「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは汝より離れさるだろう」
モモンガが合言葉を口にすると、宝物殿の中にある武器庫への扉が開く。モモンガが現在いるのは、ギルドの指輪による転移以外では、絶対に到達できない場所。ナザリックの表向き最奥である玉座の間より、更に奥深く。ナザリックの真なる最奥──それが宝物殿だ。
ここにはユグドラシル時代に集められた、金銀財宝が山ほど眠っている。ゲーム的には何の効果もない、宝石が嵌め込まれた金の杯や、それなりにレアな銀色に輝く毛皮などが雑多に積み上げられている。
ここは第一から第三まであり、モモンガは第二の部屋に続く扉を開けたのだ。
「このパスワードは、一体何の意味があったんだったかな?」
武器庫に続く扉のパスワードを設定したのは、ギルドメンバーの一人であるタブラ・スマラグディナ。彼は神話関係の雑学などが好きであり、また凝り性でもあった。このパスワードも何かしらの意味があった筈なのだが、モモンガは思い出せなかった。
「まぁ今はいいか」
宝物殿に来たのは、タブラとの思い出を探るためではない。ここに配置している、モモンガが創造したNPC──宝物殿領域守護者のパンドラズ・アクターを回収するためだ。
パンドラはよほど特別な理由がない限り、宝物殿をずっと守護している。ナザリックの僕も彼の存在を殆どのものが知らず、統括守護者であるアルベドがギリギリ名前と役職だけは知っている……と言う状態だ。
モモンガは漆黒の石畳が敷き詰められ、幅10mほどの通路を歩く。そして辿り着いたのが──
「これは我が創造主! モモンガ様! ようこそおいでくださいました」
管理責任者室だ。そこにはモモンガが姿を見せると同時に、最敬礼をする埴輪顔のNPC───
それらを見ながら、なんでこんな敬礼するようなNPC設定にしちゃったんだろうなと、モモンガは昔の自分を恨む。
(軍服は格好いいよ。でもさぁ……やっぱ敬礼はいらなくない、昔の俺。普通に佇んでる方が絶対に恰好が良いって)
思ったところで何かが変わるわけでもない。今はここに、確固たる存在として顕現しているのだから、黒歴史であろうとも向き合うべきなのだ。
「数日ぶりだな、パンドラズ・アクターよ。息災そうでなによりだ」
「勿体なきお言葉を……それで、今日はどうなされたのでしょうか。モモンガ様がここまで来られるとは、珍しいですよね」
「実はな、全僕に対して非常に……非常に重大な通達事項があるため、玉座の間に全員集める事となった。それでお前を呼びに来たのだ」
「なんと!! 御身自ら足を運ばれるとは……このパンドラズ・アクター! 感謝! 感激でございます!!!」
「……なんでそこまでオーバーリアクションなんだよ」
はぁ……と溜息をつくモモンガだが、これもまた黄金の思い出を彩る一つと納得することにして、パンドラを引き連れて武器庫を出る。
パンドラはモモンガの隣を歩きながら、敬愛すべき主を見ておやと思った。パンドラがモモンガに会うのは、転移事件が起きてから2回目だが、その時に比べると──
「モモンガ様。この数日の間に、御身の身に何かあられましたか?」
「なんだ、藪から棒に。なぜそう思ったんだ?」
「モモンガ様が以前こちらに来られた時と比べると、そうですね……明るい。非常に明るく見えました」
「そうか? 俺は前と比べて……そうか、お前から見て明るくなったように見えるか」
「私の目が曇っているのかもしれませんが、こちらに来た時のモモンガ様と比べると雲泥の差に感じました」
「……曇ってないな。お前には、このナザリックでも最上位の頭脳を与えている。アルベドやデミウルゴスに匹敵するほどのな。そんなお前が今の俺を見て、変わったと思うのならそれは正しい」
「ありがとうございます! しかしこれほど変わるとなると……なるほど。それが全僕を集める理由なのですね」
「……オーバーリアクションはうざいが、頭の良さと観察力は本物だな、お前」
他者から見て雰囲気が変わったと即座に判断できるほどに、今の自分には活気が漲っているのだなとモモンガは嬉しく思う。同時に、以前の自分はどれだけ暗かったのだろうかと。
「パンドラよ。どのような表現を用いても良いから、以前の俺はお前から見てどのように見えたか教えてくれないか?」
「どのような……承知致しました! この場では無礼講が許されるものと判断し、モモンガ様を讃えさせて──」
「讃えんでいいから正直に言え」
「……暗い方でした。勿論、見てわかるほどに暗いと言う訳ではありません!! ただそうですね、至高の御方々がいた頃に比べると、どこか陰りが見えた……程度のことですが」
「ギルメンのみんながいた頃に比べたらか。若干うざいところもあるが、お前は慧眼だなパンドラ……玉座の間で詳細を伝えはするが、先にお前には教えておいてもいいか。実はな……友達が出来たんだ」
「なんと! モモンガ様にご盟友がですか!!!」
「盟友……まだそこまで深い仲な訳ではないが、そうなってもいいなと思うぐらいには、心から尊敬したくなる良い人達だよ」
友達が出来た。誰よりも敬愛すべき主は、どこか嬉しそうにそれを教えてくれる。パンドラは足取りの軽いモモンガを見て、良かったとオーバーリアクションで喜ぶ。創造主が喜んでいる姿は、パンドラにとってこれ以上ないほどの財宝なのだから……
第一の部屋まで戻ったモモンガは、ギルド指輪──リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを一個インベントリから取り出して、パンドラに貸し与えた。その後第十階層まで転移。
玉座の間まで二人で歩き、モモンガがたどり着いた時には多くのモンスターやNPCが集合していた。彼らはモモンガを迎えるためか、全員が一様に膝をつき最大の敬意を偉大なる創造神に払っている。
モモンガはそんな僕達の真ん中を歩き、一番奥に鎮座している玉座を目指す。途中でパンドラが離脱し、アルベドやセバスと言った、100レベルNPCが集合している場所に合流し、同じように膝をついた。
モモンガは玉座に辿り着き着席。集まった面々を見て、その壮観さにちょっとだけ圧倒される。本来であればこの玉座の間には呼ばれないような僕まで集められており、部屋は満杯になっているからだ。
(うわぁ……これだけの人数に対して、今から俺の感情とか全部話さなきゃいけないのか。はずかし……いけど、怯んでる場合じゃないからな。報連相を怠った俺が悪いけれど、それだけで全軍進軍を画策してしまう現状を変えないといけない。頑張れ俺……未来に進むためにも)
「一同、面を上げよ」
モモンガがそう命じると、僕が全員顔を上げる。数多の視線が注がれることにモモンガはちょっと怯むが、臆してなるものかと腹に力を入れて──
「全員良く集まってくれた。まずは一つ謝罪をさせて欲しい。この中にも、ついさきほどまで私の身柄の奪還作戦のために、アルベドの指示で軍団に編成されていたものもいると思う……すまない、私の連絡ミスだ。まず前提として、私はエ・ランテルで捕縛などされていない。むしろ、あの街には想像以上の好待遇で出迎えられている。なのであの都市に対して何かしらの悪感情を抱いている僕がいるならば、その感情は捨て去ってくれないだろうか」
え?と言わんばかりの反応が僕達から漏れ出す。アルベドもえ?と声を漏らした。僕一同の視線はアルベドに注がれていて──
「この件でアルベドを責める事は許さん! 元はといえば定時連絡を怠った私に非がある。アルベドは守護者統括としての責務を果たそうとしただけだ。アルベドを責めるならば、まずは私のところまで来て私を責めろ」
モモンガにそう言われて、すぐに僕達はアルベドから視線を外す。偉大なる主に対して責を問うなど誰に出来ようか。
「……さて、それでは本題に入ろうか。ここにナザリックに属する全僕に集まって貰ったのは他でもない、我らが転移した世界について通達することがあるからだ。すでに聞き及んでいる者もいるかもしれないが、この世界の原住民は最低でも三十レベル以上。ゴブリンなどのモンスターでも二十レベル以上と、ユグドラシルと同等の環境にある」
三十レベルと聞いて、一同はたった三十じゃないか……とは思わない。なぜなら、アルベドがモモンガ奪還作戦の概要説明時に、数の恐ろしさをみなに説き聞かせているからだ。事実、ナザリックに自動で湧き出るモンスターは三十レベル以下であり、仮にナザリック勢が三十以上の個体を相手どろうとすると、資金が必要な傭兵モンスターなどが必要となる。
「この世界の脅威度は非常に高い可能性がある。知らねばならぬことも多くある。そこで私はセバスらと共に、近くにある大都市エ・ランテルへと視察に赴いた。そこで見た事、起きた事、それらを皆に伝えねばならない」
ふぅ……とモモンガは息を吐く。肺を持っていないが、気分としてはこれぐらいしておきたかった。
「この国では──」
モモンガの言葉を僕らは拝聴する。まずは道中の村ですら、第六位階の魔法を使う村人がいたこと。文明レベルの高さを誇る非常に整備された道。道中で出くわしたモンスターの中には、63レベルのトロールが混じっていた事。
ただの野良モンスターにすら63レベルとナザリック基準でもそこそこのモンスターが混ざっている。これはかなりの脅威であると、僕らも気を引き締める。
そしてエ・ランテルには、ルーンなどのユグドラシルには存在しなかった魔法技術が存在していること。店主の口ぶりではエ・ランテルだけでなく、連邦そのものにこの技術が広まっているような口ぶりであったことがモモンガから語られる。ここまでは視察の名目通りの、非常に重要な情報の数々だった。けれど、ここからが少し様子が変わる。
「そして俺はカジットさんのところで、
「──モモンガ様が人間!!!」
それは誰の言葉だったのか……誰であろうと関係がない。エ・ランテルに同行した四人以外は、誰もが似たような反応をしているのだから。デミウルゴス・アルベド・パンドラですら予想だにしていなかったのか、本気で目を見開いたりして驚いていた。
「騒々しい! まだ、私の言葉は終わっていないぞ」
モモンガがそう言うと、ざわめきは治まっていく。
「では続きからだな。カジットさんのところでアンデッド向きの嗜好品を試した私は、暫しの間我を忘れてしまった。セバスらにははしたないところを見せてしまったが、そのおかげで皆と私の間に、認識の差異があることを知ったのだ。言ってしまえば誤解だな」
誤解と聞いても、最初は頭にハテナを浮かべるだけの僕一同。しかしモモンガが、自分はみんなに嫌われたくなくて支配者としての演技をしていただけだと正直に伝えると、玉座の間の様子が一変した。
「モモンガ様!! 我ら……我ら一同、お、御身の、御身にそのような……デミウルゴス!!! なぜ気づかなかったの!! お前の目は節穴だったの!!!」
「それはこちらの台詞だよアルベド! 奪還作戦の件と言い、君の行動は軽率に過ぎる!!! そのせいでまたしても、モモンガ様にご負担を──」
「よせ! アルベドの件に関しては私の預かりどころとすると言った筈だ!! それに隠していたのは私自身の都合だ!!! その事で言い争いをすることを、私は許さん!!!」
言い争いを始めようとしたデミウルゴスとアルベドを、モモンガが怒鳴って止める。モモンガは今始まろうとしていた醜い喧嘩など求めていない。
(あっぶねー! 混乱どころか、責任の擦り付け合いみたいなこと始めようとするのかよ……これ、今の段階で話しておいてよかったな。もっと先にしていたら、内紛が始まってたかも)
良かった良かったと思いながらも、モモンガは言葉を続ける。
「それから私は、アウラやマーレと共に、総合商店を訪れてな──」
そこで劇を見て感動したと語る。ただ、素晴らしい文化があるとだけ伝えた。それから漆黒の剣に会いに、ギルドまで趣き、彼らの誘いで酒場に行って……ナザリックが転移した国の歴史と、貨幣経済制度の始まり。大戦の果てに得た種族間の繋がり。それにモモンガがどう思ったのか。余すことなくモモンガは伝えたが──
(あれ? あんまりピンと来ていないのか?)
ナザリックの僕達には、一部を除いてそれほどの感動話には思わなかったのか反応は良くなかった。特にカルマ値が凶悪・邪悪・極悪の面々はふーん程度。反対にユリ・アルファやペストーニャと言ったカルマ値が善に傾いている者は感動したのか、ちょっと拍手してくれていた。ペストーニャなど創意工夫し、明日を創る話に大層感動したのかハンカチで目元を拭っている。
なんと言うか全体として非常に薄い反応に、少しだけモモンガは悲しい思いをしながらも肝心の話──自分のことをようやく語りだす。
生前のこと、ユグドラシルのこと。孤独に震えた日々。新しく出来た友人達。素面なので酒場の時ほど情熱を籠めて語れはしなかったが──
「も、モモンガ……モモンガ様!! 私は……私どもは何の力にもなれず!! この身が裂けるような思いです!!!」
こちらへの反応は凄かった。例外なく全僕の感情が大きく動いていた。泣く機能を持つ種族の僕は全員、体の水分が全部抜けてしまうのではないかと思うほどに号泣。よく見たらセバス・マーレ・シャルティア・アウラも似たような反応をしている。何度聞いても感動話なのだろう。感情を抑えきれないのか、一般メイドが立ち上がり拍手。続くように次々と立ち上がって、スタンディングオベーションが始まった。
自分の感情を知ってくれたら嬉しいとは思っていたが、それでもこの反応は予想外だったのかモモンガは驚愕する。同時に──
「もっと早く言えば良かったかな」
拍手に搔き消されてモモンガの言葉は届かないが、それでもその声には確かな喜色があった。そして──
「以上が、エ・ランテルであったことの詳細だ。また後ほど、アルベドに命じて文書として書き起こさせた上で、全員に配布させて貰う。良いな、アルベド」
「承りました」
「良し。それとこれはそれほど重要な話ではないが、今後私は、公私を分けさせてもらう。公の時には今後も支配者として振舞うが、私事では支配者ロールはしない。みなもそれでよいな?」
「勿論でございます」
……最初は全面的に支配者ロールを捨てる予定だったモモンガだが、あまりにも私に寄り過ぎたせいで連絡を怠ってしまい、あわやエ・ランテルとの全面戦争を引き起こし掛けた。なので戒めとして、プライベートの時には気を抜く予定だが、公として動く場面ではリーダーとして動く必要もあるので、練習として支配者ムーブをすることにしていた。
「……では、今後の方針についてだ。このナザリックを移動させる手段がない以上、エ・ランテル領の領民としてアインズ・ウール・ゴウンは動くことになる。具体的に何をしていくのかはこれから詰める予定だ。それとデミウルゴス、お前に命じていた
「……凍結……なるほど、承知いたしました」
モモンガの意を汲んだのか、デミウルゴスはふっと笑う。その様子を見て──
(デミウルゴスのやつ、特に反対もせず受け入れてくれたな。やっぱり、ちゃんと相談したりするのが、組織としても一番だよな……今後は報連相を怠らない様に注意しないとな)
ともかく、これでモモンガが伝えたかったことは全て伝えた。エ・ランテルに行く前にはあれこれと悩んでいたモモンガだが、今はあの都市の住民は善人であり──友達なので無理に警戒する必要もない。もしもあの都市や、連邦と争う事になればなどと心配していたが、そんな不安がる必要も最早ないとモモンガは安心していた。
「それでは、これで解散とする。私は一度私室に戻り、エ・ランテル領民として、我々のギルドがどう暮らしていくのかについて纏めることにする。みなも何か良案を思いついたら、私に報告するように。特にデミウルゴスにアルベド、パンドラ。お前達ナザリックの頭脳担当……三賢と呼ぼうか。三賢には、期待しているぞ」
そう言って、モモンガが先に玉座の間から退場する。こういった場では、必ず一番偉い人物から立ち去るのが筋だからだ。偉大なる支配者──と呼ばれるのをモモンガ自身が嫌ったので、今後は僕一同は控えるつもりではあるが、それでもすぐに切り替えられるわけではない。モモンガが完全に姿を消すまで、厳かに見送った後──
「モモンガ様が、元は人間だなんて……でも、それでも素敵」
「むしろ、生前のモモンガ様に抱かれてみたいわ!」
「分かる!! 絶対に超格好いいイケメンよ!!!」
と姦しい一般メイドや──
「うぉおおおおおおお!!! モモンガ様に!! 美味い料理を喰わすぞ!!!!」
「おおおおおおお!!!!」
と気合を入れる料理人NPCなど様々な反応がそこらかしこに生まれる。それらの反応は方向は違えど、基本的にはモモンガを讃える内容が多い。しかし賛の反応ばかりではない。
「……………………」
「なーちゃん難しい顔してるっすね」
「この子は特に人間嫌いだもの。それなのに、モモンガ様に外の人間の友達ができるなんて……複雑でしょうね」
モモンガの友達選びに納得がいかないのか、不服そうな顔を崩さない者もいる。けれどこのナザリックにおいて法とはモモンガであり、彼こそが絶対なのだ。絶対が選ぼうとする道を根本的に否定するものなど──
「はぁ……どうして、お前達は事の重大さが分かっていないの」
アルベドの声が響く。別に大きな声ではないが、玉座の間全体にきっちりと伝わり、何のことだと僕一同はアルベドを注視した。そんなアルベドに、デミウルゴスが話しかけた。
「その言い方は良くないな、アルベド。皆もモモンガ様の御出生などの話で、頭がいっぱいなのだよ。それで責めるのは、守護者統括として如何なものかと思うよ」
「しかし──」
「怒るのはよしたまえ。君は私と同等の頭脳を持つはずなのに、感情で先走るのが欠点だね。心を落ち着かせなければ、折角の能力も持ち腐れになってしまうよ」
「……分かったわ。すぅ……はぁ……」
深呼吸するアルベドと、落ち着かせようとするデミウルゴス。それに事の重大さと言う、統括守護者の言葉。それが何を意味するのか分からない他の僕と──
──止めるべきか。モモンガ様は友達が出来たと嬉しそうでした。しかし……
モモンガの話を聞いたパンドラは、そこからアルベドとデミウルゴスが何を言おうとしているのかを察している。その言葉はモモンガの安全上必要な言葉でもあり、同時に下手を打てば創造主が得た新たな友情も破壊してしまう可能性を持つ言葉。創造主の肉体の安全を優先すべきか、それとも御心を優先すべきか。パンドラが一瞬悩んだ隙に──
「君たちは本当に、モモンガ様の御言葉をそのまま受け取っているのかい?」
言葉が放たれた。
ハードモード。それは『誰』が『どこ』を攻略するときの難易度なのか