TS死体回収屋は探索配信者の夢を見るか? い や 見 な い 作:TS夢見
「……連絡がつきました!」
スマホを片手に耳に当てて安堵したように呟いたのは、ミユキさんだった。
2人が消えてから、30分弱経った今ようやく連絡が取れた。
「ショウマくんはサオリさんの遺体と一緒に飛ばされているみたいですね。どちらとも無事みたいで」
遺体に「無事」をつけるのはなんだか変な気がするが、今は黙っておいた。今それどころじゃないわけだから。
とても心配だ。ショウマくんとボスの2人で遭難なんて、ボスが何かやらかさないか、心配すぎて胃がキリキリする。
この暗闇の中にある森はそもそも危険が尽きないというのに、よりにもよってな組み合わせで行動させることになるとは……。
一刻も早く見つけ出さないと……。
だけど、どうやって見つけるかだよな。
このダンジョン下でスマホのマップは機能しないし、同じような景色ばかりのこの森で目印のようなものがあるかどうか。
まあ、一応聞いてみて損はないか。
「あの、ミユキさん……ショウマくんに聞いて欲しい事があるのですが、ショウマくんが居る場所に対して目印になりそうなものはないですか?」
「聞いてみます……」
そう言ってミユキさんはスマホ越しで聞いてくれたが、答えはNOだった。
やっぱりなかったか……。
タカハシさんは顎に手を当てて渋面を作る。
「仕方ありません……本当は3人でも苦戦していたこの危険な場所をショウマくん1人で動いてもらいたくないのですが、一階層のダンジョンの出入り口で集合するしかないようです」
動く死体のサオリさんは魔法で歩かせることしかできないことになっているので、最初から戦力に入れていないと思われる。実際、ボスがあの状態で戦えるとは思えないし、それが正しい。
「幸いこのダンジョンには結構な頻度で帰巣花が生えているのを見ます。これを辿ればダンジョンの入り口に戻ることはできるでしょう」
このタカハシさんが言う帰巣花はダンジョン固有の植物で、なぜか常にダンジョンの出入り口を向いて花が咲くという特殊な性質をもつ。
逆にダンジョンの奥深くに行きたい場合はこの花が向いている真反対を進めばいいので、ダンジョンから出たり、奥深く潜ったりする場合にとても役立つ植物だといえよう。
なので、この植物が生えていないダンジョンに行く際は、この植物の種を持ち運ぶことも多い。基本的にダンジョンならどんな場所でも花を開いてくれる植物なので、植物の成長を促進する魔法と併用すれば生えていない場所でも役にたつ。
そういう事で話がまとまりそうになった時、ミユキさんが「電話を死体回収屋さんに代わって欲しいそうです」とスマホを渡してきた。
◇
数分前。
木霊によって森のどこかへ飛ばされたショウマとサオリの遺体――その中に潜む魔力の塊、ボス。
周囲は静まり返っていた。木々のざわめきも、精霊の笑い声も、今はもう聞こえない。
ショウマは焦っていた。
サオリの死体を守りながら、仲間の元へ戻らなければならない。
あまりに損傷が激しいと蘇生できなくなるから……。
ちろりとサオリを見るが、血色の悪い青白い顔でぎこちなく隣に立っている。
これは、サオリであってサオリじゃない。
死体であってこうやって動いていてもそれは死体回収屋さんの魔法に過ぎない。
でも俺が動けばその後ろをついてくるので、本当は生きているのではないかと錯覚を覚えるくらいだ。
そんなんだから、この死んでしまったサオリとどう接していいか分からず戸惑っているし、気まずさをすら覚える。
しばらく森を歩いたが、仲間たちの姿はない。
少し歩いて、スマホの存在を思い出す。
よほどショウマが焦っているかが、最初に思いつきそうなスマホに気づかない時点で分かるというものだろう。
そしてショウマは今、ミユキと通話で連絡をとっていた。
「ミユキさん……俺、サオリと一緒に飛ばされたみたいです。場所は……分かりません。とにかく、無事ではあります。サオリも……その、動けてます。死体回収屋さんの魔法で」
電話越しに安堵の声が返ってくる。
ショウマは少しだけ肩の力を抜いた。
「……目印になりそうなものですね。んー、周りを見渡した感じ、無さそうですね……はい。……はい。…………ダンジョンの出入り口で合流するしか無さそうですね」
その時だった。
サオリの方から低く、落ち着いた声が発された。
『死体回収屋のクレハに代わった上でそのスマホを貸してくれ』
「おう。……ちょっとサオリさん、死体回収屋さんに代わって欲しいんですけど……」
決してこの声がサオリと似ても似つかぬ声だとしても、声の調子があまりにも自然だったため、ショウマは反射的にそう言ってスマホを差し出してしまった。
差し出して理解が追いついたのか、驚きにまた顎が外れそうなほどに口を開けてしまう。
魔法で動くだけだと聞いていたサオリの死体が喋ったのだ。驚いても仕方ない事ではある。
そんなのお構いなしに、サオリことボスは、スマホをショウマの手から奪うように取り上げて、耳に添える。
口元から声を発していない以上、その動作に意味はないが、ショウマがしていたのでなんとなくボスもその動作をしてみた。
『かわりました。……死体回収屋のクレハです。どうかなさいまし――』
『クレハ。我だ。ボスだ。』
『え、ボッボ……ボォ!?なにやってんの!いや、あんたが出ちゃダメでしょ!』
『ショウマの安全とこの体がこれ以上損傷しない事を第一に考えた場合、我が出てくる必要があると考えた結果ダ。出入り口で合流はショウマ単体の戦闘力を考えてもやらない方がイイ。1番最悪なのは、この森でショウマも死体になる事ダ。我はこの体を動かすのが精一杯な今、数は増やせない。そうなった今、サオリの体で我が動けても死体になったショウマをそこに放置することになル。少しでも放置すれば肉食獣が跋扈するこの森では全部の部位を持っていかれかねなイ。だから我らは動かず、クレハ達に来てもらう方が安全ダ』
『そうは言ってもそれしか手段がないんじゃ、仕方ないでしょ』
『そこでやって欲しい事がアル。
我が入っていたペットボトルに、わずかでも我の体の破片が付着していないか、確認して欲しいのダ。
通常、その破片は小さすぎるから我の一部として機能していナイ。
だが――クレハ、お前がその破片に、一定の魔力を送り続ける事で、我の体の一部として機能を取り戻す。それに我は、本体に戻れと指令を出す』
『ん、というと……要領を得ない。要するに何が言いたいの?』
『要するにそうする事で、その破片は我の体に戻ろうとして、ペットボトルの中を動き回るだロウ。その破片が戻ろうと動く方向が我達のいる場所ダ』
『……そんな手があるのか。つまりそのペットボトルがショウマくんを探すための道しるべになるって事?』
『あぁ、そんな認識で大丈夫だろう』
『分かった。助かる、ボス!すぐ試してみる』
そう言って、クレハがスマートフォンから遠ざかるのが分かった。
そのあとサオリことボスから、ショウマはスマホを呆然としたまま受け取り、そのことはミユキさんに言わず、二言、三言、言葉を交わして電話を切った。
不安な気持ちが尽きない現状で、安心がしたいためにまだ話したいはずだったのに、サオリの死体が喋ったことでショウマは、それどころじゃなくなったのだ。
電話を切って早々に、サオリを見つめながらショウマは口を開く。
「…………お、おい。サオリ、今喋ったよな」
もっとも、サオリはこんなにカタコトの日本語じゃなかったし、もっと女性らしい高い声の持ち主だったが、明らかに今の言葉はぎこちなく立っているサオリの方から発せられていた。
「………………」
だが、スマホをショウマに返してからというもの喋らなくなる。
「おい、返事しろって。絶対今喋ったからな。あの死体回収屋の人歩くだけって言ったはずだよな。どういうことだよ本当に」
ショウマはただただ困惑の顔を浮かべている。
「今、明らかに喋ってたし、動きと連動しているように見えた。まさかサオリに悪霊が乗り移ったとでも言うのかよ。ちくしょう!」
クレハがくるまで沈黙でいようとしたボスだったが、ボスがそれ以降喋らないのをいいことに、ショウマが勝手に話を一人歩きさせて変なところで結論を出そうとしたので、仕方なく、言葉を発した。
『ナンダ。今の電話の流れで一通り分かっただろう。我達はここで待機ダ』
「そんなことを俺が聞きたいんじゃなく……ってまじで喋った!?逝ったサオリが喋った……」
『喋れと言ったのはお前だロウ』
いちいちリアクションが大袈裟だとボスは思ったのか、ショウマに対して、ボスは魔力でなぞって表情筋を動かし、クレハが浮かべていたのを真似して呆れた顔を作った。
「サオリはそんなゴミを見るような目で俺を見ない!やっぱりサオリじゃないな!悪霊とか初めて対峙するけどかかってこいや!」
『ナンデソウナル』
◇
ショウマ達はショウマのパーティーやクレハがやって来るまでここで待つことになった。
倒木の上に腰を下ろしたショウマは、静まり返った森の空気を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
隣には、ぎこちない動きで座っている謎に喋るサオリの遺体――。動いているのが死体回収屋さんの魔法だとしても、結局はなんで死体が喋ってるのかも分からない。これが魔法の効果だとしても説明してくれなかったのは何故なのだろうか。
風は止み、木々のざわめきも消え、ただ時間だけがじわじわと過ぎていく。
「……変な感じだな」
ぽつりと漏れた言葉は、誰に向けたものでもなかった。
だが、サオリの身体がわずかに首を傾げたように見えた。
その仕草に、ショウマは目を細める。
『何がダ』
サオリの口元から、サオリのものでない声が静かに響いた。
ショウマは少しだけ目を伏せた。
「……いや、隣にいるのがサオリなのに、おまえサオリじゃないんだろ」
『…………』
声もそうだけど、感覚的にもそうだった。
いくら、死んだサオリが喋ったとて、それがサオリ自身が喋っているのだとしたら感覚的に分かるとショウマは信じている。
だからなのかショウマは、サオリ自身には決して打ち明けなかったある事を気づけば口を開いて呟いてしまった。
「……俺さ、サオリのこと、ずっと好きだったんだよ」
それは、誰にも言ったことのない本心だった。
仲間にも、本人にも。
ただ、心の奥にしまっていた。
「これはもうずっと昔からだ。いつから好きになったとか覚えていないくらいからずっと。明るくて真っ直ぐなあいつのことがずっと好きだった。………誰もが使ってるベタなような言葉だけど、気づいたら、彼女のことばっかり考えてた。俺、探索者とかあんまり興味なかったけど、このパーティーに入ったのもやっぱり彼女が居たからなんだ」
サオリの身体は目を瞑り静かに話を聞いているようだった。
その表現も合っているのか分からないけど、そう感じた。
「最近は、大学とかバイトとかで、あんまり話せなくてさ。ダンジョンに潜る時くらいしか、ちゃんと顔見れなかった。……だからそれが、唯一の楽しみだったんだ」
ショウマは、拳を膝の上で握りしめる。
指先が白くなるほど、力が入っていた。
「でも、その機会すらなくなるかもしれない……。夢に向かって進んでるサオリを見て、それ素直に嬉しかった。すげぇなって思ってたよ。流石だなと。でも、同時に……寂しいんだ。置いていかれる気がして。実際にこのダンジョン探索すら一緒になれなかったら、あいつと会えるのはほんのわずかになっちまう……」
『………………』
「だから、あの時……オファーの話聞いた時、ついかっとなってしまって……。引き止めたかったんだ。夢を叶えるために離れるって言われて、頭では祝福してやりたかったのに、心が追いつかなかった。……それに加えてあんな形で、サオリを死なせてしまって……」
『………………』
「なんだよっまた喋らなくなってっ……」
『……置いていかれる気がしてじゃないだろう。なに置いていかれる気満々なんだ、お前は。そんな受け身だから駄目なんだ。置いていかれたくないなら置いていかれないようにお前も突っ走るしか道はないだろうに』
「ぐっ……えらい強い言葉だな……。慰めてくれても良かったんだぜ」
予想以上の鋭い指摘にショウマは、冗談混じりにそう言って、サオリの顔をちらりと見た。
血色のない肌。動かない瞳。
彼女であって、彼女じゃないこのサオリが真っ直ぐショウマを見ていた。
ショウマは息を呑む。
『ショウマ、お前は慰めるでもなク、同情するでもなくこんな言葉が欲しかったのではないカ?だから我に話したのだろう。そんな事ヲ』
「そんな事は…………ない……はず」
ショウマの言葉尻はだんだん弱くなる。
(俺は慰めを本当に欲していたのだろうか。
もし、その言葉をもらったとして、俺の心はもっと傷ついていた気がする。
それに、サオリを乗っ取ってる?やつの言っている事は悔しいが正しいのかもしれない。)
「でも、どうやって……」
『好きなんだロウ?お付き合いを申し込めばいいじゃないカ。そして付き合え』
「……は!?何を言ってっ」
『探索者パーティー以上の関係になれバ、サオリは忙しくたって無理にでも時間を作ってくれる。簡単な話ダ』
「話が色々ぶっ飛びすぎだっ!」
『汚いな。そんな唾を撒き散らすナヨ。ほら、練習と思って我に告白するがヨイ』
そう言って何かに取り憑かれたサオリは自分自身を指差す。
そうやって指さされたサオリの顔にショウマの視線は、自然と誘導される。そしてショウマは思った。サオリは死んでなお美しいなと。
その整った顔立ちに、思わず息を呑む。意識せずにはいられない。
(本人に本人の告白の練習とか意味が分かんないが、だけど、これがサオリではない事は俺も知っているじゃないか。なら限りなく本人に近いところで練習ができると考えれば…アリなのか?)
『……ほら、ほら、何を躊躇することがある。早く告白するがイイ』
ショウマは戸惑いながらも、ほんの少しだけ口を開きかけていた。
次の瞬間だった。
ショウマは咄嗟に動く。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
サオリの身体に向かって飛び込むように押し倒す。
1秒後、オウルベアの鋭い爪が空を裂き、ショウマの頭上をかすめて通り過ぎた。
「ぐっ……!」
2人の身体は地面に転がり、枯れ葉を巻き上げる。
「――ッ!?」
木々の間から、巨大な影が映し出される。
「オウルベア……!」
その姿は、間違いなくさっき戦った魔物――片目が潰れた、あのオウルベアだった。