TS死体回収屋は探索配信者の夢を見るか? い や 見 な い 作:TS夢見
ステージ前の観客席は、すでに人で埋め尽くされていた。熱気に包まれた空間で、俺達も観客席の位置から様子を見守っていた。
ステージ上には、NEOのメンバーが並んでいる。ミナ、アヤメ、ユウキ、スズカ、そしてリュウヤ。覚えたての名前だ。
トークショーを見るからには、名前くらいは覚えといた方がいいよなと思い、事前に覚えてきた。
転生前からアイドルの顔とか覚えるの苦手だったけど、頑張った。誰か褒めてほしいくらいだ。
そんなNEOのメンバーは、高揚しているのが伝わってくるいい表情をしていた。
MCがマイクを握り、明るい声で紹介を始める。
「さあ、今日のスペシャルゲスト!今話題沸騰中のダンジョン探索グループ、NEOの皆さんです!」
メンバーが一斉に椅子から立ち上がる。会場には拍手が広がった。一部のファンが手を振ったり、大きな声で名前を呼んでいたりする。
「NEOは、配信者事務所フォージエルに所属して活動されています」
その様子をボケーと聞いていた俺だったが、今MCから発せられた一言に、俺の心臓がドクンとはねた。視線はステージに向けたまま、ほんの一拍だけ呼吸が止まる。
俺が唯一知っている配信者事務所の名前――。
――フォージエル。
あぁ、まさかその名前を今日こんな形で聞くとわな。
でも可能性としては全然あったよな。
それに気づけなかった俺が悪い……。
それ関連の話を意識的に遠ざけていたとはいえだ。気づいてもよかった。
俺はシュンくんや竹内さんに動揺が悟られないように表情を、引き締めた。幸い、二人とも前を向いて、トークショーを楽しんでいるようだし、大丈夫そうだ。
落ち着け、落ち着くんだ俺。フォージエルの人間だからと言って全員俺のことを知っている訳じゃない……恐らく。
今はただ、観客の一人としてここにいるだけ。そう自分に言い聞かせながら、俺は視線をNEOのメンバーに戻した。
ミナがマイクを受け取り、笑顔で語り始める。
「大学に入ってからなんですけどね、ある日リュウヤが、ダンジョン探索をしている配信を見ていたんです……それで――」
語り口は落ち着いていて、聞きやすい。アヤメが補足するように話し、ユウキが軽口を交えながら場を和ませる。スズカは冷静に、リュウヤは少し照れながらも誠実に答えていた。
MCはテンポよく話を回しながら、メンバーそれぞれに質問を投げかけていく。
「これまでで一番手強かったと感じた魔物は?」
「普段はどんなふうに過ごしてるんですか?」
「NEOの中で一番計画を立てるのが得意なのは?」
「ダンジョンでの命懸けの戦いは怖気付いたりしないのでしょうか?」
などなど、ダンジョン探索に関連するものから、そうでないものも含めて質問がとぶ。
それをテンポ良くこたえていくNEOのメンバー。
恐らく台本があるのだろう。けれど、それを感じさせない自然なやりとりだった。
観客席からは、ところどころで笑いが起きていた。
肩をすくめるユウキに、アヤメがツッコミを入れると、前列の女子たちがくすくすと笑う。
そのたびに、会場の空気が少しずつほぐれていく。
そんな感じで何事もなく時間が過ぎていった。
「最後に、ファンの皆さんへ一言お願いします」
MCの声に、メンバーたちが順にマイクを受け取る。
感謝の言葉、これからの意気込みなどが話される。
それぞれの言葉に、また拍手が送られた。
NEOのメンバーが一礼し、ステージから去っていく。
それを観客が拍手しながら見送る。
トークショーは、トラブルもなく無事終わった。
ふとシュンくんを見ると満足そうな表情をしていた。
「シュンどう楽しめた?」
竹内さんが聞く。
「うん、楽しめた!」
竹内さんが微笑みながら俺に言う。
「この子が入院する前に授業参観があったんですけど、その時とは比にならないくらい集中をして人の話を聞いてたから驚きですよ、ほんと。授業もこれくらい真剣に聞いてほしいものです」
「お姉ちゃんに変なこと吹き込まないでよ、お母さん。あの時は親が来てたからソワソワしてただけだって!いつもはちゃんとうけてる」
「本当?シュンくん、信じ難いなぁー」
「あ!、お姉ちゃんまでそんなこと言う」
俺も付き添いで来たけど案外楽しめた。
特に、俺以外の他の人がダンジョンをどう捉えているのか、何を苦しいと感じ、何を楽しんでいるのかを知ることができて、新鮮な気持ちになった。
俺がダンジョンを潜っていて好きだと感じる瞬間がNEOのメンバーの中で辛いと感じる人もいて、そういう違いを自分と比較しながら聞いていた。
百人百様だったか、同じダンジョンを潜る人間でもその潜る人間によって思うことは様々なんだなと感じさせられた。
もちろん、皆んなが共通してダンジョンを潜っていて楽しいと感じれることだってあるとは思う。
魔物を倒せた時はダンジョンの醍醐味なだけあって達成感があるし、あの瞬間が嫌いな人はいないと思う。
まぁ、統計を取ったわけじゃないから、もしかしたら嫌いな人もいるかもしれないけど。
事務所の件はまぁ、思うこともなくはないがとりあえず今の所何もなさそうなので良しとする。
◇
サイン会の案内が始まると、NEOのファンたちは列を作り始めた。
ステージ前の熱気は少し落ち着き、スタッフの指示に従って、整理券を持つ人たちが順番に並んでいく。
俺はその様子を、少し離れた場所から見ていた。
整理券を持たないので、二人を待つことになる。
整理券を持っている人たちは、誰にサインをもらうか事前に決まっているようで、5人のメンバーが横一列に等間隔で配置されており、そのもとへ、それぞれ満遍なく並んでいるのが窺えた。
シュンくんとその保護者として付き添っている竹内さんは、すでに列の中ほどに並んでいた。
シュンくんが並んでいる所はリーダーであるリュウヤのところだ。
◇
サイン会が竹内さん達から見て、残り数組というタイミングだった。
竹内さんが何か通知が来たのだろうか、スマホを手提げ鞄から取り出して画面を見た時だった。
彼女の表情が変わる。
通話ボタンを押すと、数秒だけ耳を傾けてから、ここからでは聞こえないが、何か一言シュンくんに竹内さんが伝えると、竹内さんは慌てて俺の方へ向かってきた。
「すいません、星宮さん、ちょっといいですか?」
「いいですよ。どうかなさいました?」
「今、大事な仕事の連絡が入っちゃって……しばらく電話に出て対応しなきゃいけなくなったんです。だけど、サイン会の順番がもうすぐで、あっちで電話に出てるわけにもいかなくて……申し訳ないんですけど、代わりに保護者としてシュンに付き添ってくれませんか?」
竹内さんは申し訳なさそうな顔をしている。
俺は一瞬だけ迷った。
事務所の件があったからだ。
ステージを観客席で見ているのと、間近で立ち会うサイン会は訳が違う。
だが、フォージエルの人間だからと言って全員俺のことを知っている訳じゃないと結論付けたばかりだった。
自意識過剰になりすぎるのも良くない。
相手も知らない可能性の方が高いんだから、俺の事を気にしていることはないだろうと思う。
「……わかりました。私が代わります」
「ありがとうございます、お願いします!」
彼女はほっとしたように微笑み、スマホを耳に当てたまま、足早にその場を離れていった。
こうして、俺はサイン会の列に加わることになった。
◇
俺は竹内さんの代わりに列へと加わった。
NEOのリュウヤのサインまで、あと少しだ。
隣のシュンくんは、少し緊張した面持ちで前を見ている。
そんなシュンくんに対して微笑ましさを感じる。
そのときだった。 前に並んでいた男が、ふとこちらを振り返った。
丸い縁のメガネに、髪はパーマがかかっている。どこか軽い印象を受ける男だった。 そんな男、見覚えがないはずなのに、目が合った瞬間、俺は一瞬だけ何かが引っかかった。
それは男の方も一緒だったようで、男はじっと俺を見つめて目を細め、何かを思い出すかのよな視線をおくってきた。
しばらくして――。
「……ん? あれ、もしかして……クレハ……やんな?」
どうやらやはりどこかで知り合っていたらしい。
先に相手の方が思いだしたっぽい。
まだ俺は思い出せていない。
その声の調子、どこかで聞き覚えがあるんだがなぁ……。
俺が一生懸命思い出そうとしていると、男は、にやりと笑った。
「もしかして、うちのこと…分からへんかったりする?
まぁ、そらそうか〜。だいぶ印象変わったもんなぁ。
僕なぁ、小学校のとき、うちもうちょい丸っこかったんや。
今はあの頃より、ちょっとはシュッとしたんちゃうかな〜って思っててん。
せやから、気づかんでもしゃあない気がするなぁ」
関西弁だ。この男関西弁である。
関西弁で、昔は丸っこい、この二つで俺の脳内で絞り込み検索を行う。その結果、俺の知ってる人といえば……。
「もしかして……トモルくん?」
「お、思いだしてくれたんやな。嬉しいわ」
トモルは、どこか照れくさそうに笑った。
「え、嘘でしょ!」
確かに、昔の面影はあるかもしれない目元とかは特に。
けれど、輪郭はすっきりしていて、雰囲気も落ち着いている。背も随分と伸びたなと思う。だって俺と同じくらいだった身長は結構な身長差になっている。 “丸かった”という印象は、今の彼からはほとんど感じられず、彼が小学校まで仲良くしていた
「なんというか随分、垢抜けしたね」
「やっぱクレハもそう思ってくれてたんや〜?嬉しいわ〜。実はな、ちょっと自分でもそう思っててん」
そのとき、隣にいたシュンくんが、俺の袖をちょんと引いた。
「ねえ、この人……誰?」
俺が言葉を発する前に、トモルがこたえた。
「はじめましてやな。烏丸トモル言います。幼稚園から小学校まで仲良くしてもらってたんや」
トモルがそう答えると、シュンくんは「へえ」と何かものありげな視線をトモルにおくった。
「逆にこの子は、どちらさんなん?」
笑顔でトモルが聞いてくる。
「シュンくんって言って近所の子。今日はこの子の付き添いで来たの」
「そうやったんか。なるほどねぇ」
こうして話してると、昔抱いてた罪悪感が、ふと胸の奥から蘇ってくる気がした。
そうだ、俺はトモルに何も言えずに転校してしまったんだ。
その結果、俺しか友達がいなかったトモルを置き去りにしてしまった。
今さらだけど、ちゃんと謝っておきたくなった。
「……ごめんね、あのとき」
ぽつりと口を開いた。
トモルは「ん?」と首をかしげて、俺の横顔をのぞき込む。
「急にいなくなっちゃって。ちゃんと言えないまま転校して……」
「あーーーあれね。ええよええよ、しゃーないやん。家の都合やろ? 俺が泣きながら引き止めたってもどうにもならんかっただろうし」
「泣きながら止めには来なかったけど、私がいなくなって絶対泣いてたでしょ」
そう思えるくらいにはトモルは俺にずっとベッタリだったのだ。
「泣いてへん泣いてへん。せいぜい、目から謎の液体が出たくらいや」
「それ泣いてるって言うんじゃ……」
シュンくんが小声でつぶやく。
「ありゃ、そう?」
そのシュンくんの返答に対してトモルがおどけてみせる。
「…………でも、本当久しぶりで感動もんや。運命感じるわぁ〜」
「大袈裟だって」
「大袈裟ちゃうって、本気でそう思ってるんよ。シュンくんって言ったっけ?君の付き添いでクレハが来てくれたってことは、運命の導き手ってことになるんかな。そう考えたら、感謝せなあかんよな〜。あんがと、シュンくん」
そうやって微笑む、今のトモルには昔にはなかった余裕さと明るさがある。
――ほんと、前よりずいぶんと明るくなったな。
なんだかホッとした。
あの昔の感じで育ってたらと思うと結構心配だったから。
こうやって人って成長していくんだなぁとしみじみと思う。
昔あんなに俺にベッタリで泣きじゃくっていた子が、立派になっておっさんは嬉しいよ。
前世の甥っ子の成長を見届ける感覚と似ている。
そんな事を思っていると、スタッフの声が前方から響いた。
「次の方、どうぞ〜!」
トモルは反応して、前を見た。
リュウヤが配置されているテーブルが、すぐそこにある。
トモルの出番が回ってきたらしい。
「ほな、次みたいやから行ってくるわ」
そう言って、トモルは軽く手を振りながら前に進んでいった。
俺は、その背中を見つめながら、ふっと息を吐いた。
さっきまで胸の奥に引っかかっていた罪悪感が、少しだけほどけていく。
――あの頃のこと、ちゃんと話せてよかった。
心からそう思う。
ふと、シュンくんを見る。
おや?と思う。
リュウヤのサインが貰えるまで、もう間近だというのに、何故かシュンくんの顔がつまらなそうになっていたのが印象的だった。
◇
「次の方、どうぞ〜!」
スタッフの声に合わせて顔を上げる。
サイン会はまだ中盤。
俺、リュウヤは、一定のリズムでファンを迎え、サインをこなしていた。
横目で他のメンバーをチラッと見ると、みんな慣れた手つきでサインをしているのが見えた。
俺も含めて人気が出始めた頃は、誰もが書き慣れていなくて苦労したっけ。
今では視認しなくてもサインを描けるくらいには上達した。
他のメンバーも、きっとそうだろう。
……あ、今思い出したけど、そういえばユウキだけは、最初からサインが上手かったか。
人気者になることを見越して、昔から練習してたとかなんとか。
そんなことを思っていると、俺の前に丸眼鏡にゆるくパーマがかかった男が現れた。
順番が回ってきたお客さんだ。
背が高いから大学生かと思ったけど、どこか幼さが残っていて、高校生にも見える。
見た目は普通の、どこにでもいそうな一般人。
けれど、俺はなぜか違和感を覚えた。
理由はわからない。
男は歩みを進めていたが、ふと立ち止まり、後ろをちらりと振り返った。
誰かを見ているようだった。
顔がこちらを向いていないので、誰を見ているのかはわからない。
すぐに前を向き直る。
その顔は……笑っていた。
けれど、その笑顔から背筋が凍るような感覚がした。
目の奥が、今ここではない何かを見ているようで、焦点が定まっていない。
頬が緩みきっていて、このまま昇天しそうな勢いの表情だった。
「……久しぶりに見たけど、また一段と……可愛い女の子になっとったなぁ〜……」
ねっとりした小さな声で、確信はできないがそのように聞こえた。
俺は思わず、少しだけ首をかしげて声をかけた。
「今、何か言いました……?」
なぜか冷や汗が出る。
魔物との戦いでいくつもの修羅場をくぐってきた俺だ。
ある程度のことには落ち着いて対応できる自信がある。
そんな俺が、久しぶりに冷や汗をかかされた。
相手は魔物でも、ベテランの探索者でもない。
一見普通に見える、この男だった。
俺の問いかけに、男はハッと我に返ったようだった。
さっきとは一変、なんの変哲もない穏やかな笑顔に戻る。
「あ、いや、なんでもないですわ。サイン、お願いしてもええですか?」
声の調子も落ち着いた声に戻り、さっきのねっとりさもなくなった。特に興奮している様子も今からは感じ取れない。
ファンらしい熱量は感じられないが、無礼な態度をとるわけではない。
「はい、分かりました。色紙にあなたの名前宛で書くので、お名前をお願いします」
「烏丸トモルです。リュウヤさんにって、前から決めてましたんで」
「あ、本当ですか、嬉しいなぁ。ありがとう」
マジックペンを取り、サインを書き始める。
俺は、さっきの表情が頭の片隅に残っていた。
何か胸騒ぎがする……。
サインを終えて紙を差し出す。
「こちら、どうぞ。これからも応援よろしくお願いします!」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げるトモル。
去っていくトモルに視線を送りながら、俺の中には、言葉にできないざわつきが残っていた。
俺は、気持ちを切り替えようと、次の人に視線を移す。そうする事で、背中に残る冷たい感覚を振り払おうとしたのだ。