三馬鹿とカスの関係性はアルテミスの頃から考えてました。
早くそこまで行きたい。。
「ワシらも長い付き合いだな、ホフマン」
デスクについたハルバートンは、煙草に火をつけながら、しみじみと呟いた。
「ええ、そうですね」
ホフマンはハルバートンの斜め後ろに立ったまま、それに答える。
「組織内では上官と部下だが、ワシは相棒だと思っとるよ」
信頼に満ちた目を、ホフマンへと向けながら、ハルバートンは見る者を安心させるような大らかな笑みを浮かべた。
「光栄です、提督」
ホフマンは実直そうな表情を変えぬまま、淡々と礼を言う。
ハルバートンの目の前、デスクの上には1枚の書類が置かれていて、サインされるのを今か今かと待ち望んでいた。
本当にもう、ただサインするだけなのに、ハルバートンがダラダラと無駄話に興じ出して既に30分だ。
煙草も5本目である。
「謂わば、ワシがうしおでお前はとら、ヴァッシュ・ザ・スタンピードとニコラス・D・ウルフウッド、そしてカズマに対する君島、そんな関係だ」
「それ、私の側は全員死んでるんですが」
あと流石にうしおは言い過ぎだろ、ちょっと懺悔して来いよ、と思ったホフマンである。
「さあ、行こうぜ、君島ぁ!」
「誰が君島ですか。何と言おうがその書類にサインするのは提督ご本人なんですよ」
ホフマンは冷徹に告げた。
「君島ぁ!!」
シェルブリットのハルバートンは悔恨を滲ませた顔でデスクに拳を叩きつけた。ちょっと痛そうにしているのでパチモンにしてもお粗末だった。
「まさか、わずか1週間ちょっとの少将生活でこんなものを出しているとは……」
目の前の書類を忌々しげに見つめながら、ハルバートンは呻いた。
ホフマンもその点は同意しているのか、重々しげに頷く。
「姑息な事に、奴はその書類の起案者ではなく、推薦人です。この書類の提出には推薦人が2名必要ですが、その要件も満たしています。加えて起案者は中将、提督より立場が上です」
つまり、起案者の中将が、カスを推薦人につけてハルバートンへ依頼書を送ってきた形だ。それがハルバートンを悩ませている。
「流石にそれはな……拒否したら派閥も違う中将を、ペテン師呼ばわりするのと一緒になるし、何より……」
ホフマンが言葉を引き継ぐ。
「推薦人が連名相手が厄介です。セイル・オランチョ少将、ならびに地球連合軍の軍事顧問、ムルタ・アズラエル理事……無視は出来ません」
依頼書は中将が書いている。
推薦人にはブルーコスモス盟主にして、武器産業を牽引する業界の雄、ムルタ・アズラエルの名がある。
彼は軍事顧問だ。
下手に不評を食らうと、そいつのとこの装備一式が三世代は先祖返りすると噂されるくらいには、権力のある軍事顧問なのである。
ハルバートンが参考人についてケチをつけて書類を拒否すれば、即ち他派閥かつ上の階級である中将と、やたら黒い噂の絶えない軍事顧問兼ブルーコスモス盟主の2人を貶しているのと同義になるのである。
普通なら、そもそも彼等に第8艦隊に対して何かしらの要求をする根拠や理由はない。協議が必要だのと言い立ててれば時間稼ぎも出来ただろう。
しかし、元第8艦隊所属だったカスが、少将という立場が有効だったグレーゾーン期間に書類が出て来ているのが厄介だった。連合軍という大所帯にあって、将官2人に軍事顧問までが関わっているこの書類は、扱いがかなり重い。
「もういないじゃん、カス少将は。でも少将の立場が有効だった時の電子署名と紐付けられてるから、正規文書に載ってると無視が出来ん……なんでこいつを少将にしちまったんだ、あのクソボンボンは!」
「オランチョは少将だった期間そのものを遡って戦死処理が行われています。その点を指摘して、本来存在し得ない連名だと言えば、差し戻せませんか」
ホフマンが助け舟をだしたものの、
「無理だよ。中将の申請で法務チェックが通ってる書類だ。つまりこの書類は確実に、推薦人が存在していることを軍法が証明してしまっている。これを情報の不備で差し戻しにするのは、前例がない」
絶望の回答が返ってきた。
「ウチの内情を知っとる奴が参考人にいるせいで、要求の精度が嫌らしいほどに高い……クソが……せっかく復旧の目処が立ってきたのに……」
ハルバートンは書類を手に取り、その内容に目を落とした。
見出しはこうだ。
『MS共同を前提とした艦隊戦専門のタスクフォース設立に向けた組織間連携依頼』
そして内容は要約すれば、
『MS運用艦を中心に特殊機動部隊を作るから艦と人寄越せ、一番良い艦な。人は使える奴を上から順に寄越せ。あるのはわかってんだよ。あとMS運用艦はこっちの持ち物だから部隊指揮権はこっち持ちな。服従を誓えよ(笑)』
というものだ。
軍隊式ジャイアンには綺麗になる余地がないから、一回噛み付かれると骨までしゃぶられる良い例である。
おまけにカス絡みだ。改心や善性などは期待出来ない。
「……確か、ネルソン級の、スクラップ寸前のがあったな」
ボソリとハルバートンが呟いた。
「駄目ですよ提督。只でさえ旧式の上、MS帯同が前提なのです。あちらで建造したのはアークエンジェル級とのことですので、足回りが段違いです。着いていけませんよ。大人と5歳児です」
「わかっとる…………その辺のデブリにブースター括り付けて、画期的な理論に基づく最新鋭艦って言ったら騙せないかな」
ホフマンは首を振って窘めるように言葉を紡ぐ。
「味方を猿とでもお思いで?……最低でドレイク級……でも厳しいですね。やはりアガメムノン級を――」
「ワシのメラネオスIIは絶対に渡さんぞ! せっかく改修を済ませたのに! 大体、旗艦だぞあれは!」
しかしそれは譲れないと、ハルバートンは吠えた。
歴戦の艦隊を束ねる提督は、例え階級や権力であっても容易には従わないという凄みがあった。
「しかし、アークエンジェル級なら全長で400メートルを超えます。帯同するにしてもドレイク級では小魚同然ですし、ミサイル艦は有効射程外では余りに無力です」
ただ、付き合いの長いホフマンはそれが虚勢だとわかったので、もう少し追い込みを掛けてみる。
「……やだもん」
いきなりメッキが剥がれ始めた。
「提督」
ハルバートンはデスクに突っ伏した。
「やだー!!! 何が戦力供出依頼だ! 狙い撃ちだろうがこんなもん! 旗艦とトップ層を根こそぎ持って行かれたら第8艦隊はどうなる!?」
五十路のおっさんが決して見せてはならない醜態を晒しながら、喚き散らす。この世に地獄があるとすれば、ここはその1つに違いなかった。
「しかし、そもそも月はMSの配備が遅れています。今のままメビウスパイロットの醸成を続けるかどうかも、議論が必要です。また、宇宙艦は製造が追い付いておらず、完全充足の目処はたっておりません。折角改修したメラネオスもホコリを被ってるじゃないですか」
そう、第8艦隊が低軌道で受けた痛手は、1、2か月でどうこうなるものではないのだ。幸い小規模の艦隊統制が出来るまでにはなったので、月周辺の哨戒こそしているものの、以前の様に地球の番人よろしく低軌道に陣を張る事など出来はしなかった。
つまり、ぶっちゃけてしまえばハルバートンはヒマをしているのである。
哨戒程度に大型艦のメラネオスが出る事はないし、そもそも戦闘自体が殆ど起こっていない。
だからリニアカタパルトだのビーム兵装だのをゴテゴテと追加して、今ではメラネオスII等と自ら呼んでいる始末だ。
「提督……アガメムノン級は私の方からも本部に手配をかけてみますので、ここはひとつ……」
「でも、アレは、メラネオスIIはもはやワシの第2の家であり相棒なんだ……そう、勝とジャコ、クラウス・V・ラインヘルツとスティーブン・A・スターフェイズ、カズマと劉鳳の様にな!」
その例えに君島・D・長飛丸はイラッとした。
「私より扱いが上じゃないですか。いい歳していつまでも駄々をこねないでください。あと数ヶ月もここに籠もっていたら、出番もなく戦争が終わっている可能性すらありますよ」
「ングゥゥゥゥ………おのれ、おのれカスがぁああああ!!!」
おっさんのきったねえ慟哭が、執務室に響いた。
後の世で、『カスの方の三艦同盟』と呼ばれる非正規機動部隊の片鱗は、こうして産声を挙げた。
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一方その頃、カスはアズラエル、中将と共に洋上にいた。
戦死処理された人間がいつまでも人の出入りが激しい軍事基地にいる訳にはいかなかったからだ。
「な、ムルちぃ」
スペングラー級水上艦パウエルの甲板で、パラソルの下全裸でビーチチェアに寝そべりながらカスは言った。
「何です? 知り合いと思われたくないんですが」
隣のビーチチェアにアロハシャツ姿で横になるアズラエルが応じた。
2人とも、手元には鮮やかな青色のドリンクが置かれている。
「俺らはお互いを高め合う、ソウルメイトみたいなもんさ。例えるなら鳴海にとってのギイ、ナイヴスとブルーサマーズ、そしてカズマに対する君島みたいな」
「まさか後半が全部僕ですか? 死んでるじゃないですか」
あとお前のどこに鳴海要素があるんだよ、フェイスレスでかなりギリだぞ、と思った。既に悪魔じゃんお前。
「だからよ、行こうぜ、君島ぁ」
「誰が君島ですか。それで、何の用です? 今日は休日なんですよ、僕」
軍艦に乗って休日もクソもないだろう、と中将は思ったが何も言わなかった。
彼は日陰で持ち込んだ端末を使い、事務作業に明け暮れていた。
何せ、自分以外の2人が全然仕事をしないので。
「撃滅のセカンドブリットごっこしていい? 君島の身体で」
シェルブリットのカスマが本気で殴ると、大抵の人間は殺せる事をデータ上知っていたので、アズラエルはちょっと引き気味に制止した。
「やめてください、カズマはそんな事言いません……リアル等身大の絶影をけしかけてもいいんですよ?」
その言葉に、カスの顔が驚きに満ちる。
「まさか……出来るのか?」
男の子の夢だぜ、絶影とシェルブリットは。
「セキュリティサービスの機械化は常に日進月歩なんですよ。今の技術を寄せ集めれば、出来るんじゃないですかね。完全自立型とはいかないでしょうが」
カスはちんポジをぷるん、と直してから足を組んだ。
エマニエル夫人の薄汚え対義語みたいな光景に、アズラエルと中将は陰鬱とした気持ちになった。
「そうか……で、グレートピンチクラッシャーとエタニティエイトはいつ出来る?」
「もう本当に最悪のチョイスなんですよね」
ピンチに対し全自動で戦闘する合体ロボットと、下手したら利用用途的に絶対にこいつに持たせたら駄目なタマだった。
「おいおい、詰めが甘いんじゃねえかムルちぃ。キラがここにいれば今頃もうスーパーピンチクラッシャーの設計は始まってたぜ?」
例えば、こんな――……
――なんですか、ピンチになる程強くなる? 金属の塊がですか? 何を言ってるんですか?
――こんな腕時計からバリアを発生させるなんて無理ですよ。しかも物理的な壁? フルオートで? 何を言ってるんですか?
――え、鳥型のロボがどこからともなく飛んできて、合体? 何を言ってるんですか?
――は? ライフルとサーベル? 音声指示だけで自動戦闘? 何を言ってるんですか?
――いや、ていうかこんなの作れる訳ないですよ、無理ですって、もう寝かせてください。誰か、誰かー! 大人の人呼んでください!
――はっ、夢か……ピンチバードの制御はトリィと同じでいいのかな……この際武装はオミットして……
妄想の中でさえ地獄から抜け出せない少年がいた。
「僕、こう見えても筋金入りのブルーコスモスなんですが、正直そのキラという少年には同情しかないんですよね。支援金とか出してもいいですよ」
アズラエルはカスの舎弟であるキラの話は度々聞いていたので、鼻持ちならないコーディネイターにも可哀想な子がいるんだなぁ、と学びになっていた。
「そう? あいつの口座番号と暗証番号は知ってるから、振り込みお願い出来る?」
今日、それにアップデートが入った。
「……本当に可哀想なんですよね……それで、まさか本当に用件はそれだけですか?」
恐ろしく横に飛んだ話を本線に引き戻す。
「ああ、そうそう。俺らさ、近い内に宇宙に上がるんだろ?」
カスは空を指さした。雲ひとつない青空の向こうを。
「そうですね」
アズラエルは同意した。
「てことは、パナマから?」
「ですね。他にマスドライバーが使える宇宙港はありませんし」
それを受けて、カスは何か考えるように黙った。
「何か懸念事項でも?」
「んー、アラスカでさ、大勢死んだじゃん? あ、ウチはどうでもよくて、コーディ共がね」
サイクロプス発動に伴う被害規模は大きく、連合、ザフト双方が完全に把握しきれているとは言えない状況だった。
とにかく大勢が死んだ戦いだったのだ。
「お前と内通してた奴はどうか知らねえけど、大多数のザフトは報復したがってんじゃねえかなって」
低軌道や、地球に降りてきてからも。
幾度となく論理や作戦ではなく、感情を軸にして動く連中をカスは見てきた。
それは軍人と呼ぶには余りにも拙く、進化した人と言うには余りにも原始的だった。
「パナマから上がるルートは安全確認取れてんのか? っていうか、アラスカと同じ規模で降下作戦やられたら駄目くね? 戦場を宇宙に移すムルちぃの思惑がおじゃんになる気がすんだけど」
「……パナマには優先的にMSが配備されていますし、戦力も厚い筈ですよ」
カスの物言いに不吉なものを感じたのか、アズラエルは冷や汗をかいた。
「じゃなくてさ、サイクロプスみてえなもんを、向こうが持ち出して来ねえかなって。ニュートロンジャマーの時みてえに。撃たれた後なら何してもいいと思ってる奴らだぜ?」
「どうですかね……可能性はゼロではないんでしょうが、予想のしようがありません。ただ、もしかしたら今すぐ宇宙に上がるのは待った方がいいかもしれませんね……衛星軌道上の哨戒部隊とも連携を強化してもらいましょう」
「その方が賢明かもな。ザフトの根幹にあるのはエモーショナル・レジームだ。目には目を、を地で行く奴らだと思ってる。確実に動向が追えねえなら、今は見に回りてえかなって」
さっきまでの会話は何だったのかと言いたい位に芯を食った内容で、アズラエルと中将は温度差に風邪を引きそうだった。
ただ、やはりこのカスが真に活きる場所は戦場なのだろうな、と思う2人であった。
そしてこの判断は、結果として自分達を救う事になった。
パナマが陥落した、と言う報告と、その際の惨状を聞いた3人はそう思った。
戦況が、大きく動こうとしていた。
バカ話って一回始めると止まんないんで困りますよね。
次回はオーブのお話になりそうです。