「君たちは本当に、モモンガ様の御言葉をそのまま受け取っているのかい?」
デミウルゴスの言葉に、僕一同は疑問符を浮かべる。モモンガの言葉におかしなところはなく、今回の話において胸襟を全て開くと主は約束してくれて、事実全て話してくれた筈なのだ。なのに、そのままとはどう言う意味なのか──
「デミウルゴス様。その言葉は、どう言う事ですかな。モモンガ様は全てお話になられました。まさかとは思いますが、またもや大きな勘違いをされているのですか?」
「誤解しないでくれセバス。私も、この短期間で曲解する気はないよ。きちんとモモンガ様の言葉を受け取った。受け取ったからこそ、まずいと思っているのだがね……」
どう説明したものかと指を顎に当てるデミウルゴスと、疑わしい目を向けるセバス。二人の間にちょっとした緊張が走るが──
「そうだね。まずは私とアルベドが、何を考えているのか全員と共有しておこうかな」
「……モモンガ様の御言葉を捻じ曲げたら、その瞬間に私は執事としての責務を果たしますが、宜しいですね」
「構わないよ。説明を聞いたら、きっと君も納得してくれるさ」
優雅にセバスに向けてデミウルゴスは礼をする。その姿を見ても、セバスは警戒を解く気はないが、一応聞くだけ聞こうと一歩後ろに下がった。
「ありがとうセバス。それでは、まず今回の大前提について、皆に聞いておこうか」
「大前提?」
「大前提だよ……モモンガ様はエ・ランテルで、たくさんの友を御作りになられた。これ自体は、私も大変喜ばしい事だと思う。長年の間積み重ねられた、我らを創造された御方達がいなくなった孤独を、エ・ランテルの住民は埋めて見せたのだからね。だからこれ自体は、私は何も悪い事ではないと考えている。けれどね……実のところ、これは何も解決していない」
解決……と言われても、全員何のことを言ってるのだとデミウルゴスを凝視する。モモンガ様の長年の問題が片付いたのだ。それなら解決しているじゃないかと。
「何が解決していないのか……分かる僕はいるかな?」
デミウルゴスの問いに、パンドラはチャンスだと感じた。このまま彼に語らせては、イニシアチブが取られてしまう。自分も発言して、その他の僕に印象付けなければならない。それに……このまま放置していても、どうせデミウルゴスからその言葉が発せられるのだ。
「良いですか、デミウルゴス様」
「君はたしか、モモンガ様が最後に連れてきていた僕だね」
「はい! お初にお目にかかります、私はパンドラズ・アクターと申します。モモンガ様の手で直々に産み落として頂いた僕です」
「そうか! 君がモモンガ様の僕だったのだね。聞いた事はあったが、こうやって顔を合わせるのは初めてだ。今後ともよろしく頼むよ……それで。パンドラズ・アクター。君なら、何が解決していないのか分かるのかい?」
「ええ……脅威度です。より正確に言えば、絶対的脅威度でしょうか」
「正解だ。みなも思い出したまえ。モモンガ様がそもそも、なぜ外の人間に対して礼を尽くしたのか。それは彼らの潜在的脅威度が高い可能性があり、簡単に排除するわけにはいかなかったからだ。だからこそ漆黒の剣がナザリック地表部に調査に来ても強硬手段を用いず、穏便にお帰り頂いた。彼らのレベルの高さから、モモンガ様はエ・ランテルの視察を決定し赴いた。そこで友達となったわけだが……友になったからと言って、彼らのレベルが下がるわけではない。もしもその刃をモモンガ様に向ければ、御方の玉体が傷つく可能性は未だ健在なのだよ」
……その言葉を聞いて、僕の間にざわめきが広がる。たしかにデミウルゴスの言う通り、仲良くなったからと言って弱くなるわけじゃない。
「考えてみたまえ。今回はモモンガ様を心よく迎えいれましたが、それはエ・ランテルの住民、全てがそうである保証にはならない。彼らは依然レベルが高く、モモンガ様を害そうとすれば可能だ」
「デミウルゴス様! 貴方はモモンガ様の御友人が居られる街を、侮辱されるおつもりですか!!?」
「私は参謀として、至極まっとうな発言をしているつもりなんだがね。この国どころか、1都市であるエ・ランテルにすらモモンガ様を害せる存在がいる。これ自体は何か間違っているかな? ……アウラ、君に問いたい。モモンガ様が宴の席を共にされたと言うワイト。彼は大戦の生き残りなのだよね? そんな彼のレベルだが、君から見てどれぐらいだったかな?」
「え? えぇと……大体
アウラが正直に答えたのを見て、パンドラはその言葉を失言だと止めたかった。しかし放たれた以上、もはや止められない。
「とんでもないレベルだね! 大戦を乗り越えた戦闘経験に加えて、それだけ高いレベルだと、守護者の中でも直接戦闘力が劣る私なら、一対一の戦いで負けてしまうかもしれないね! ……僕の中では、一番高い100レベルの私が、敗北するんだよ。その意味が分からない愚か者は、ここにはいないね?」
笑うデミウルゴスに対して、僕の間で更にざわめきが広がる。デミウルゴスが敗北すると言う事は、大半の僕がタイマンだとそのワイトに勝てないのだ。そんな強者がいる街で、敬愛すべきモモンガが友達を作った。これからも友達に会いにいくため、モモンガは何度も足を運ぶだろう。守護者級の仮想敵がいる街を、何度も訪ねるのだ。
「エ・ランテルの住民だけではない。モモンガ様の御友人そのものも、我らからすれば潜在的な敵そのもの。彼らはモモンガ様が気を許すぐらい、底抜けの善人なのかもしれない。けれど、その力がモモンガ様に絶対に向かない保証がどこかにあるのかな?」
「モモンガ様の御友人が、なぜ刃を向ける!」
「歴史を紐解けば、信頼していた友に背中から刺された事例など山ほどあるよ。昨日の友が、今日の敵。さして珍しい話でもないと思うがね」
「彼らには共通の
「ああ、貨幣経済による平等だったかな」
そう言って、デミウルゴスは自らのインベントリからユグドラシル金貨を取り出した。
「金による公平。なるほど、共通の価値観で繋がる事で、種族間すら乗り越えて繋がる! 中々興味深い一例ではあるが、そもそも……この神を使った平等とやらも、私としては疑わしいところがあるんだよ」
「……エ・ランテルの住民は、私が見たところ疑わしい点はありませんでした。直接見ていないデミウルゴス様が疑ったところで、どうなると言うのですかな」
「セバス……君は純粋で甘いね。甘い君が見て疑う点が無かったと言っても、それこそ信憑性がないのだが……なら、私自身の考えではなく、客観的事実がこの貨幣平等が脆いことを示している事実を教えてあげようか。アルベド、君なら気づいているだろ?」
デミウルゴスがそう振ると、アルベドはため息をつきながら──
「共通貨幣経済制度は、エ・ランテルに四国の長達が集まって発足された。お互いに手を取り合い、文明と文化を発展させ、相互理解と最大利益を追求し、より良い社会を創り上げる……だったかしら。これが理念の筈なのに、一つおかしな点があるわね……どうしてスレイン法国とやらでは、未だに差別が横行しているのかしら」
アルベドがつまらなさそうにそう告げると、今度こそ僕一同が驚愕する。セバスですら、眼を見開いて驚いていた。そう言えばと。
連邦の都市エ・ランテルでは、種族の垣根を乗り越えて手を取り合っている。これは今回の視察組が確認していることだ。けれどその他の都市や国はどうだったか。
「カジット・デイル・バダンテールの証言によれば、アンデッド化すれば白い目で見られ、迫害されてもおかしくはない。それで国を出たぐらい……面白い話ね。四国間で共通経済による相互社会を名乗っているのに、蓋を開ければその内一国では、未だに人間種優遇が社会理念として蔓延っている。それなのに平等と公平を謳うだなんて、私からすれば詐欺も同然だわ」
本当につまらなさそうなアルベドの言葉を呑み込んだ僕たちは、言われてみたらおかしいと騒ぐ。パンドラもこの点は否定しない。謳う理念は確かに立派なのだが、スレイン法国とやらを見たら既に破綻しているのだ。
「エ・ランテルでは通じる理念かもしれないが、その他連邦の都市ではどうなのだろうね? 都市どころか一国ですら形骸化している立派な謳い文句は、どこでも通用するのかな?」
セバスに対して面白そうに語るデミウルゴスに対し、執事は何も言わない。今デミウルゴスが指摘する事項に対して、感情論以外で返す言葉を持たないからだ。
「貨幣平等がいかに脆く、形骸化しているのかが分かったら、絶対的脅威度の話に戻ろうか。モモンガ様を受け入れた、平等都市エ・ランテル。そこの住人は、私に届きうる力を持つ。モモンガ様自身への敵意は現状存在しないようだけれど、この先心変わりしたなら、それは非常に危険だよ。ある日モモンガ様がいつものように友達に会いに行ったら、騙されて捕まって殺される。これは決してありえないことではない。そうだね……仲良くなった相手を殺すのが好きな、猟奇殺害な趣味を持つ相手が紛れていないとは断言できない」
「デミウルゴス様。その発想は些か飛躍的過ぎるかと。あくまでも、現状での危険度をお伝えください」
「おおっと、すまないパンドラズ・アクター。私としたことが、話を脱線させてしまったね。彼が言うように少し飛躍させてしまったが、友達だからと言って、裏切らない訳ではない。この考えを私は変えるつもりはないよ」
「……ねえ、あなた達。友達は裏切らない……それがありえないことではないのを、ここにいる全員が知っている筈よ」
「……何が言いたいの、アルベド」
「……至高の御方々。我らを創りしモモンガ様のご盟友。彼らはここに、モモンガ様を置いて出ていかれたわ」
アルベドがそう発言した瞬間、僕全員から殺気が噴き出す。今の発言は聞き捨てならないと言わんばかりに。
「アルベド様! あなたは我らの創造主を、裏切り者呼ばわりするおつもりですか!! その発言は、守護者統括としての権限を越えています!! すぐに撤回してください!!!」
「ならば、客観的事実で否定しなさい!!! モモンガ様はこう仰られたのよ。なんで、俺を置いていくんだよ……モモンガ様ご自身が、かつての盟友に裏切られたと認識している!!! お前達はモモンガ様の発言を否定するつもり!!?」
アルベド自身の言葉ではなく、モモンガの御言葉───つい先ほど、当の創造主から教えられたことであり、これを否定することはモモンガを否定する。アルベドに対して睨みつける目は未だにあるが、先ほどと違い殺気そのものは萎んでいる。それに僕たちも薄々思っていた事ではある……自分達は見捨てられた。それは妄想ではなく、モモンガの発言で事実であると教えられてしまった。なにせ彼自身が、至高の御方々は余所に居場所を見つけて、そちらの方が気に入り帰ってこなかったと伝えているのだから……
「……アルベド。君の言葉は我が創造主である、ウルベルト様も批難している発言だ。この場は見逃すが、次に同じ発言をしたら許しはしないよ……モモンガ様に出来た新たな友。これは喜ばしいことでもあり、同時にモモンガ様の安全保障の問題からすれば非常に悩ましい点だね。今回アルベドが早計にも早合点してしまいましたが、モモンガ様が捕らえられたり、殺害される可能性は零ではない。むしろ高いと言ってもいい」
「ならば、デミウルゴス様はどうされるおつもりですかな。まさかとは思いますが、彼らを殺害するなどと宣言でも?」
「まさか! 各国の都市の調査も終わっていない段階で、そこまで短絡的な手を打つつもりは全くない。まずは当初モモンガ様が計画されていたように、周辺の勢力調査から始めるさ」
勢力調査をする。それを聞いたセバスやアウラは、まぁそれなら……と微妙に納得はしていないが、ギリギリ受け入れようとするが──
「お待ちください。勢力調査をして、どうするのかまでお聞かせ願えませんか?」
唯一、この僅かな時間で、恐らくデミウルゴスならこうするだろうと気づいているパンドラが先を促す。パンドラに促されたデミウルゴスは、少しの間彼を見つめた後──
「なるほど。君もそれが最善だと気づいてはいるのか」
「最善かと言われると、そうは思いませんので……全く納得はしていません! モモンガ様を裏切るに等しい行為ですので、私はデミウルゴス様の御考えに賛意は示さないと先に宣言しておきます!」
「そうかい。モモンガ様の僕であるなら、まずは安全を確保するのが先決だと思うがね」
「……だから、強く否定はしません。それにセバス様達が同意するとは思いませんから」
「そう思うことを、私も否定はしないよ。君はナザリックの仲間なのだから」
パンドラとデミウルゴスの間で、何やら奇妙なやりとりが成される。まるでお互いの手の内を知った上で、話をしているかのようだ。セバスはパンドラが自分なら同意しないと聞いて、一体デミウルゴスは何を言うつもりなのだと警戒する。
「セバス、見るからに警戒するのは辞めて欲しいね」
「……詳細は分かりませんが、パンドラズ・アクター様が同意しないとまで言う、勢力調査の先。それが不安ですので……」
「不安……か。このナザリックでは、君は珍しい善よりの存在。まぁ、同意はしないだろうね……」
デミウルゴス自身すら、同意しないとまで言う内容。セバスとデミウルゴスの間で、静かに火花が散る間に、パンドラは近くにいた一般メイドに近づき──
「お嬢様。少しお願いがあるのですが、宜しいですか?」
「お嬢様じゃありません! 私には、アスキーと立派な名前があります!!」
「失礼。アスキー様にお願いがあります。モモンガ様を、呼んできては頂けませんか?」
「……モモンガ様を呼びつけるなんて、それでも御方の僕ですか?」
「私は今からここで起こるであろうことを考慮すると、離れるわけにはいきませんので……申し訳ありませんが、大至急お願いします!!」
オーバーリアクションで礼を取るパンドラを胡散臭そうに見た後、アスキーは玉座の間から出ていく。彼女の後ろ姿を見送った後、パンドラはデミウルゴスとセバスの方に振り返る。
「……続きを伺えますかな」
「いいとも。勢力調査を行えば、それぞれの種族がどれぐらいの数がいるのか。どう言った種族間の繋がりがあるのか。それが分かるのは、君でも想像が及ぶね」
「……はい」
「種族間の繋がりさえ分かれば……どの種族が、どの種族に対して恨みなりがあるのか判明する。それさえ判明してしまえば、私はモモンガ様に凍結された
「両脚羊?」
「デミウルゴス様。両脚羊がなんなのかを伝えないのは、些か卑怯かと思われますが」
「パンドラズ・アクターは、セバスと違い理解しているようだね。私としては羊と聞いた時点で勘付いて欲しいんだが」
「……デミウルゴス様が遠まわしに仰られるなら、私からセバス様にお伝えします。両脚羊は……人間ですよ。哀れな子羊とでも呼びたいのでしょうが」
人間と聞いて、セバスがギョッとする。一体デミウルゴスはなぜ人間の牧場など建設すると──
「セバス。確かこの土地では、かつて大戦が勃発していた。そこで亜人は人間を食べていた、だったね。では、もしも、亜人が運営する人間牧場が発見されたら、この土地の人間はどう思うだろうね? きっと裏切られた……そう考えるのではないかな」
「……貴様……何を……」
「むろん亜人を用意するとなると、何年もかかるだろう。赤ん坊を攫い、洗脳教育して人間はただの餌だと教え込むんだ。我らの関与が感づかれないよう亜人をスケープゴートとし、あたかも亜人が人間を裏切ったかのように見せかける。そうすると……とても面白いことが起きる。脆い貨幣調和で繋がっていた細い糸は途切れ、愚かな人間は疑心暗鬼に陥る。ああ、法国を巻き込んでもいいね。彼らは未だに差別を繰り返しているのだから、亜人が再び敵になったと知ったら、すぐにでもまた戦争の準備をするんじゃないだろうか」
喜々として語るデミウルゴスに対して、セバスは驚きの目から、赤い目に切り替わっていく。不穏な気配を感じ取ったのか、玉座の間にいた僕らの談笑が徐々に消えていった。
「なぜ、そんなことを?」
「モモンガ様のためだ。正確には、モモンガ様の安全保障かな。この世界の生物が強いのは百も承知。しかし……内乱を起こさせて戦力を削り取ってしまえば、それほど怖くもない。国の基盤自体を破壊してしまえば、あとは各個撃破可能な状態になる。各国を弱体化させてしまえば、モモンガ様の安全を確保するのは、今よりずっと楽だよ」
「……その計画は、かなり綱渡りですね。そもそもナザリック自体が内乱に巻き込まれたら元も子もないですし、異形としてモモンガ様も狙われかねない」
「そこを突かれると痛いね。亜人の赤ん坊が簡単に攫えるかも不明、両脚羊も拉致するとなると容易ではない。勢力調査をする間に、本当にこの計画を実行するなら練らないといけない点はたくさんある──」
「
様、とつけることすら忘れて、セバスがデミウルゴスの計画を非難する。セバスの目の前でモモンガは心の底から新たな居場所を手に入れて、本当に楽しそうにしていた。かつての盟友達と過ごした日々と同じように、心から嬉しそうだったのだ。なのに、デミウルゴスはそんな日常を破壊する計画を練ろうとしている。主の日常を守る執事として、とてもではないか看過できない。
「その点は心苦しいと私も思っているよ。しかし、現状ではモモンガ様の身の安全こそが最優先。最後まで残って下さった心優しい我らの神のため、仮想敵の弱体化は必須事項。敵意があるないにかかわらず、備えなければならない」
「それは詭弁だ! モモンガ様の幸福を蔑ろにしてまで、優先することか!!!」
「感情論に流されてはいけないね。真に忠臣足らんとするならば、主が望まないことも時には行う度量が必要だよ。君はお忘れかもしれないが、我らの主はモモンガ様しか残っていない。あの御方の安全に勝るものなど、この世のどこにもない」
「だからもう一度、戦争を引き起こさせるのが正しいと!!?」
「勿論。とは言っても、何も全て壊れれば良いとは、私も考えてはいない。たしか蛮族国家の竜王国……だったかな。詳細は不明だが、蛮族と言う言葉に良いイメージはない。そんな国があるならば、ナザリックだけで敵対してしまえば不覚を取る可能性もある。大戦後に疲弊した各種族を掻き集め、モモンガ様に恩ある集団を結成させればいい。脆い貨幣経済ではなく、モモンガ様を軸とした国。そこで改めて、モモンガ様のお友達づくりを行う事が最善。死亡と蘇生魔法でレベルダウンして、30レベル辺りまで落ち込んでくれれば、私としては言う事もないね。モモンガ様の御友人達は、それぐらいのレベルがあれば肉盾としては機能するはずだ」
その発言に対して、パンドラはやはりこうなったかと帽子の縁を触る。デミウルゴスの計画は非常に物騒な代物だが、根底にあるのはモモンガへの忠義だ。絶対にモモンガに怪我をさせてはならない。何があろうとも、モモンガの身の安全を確保する。それがデミウルゴスの思考の根幹だ。
パンドラは考える。モモンガが孤独を癒せたのは嬉しいと言うデミウルゴスの発言。これは事実だろう。同時に、安全を確保したい彼の視点からすれば、モモンガに近しい実力の友達とは邪魔なのだ。出来得るならば排除したいほどには……
──だから戦力を削ぐのでしょうね。手足を斬り落として、モモンガ様を害せる可能性を排除した相手であれば、外の友達でも関係がない……万が一が絶対に起きないようにしてこそ、参謀。しかしそれは──
「デミウルゴス!! お前は──」
モモンガに出来た新たな繋がりを破壊するどころか、いざと言う時には肉盾として便利。これはセバスとしては本当に見過ごせない発言だ。彼の目が完全に赤色に染まり、踏み出そうとしたところでパンドラがセバスの前に手を翳す。
デミウルゴスではなく、モモンガの僕であるパンドラが止めようとした。その事にセバスは驚き、パンドラの埴輪顔を見やる。
「落ち着いてください、セバス様。ここで暴力に走っては、デミウルゴス様の思う壺ですよ」
「しかし──」
「ここは私に任せては貰えませんか?」
おどけて聞くパンドラの様子に毒気を抜かれたのか、目を瞑って一度深呼吸した後、セバスは握りしめていた拳を解いた。
「では──デミウルゴス様の御考えには、同意できるところもあります。モモンガ様の安全確保、これそのものは正しいかと。しかし、前提としてモモンガ様ご自身の心情が、デミウルゴス様の計画からは抜け落ちていますね。二度目の大戦を起こした後、生き残りを集めて国と仰いましたが、モモンガ様は救済の英雄でもなく、全種族の支配者になりたいわけではない。そもそもの話、今の話はモモンガ様の協力が前提。デミウルゴス様が計画を練るのは結構ですが、ご友人を巻き込むような事態を、我が創造主が好むとは思いませんが」
「そうだね。現状では、その通りだ。しかし、未来ではどうかな?」
「と言うと?」
「モモンガ様はエ・ランテルに出立される前、非常にこの地の戦力などを警戒されていた。その証拠に私への命令では、仮想敵を私よりも高い可能性があることを念頭に置いていました。あの御方は御自身を凡人などと評されていましたがとんでもない! 決して他者を侮らず、常に思考し、状況に対応しようとする! これは賢者の資質と言っても他なりません」
「……モモンガ様が賢者なのは私も否定はしません。それで?」
「モモンガ様は最初警戒されていた。しかし心変わりしたのは、エ・ランテル住民の優しさに触れたから。これだけ優しいなら、警戒する必要もないとお考えになったわけだが……この世界には、優しい人しかいないのかな?」
「……違いますね。現時点ですら、スレイン法国にもまだ差別があり、今は互いの種族が手を取り合っていますが、エ・ランテルの住民も憎しみで大戦を起こした張本人と末裔たちです」
「その通り! そもそも彼らが遺したと言う、演目・始まりの街! ここでなんだったかな……ああ、そうそう。かつて戦争を生き抜いた仲間の中には、犯罪者になってしまうもの……面白い一文だね。物語ですら、犯罪者が出てしまったことを隠しきれなかった訳だ。パンドラ、君だって分かっているだろ? 私が何を言いたいのか」
ふぅ……とパンドラは溜息をつく。それ自体も最初から織り込み済みで、だからこそ最初止めるかどうか悩んだのだ。けれど、それから目を逸らすわけにはいかない。パンドラとしても、デミウルゴスの言を全て否定しきれないから……
「優しさに触れたモモンガ様は楽しいことを思い出しました。しかし、中には犯罪者や差別主義者がいることを、この世界で暮らすうちに思い知るかもしれません。その時には──また警戒心を取り戻してしまうかもしれない」
「実に素晴らしい! そこを誤魔化さないでいてくれてありがたいよ! 優しい人物ばかりなら、モモンガ様も私の忠言は聞き入れてくれないかもしれない。しかし、例えばお友達が何かしらの犯罪に巻き込まれたら、こう思う。やはり何かしらの備えはしておかなければいけないと」
「……極端すぎますね。警戒心の発露から備えることはするかもしれませんが、それで社会構造の破壊まで行おうとはしません」
「かもしれないね。だが私は断言するよ。人間は愚かで、それに迎合する亜人も異形も愚かだと。そもそもモモンガ様ご自身が、人間をそこまで信用しているのかな? 生前には両親以外振りむこうともしなくて、生まれ変わって異形になった己を、迫害しようとした人間を、だ」
「前者は生前の地の人間の話で、後者はユグドラシルの人間の話です。この地の人間種まで混同するのは、デミウルゴス様が穿ちすぎかと」
「そうかな? モモンガ様も人間種に対して、本気で心を許しているとは私は思わない。
デミウルゴスの話を聞いて、パンドラは首を振り、平行線な主張にどうしたものかと思いを馳せる。彼の話に対して、パンドラも納得する部分はあるからだ。安全確保。これをいかに行うのかは命題。しかしながら、デミウルゴスの計画はモモンガの──敬愛すべき御方の御心を蔑ろにしている。肉体を守っても、モモンガがまた孤独に戻っては意味が無いのだ。
「アルベド様も、デミウルゴス様と同じ御考えですか?」
モモンガは自分とデミウルゴスとアルベドを指して、三賢と言った。その内の一人のアルベドも、デミウルゴスと全く同じ考えをしているのか問うパンドラだが──
「概ね変わりはないけれど、一点だけ違うわ」
「その一点とは?」
パンドラはアルベドとデミウルゴスは、同じ思考をしていると読んでいる。なので、同じよとでも返ってくると思っていたのに、一点だけ違うと言う。なので問い返し……その返答に絶句した。
「私はそもそも、モモンガ様に友人などいらないと宣言するわ」
「……………………は?」
意味が分からなかったので、思わずパンドラは問い返してしまう。その反応に、愚かな相手を見る目でアルベドはパンドラを見た。
「聞こえなかったのかしら。モモンガ様に、対等な友など不必要よ」
「はぁ? お前、頭が完全に逝かれたでありんす? モモンガ様は私どもに弱音を見せんすほど、孤独に飢えていたでありんしょう。なのにいうに事欠いて、いらないぃ?」
モモンガに友など不要。これを聞いて、今までアウラに黙っていなさいされていたシャルティアが拘束を振り払い、アルベドに詰め寄り始めた。
「突拍子もないように聞こえたかしら? モモンガ様は孤独を感じておられた。これは真実かもしれないわね。その孤独を私どもではなく、エ・ランテルの住民……外の誰かが埋めたのは非常に悔しいわ」
「もしかして、嫉妬心からモモンガ様の、新しい御友達を批判してるんじゃないでしょうね!」
「それもあるわ」
「あ、あるんだ」
「けどね、それ以上にナザリックを預かる守護者統括として、モモンガ様と対等な人物や、モモンガ様の上に立つ人物の存在は看過できない」
「え、と。どういう意味、ですか?」
「この地でモモンガ様は、エ・ランテルの領民として暮らすのよ。そうなると必然、モモンガ様の上に領主が君臨することになるわね。それに加えて、対等なお友達も存在する……皆に問おうかしら。私たちの保護下や配下に降ったわけでもない、誰か……領主なら、モモンガ様に早く税金を払いなさいと命令するわ。お友達なら、その内モモンガ様がナザリックにご招待して一緒に遊ばれる。中には転移装置開発計画の協力者が、この地を踏み荒らすでしょう。それら全てを黙って受け入れられる僕がいるなら手を挙げて頂戴」
アルベドが玉座の間に集まった僕一同に、答えを促す。最初は悩んでいた僕たちだが、数名が手を挙げた。
「CZ2128・Δに恐怖公。コキュートスとユリ・アルファにペストーニャに姉さん。他にも何名かいるわね」
手を挙げたのは、ナザリック内でもカルマ値が中立~善に属する者達。彼らはモモンガが受け入れているなら受け入れるし、それがなくとも人間含めてナザリック外にそこまでの悪感情を抱いてない者らだ。
コキュートスなどは、大戦を経験した武人らに興味があるのか会いたがっているほどだ。
「それでは……モモンガ様より上の立場。対等な相手。それらを役目ならまだしも、自分の立場で受け入れられない僕はいるかしら?」
これを聞いて、今度こそパンドラはまずいと思った。最悪殴ってでも止めるべきだったと。しかし、セバスに忠言したように暴力は相手の思う壺。言葉で止めようにも、時すでに遅し。
最初は誰も手を挙げなかった。なにせ受け入れないと言う事は、モモンガを否定する行為だ。それをするには僕らは僕過ぎたが……アルベドは読んでいる。必ず誰かが手を挙げると。事実……一人が手を挙げた。
その一人は……
「あら、ナーベ。どうして受け入れられないのかしら?」
「嫌だからです。私は嫌です。モモンガ様の友達に、人間が混ざっているなど耐えきれません! あんな
ナーベラルの心からの叫びが玉座の間に響く。その声を皮切りに、次から次へと手が上がり続ける。
「そもそも、モモンガ様が領民になるって何! モモンガ様の上に、領主だかなんだか知らないけれど居座るの!!! 力しか取り柄のない人間如きが! そんなのあり得ない!!?」
「私たちのために残ってくださった御方が、誰かに頭を下げるんですか! そんなの……悔しいよ!」
一般メイドの叫びを誰も止めようとしない。なぜなら手を挙げた者どもは、大小あれどその感情に共感しかないからだ。手を挙げたのは、例外なくカルマ値が凶悪以下の僕達。彼ら彼女らは、絶対に外に迎合しないと息巻いていて……
それを見てシャルティア・アウラ・マーレ・セバスは目を見開く。モモンガが胸襟を開けば、全員で感情を共有できると思っていたのだ。なのに蓋を開けてみれば、見ている方向が全く違い──
「これが統括守護者として見過ごせない理由よ。モモンガ様が御命令されるならば受け入れるけれど、心中では不満だらけ。ナザリックの者が働く上で、ずっと不満を抱いて過ごすなんて、受け入れるわけにはいかないでしょ?」
「あんた……アルベド! あんた自分が何をしたのか分かってるの!!? こんな卑怯な真似して、扇動して!! モモンガ様の御威光を貶してるんだよ!!!」
「黙りなさい!! 貶していると言うなら、それはお前達の方よ!! 少し劇を見て、都市住人の話を聞いたぐらいで絆されて!! 守護者として己の在り方を今一度見直し、自分達がいかに愚かな思考に染まっているのか恥を知りなさい!!!」
「恥を知るのはお前の方でありんすぇアルベド!!! お前はモモンガ様が、よーやく得ようとしている安息をぉ! 泥を塗りつけて!!」
「安息なら、このナザリックで得たら良い!! そもそも、エ・ランテルとやらで安心しようとするのが間違いよ!!! モモンガ様の御言葉を思い出しなさい!!! 他の御方は他に居場所を出て行った!! モモンガ様がそちらを気に入り、このナザリックに帰ってこなくなったら!? お前達はどう責任を取るつもりなの!!? あの御方がいなくなったナザリックなど、ただの箱なのよ!!!」
アルベドの悲痛な叫びに、このやり取りを聞いていた一部を除いた僕らは確かにと頷いてしまう。もしもエ・ランテルが楽しくて、向こうで寝泊まりすることが多くなったら? 最後の御方まで去ってしまえば、自分達は──
「アルベド様。その物言いは、些か恣意的かと。モモンガ様が返ってこなくなると、断言しているに等しい行為です」
「ならばモモンガ様が、ここを離れないと断言できる物的証拠の一つでも出して見なさいパンドラ!! 」
「あ、あの。アルベドさん。少し落ち着いてください。そ、その。モモンガ様は、いつかユグドラシルに還るための計画をしてるんだから、御方は最後じゃない、はず──」
「一度捨てた御方達が、どうして私たちを受け入れる!! ここよりそちらの方が大切と判断して!!! そもそも私はその計画にも反対よ! モモンガ様を裏切った連中が、モモンガ様をまた裏切ったら!? その時、誰があの御方の心を癒す!? モモンガ様の心の孤独は、私たちで埋めればいいのよ!!!」
「……あ゛?」
裏切った連中。そう言われて、シャルティアの雰囲気が変わる。今までも多少は怒っていたが、今と比べたら全く違う。あまりにも激烈な殺気であり、レベル1の一般メイド達など心臓が締め付けられるほどで──
「アルベドぉ……お前、今、ペロロンチーノ様も含めて、モモンガ様を裏切ったと言ったか?」
「言ったわ。至高の御方達はここを出て行った。それが客観的事実で、動かない証拠」
「なら……どうしてお前は、私が殺気だっているかもぉ……分かってるんだよなぁ!!!」
シャルティアの殺気を受けても、アルベドは一切怯まない。彼女は事実を突きつけるだけだ。
「至高の御方、自らの創造主を否定されたからかしら?」
「そこまでぇ……分かってぇ……訂正する気はないのかなぁ!」
「無いわ。私の現在の主は、お優しきモモンガ様だけ。あの御方に仕える事こそが唯一の存在理由。モモンガ様をお守りすることが最大の名誉。私は──」
「訂正しないならぇ、こうされても文句はないよなぁ!!!」
シャルティアの足元が爆ぜる。アウラの反応すら超えて、一気に跳躍。握りしめれた拳はアルベドの顔に突き刺さ──らない。ギリギリでアルベドが、手をクロスさせてガードしたからだ。
「アルベドぉおおおおおおお!!!」
……玉座の間に、シャルティアの声が木霊した。
カルマ値 善・中立・悪で全く考え方が違うよ回。そこに設定も加えられるから統一は難しいよね……な話