TS死体回収屋は探索配信者の夢を見るか? い や 見 な い 作:TS夢見
私、神田ダイズは知らない通路で目を覚ました。
……冷たい。背中が、やたら冷たい。
目を開けると、そこは私が見たこともない無機質な通路だった。
壁は湿った岩肌で、天井からは水滴がぽたり、ぽたりと落ちている。
光は心許なく、空気はひんやりしていて、鼻の奥に土と苔の匂いがまとわりつく。
「……んっ……ここは……?私は……今まで何を」
頭痛のする頭を押さえながら、必死に記憶を探る。
◇
……数時間前。
鈴江町管轄のダンジョン098の一階層にて。
今日も今日とて、私、神田ダイズは、来るかもわからない視聴者を迎えるために配信の準備を行っていた。
でも、まさか――。
「ユユリコさんだよね?やっと会えた!いやー、目印で付けてるって言ってたその髪飾りで分かったよー」
そう言って、笑顔の青年が手を振ってきた。
その後ろには、すでに装備を整えた探索者たちが数人。
私は自分の豆腐屋をアピールするためと、キャラ付けとして豆腐をイメージした白い正方形の髪留めをつけてはいたけど、これが目印?なんのこと?
……え、そして誰?
完全に初対面の人達だ。
私の配信者名ではもちろんないし、本名もユユリコという名前ではない。
おそらくだが、どうやら彼らは私を誰かと勘違いしているらしい。
「えっと、私……」
「俺、初めての探索者オフ会楽しみにしてたんですよー!ネットの人と会うこと自体初体験で……」
人違いだと言いかけたけど、青年の言葉で遮られる。他のみんなもテンションが高くて、言葉を挟む隙がない。
「じゃあ、行こうか!今日は三階層まで軽く回って、みんな互いに顔合わせってことで!」
……え、え、え?
私、二階層ですらままならないのに、三階層はまだ早いよ!
気づけば、私はそのままこのグループの列の中に組み込まれていた。
スマホを風魔法で浮かせて配信の準備をしていたけど、正直それどころじゃなくなっている。
もちろんこんな状況で配信は始められないので、ボタンは押していない。
どうしよう、どうしよう!
そんな私の内心とは裏腹に、このグループは魔物を倒しながらどんどん前に進んでいき、私は何もしないまま三階層まで到達していた。
そして進めば進むほど人違いをしていると言いづらい状況になってしまっていた。
楽しそうに探索する彼らを見ていると、私の発言で空気を壊すのが怖かったのだ。
そして、三階層のある地点での出来事である。
彼らは群れで行動する巨大ネズミと戦っていた。
その中の一体を彼らは倒し損ねてしまい、そのまま体長1メートルもあるネズミは私に向かって直進してきた。
「いやいやいや、なんで私ぃぃぃ!?」
叫びながら、全力で逃げる。
彼らの「ユユリコさぁぁん!」という声を背に全力で逃げる。
だけどそのネズミは私を追い続ける。
「もぉ……!嫌だぁぁ!!」
その時、足で何かを踏んだ感触がしたかと思ったら、足元に魔法陣が浮かび上がって――。
次の瞬間景色がガラッと変わり、私は空中にいた。
地面まで、ざっと15メートル。
重力が一気に体を引きずり落とす。
「うわあああああああああああ!!!」
何が起こっているのかもよくわからないまま、私は慌てて風魔法を応用して、地面に衝突した時の衝撃を抑えるべく杖を構えて魔法を発動する。
それは少しは衝撃をやわらげてくれたが完全にやわらげきれたわけではなく、そのまま背中から地面に叩きつけられ、肺の空気が一気に抜けた。
視界が暗転し、そこで意識は途切れた。
◇
気づけば、私は知らない通路で目を覚ましていた。
――そして今。
転移トラップでも踏んだのだろうか。
「……もう、なんなのぉ……」
声が震える。
でも、泣いてる場合じゃない。
私は元の場所に戻るべく足を動かす。
幸い、あのネズミの魔物以降、今のところ魔物には出くわしていない。
しばらくすると、広い空間に出た。
そしてその目の前にぽつりと――それは、あった。
「……え、宝箱?」
ぽつんと置かれた木箱。
金具は古びてるけど、蓋の隙間からギラッと光が漏れてる。
いかにも、って感じだ。
「いやいやいや、怪しすぎるよ」
流石の私でもあれは、偽物だと思った。
こんな広い空間の真ん中にあれだけあるのも不自然だ。
恐らくだけど、ダンジョンといえばの筆頭の有名な魔物、ミミックだと思う。
ミミックは宝箱に擬態して油断して宝箱を開けた人を捕食する魔物だ。
私はこの宝箱を素通りしようと足を一歩前に出す。
そして一歩、二歩と足を進めようとするが、頭の中に邪念がよぎる。
でも、もし本当に宝箱で、お宝が入っていたら?
SNSでバズっていた、ダンジョンの宝箱を開けて一気に大金持ちになった人とか居たじゃないか。
「……そ、そうだ。よし、こういう時こそ『フリーズ』の出番!」
要はあれがミミックだとしても食べられなければいい、固有魔法のフリーズは数秒間だけだけど、魔物を動けなくできる。
その魔法を宝箱に使っている間に宝箱を開けて確認すればいい。
これだったらもしミミックだとしても食べられることはない。
私は杖を構え、魔力を練り上げる。
空気がピリッと震え、魔法が発動する。
『フリーズ』
そして宝箱に魔法を放つ。
「……はぁ、はぁはぁ、……よし、じゃあちょっと失礼します」
私は魔法の副作用で脱力感に襲われながらも、そろりと宝箱の蓋を開ける。
箱の中身はミミック特有の牙やベロではなく、中には――ギンギラギンに輝く財宝の山が入っていた。
金貨、銀貨がわんさかと。
目がくらむほどの光。
「え、え!えぇ!!!やった。すごいよ私!」
フリーズを使った反動で体力を消耗し地面にへたり込む。
その後しばらく休憩してから、ホクホク気分で金のコインを一枚手に取る。
その瞬間――。
パキンッ!
メダルが真っ二つに割れた。
「えっ?」
次の瞬間、割れたメダルの中から牙が飛び出し、私の指めがけて――
ガブリッ!!
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」
◇
鈴江町管轄のダンジョン098の三階層で、今日も今日とてボスを耳元につけてダンジョンを潜っていた。
『このダンジョン、人間の数が、少し前よりも多くなった気がするナ。前にも増して賑わっていル』
俺はちらりと周りを見渡す。
元々人気のあるダンジョンだったが、確かに最初にここを訪れた時よりも、人が増えた気がする。
「多分、今度このダンジョンで開催される町おこしのイベントの影響だろうね。普段このダンジョンに潜らない人も、このダンジョンで開催されるイベントを知って、そこから興味を持った人達が来ているんだと思う」
『なるほどナ、…………それはそれとしてクレハ。最近、ご機嫌だナ』
「まぁね」
俺はルンルン気分を隠さずに耳元にいるボスにそう告げる。
『ヤハリ、最近クレハが見つけた”穴場”の影響か』
「それが大きいかもね」
最近、俺はちょっとした“穴場”を見つけていた。
三階層の奥、人気が少ない木の根元にひっそりと生えているキノコ。
たまたま広げていた魔力探知の魔法に反応があったから、興味本位で触ってみたら――足元に魔法陣が浮かび上がった。
そのキノコに転移魔法が仕掛けられていたのだ。
不完全ダンジョンの件もこんな感じだったなと思う。
転移した先は緑豊かなところが多いこのダンジョンにそぐわない石の壁が形成する通路だった。
人の気配はない。
最初は警戒していたが、魔物も少なく、途中にとっても広い空間に繋がったりしながらも、しばらく歩いたら、五階層に辿り着いていた。
そう、この通路は四階層を丸ごと飛ばせるショートカットが可能な通路だったのだ。
しかも四階層を通るより圧倒的に早く五階層に辿り着ける。
低い階層は同業者も多いことから、五階層以降で仕事をするようになった俺には嬉しすぎる場所だ。
それに、その通路で今まで人1人も見ていないので、公になっていない場所だと思われる。
となると俺の背徳感もひとしおだ。
俺はそれ以来、この通路を好んで使っている。
◇
その日も、3階層のキノコを経由してショートカット通路を使うべく、キノコに触れた。
キノコに触れた瞬間、足元に魔法陣が浮かび上がる。
転移魔法の起動。
視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間――俺は空中にいた。
もう何度目かになるが、最初の一回は本気で焦った。
転移位置が地面じゃなくて地面から離れた空中なのだ。
ここの通路は好きだが、ここだけはマイナスポイントだと思ってる。
落下距離は数メートル。
初見の時は思いっきり叫んだ記憶があるけど、この通路を使ってもう数回になる。
もう慣れたものだ。
俺は瞬時に起動媒体のネックレスに触れ、魔力を流し込む。
魔力で闇を引き寄せ、ナイフ状に形成する。
刃は黒く鋭い。
それを両手に持つ。
俺は両手を壁に向けて突き出し、刃を突き立てる。
石壁に刃が食い込み、ギギギと音を立てて削れながら、落下速度が緩やかになっていく。
この体勢は腕に負荷がかかるが、身体強化の魔法であらかじめ補強しているので問題ない。
速度が落ちたところで、刃を抜き、足を地面に向けて体勢を整える。
スタッ。
――靴底が石床を軽く叩いて着地。
衝撃はほとんどない。
俺は一歩、二歩と歩いてバランスを整え、呼吸を整える。
「さ、行くぞ」
◇
少しの間歩いて広い空間に足を踏み入れた瞬間、俺は足を止めた。
中央に、最初に訪れた時からある罠があった。
ぽつんと置かれた宝箱。
この通路を使うようになってから何度も見てきた、あからさまなトラップだ。
だが今日はそれに加えていつもは見ないものが目に飛び込んできた。
宝箱のすぐ手前に、人が倒れていたのだ。
女だ。仰向けで、口元には白い泡を出している。
『珍しくこの通路に人が居るナ』
「人がいるって……呑気だなぁ。ボスは」
俺はボスに呆れた口調で返す。
それにしても……。
この女の人見覚えがある気がする。
どこかで見た記憶があるんだが……。
俺は警戒しながら近づく。
女の指先には、小さな金色のコイン――いや、違う。
それは真っ二つに割れて歯を剥き出しにして噛み付いていた。
「……クリーピングコイン、か」
財宝に擬態し、触れた瞬間に噛みつく魔物。
ミミックの知名度で隠れがちの擬態型モンスターだが、単純な攻撃力や耐久力はなくても危険なヤツである。
こいつは噛みつきと同時に、即効性の毒を傷口から流し込む。
毒は速やかに心臓へ回り、数十秒で呼吸も心拍も止まる。
俺はしゃがみ込み、女の首筋に指を当てた。
脈は――ない。
胸の上下動も、呼吸音もない。
案の定、死んでいた。
宝箱の中にあるこのコインの山は全てクリーピングコインだろう。
宝箱に罠が仕掛けられているとは思っていたが、クリーピングコインが入っていたとは。
俺は一呼吸をして、噛みつかれないように注意をしながら、噛みついたコインを指先から引き剥がすと、足元に叩き落とした。
金属音と共に、そいつは床を跳ね、宝箱の中へと戻っていく。
『アレ、全部が今の魔物の仲間なのカ』
「そうだよ、あそこに入っているメダルはぜーんぶクリーピングコインだ。群れる魔物だからね」
『あのメダル達ひとつひとつが全部生命体だと考えるとおぞましいな……』
珍しくボスが、ひきつった声を出した。
ボスにそぐわないその反応が面白くてつい揶揄いたくなる。
俺はニヤリと口の端を上げ、ネックレスに軽く触れて唱える。
風魔法初級――空気砲。
魔力を練り、ボール大の圧縮空気を作り出す。
『ナンダ?』
軽く詠唱し、宝箱の中へと撃ち込む。
ドンッ、と鈍い音。
次の瞬間、金貨や銀貨に擬態していたクリーピングコインたちが、一斉に蠢き出した。
カサカサ、カチカチ、金属が擦れ合うような不快な音が空間に満ちる。
宝箱の中から、無数の小さな牙が覗き、まるでこちらを見ているかのように揺れていた。
『……やめロ……やめてクレ……』
耳元のボスの声が、さっきよりも更に引きつっている。
普段は飄々としているのに、こういう生理的嫌悪感を煽るものには弱いらしい。
「おやおや、ボスでもこういうのは苦手か」
わざと軽口を叩くと、ボスはぷつりと黙り込んだ。
……あ、これまずいかも。
しばらく沈黙が続く。
耳元からは何の反応もない。
「おーい、ボス?」
返事はない。
拗ねちゃったかもな。
このままじゃ、遺体搬送を手伝ってくれないかもしれない。
それは困ると俺は何度も謝った。
「悪かった」「もうやらない」「本当にごめん」――言葉を変えて繰り返しても、耳元のボスは沈黙を貫いたままだ。
……これは本気で怒ってるな。
焦りを覚えつつ、俺は耳元についていたミニサイズのボスをそっと外し、床に置いた。
そして、その小さな魔力の塊に向かって正座し、額を床に擦りつける。
伝家の宝刀、土下座だ。
「悪かったよ!心の底から反省してる!だから機嫌直してくれ!」
しばしの沈黙。
やがて、ため息混じりの声が降ってきた。
『……まったく、子供かオマエは』
ようやく口をきいてくれた。
俺は胸を撫で下ろし、立ち上がる。
それにしても……。
「……許せない!あのクリーピングコインたちめ!ボスにこんな思いをさせるなんて、今まで無視してたけど、懲らしめてやる!」
『……オマエが原因なんだがナ』
ボスのぼやきは聞こえなかったことにする。
俺はポケットから、小さな布袋を取り出した。
中には、乾燥してカサカサになった虫の死骸が入っている。
――爆弾虫。
最後の一匹だ。
生きている爆弾虫は、ピンチになると体内の砂粒ほどの魔石に、自ら体内の液袋を破って特殊な液体を体の中の魔石にかける。
その液体が魔石に触れると、反応して数十秒の間を置き爆発を起こす。
だが、今俺の手元にあるものはすでに死んでいる。
爆発する前に魔石をくり抜かれているから、ただの乾燥死骸だ。
「……でも、使い道はある」
俺は腰のポーチから、コックの蓋くらいの大きさの魔石を取り出す。
砂粒ほどの魔石だと爆発の規模は3センチほどだけど、これくらいなら爆発の規模は期待できる。
俺はその魔石の表面に、爆弾虫の死骸を押し付け、ぐしゃりと潰す。
乾いた殻が割れ、中から濃縮された液がじわりと染み出す。
魔石の表面が淡く光り、反応の予兆が走った。
『……おい、クレハ。何をする気だ』
「見てればわかる」
俺はそのまま、魔石ごと宝箱の中へ放り込む。
蓋を閉め、縦方向に紐でぐるぐる巻きにして、開かないように固定した。
「離れるよ」
ミニミニボスを再び耳元に付け直し、女の人の遺体を抱え、宝箱から距離を取る。
十分離れたところで、俺は耳を塞いだ。
次の瞬間――。
――ドンッッッ!!!
爆発音と共に、宝箱が内側から爆ぜた。
木片と金属片が四方に飛び散り、クリーピングコインの破片が雪のように金色や、銀色のきらめきとして宙を舞う。
『……ヤリスギダロウ』
「いいや、さっき同じようなこと言ったけど、あれだけボスを不機嫌にさせたんだ。許せるわけないだろ」
俺はわざとらしく鼻を鳴らした。
『時々、我はクレハの事が分からなくナル』
「なにそれ」