TS死体回収屋は探索配信者の夢を見るか? い や 見 な い 作:TS夢見
白い壁を背に、探索配信者グループ、NEOの五人が横一列に並んで立っていた。画面越しでも伝わるほど、彼らの表情は明るい。カメラは固定され、全員の姿が均等に収まるように調整されている。衣装はそれぞれの個性を反映した私服スタイル。統一感はあるが、誰一人として埋もれていない。
中央に立つのはリーダーのリュウヤ。(テロップにそう書いてある。)青のメッシュが入った髪が特徴的なリュウヤは、柔らかな笑みを浮かべながら口を開く。
『こんにちは、NEOです。今日は皆さんに、ちょっとしたお知らせがあります。』
その言葉に合わせて、両隣のメンバーが小さく頷く。画面の右端に立つユウキが、続ける。
『俺たちNEO、来月開催される鈴江町098ダンジョンの町おこしイベントに――』
『特別ゲストとして出る事になりましたっーー!』
同じくテロップにミナと書いてある子が元気よく声を張り上げる。彼女の笑顔は画面越しでも眩しい。
他のメンバーもテロップから名前が確認できる。
スズカが一歩前に出て、両手を胸の前で合わせながら言った。
『そしてなんと……当日はそのイベントの中でサイン会も開催されます!』
その言葉に、アヤメが静かに補足する。
『イベントはダンジョンの一階層で行われます。資格を持っていない方も参加できる特例措置が取られています。資格を持っていないけどダンジョンの中に入りたいって思ってた方やNEOに会いたいって思ってくれてた方には持ってこいだと思います』
リュウヤが再び前に出て、締めの言葉を口にする。
『ダンジョンの中でのイベントって、なかなかない機会なので、ぜひ遊びに来てくださいね』
『サイン会では、皆さんとの交流を楽しみにしています!』
スズカが微笑みながら言う。
『NEOのこと、最近知ったよって人も大歓迎!一緒に盛り上がろう!』
ミナ拳を突き上げる。
『安全面も万全に整えられているらしいので、ダンジョンが初めての方も安心して来れると思います』
アヤメがそう言って一呼吸すると、言葉を続けた。
『詳細は公式SNSとイベントページをご確認くださいね』
アヤメが最後に告げると、リュウヤが両手を広げて締めくくった。
『それでは、鈴江町管轄の098ダンジョンでお会いしましょう!』
五人が揃って手を振りながら、声を合わせる。
『『『『『以上、NEOでしたー』』』』』
画面がフェードアウトする直前、画面下部にイベントの日時、場所、サイン会の整理券情報がテロップで流れる。
◇
動画が終わった。
ベッドの上でタブレットを両手で持って見ていたシュンくんが、顔をぱぁっと明るくさせる。
「すごい……ほんとにここに来るんだ、NEOが……!」
その元気な声は、病室いっぱいに響き渡る。
今日はシュンくんのお見舞いに来ていた。入院生活もそろそろ終わりが見えてきたようで、病室にはどこか春めいた空気が漂っている。
あの日、不完全ダンジョンに好奇心から足を踏み入れたシュンくんは、オーガ・シャーマンに襲われ、一度命を落とした。
けれど、彼自身はその出来事をはっきりとは覚えていないらしい。
おそらく、心の深いところで無意識に自分を守るため、記憶の輪郭をぼかしているのだろう。
そのおかげか、入院中も気分が沈むことはなかったようだ。
蘇生によって身体は元通りになり、むしろ元気があり余って暇を持て余していたらしい。
通常、蘇生後はしばらく体調が戻らない人も多いが、シュンくんの場合は驚くほど早く回復したそう。
一度死んだという事実がある以上、念のための入院ではあるものの、彼にとっては退屈な日々だったようだ。
俺の横では、竹内さんが俺の持ってきたフルーツバスケットから赤いリンゴを取り出し、器用に皮を剥いていた。
ナイフの刃が果肉を滑る音が、病室の静けさに小さく響く。
くるくると一続きに剥かれていく皮が、竹内さんの指先で軽やかに揺れた。
窓の外では、午後の陽射しが白いカーテンを透かして、柔らかな光を床に落としている。
「このイベントがある事は、あのダンジョンに潜ってる時からちらほら耳にしていたから知ってたけど、まさかシュンくんが好きなNEOってグループがこのフェスティバルに参加するとはね……というか、よくそんな売れっ子をイベントに呼べたなぁこの町も」
思わずそんな言葉が口に出る。
俺が住むこの町は都会ってほど盛んな街でもないしなぁ。
「確かに小さな町ですけど、鈴江町はダンジョン産業が盛んですからね。そこから潤っている部分もあるのでしょう。町おこしの一環として、このイベントにかなり力を入れてるみたいですよ。NEOが参加することにした理由は、お金の面もあるかもですけど、1番はこのイベントがこの国でもあまり前例のないことで、注目を集めているから自分たちの知名度を更に上げられるチャンスだと考えたんじゃないかなと私は見込んでいます」
俺のは独り言みたいなものだったから、竹内さんが皮を剥く手を止めずにふと顔を上げて話に入ってきたことに、不意をつかれた感じがして驚いた。
「というか竹内さん、とてもお詳しいですね……」
この前まで、聖域での蘇生方法もいまいち分かっていなかったようだったし、あまりダンジョンについては明るくないのかと思っていた。
すると竹内さんは苦笑する。
「ダンジョン自体の知識はそれほどありませんが、ダンジョンを取り巻く話題や情報はSNSを触っていると自然と入ってくるんですよね」
じゃあ俺と逆だなと思う。
ダンジョンの中にはまぁまぁ詳しいと自負する俺だが、ダンジョンを取り巻くそういった話題にはとてもうとい。
それにしてもSNSかぁ。
そういえば今まで、情報収集を意識してSNSをしたことなかったかもな。
するとベットの上にいるシュンくんが口をはさむ。
「すごいでしょ!お母さんはツイ廃ってやつなんだよ!」
竹内さんの顔が赤くなる。
「も、もうシュンったら、そんな余計なこと言わないの!」
どう反応して良いか分からず困っていると、私にしか聞こえないくらいの音量で耳元から声がする。
『ナンダ、クレハは、そんな事も知らなかったのカ。この竹内が話していたダンジョンに関するあれこれの情報は我も既に知っていたゾ』
「あ、それってもしかして、私が寝てる夜中にノートパソコンでこっそりネットサーフィンしてるからでしょ!」
『グヌ、なぜそれヲ』
「ノートパソコンの検索履歴にずらっと記録が残ってんの!」
『そんな機能があったとハ……。まぁ、許せ。こっそりやっていた事は謝ル。なんだか情報に貪欲な事が気恥ずかしクテナ。最初は本や新聞で地上の知識を得ていたが、我が地上の知識を得るにはネットが1番手っ取り早いかつ、幅広く得られる事に気づいたのでナ』
「別に謝らなくて良いよ。そこは怒ってないから。勉強熱心な事はいい事でしょ?どっちかというと、ノートパソコン使ったならちゃんと充電して欲しい。いざ外で使おうとした時充電が少なくて困るんだから」
そんな風にボスと小声でやり取りをしていると、竹内さんが不思議そうな顔で俺を見ているのに気づく。
「あはは、気にしないでください。つい独り言で喋りすぎちゃう悪い私の癖でして」と笑いながらごまかす。
そんな時だった。
シュンくんがタブレットをそっと台に置いて、俺の顔をじっと見てきた。
何か言いたげな顔。でも、言葉は出てこない。
「……ん?」
困惑して、隣の竹内さんに助けを求めるように首を向ける。
だけど、竹内さんも何も言わずニコニコと微笑んだまま、リンゴの皮を剥く手を止めずに俺の顔を見ているだけだった。
これは竹内さんの助けは借りれないっぽいし、俺から話を振るしかないみたいだ……。
俺はシュンくんの方に向き直って、少しだけ声を落として話しかける。
「どうかした?シュンくん」
すると、さっきまで元気いっぱいだった彼の様子はどこへやら、気恥ずかしそうに口を開いては閉じて、また開いては閉じてを繰り返す。
そうしてしばらくしてようやく、ぽつりと声が漏れた。
「……あのね。今度ある、そのフェスティバル。お姉ちゃんと行きたいな……なんて」
その言葉が落ち着いた空気の中にぽつんと落ちる。
俺は、しばらく何も言えなかった。
返事が返ってくるまでの間、俺の頭の中では、あの不完全ダンジョンの件が蘇っていた。
もしかして、俺が知らないだけで、あの時の影響でシュンくんに何か後遺症でも残っていて、それを報告される流れなんじゃないか――そんな考えが一瞬よぎって、ヒヤッとした。
それじゃ竹内さんのニコニコは説明がつかないが、一度そんな考えが頭によぎるとなかなか離れなれず、内心ビクビクしていた。
でも、そうじゃなかった。
「……なぁんだ、そんなことか」
少しだけ笑って、言葉を返す。
「もちろんいいに決まってるよ」
その瞬間、シュンくんの顔がぱぁっと明るくなる。
目が輝いて、口元が緩んで、まるで花が咲いたみたいに。
「え、いいの! 本当に!?」
その声に、俺はもう一度、少しだけ間を置いてから、ゆっくりと頷いた。
「うん。絶対一緒に行こうね」
そんなやり取りをしていると、竹内さんが「はい、できましたよ」と言いながらリンゴを小皿に移して渡してきた。
皮を剥き終えたリンゴは、綺麗に等分に切られていて、芯もきちんと取り除かれている。
「星宮さんが持ってきてくれたりんご。星宮さんもお一つどうですか?」
ここで断るのもなんか違うし、素直に頂くことにする。
「じゃあ一つもらいますね」
◇
エジプト西部――白砂漠。
昼は白い石灰岩が陽光を反射して、夜は月明かりに照らされて幻想的な影を落とす奇岩群の広がる保護区。
観光客が立ち入れるのは地上の一部だけで、その地下に広がるものを知る者はほとんどいない。
地表から隠された入口を抜けると、そこは砂でできたダンジョンだった。
壁も床も天井も、細かい砂粒が固まってできたような質感となっている。
そんなこの一階層の中央には、真っ赤な宝石のような卵が鎮座している。
その前に、二人の警備員が立っていた。
一人はこの道数年のベテラン。もう一人は、数日前に配属されたばかりの新人だ。
「……暇ですね」
新人がぽつりと呟く。
「まぁな。しかしな、これを守るだけで高い給料が貰えるんだから文句言うなって」
ベテランは肩をすくめる。
「でも、これ……何なんですか? ただの宝石じゃないんですよね。それはなんとなく察せるんですけど。…………ここに配属される前に何も教えられず、予備知識もないままに配属されたもんで」
「それはな…………フェニックスの卵だ」
「……は? フェニックスって、あの……?」
新人の声が一段高くなる。
「ああ。おとぎ話や神話に出てくる、伝説の生物、不死鳥だ。死ぬと灰になり、そこから蘇るってやつ。世間じゃ“永遠の命の象徴”とか“再生の神獣”なんて呼ばれてる。もちろん世間では実在するなんてこれっぽっちも思われていない空想の産物だよ」
新人は目を瞬かせ、卵とベテランを交互に見た。
「でも、その口ぶりからすると本当に居るってことですよね……!?」
「いる。この階層から二十階層下に、実物がな」
「……二十階層下に……フェニックス……」
新人は呆然と呟き、地面に目を落とす。
「信じられないって顔してるな。まぁ、無理もない。俺も最初はそうだった」
ベテランは卵から視線を外さずに続ける。
「このフェニックスは『超再生』っていう固有魔法を持ってる。下にいる本体が死んでも、この卵を通して蘇る。蘇る時は、不都合なこと以外、全部引き継ぐ。記憶も、力も、体内の環境までを。まるで死んでないみたいに。そして何よりも、生き返りに聖域を介していない。」
「………まさしく不死ですね。いいなぁ、不死。自分も欲しい固有魔法だなぁ。というか魔物も固有魔法って持つ場合あるんですね」
「まぁな。…………それに噂じゃ、この固有魔法を人間にも応用できないかって研究が進んでるらしい。だから俺らはその研究資料でもあるこの卵を守ってるってわけだ」
「えっ、でも固有魔法って、本来はその所有者しか使えないんじゃ……!」
「ああ、今のところはそうだ。だが、魔法として成立している以上、発動の感覚や仕組みさえ正確に掴めれば――理論上は、他者でも再現できる可能性があるらしい」
「じゃあ、将来自分たちも聖域に関係なく不死になれる可能性が!」
「……それはないだろうな。もし、その固有魔法が他者でも使用できるようになったとして、このダンジョン自体を公にしてない時点で上を牛耳る金持ちどもがそれを独占するきまんまんさ。そんな金持ちに雇われてる組織にさらに雇われてるのが俺らな訳だが」
新人は思い出したように言った。
「組織って、ダンジョン重要機密統制局っていう?配属される前にその名前が雇い主として知らせられましたが、聞いた事もない名前でしたね……」
「だろうな。各国の政府は存在を認知してるが、基本的に一般市民は知らされない。」
「何をする団体なんでしょうか……?」
「そうだなぁ……特定のダンジョンや魔物を秘密裏に保護または管理する団体って言えばいいのかな。ダンジョンは自然発生するが、中には危険度が高すぎて探索者が挑戦できない魔物がいたり、あるいは、このダンジョンもそうだが、ダンジョン関連で秘密裏に行われてる研究を隠すために、保護・管理するのがその組織の役割だ」
新人はそれを聞いて驚いたように言う。
「なんというか……先輩、妙に詳しいですね。自分も同じ警備員のはずなのに全く知らなかったです……」
その言葉に対して、ベテランは頬をかきながら言う。
「まぁ、ほとんどがダンジョン重要機密統制局で働いていた時に得た知識だからな」
「え、そうなんですか!?」
「ま、ヘマやっちまって、組織から外されて今はここの警備員なんだがな」
そんな話をしていると、背後から不意に声が飛んできた。
「えらい楽しそうに会話してるなぁ、僕も混ぜてや。……あ、日本語通じんかったらすまん」
二人は同時に振り返る。
そこには、パーマのかかった髪に丸メガネをかけ、目尻の下がった柔らかそうな笑みを浮かべた細身の男が立っていた。
一見すれば人畜無害そうな風貌。だが、その場の空気が一瞬で張り詰める。ここは一般公開されていない場所。誰もが入れる場所じゃないのだ。二人の警備員はここにつく前にここに入れる人物を顔つきでリスト化したものを覚えさせられる。そのリストにも載っていなかった。
「誰だお前――」
ベテランが言い終えるより早く、事が動いた。
次の瞬間、男は一歩で間合いを詰め、右手で新人の手首を掴み、肘を極めながら体ごと壁に叩きつける。
その勢いのまま、左足を払ってバランスを崩させ、背中で新人を押さえ込む形になる。
同時に、空いた左手がベテランの肩口を掴み、腕をひねり上げる。
二人は互いに背中合わせに押し付けられ、両腕を逆方向に極められた格好になった。痛みと体勢の悪さで、どちらも動けない。
「……はい、確保」
男は軽く息を吐くと、二人をそのまま床に転がした。
◇
二人は身ぐるみを剥がされ、紐で縛られていた。
男は手袋をはめながら、にこやかに言った。
「安心しいや。今日はそういう気分じゃないし、殺す気はあらへん」
そう言って、男は口を動かしてある文言を唱えると軽く指を鳴らした。
そうると空間が歪み、そこに古びた木製の茶色いドアが現れる。
二人は呆然とする間もなく、そのドアの向こうへ押し込まれた。
「事が終わるまでそこで大人しくしとき」
バタン、と扉が閉まる。
閉じると同時にドアごと空間から掻き消えた。
消える直前まで、中から必死に叩く音と「出せ!出せ!」という声が響いていた。
完全にドアが掻き消えると静寂が戻る。
男はゆっくりと卵に歩み寄る。
真っ赤な宝石のようなその卵をそっと持ち上げ、懐から取り出した細工の施された箱に収める。
そして、用意していた精巧なレプリカを元の台座にそっと置いた。
「……よし、入ってきてええで」
男がそう呟くと、背後の通路から二人の男が現れた。
合図に応じて入ってきた二人に、関西弁の男は先程剥いだ服の束を放り投げる。
「ほな、この服着とき。君らのお友達と一緒に、これからやること頼むで」
そう言い残し、男は軽やかな足取りで入口の方へと消えていく。
一章も終盤にさしかかりました。
これからもお付き合い頂けると幸いです。