TS死体回収屋は探索配信者の夢を見るか? い や 見 な い 作:TS夢見
朝の陽光が窓から差し込み、穏やかな風がカーテンを揺らす。俺は目を覚まし、夢の中で見た出来事を振り返る。あの異様な夢—喋る魔力と過ごした時間は、寝ぼけた頭の中で完全に夢として処理されつつあった。
「変な夢だったな……」
そう思いながら伸びをしたその瞬間、違和感が走る。机の上に目をやると、そこに昨日の“夢”で見たはずの粘液が、当たり前のように鎮座していた。
『ヨォ。起きたみたいだナ』
俺の思考が一瞬停止する。これは夢ではない。本当に昨日の出来事が現実だったのだと、否応なしに叩きつけられる。
「え、嘘……」
呆然としながら、机の上の喋った粘液を凝視する。夢の中の存在が、現実世界にも変わらず存在している。昨日の異常事な出来事は夢ではなく、紛れもない現実だったのだと。
「……ちょっと待て。魔物って、制約があって普通はダンジョンから出られないんじゃなかったけ」
やっとのことで絞り出した疑問。しかし魔力の塊は飽きれたように揺れながら答える。
『マダ、寝ぼけているようだナ。我は昨日お前と一緒にここまで来たというノニ…………。
何度も言うが、我は魔物ではなくそれになる前の魔力だ。ダンジョンの制約は魔物が縛られる事はあっても、魔力にはない』
淡々と告げるその言葉に、俺は言いようのない不安を覚える。
「……確かにあんたは連れ出してとは言ったかもしれないけど、別に私の家に置いとくとは一言も言ってないはずだ!……確かそうだったはず!」
俺も黙ってはいられない。寝ぼけた頭を一生懸命フル回転させて昨日のことを思い出して指摘してみる。
そんな俺の指摘に対して魔力の塊はあっさりと答える。
『行く場所も特になくてナ。しばらくはお前のところで厄介になることニシタ』
まじかよ……。何でそうなるの。俺は、途方に暮れる。どうすればいいのか、どう説得すればいいのかも分からない。ただ目の前にいるこの存在が、今後の日常に大きく影響を及ぼすのは間違いない。
『ナンダ、昨日あれだけ我の事を快く出迎えたというのに、その急変ブリハ』
「いや、そうは言われても昨日は、ちょっと私がおかしかったていうか。一回寝て冷静になったというか……」
『別に我がお前に厄介にならないという選択肢もナクハナイ。だが、またあのダンジョンに戻るのも、ごめんだから好きに動かせてもらう事にはなル』
「まぁ、私が知らない所で勝手に動かれる分には問題ないと思うけど」
そういう方向に話が進むのであれば俺は、変な心配をしなくて済むので安心だ。
内心ホッとする。
だが、そんな気持ちになったのも一瞬だった。
『しかし、我が本当は魔力だったとしても、側から見たら色がちょっとおかしいスライムダ。我がお前の監視下から外れて好き勝手に動いた場合、我の事が世間にバレ、当然、我の出所を特定する動きになるダロウ。その場合、我をダンジョンから連れ出したのは間違いようもなく、お前になるだろうナ。その場合、このようになるのではナイカ?』
そう言われて、今日の新聞を粘液を触手のように伸ばして器用につかみ、ある一部分を見せてきた。
『××ダンジョンで大規模な異常——制約が一部崩壊した事に便乗して地上へ魔物を持ち出した男が逮捕』
その見出しに、俺は青ざめる。
俺が罪人になる可能性があるという事に頭を抱えた。
ダンジョンが出現しているこの世界では、ダンジョンに関する色々な法律がある。
この国も例外ではなく、それが存在するのだが、その中でも気をつけなければならないのは、魔物を地上に出す事。普段、魔物はダンジョンの制約で地上へ出れない場合がほとんどだが、ごく稀にその制約がちゃんと機能しておらず、魔物が地上に出れてしまう場合がある。
そんな時に、なんらかの方法でその行為を手伝ったとみなされれば、重い刑が待っている。
なぜ、これが重い刑に当たるのかって?
このケースで有名な大事件を紹介した方が、この行為がどれだけ重いのかわかってもらえるだろう。
それは昔、ダンジョンが出現して間もない頃、米国で起こった事件で不具合を起こして制約の一部が機能しなくなったダンジョンからあるテロリスト集団が、ワイバーンを地上に誘導して解き放った事があった。まだ幼体のワイバーンだったのにも関わらず、700人の死者を出した悲惨な事件だ。ほとんどがダンジョンの近くに住んでいた一般市民で、ダンジョンの外で亡くなったこともあって、聖域の効力が発揮せず、そのまま帰らぬ人となっている。
だから、この行為はどこの国でも重くみられている訳だ。
「い、嫌だ!私捕まりたくない!私一生懸命、真っ当に生きてるのに!」
そんな時——。
ピンポンという玄関のチャイムが鳴り響いた。
「…………」
俺の心臓が跳ね上がるのを感じる。
今はそれどころじゃないが、出ない訳にはいかない。
俺は魔力の塊だというコイツに一瞥すると、話を一旦止めて、ドアまで向かう。
「は、はーい」
そう言ってドアを開けてみればそこに居たのはニコニコ顔の竹内さんだった。
「おはようございます、星宮さん。こんな朝早くからご迷惑だとは思いますが、これを渡したくて……迷惑だったらすいません。その場合はこっちでどうにかするので」
その言葉と共に俺の手元に可愛い柄の布で包まれた何かを渡される。
「これは……?」
「お弁当です。昨日のあまりとかではありますけど、数日前、自炊が苦手とおっしゃってたので、助けになればと思い作りました。学校とダンジョンのお仕事を両立させてるなんて大変でしょうに、これくらいは息子のお礼としてさせてください」
「自炊が苦手な私にとっても、すごく嬉しいんですけど、流石に申し訳ないというか……あの時、お代だってもらったし」
お代だって俺は貰うのに抵抗があった。
普段は冒険者相手にする商売を、ダンジョンの関係者でもない一般人から貰うのはどうなのだろうかと。
もちろん、ちゃんと仕事として責任を持ってするなら、貰うべきなのだろう。
だが、俺は単純にこの仕事とダンジョンが好きだから潜っているところがあるし、そこまでお金には執着していない。
それでも、竹内さんがちゃんと働いてくれた対価は受け取るべきですと譲らず、押しに負けて最終的にお代を頂いた。
それなのにそれ以上にしてもらうのは、なんだか申し訳ない。
「それは、それです。星宮さん、言ってくださったじゃないですか。『困っていたら互いに助け合うのが隣人ですよ』って。私も隣人としてできる事をやるだけです」
そう言われたらもう俺から言い返せる事はない。
ありがたく頂戴する事にしよう。
「……ありがとうございます。では美味しくいただきます」
「いいんですよ。星宮さんは、まだ子供なんだから頼れるところは私や他の大人の人をどんどん頼ってください」
「……ありがとうございます」
竹内さんいい人すぎる。
優しさが心に染みるぜ。
浄化されそう。
「そうそう息子のシュンが今入院してるじゃないですか」
「あ、はい。そうですね」
シュンくんは一度死んでいる。聖域で蘇生したが、だから大丈夫とはならない。
資格を持ったダンジョン探索者の場合は、どんなに初心者の人でもある程度の鍛錬を積んできている。なので死んで蘇生したあと入院しない人も少なくはないが、シュンくんの場合はそんな鍛錬は積んでいないし、まだ子供だ。
念の為、今入院している。
ただ入院も3週間程度だと聞いた。そこまで大事にならなくて良かった。
死んでいる時点で、大事だろと言われたらぐうの音も出ないが。
「あの子、今暇してるから、都合のいい時でも見にいっていただけると、シュンも喜ぶと思うんです」
「もちろん、行きます!今度お見舞いに行かせてください」
「本当にありがとうございます……あ、そういえば今誰か家にいらっしゃいます?さっきドア越しに話し声がしたから……。もしそうだったら、こんな時間に押しかけちゃって配慮にかけたことしてすいませんね……」
そう言われて、心臓がドキッと跳ねる。
あの粘液のことがバレる訳にはいかない……!
「い、いや、私しか居ませんよ、ここには。あはは……。多分テレビのドラマを付けていたから、それで勘違いしたんじゃないですかね……」
結構苦しい言い訳だが……耐えてくれ。
「…………」
竹内さんは一瞬キョトンとしたのち、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに言った。
「私ったらてっきり、星宮さん可愛いし、年頃の女の子だから、お、男連れ込――」
「違いますよ!竹内さん!」
「で、ですよねぇ。私空気の読めないことしちゃったのかって不安だったんですよ。忘れてください!」
竹内さんは手をブンブンふる。
今、この人何想像した!?俺で何想像した!?
朝チュン的なアレ想像したでしょ!絶対。
なんでそうなるの。
この人、おっとりした見た目に対して、意外とえげつないかもな。
とにかく――。
「ぜーんぜん、気にしなくて良いですよ!じゃ、じゃあこのお弁当いただきます!」
俺から会話を終わらせる方向へと持っていく。
あの喋る魔力を知られたくない。
「はい、頂いてください。学校も頑張ってくださいね。それでは」
その言葉を言い残した、竹内さんを見送る。そして扉を閉めた瞬間、背後の魔力が揺れながら呆れたように言った。
『随分と慌てたな』
「……当たり前」
俺はその場に倒れ込むようにして座る。朝からとても疲れた。
「……分かったよ。あんたをここに置いとくよ。今からあのダンジョンに戻したところで、じっとしている訳じゃないんでしょ」
『分かっているじゃないカ、あの憎たらしいブタもいなくなったしあそこに未練はないからナ』
「なら、私があんたの監視役を務めて、見張ってた方がよっぽどマシって訳か。それに私の知らないところであっさり世間に見つかって、結果的にダンジョンから連れ出した私があの新聞の見出しみたいな事になるなんて展開はごめんだから」
『じゃあ……よろしくナ』
「……よろしく、喋る魔力さん」
俺は力なくこたえる。
『我の事は今後、ボスと呼んでくれ。我の憧れの呼び名ダ』
呆れながらも、これ以上の議論は無意味だと悟った俺は、軽く肩をすくめる。
「あー、分かった、分かった。そう呼ぶ事にするよ……ボス」
『ヨロシイ』
「なら、私からも一つ。私もオマエって名前じゃない。星宮 くれはって名前があるからそれで呼んで」
『あぁ、分かっタ。クレハだな』
なんでこうなってしまったのだろうかと、ため息をつかずにはいられない。
「まあ……ともかく、目立つようなことはしないでよ」
ボス――つまり魔力の塊は、まるで考えるように揺れる。
『気をつけはするが、保証はしナイ』
「ぐぅ……」
俺は額を押さえる。
――こうして、元おっさんの俺、星宮 くれはは、喋る魔力と正式に同居することになった。
今後、この選択がどう俺の人生に影響していくのか、まだ知るよしもない。
あぁ、だけど確実に予想できることがある。
ストレスで胃が荒れるだろう。