モモンガは走った。走って……疾走して……走りまくり──
「どこにいるんだあいつら!!?」
全然NPCが見つからない。時間になったらもう一度庁舎に集合とは伝えていたが、時間前に集まりたい時の手段がないのを失念していた。
「くそ! <伝言>が使えないのが微妙に面倒だなこの都市!!」
アルベドが暴走しかけた定時連絡が途絶えた問題もそうだが、ユグドラシルの常識に染まっているモモンガは<伝言>前提で計画や作戦を立ててしまう部分がある。
「パンドラ達には戻らなかったら衛兵を使えと言ったが、これ単純に集合時間に遅れた時とかのリカバリー手段が少なすぎる。都市内で使える通信手段とかないのだろうか?」
伝書鳩でも育ててみるかと考えながら、大通りをバタバタ走るモモンガの元に──
「Mein Herr heilt Einsamkeit und kämpft weiter!!」
「……この声……あとこの文法……」
モモンガには言葉の意味が分からないが、これが何語なのかはすぐにわかった。分かったせいでげんなりするが、同時にこの言語を使うのは一人しかいないので声の主を探す。件の人物はすぐに見つかった。
「Oh mein Herr! Oh mein Herr! ! Dein Aussehen ist wunderschön!!」
「意味は分からんが、とりあえずぶん殴りたくなってきたぞ」
件の人物とは言うまでもなく、時折ドイツ語を喋ると設定してあるパンドラだった。セバスがハーモニカを吹き、シャルティアがタンバリンを叩き、二人の間で即興劇をパンドラが演じていた。
モモンガが視線を巡らせると、関わりたくないのかアウラとマーレが群衆の中に紛れ隠れていた。モモンガも関わりたくないので、パンドラの方には行かず、アウラ達の方に近づく。
「……なんだこの騒ぎは」
「あ、モモンガさん。もう単独行動は良いんですか?」
「とりあえずな。それより、あの馬鹿と馬鹿に付き合う馬鹿二人は何をしているのだ?」
「あの、えとですね。その、モモンガさんと別れた後、ぼくが飲み物を買おうと思ったんです」
「そこでユグドラシル金貨を換金するんじゃなくて、一からお金を稼いでみよーって話になったんです」
「そ、それで、パンドラさんが大道芸をやってみましょう。私はアクター、演技ならお任せあれ! て張り切って」
「……そこでなぜ、馬鹿に付き合う馬鹿が二人誕生したのだ」
「パンドラがBGMもいりますねーて言ったら、セバスがハーモニカを取り出して『執事の嗜みですので』て」
「そしたら、その、シャルティアさんも『なら私に打楽器を任せんす』てタンバリンを……」
「ハーモニカと執事が結びつく要素どこだよ。あとタンバリンは打楽器なのか? 確かに叩くけどさ……しかし二人は参加しなかったのだな?」
「絶対嫌です。あれに参加したらあたしの脳みそも馬鹿になりそう」
「あう……ぼくの飲み物代を稼いでくれるのはありがたいんですけど、あれに参加したいかと言われたら……嫌です」
「そうか。そうだな。俺もあれに参加して欲しいと言われたら、首を横に振るな」
馬鹿三人に巻き込まれたくないので、モモンガは二人と共にこそこそと群衆の影に隠れながら三馬鹿の劇を鑑賞。観ているだけで恥ずかしさを覚える光景に、四回ほど精神安定化を発動。それでもすぐに恥ずかしさを覚える時間を過ごすうちに劇も終わり、三馬鹿は集まった群衆からおひねりを頂戴していた。
「マーレ様、アウラ様。これで今日の飲み食い代ぐらいは、おっと。モモンガ様も合流されていましたか」
「途中からだがな」
「よろしければ参加してくだされば、より多くの御捻りが──」
「あれに参加するぐらいなら、俺は危険だがモンスターを狩る方を選ぶ……意外と稼いでいるな」
パンドラが持つ御捻りが入った箱を覗いたら、そこそこの金額が入っていた。それを見ながら稼ごうと思えば、この都市は稼げるのだろうかとモモンガは思いつつも──
「それよりもだ。シャルティア、少し話しがあるのだが良いだろうか?」
「どうされたでありんせすか?」
「この都市に来た当初、シャルティアは人間や亜人の事を下等種と呼んでいただろ? あれはどうしてだ?」
「それは……ぺロロンチーノ様がそう定められて、私にかくあれかしとお創りに成られたからでありんす」
「そうだな……では、今のシャルティアも、同じように亜人や人間のことを下等種と思ったままか?」
「それは違うでありん……あれ?」
こてんと首を傾げて、シャルティアは自分の行動を不思議がる。数日前に来た時には、モモンガを下等種と同じ列に並ばせるなんて、失礼だと感じていたのだ。その時にはモモンガもいるので表には出さなかったが、実際にはかなりの憎悪を抱いていた。それこそあの場に並んでいた連中を、血祭に上げても良いと思うぐらいには……しかし現在、モモンガに改めて問われて下等種と思うかと聞かれたら……全く憎悪が湧いてこない。
「あれれ? おかしいでありんすね。私はぺロロンチーノ様に、下等種を見下すよう作成されている筈なのに?……」
「なるほど。なるほど……そうだな……シャルティアは、カジットさんのお店で味を始めて知った時、大層感動していたな。あの時、どのような感情を抱いていた?」
「それは……こんな凄い物を創るなんて、外のアンデッドにしては中々やるでありんすと……」
「そうか。ならば、劇を見た時はどうだ? あの時のシャルティアは、俺から見てもかなり楽しそうにしていた。どう感じていたのだ?」
「それはもう、心から楽しんでいたでいせんしょう! あれほど心揺さぶる劇を演じるなんて、人間は中々やるでありんす……あれ?」
シャルティアはまたもや首を捻る。たった一日の間に人間を含めて、ナザリック外の存在を下等種から、中々やる存在にまで昇華させている。その事について、シャルティア自身は当たり前だと思っていた。しかしモモンガに問われて、かなりの変化をしていると客観視したのだ。
これを聞いていたパンドラは、指を顎に当てて唸っている。
「モモンガ様……御身は一体何に気付かれて……」
「急かすな。まだ、確認したいことがいくつかある。次はマーレとアウラだな。二人は当初この都市に来て、シャルティアの下等生物発言に対して気持ちは分かるけど……アウラがそう言ったな。これはアウラだけでなく、マーレも同意する意見か?」
「はい。あたしはモモンガ様にご迷惑をかけたくなかったので、シャルティアを諫めましたが、ナザリック外の存在が下等かと言われたら、やっぱり同意してしまいました」
「ぼくも……同じです」
「そうか。では二人からその気持ちが消えたのはいつだ?」
「あたしは…………あれ? シャルティアと同じで劇を見た時かも」
アウラもまた、同じように不思議がっている。マーレも同じなのか、姉の意見に首を縦に何度も振っていた。
「そうか。なるほどな。三人とも、何かしらのイベントを経たら、外への憎悪が消えていた訳だ」
「言われてみたら……そうかもしれません」
「不思議でありんすね?」
不思議がる三人を見ながら、モモンガは自分の中の仮説がほぼ当たりだと確信していた。しかし、これを確かめるためには一度ナザリックに戻る必要がある。モモンガはインベントリから時計を取り出して、時間を確認。
「まだ時間はあるな……すまない、五人とも。急で悪いが、一度ナザリックに帰還する用事が出来た。エ・ランテルでやりたいことはたくさんあるかもしれないが、どうしても確かめたいことが一つある。戻ってもいいだろうか?」
「勿論大丈夫です! モモンガさんが行くところに、あたしたちは絶対についていきますから!!」
「いい返事だ。ではすぐにでも、ここを発つぞ」
アウラの言葉に同意なのか、他の四人も満足そうにうなずき返す。それを見た後、モモンガはエ・ランテル外にまで走った。都市外にさえ出れば魔法が発動できる。<上位転移>を使って、ナザリックにまで瞬間移動。すぐにデミウルゴスに連絡を取り、ギルド指輪を持ってこさせて回収。
パンドラのみを連れてモモンガは第十階層の入り口に転移し、駆け足で玉座の間へと飛び込んだ。
「モモンガ様の用事とはここにあるのですか?」
「そうだ。すぐにでも確かめたい……と言うより、もっと早く確かめておくべき案件があった」
そう言って玉座に座ったモモンガは、手を空中にかざす。
「マスターソース・オープン」
モモンガが規定の言葉を口にすると、空中に投影式のディスプレイ──ギルド管理システム『マスターソース』画面が出現した。
マスターソースはギルド拠点を一括管理するためのシステムで、一日にどれだけの維持費用が必要かや、どの防衛システムが働いているのかや、NPCやギルドメンバーなどの活動人数などを目で見て確認する事が出来る。
モモンガは慣れた手つきで操作して、NPCタグを押す。すると全NPCの名前が登録された一覧が出現したので、この中からシャルティアの名前を探す。
「あったあった……詳細画面を開いてと」
モモンガがシャルティアの名前をタッチすると、彼女の詳細設定などが画面に表記される。ゲーム時代のフレーバーテキストなども記載されていて、どんな職業構成をしているのかなどのデータもきっちり書き込まれている。モモンガはこの世界に来た当初、NPCの反乱を想定して全員のデータを頭に叩き込んでいる。なのでシャルティアのデータも覚えており、その数値も覚えていた。
覚えていたからこそ……モモンガはほくそ笑んだ。
「……やはりか。存外俺の直感も当たるものだな」
「モモンガ様! これは一体どういうことですか!!?」
パンドラも目を見開いて──埴輪顔なので見開いても分かりにくいが、その数値を見て驚愕の声を上げた。二人が見ている数値、それは……カルマ値。シャルティアのカルマ値だ。
「……
「違う。あの子のカルマ値は元々-450の極悪だ」
そこに記載されていた数値は……
「モモンガ様! これは一体……御身が何かされたのですか!!」
彼はあり得ない現象に心底驚愕していた。NPCのカルマ値が急激に変動する。それはありえない……なのに、そのあり得ないが起きていた。その様子を見て、モモンガ自身も普通ではありえない現象に驚いているが、元々そんな気がしていたのと、精神安定化のおかげで冷静さを保っている。
「私はなにもしていない……パンドラ、お前はカルマ値とはそもそもなんだと認識している」
「行動の指針、善悪を示す数値でアライメントとも呼ばれる概念です。これが善よりであれば、文明と秩序を守る思いやりの心に。悪よりであれば無秩序と破壊を好み圧制を強いたりするようになります」
「その通りだ。ユグドラシルでは魔法やスキルに影響を及ぼす数値でしかなかったが、設定としてのカルマ値は性格に影響を及ぼす。それがあるからこそカルマ値が悪に偏ったNPCは、他者を害することに喜びを覚え、善に偏ると他者を救い守る事に意義を見出す。それがお前の考察だったな」
「はい」
「ではユグドラシルでは、そもそもカルマ値はどう決められていたか。NPCであれば、創造主、例えばお前の生みの親である私だな。私がパンドラのカルマ値はこうと決める事で、お前の属性は決定する」
「はい。私はモモンガ様に中立と定めて頂いた事で、物事を俯瞰的に判断できるようになったと自負しています」
「そうだな。では、私達創造主、つまりはプレイヤーだな。NPCはこうと定めて産み出されるが、私達プレイヤーは生まれたばかりは0。完全な中立からスタートする。そこでどう行動したかでカルマ値が変動し、善か悪かに分かれていくのだ。例えばカルマ値を善に傾けたいなら、悪に傾いている相手を倒したりとかな」
「そうだったのですね! 行動でカルマ値が…………モモンガ様。つまり、そういう事ですか?」
「そういう事だ。通常であればNPCはカルマ値は変動しない。なぜなら、そうあるように作られているから。だから私は、当初お前達は不変の存在だと思っていた。しかし──」
モモンガはマスターソースを操作して、今度はアウラの画面を呼び出す。そこに記載されたカルマ値は──0。マーレを呼び出してみれば-50。二人とも-100だったはずなのに、シャルティアほどではないが数値が変動していた。
「──事実として、カルマ値が変化した。ユグドラシルの時には不変だったお前達だが、この世界でもそうだと私は誤解していた。だが考えてみれば、当たり前だな。
パンドラは驚きすぎているのか、固まってしまっている。その気持ちはモモンガにも良く分かる。自分だって最初これを思いついた時には、まさかな……程度の気持ちだったのだ。けれど、これはモモンガ自身にとって非常に役に立つ方法だ。
「この情報は役に立つ……つい先ほどまでなら、どうやって僕たちを纏め上げた物か私は悩んでいた。なにせ不変の存在だ、どうあがいても説得のしようがないだろう」
「しかし……シャルティア様のように、何かしらの行動、ここではイベントとでも呼ぶべきでしょうか。イベントをこなせば……カルマ値が良くも悪くも変化する」
「そうだ。経験が足りないなら経験させればいい。シャルティアと同じ方法、劇をみたりでは動かないかもしれない。事実、アウラとシャルティアとマーレでは、カルマ値の変動数値が違うからな。だが、この世界には多くの未知がある。どの僕にどのイベントが有効なのかは分からんが、元は極悪のシャルティアが中立に変化したように──」
「他の悪に寄っている僕も、中立や善へと変わっていく」
……暫くしてから、パンドラとモモンガは含み笑いをする。ふふふ、はははと。今まで一切の光明が見えなかった中に、一筋の攻略法が見えたのだ。それは主従も笑うと言うもの。ふははははとお互いに悪役笑いを済ませてから──
「とりあえず、まずはここの土地を借りられるかの交渉だな。それが終わったなら……この世界の未知を調べ上げ、どのイベントが有効なのかを調査する。それを軸にNPC達の意識改革のために──ナザリック地下大墳墓攻略の開始だ」
「御意」
パンドラは返事をしてから、モモンガを凝視する。そこにいたのはどうやって組織を纏めたら良いのか分からないモモンガではなく……やるべきことが見えた、自らの偉大なる主の姿があった。
少しだけ遠い昔の事、いつか、どこかで。誰かが願った。
この世界に生きとし生けるもの。
それは確かに願われた。彼の願いは……たしかに叶えられたのだ。
タイトル回収回