の部屋に来させろ! 野郎はコンテナにでも詰めとけ!」
「まだ君は自分の部隊を持ってないだろ……あと何そのルール。全部駄目だよ、最悪の部隊になっちゃうよ」
カスの面倒を押し付けられた中将が、『あ、大丈夫です、自分もう、人生に希望とかないんで』という表情をしながら窘めた。
50代半ばの、白髪が目立つ細身の男だ。
「中将殿ぉ! いけませんなぁ、そんな弱気では! ささ、女買いに行きましょう! 適当なセクキャバとソープを徴発する手続きはどこですればいいのかなぁ!?」
しかし、カスは経験上そうした顔の大人は舐めてかかる習性があるので無敵だった。全く意に介すことはない。
「そんな手続きはない、ないんだよオランチョ少将。どこの世界の終わってる軍隊だいそれは」
「なんと、シャイですなぁ中将殿! ではランパブとトルコ風呂施設にしましょう!」
「何も変わってない、変わってないんだよ少将。本当にね、駄目だから。手書きでも領収書貰ってきたら経費で通してあげるから、ね」
そう言って夜の街にカスを追い出しながら、中将は大きくため息をついた。
余命宣告を受けていると言われても信じるくらいに、暗くどんよりした目を、ずっと見ているだけだったアズラエルの秘書へと向ける。
「あのね」
「何でしょうか」
「どうなっても知りません、とは言わないですが、本当に彼に艦隊を持たせるのかは、きちんと吟味してくださいよ? 理事にそうお伝え下さいね」
あのノリで1,000人から指揮することになれば、大層な悲劇を生むだろうという確信が、中将にはあった。
大きなため息をつきながら、自室へと帰って行く。
「かしこまりました……お気持ちはお察しします」
その背中を、秘書の簡素な返事が追いかけていった。
その夜、手遅れだとは思いつつも、中将はカスの元上司である第8艦隊のハルバートンへと相談の為に連絡した。
話を聞いたハルバートンは通信先の月面基地にて、智将の通り名に相応しい理知的な瞳をしながら、蓄えた髭をひと撫でし、極めて穏やかな笑みを浮かべてこう言った。
『バカじゃねえの? 死んだわお前ら』
中将は反論しなかった。
概ねその通りであると認識していた。
『この通信、もう切っていいでしょうかな? 伝染りそう、そちらの不幸な末路が』
中将は反論しなかった。
概ねその通りであると認識していた。
『このままでは、中将殿が次の夏まで生きてられる可能性は限りなく低いですな……胃潰瘍的な意味で』
「その事について、力を借りたいのですよ。あの男を唯一御していた貴官に」
ハルバートンは見る者を安心させるような笑みを浮かべ、まるで小学生に算数を教える様な柔らかさで答えた。
『勿論良いですとも。コツはね、常に何かしらの任務を与えておくこと、間違っても指揮権等渡さないこと、ナタル・バジルールと必ずセット運用することです。ね、簡単でしょう?』
全部手遅れだった。
「……ですよね」
中将は胃がギュッと音を立てたのを感じた。
『そもそも、確かに奴は地球連合トップクラスのアーマー乗りですが、奴の戦術プランは奴が指揮すれば再現可能となる様な、簡単な代物ではありません。これは断言出来ます。第8艦隊でもそうでしたからな』
勇猛かつベテラン揃いで知られるハルバートン麾下の第8艦隊でさえ、あの悪名高いフッケバイン・プロトコルを完全に再現する事は出来なかった。
試行錯誤の末に生まれたのがレミング・プロトコルなのである。それさえも、第8艦隊だから辛うじで実現出来ているに過ぎない。それ程に要求レベルが高い戦術なのである。
当然、使い手のセイル・オランチョを頭に据えた所で、部下達が直ちに実行出来るような代物ではなかった。
『艦に押し込められれば、今の奴など凡将以下でしょう。罷り間違ってこのまま奴に艦隊戦の指揮など執らせてしまえば、大西洋連邦はいい笑いものになるでしょうな。あの凶鳥を鳥籠に入れたまま敗北した、なんて』
「ゾッとしない話です。それに、確かに彼は良い戦士であり、明晰なのでしょうが、余りにも我を通すことに躊躇いが無い。滅私で軍に仕える生き方は、まだ彼には早過ぎる……将官は、まだ早いのです」
ハルバートンは意外そうな目を通信先の中将へ向けた。
『おや、大西洋連邦にも話のわかる方がおりましたな。仰る通りです。少なくとも今のあの男にとって、少将等という地位は足枷以外の何物でもありませんよ』
モニターの向こうに映るハルバートンは、取り出した葉巻にマッチで火をつけた。分厚い煙を吐き出す。
『まあ、なんです。脅すような事を言ってしまいましたがね、多分大丈夫だと思いますよ』
「と、言いますと?」
『中将殿が仰ったんですよ? 奴は明晰であると』
高そうなもん吸ってんな、と中将は思いながら聞きに徹する。
『今我々が話した内容など、奴とて承知の上でしょう。なれば、勝手にさせておけば手を尽くしてまた前線に戻って来ますよ…………その為の犠牲は避けられないので、中将殿の胃は破壊されるでしょうがね』
「それをね、避けたいんで相談したんですよね」
ずぅん、と重みを増した胃を押さえながら、中将は嘆いた。
ハルバートンは朗らかに笑う。
『はっはっはっ』
更に煙を一口。
『ウケる』
「……やはり付き合いが長いだけありますな……よく似たお2人だ。実は親子ではありませんか?」
『殺すぞ……失礼、ぶっ殺すぞ』
第8艦隊ルールでは鈍器の使用までは許されるレベルの暴言にハルバートン、キレた。
「そっくりじゃないですか」
『コホン……まあなんですな。将官から佐官への降格など前代未聞ですが、いいんじゃないですか別に。連邦さんが叩かれるだけですし』
「そっくりじゃないですか」
中将はなんだかバカらしくなった。
金持ちの気紛れに端を発したトラブルに、どうして自分が巻き込まれなければいけないのだろう。
『聞けば、理事の政治家ごっこに付き合わされるのでしょう? 多分放っておけば方々の政治家や軍人相手にブレイキングダウンみたいな事を繰り返すでしょうから、覚悟しておくんですな』
まあまあ最悪な未来予想に、中将は泣きたくなった。
中将は歴の長い軍人ではあるが、実戦経験は殆ど無く、事務方寄りの才能を持っていた。そんなのが何で中将なのかと言えば、大恋愛の末に結婚した嫁の父親が当時の大将で、退役後は政治家として大成した故のコネ出世だった。
なのでまあ、軍上層部でもこうした汚れ仕事を押し付けられがちなポジションとなっていた。
先程は偉そうに『滅私で軍に仕える生き方』等と知った風な口を叩いたが、要は彼にとって軍人として生きるとはそういう事に他ならなかったからだ。
「そうも断言するとは、随分と彼に期待してるんですなぁ」
そう言われ、ハルバートンは髭を震わせて笑った。
『期待? バカ言わんでください。こんなのは当然の責務です』
「責務、ですか?」
『奴は紛うことなくクソであり、人類の汚点で、生き物と言うよりチンカスの方が類似点が多い存在ですが、戦果だけは本物なのです』
まろび出た言葉は汚かった。
「栄光ある第8艦隊提督の言葉か……これが……」
『あの汚物によく似た言動と、ドブを煮詰めて作った心を併せ持つ新種の人間型ゴキブリは、紛うことなく英雄です』
「そこまで貶してから戦果とか英雄ってちゃんちゃらおかしいですよ」
『アレには責任がある。
散々パンパン撃っておいて、目を瞑ってやっていたらしい。目を瞑っていたから当たらなかったのかもしれない。
『理事が奴をどう使うつもりなのかは知りませんが、どうせなら最前線でコキ使ってやって欲しいものだ。その為にも、奴には精々少佐くらいでいてもらわにゃ困ります』
「いや、流石に5階級降格は無法過ぎますよ。銃殺刑モノなのでは?」
中将はそう遠くない未来、もしかしたら似たようなあの男への罵りを口にしているのかもしれない、と思った。
だが同時に、英雄とやらが本当に存在するとして、それがあの男であったなら、それはまあまあ痛快なのではなかろうか。そんな風に思った。
ハルバートン、カスに将官相当の経験を積ませつつ自分のとこの懐は全く痛まないのでクソラッキー位に思ってる。