TS死体回収屋は探索配信者の夢を見るか? い や 見 な い   作:TS夢見

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憂鬱な雨/違和感

雨が降っている。

 

灰色の空から、冷たい滴が降り続ける。

俺は折りたたみ傘をさして路地を歩く。

学校帰りに寄りたい所があり、今そこへ向かっている最中だった。

 

街灯がぼんやりと滲み、アスファルトの上に水の模様を描く。

小さい折りたたみ傘が防げなかった雫が制服の肩を叩いてくる。

湿り気のせいで歩くたび靴がきゅっきゅと鳴る。

 

雨は憂鬱だ。

 

なんとなく、棒付きキャンディーを口の中で転がせてみる。

口が寂しいから。

この年齢じゃタバコ吸えないし。

 

 

しばらく歩いていると……目的地に着いた。

 

その場所は、前回ひと騒動あった不完全ダンジョン。

魔物がいないとされていた、ダンジョンなのに、オーガの上位個体がいた場所だ。

 

手持ちのスクールバックにカバーをかけた折りたたみ傘をぎゅっと押し込み、濡れた靴のままKEEP OUTをまたいで入口をくぐる。

 

ダンジョンの異常が分かった際には地方自治体に報告が必要なのだが、その前に確かめたいことがあった。

報告した後は今みたいにこのダンジョン内を自由に探索する事は出来なくなると思っての判断だ。

前回はシュンくんの蘇生優先で、じっくりここに居ることの出来る状況じゃなかったから、改めて訪れた。

 

前回同様、レンガを押し込んで魔法陣を起動させると、白い光が揺らぎ、隠された通路に飛ばされる。

 

その薄暗い通路を進み続ける。

空気は湿っていて少し肌寒い。

 

こないだの、オーガ・シャーマン。

オーガの上位個体、オーガの特徴である力強さはそのままに魔法まで使える魔物。

あの戦闘の時、実は少し違和感を感じていた。

俺の魔法の熟練度が明らかにいつもより高かったのである。

俺は自分で自分の強さをちゃんと自覚しているつもりだ。

過剰な自信は命の危険が伴う。

特に生きるか死ぬかのダンジョン探索なら尚更。

 

そんな自分の客観的に見た強さは、弱くはないと思うが、強過ぎることもない。

他の探索者より闇属性の魔法がちょっとできるのと、魔力の動きに人一倍敏感なだけ。

 

 

 

 

なのにあの戦闘では、身体強化魔法をいつもより効果的に自分にかけれていたし、他の魔法に至っても、全部が高水準だった。

 

結果、中級者が数人がかりで倒すオーガ・シャーマンを俺1人で倒した。

普通に考えておかしい。

おかしすぎる。

それなりの家には生まれているし、転生もしている。だからと言って転生特典をもらった記憶はない。

あの時、違和感は感じても、まっさきにそれに気づけなかったという事は、それを考えれないくらい大分焦っていたんだな俺。

 

あの時はオーガ・シャーマンの魔石を取ってシュンくんを蘇らせることばかり考えていたが、冷静に考えたら、あんなの自殺行為だよな。

もっとやりようがあったようにも思えなくはない。

だけど、なんかあの時、少年をあんなにしたオーガ・シャーマンに無性に腹がたったのも気持ちとしてはあったんだよな。

 

……ほんとたまに考えなしになるのは、前世から変わりやしねぇな俺は。

アホなおっさんだよ……。

 

それはそれとして、俺もこの世界に毒されてんのかね。

死んでも生き返るからっていう思考に、無意識のうちになっていたのかもしれない。

だから猪突猛進したのかも。

 

死体回収屋の俺が死んで、その遺体をまた別の死体回収屋が回収する構図は、退職代行の従業員が別の退職代行にお願いして退職するみたいで面白い構図ではあるけど。

 

 

 

今思えばあの時……まるで何か、俺の魔法の発動を誰かが手助けしてくれているような妙な感覚があったんだよな。

 

 

それ以降、他のダンジョンでは、今までと同じ可もなく不可もないいつも通りの力しか出せていない。

このダンジョンの時だけ違ったのだ。

その理由を知りたいと思ってしまった。

なんだか、知らない方がいい気もしなくはないが、一度気になり出したらもう止まらない。

だから今日、学校終わりにここを寄った。

 

俺は、恐る恐る例のオーガ・シャーマンが居た部屋に入る。

 

ライトをかざすと、淡い光が部屋の隅々を照らし出してくれる。かつてオーガ・シャーマンが暴れていた場所は今、静けさだけが支配している。

 

ただ不審に思うことがある。

 

――魔力の流れだ。

肌をヒリヒリとさせたあの魔力。

出所はあのオーガ・シャーマンのものだと思っていた。

でも俺の手によってオーガ・シャーマンは既に倒されている。なのにあの魔力をまだ感じる。

 

 

……もしかして、この魔力。あのオーガのものじゃなかった?

って事はまだ何かしらこの魔力の持ち主がいるのだろうか?

それとも、これ程の魔力を使用した罠(魔術)でも仕掛けられているのだろうか。

 

どっちにしろ、面倒だし、嫌だな。

別に俺は戦うことがメインじゃないし、罠にしたって死体がないのにわざわざ俺が体を張る必要はない。

もし、そうだったら逃げ出して、そのまま地方自治体に報告する事にしよう。

それだと、俺がこのダンジョンで魔法の操作が絶好調だった理由が分からないままになってしまうが、仕方ない。

 

そう心に誓い、ライトをさらに動かす。壁際。床の隙間。

魔力の発生源を探るように視線を彷徨わせた――そして、目にした。

 

黒い粘り気のある液体。

 

ぬらり、と光を反射している。色が違う以外はまるで、弱い魔物の代表格であるスライムにそっくり。しかし、前気づけなかったのが不思議なくらい、こいつからとてつもない魔力を感じた。スライム程度の魔物が持つはずのない圧倒的な密度だ。

 

俺はゴクリと喉をならす。

コイツが俺の肌をひりつかせていた魔力の発信源……なのだろう。

 

どうする、さっき誓ったとおり逃げるか?

 

 

 魔力の濃さはすごいんだが、見た目が見た目だけに強そうに見えず(そういう罠かもしれないが)そこまで危機感がわかない。そういう訳で逃げるという選択を取れないでいるのが現状だった。

 

 ――そんな時だった。

 

 

『…………ヤハリ、また来ると思っていたゾ』

 

不意に――目の前の粘液のぬめる表面が震えだし、人の声として聞き取れる音を発したのだ。

 

 

 

 

俺は反射的に一歩後ずさった。

 

この空間で、俺以外の存在が言葉を発する――それだけで十分に異様だった。

 

魔物が喋るなんてそんな事あり得ない。

この世界に来てから十分に俺の知りえない常識を叩き込まれた俺でも知らない常識。

――すなわち非常識、非現実的。

そんな単語しか当てはまらない、事象。

 

『何を驚いていル』

 

「……なんだよ、あんた」

 

自分の高い声がかすかに震えているのがわかった。

 

やはり自分の知らない事が起こるのは怖い。

だけどあのオーガ・シャーマンにでさえそんなに怖がってなかっじゃないかと、どこかこの状況達観している自分がツッコミを入れてくる。

――うるさい。

 

初めてこの世界に生まれ変わった時だってそうだった。

 

知らない事が俺の恐怖心を煽った。

 

それが今起こっている。

 

『問いは当に、キマっていル。我は――このダンジョンのボス………………』

 

――その声が響いた瞬間、空気が変わった。湿った石壁が低く軋むような錯覚さえ覚える。

低く、揺るぎない声。その声は、重みを持ち、空間に浸透していく。

 

 

 

「ボス……」

 

乾いた口がその言葉を無意味に反芻する。

 

 

 

 

 

 

『………………になる予定だったモノ』

 

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

思っていた答えと違ったものが返ってきて思わず呆気にとられる。

なんというかここまで威厳たっぷりな演出をしておいてのこの落差だったので、拍子抜けという気持ちが先行する。

 

「…………なる予定だったモノってなんだよ」

 

緊張感が薄れ、思わずジト目でツンとした言い方をしてしまった。

 

それにもかかわらず、この黒い粘液は気にした様子もなく話を続ける。

 

『イマ、言った通りだ。魔物の誕生は主に2パターン存在する。パターン1は、魔物同士の交配。パターン2にダンジョンの生成と共に魔力が固まって誕生する方法。そして俺はそのパターン2の魔力の凝華によって変化し、このダンジョンのボスとして君臨する予定だったのだ!ナノニ……ナノニィ……!』

 

「なのに……?」

 

『知っているかもしれないが、このダンジョンが作られる途中でなんらかの不具合によってダンジョンの生成ごと中断された。我はその時、空気中に散布する膨大な魔力の濃ゆい部分だけが固まって魔物になっていく途中だったのにダ……!』

 

「え、じゃああんたは今、魔物じゃないの?」

 

 

『――完全な魔物とは言いきれないだろうナ。魔物のなり損いだからな。今の我の状態は純粋な魔力の固まりという方が正しいハズだ。これから固まりきって骨や肉ができ、イカしたボディになるはずだったのにぃ……』

 

「なんか……うん……どんまい」

 

 声があまりにも気落ちした声だったので、思わず同情してしまう。

 

『まぁ。でもオマエのお陰で願いが、一つ叶った。感謝すル』

 

 

「はい?感謝される謂れはないと思うけど」

 

『それがアルのダ。オマエがあの魔法を使える豚人間をぶっ殺してくれただろウ』

 

「豚人間って……オーガ・シャーマンのこと?それなら……まぁ、倒したけど」

 

「アイツは俺より先にダンジョン側が生成した事もあって、ダンジョンの生成が中断する前に完全体のカラダを手に入れていたのダ。そしてあろうことか、我が完全体になりきれていないのをいい事に、アイツはボス面をしていタ。それが……何よりもニクかっタ!でも我は所詮魔力の塊にすぎない。この粘液の形を変える事はあっても己で戦う事はできない。そこでダ!」

 

「そこで……?」

 

 なんか薄々だが、この会話の着地点が分かってきたかもしれない。

俺は続きを促す。

 

「たまたま子供を追って現れた人間のオンナこそオマエだった。オマエはあの豚野郎と戦闘する気だった。だから、俺のニクイ相手を殺してくれるかもしれないと、微力ながら我の力を貸したのだ。魔力だけは、我自身が魔力の塊なだけあってたんまりとあるからな。この魔力をオマエの周囲に流しこみ効率的な魔力の使い方を補助してやっタ」

 

 

「お前だったんかい!」

 

 俺がこのダンジョンであれだけ強かった理由があっさり解消された。

 

『ン?嫌だったカ』

 

「嫌じゃない、むしろ、ありがとうだけどもさ!なんか釈然としないんだよ。互いに殺り合う関係なのに人間と魔物が協力するのって、何か違くない?」

 

魔物を操ったりする魔術もなくはないが、あーいうのは、魔物の精神をほぼ壊して支配者の言葉以外何も考えらせなくする精神支配みたいなもので、協力とほど遠い概念だし。

 

『先ほども言ったが我は魔物ではない、魔力ダ。魔力を使って魔法を扱うことが日常茶飯事なのだから、喋る魔力が協力しても何もおかしい事はないだろウ』

 

「そう……なのか?」

 

 この世界にTS転生した時から俺の常識センサーは壊れ気味なのに、こんなさも当たり前だろう、という雰囲気で言われちゃあ、納得するしかない。

 

「……じゃあ喋れるのは?」

 

でもこれだけは、この世界の常識という言葉だけじゃ片付けれない。

魔物やそれに類するもの、オウムのように人間の声真似をする事はあっても、意思疎通して喋るなんて聞いた事ない。魔力が喋るなんてもっての他だ。

 

『それは知らン。喋ろうと思ったら喋れただけダ』

 

「あ……そうですか」

 

 うん、もういいや。何でも。

 

 もう全てがどうでも良くなった。頭を空っぽにして全てを受け入れよう。

 

 そう思うと心が楽になった。

 

 俺の顔は今、仏のように穏やかだろう。

 

『それにしても我は、オマエがあの戦闘の違和感に気づいて、再びこの地に訪れると心から信じていた。心なんて我に存在しなさそうだガ…ナンテナ。ニクイ相手がいなくなった今、何もないここに居ても暇なだけダ。俺を地上に連れ出してくレ』

 

「――うん、ぜーんぜんいいよ!」

 

この時だけは全てを受け入れようと誓った俺は、何も考えていない脳みそで快く頷いた。

 

 これを人は現実逃避というのだろう。または、面倒なことの後回し。

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