バハスティーゼ連邦の北西にある都市リ・エスティーゼ。連邦にある都市は大抵巨大な城壁──最大はエ・ランテルだが、それ以外の都市も外敵への備えとして魔法を組み込んだ代物が築かれている。魔法による強化が成されているのは、大戦の頃に対城壁用の高位階魔法により通常の石だけで組んだ壁が破壊されまくった教訓を活かしているからだ。
しかしリ・エスティーゼに築かれた城壁は違う。高さたったの15mしかなく、素材も魔法も使われていない石だけ。仮に襲撃にでも遭えば、たちまち城壁は破壊されてしまうだろう。
だが……この都市を襲撃する馬鹿はまずいない。この街の実態を知るならば、決して襲おうとは考えない。その理由は──
「よっ! お疲れさん。交代の時間だぜ」
「やっとか。12時間も立ちっぱなしだと暇だぜ。野盗でも来れば、
「戦争でもやりたいのか? 俺は御免だぜ戦なんて。模擬戦で十分だわ」
「俺も戦は御免だな。もうあんな大戦はこりごりだからな。ただ暇で暇で仕方ねえんだよ……しかし模擬戦ねぇ? 首から上が飛ぶのが模擬戦なのかは疑問だが……」
門番の交代なのか、亜人──毛むくじゃらの雪男が、人間種の男性と言葉を交わしてから近くにある仮眠所に向かっていく。ふわぁと呑気な欠伸をしている雪男だが、大戦はこりごりと言う発言から分かるように、彼は大戦を生き延びた一人だ。無論それだけにレベルは高く……
……別に彼ら二人が特別高いわけではない。この都市では門番をしている彼らレベルがそこまで珍しくもない。武神祭が開かれるリ・エスティーゼには各地から猛者が集まり、そのまま移住する者が多い。連邦の都市の中で大戦中の生き残り……その中でも腕っぷしに自信がある強者が一番集まるのはこの都市なのだ。
そして人間の中でも、強さに拘りがある喧嘩自慢が集まるのもこの都市。そんな彼らは至る所で決闘と称し、ルールに則った上で腕を磨き合っている。死亡したとしても、死亡直後であればレベルダウンせずに蘇生することが可能。そんな環境で切磋琢磨しているせいか、リ・エスティーゼに住む住民は全員がそうと言う訳ではないが、それでも全体的にレベルが高い。
そんな街にそれこそ野盗が襲撃でも仕掛けたら、瓦割の瓦が向こうからやって来たぜと言わんばかりに至る所から武装した集団が出現し、多勢に無勢の怖さを思い知らせてくれることだろう……そもそも連邦に野盗なんて殆どいないが。大戦直後はいたらしいが、リ・エスティーゼ住民やその他の都市の正規軍が大部分を
ともかくこの都市に城壁はない。下手な城壁を築くよりも、住民全員で敵を袋叩きにした方が早いからだ。戦闘集団を支えるために、各地から職人や商人もかなり集まっているので、装備の面でも問題ない。戦闘城塞リ・エスティーゼ、それがこの都市の通称だ。
そんな都市の最奥には、円形の巨大建設物──外周約1400メートル、直径500メートルの闘技場が存在する。かつてここにはロ・レンテ城と言う建物があったが、大戦期の拠点破壊飽和攻撃──高位階マジックキャスター百人による、第九位階魔法<
大戦後のリ・エスティーゼ復興となった時に、ロ・レンテ城の復旧案も立ち上がったが、武神祭の場所がいると言う事で代わりにこの場所に闘技場が建てられたのだ。そのすぐ傍には都市運営に絡む宮殿などが建てられており、その中には現領主の館兼仕事場も含まれている。
そんな館には戦闘城塞らしく訓練場が設けられており、ちょうど訓練も行われていた。
訓練場に立つのは二人の人間種の男。片方は南方系の顔立ちで、短く刈り揃えられた黒髪に、この辺りでは珍しい黒目。体は分厚く、太ももなど一般的な女性の胴はありそうなぐらいに太い。
もう片方は自分で切っているのか乱雑な髪型で、色を染めているのか薄く青色に光っている。黒髪の男に比べると細い体だが、ワイヤーのような筋肉でも詰まっているかのような力強さを四肢から感じさせる。
それぞれ武器を握っており、黒髪はバスタードソードを。青髪は刀を手に携えている。両者の武器には当然鋭い刃が備わっており、当たればたちどころに皮膚を斬り裂き血を撒き散らさせるだろう。
訓練なのだから木製の武器や、刃を潰した少しでも安全な装備を……などと言う軟弱な思想はこの都市にはない。骨が折れた、腕が千切れた、歯が砕けた、とても痛い。それは己の腕を過信した自己の責任であり、自分の腕を磨かなかった弱き者であり続ける罪への罰。
無知は罪ではないが無知であり続けようとする姿が罪であるように、闘いに従事しようとする身で己が弱さを棚に上げるのは愚の骨頂。痛い思いをしたく無ければ、痛い思いをせぬように強くなれ。痛くなければ覚えませぬ。訓練と言えど……むしろ訓練だからこそ、実戦と変わらない痛みの中で、己が実力を研ぎ澄ませる事こそ肝要なのだ。
モモンガが聞いたらあまりの苛烈さに、もう少しこう……手心をと絶句しそうな思想を掲げるこの都市での訓練を実施する二人は、お互いに真剣を手に相手を見つめる。足を一歩出せば、それにあわせて構えを変える。構えを変えてきたら、相手の動きを先読みしたのか有利な型に変更する。
じりじりとした読みあいをする中、黒髪が仕掛ける気になったのかすぅ……と一際深い呼吸をして──
「ハァッッ!!」
<両断>
踏み込みは一瞬。両者の距離は10mはあったが、それを一歩で詰めた黒髪の上段からの振り下ろしが青髪の脳を叩きわらんと迫る。
「シッ!」
八双に構えていた刀を振り下ろされた刃に対し垂直に立て、青髪は斬撃を逸らさせる。だが予想以上に重い一撃だったのか、衝撃に青髪の芯がブレかけて──
<即応反射>
突如として体のブレが消えて、青髪の体勢が元に戻る。体勢を整えた彼は構えから、首に向かって一閃。黒髪の首を断とうとする。しかし黒髪はそれを見こしていたのか、手甲ですでに首をガードしていた。手甲で刀が弾かれる──ことはない。直前で刃が停止して、手首だけで方向転換。黒髪の太い太ももの大動脈を斬り裂きにいく。
しかし黒髪はそれを一瞬で読んだのか──
<部分硬化>
動脈付近の防御力を上げて、迫る刃をへし折らんと膝をかちあげる。鋼鉄同士をぶつけたような硬い音がして、刀が弾かれた。けれど青髪はすぐに<即応反射>を使い体勢を整えながら距離を取って、腕の痺れを取るように何度も柄を握っては離すを繰り返す。黒髪も追撃はしない。今の迎撃で少し膝を痛めたからだ。
しかしお互いが休憩したのは一秒もない。すぐさま接近し、攻防のやり取りを繰り返す。
<両断><能力向上><即応反射><一閃><領域><六光連斬>──
お互いに技を繰り出しては防ぎ、防がれてはすぐに体勢を戻してやりかえし……一秒間に数十合。すでに訓練が始まってから十数分は立ち、やり取りされた斬撃は数千どころか数万を超える。それでもなお両者息切れすらなく、汗粒一つすら流していない。この程度は文字通りの朝飯前。斬撃だけでなく時には蹴りが飛び、足の甲を踏み潰さんと足刀が飛ぶが……それすらお互い完璧に対処してみせる。
「よう、ガゼフ。今日は随分と一撃一撃が軽いな。腹が減って力がでないか?」
「言うじゃないかブレイン。お前こそ今日は随分と遅いな。筋でも痛めたか?」
「ぬかせ!」
青髪──ブレインの挑発に黒髪──ガゼフも軽口で返す。彼らこそ王者ランポッサの直弟子にして、『両翼』と呼ばれる戦士。この国でランポッサを除いた時、一番強い戦士は誰かと問われたら名前が挙がる人間種だ。
2人が朝の日課にしている、真剣による訓練はいつも以上に勢いを増していく。読みあいとフェイントは苛烈に行われ、攻撃の余波で訓練場の地面や壁に爪痕が刻まれていく。
「今日は小手先の武技だけか?」
「お前こそ本気ではないだろ?」
「そうだな……そんじゃ魅せてやろうじゃねえか」
鍔迫り合いから後ろに引き、距離を取ったブレインが刀を鞘に納める。同時に低く沈んで、居合の構えを取った。
ブレインが本気の姿勢を取ったのを見て、ガゼフも呼吸を一つ。彼の周囲に青白く輝く半透明の両刃剣が七本浮かび上がる。バスタードソードを地面に刺したガゼフは、七本の内から一本を掴み取って上段に構える。
二人の間で戦意が高まって良き──激突──
「お前達は訓練場を破壊するつもりか?」
──する前に、入口から呆れた声がかけられた。二人がそちらを見ると、一人の老人が立っている。老人──と言っても、彼を見て衰えたや老いぼれたと表現する人はいないだろう。
灰色の袴からは引き締まったふくらはぎが覗いており、上に来た浅葱色の羽織と道着から見える胸板はガゼフのそれより盛り上がっている。腕は巨木の如き在り様で、もしもあの腕に掴まれたら誰も振りほどけないだろう。
顔には生気が漲っており、太い首に立派な白ひげと長い白髪がライオンのたてがみのように見える。もしも彼を初見で見れば、人によっては獅子のビーストマンと間違えるかもしれない。
「師匠、おはようございます!」
「ランポッサ様! おはようございます!!」
「おはよう、馬鹿弟子共。朝から元気で宜しい。じゃが、訓練場を朝から破壊しようとするでない。怪我なら治癒魔法を使えば一瞬で治るが、建物はそうはいかんのだぞ」
……彼こそがランポッサ、人よんで太陽王。武神祭で常に頂点に立つ、この国で最強は誰かと言えば必ず名前が挙がる怪物だ。
「申し訳ございません! 以後気をつけます!!」
「分かればよい。分かれば……しかし二人とも、途中から見ておったが……今日は調子が悪いのか? いつもより精彩さに欠けておったが」
「そうでしょうか? 挑発として軽いと言いましたが、私にはガゼフの一刀は鋭く思えました」
「私もブレインに同意します。いつもと同じ速さに感じました」
「そうかの? お主らがそう言うなら、別に構わんが……」
こんなに傷つけおって修繕費幾らかかるんじゃろ?と壁の太刀疵を撫でながら、ランポッサは二人に対して無防備な背中を見せる。その背中を見てブレインはガゼフに目配せする。ガゼフも意を受けて首を一度だけ頷かせ、音が出ないようにバスタードソードを地面から抜く。ブレインは鞘に納めたままの刀の鍔に手をかけた。
音も無かった。ガゼフは跳躍しながら唐竹割でランポッサを真っ二つにしようとする。ブレインは下からぬるりと動き、腰を割いて上半身と下半身を断とうとする。二人が攻撃を開始してから、当たるまで百分の一秒もなかった。ランポッサは腰に帯剣していたが、それを抜く様子もなかった。だが──
「ほっほ。ガゼフの言う通りじゃし、私の言う通りだ。今日の御主は、些か鈍い」
いつ抜いたのか見えぬブレインの居合。ガゼフですら避けられない不意打ちの一撃はしかし──頂点に届かない。
止められた。それも剣を抜いて防いだなどではなく、親指と人差し指でつまんで止めたのだ。しかも刃の方を見てすらいない。音を超えた死神の刃を、見もせずに優しく──
「ガゼフ。おぬしの一撃もブレインの挑発通り軽いな。もう少し鋭く振り下ろさんと、私の薄皮も断てんぞ」
アダマンタイトどころか、ルーンを10以上刻んだ鎧すら両断するガゼフの<両断>。それが掌で受け止められていた。鍛えこまれてごつごつした手をランポッサはしているが、それでも人間の手など柔らかい。その筈なのに……まるでスポンジを止める程度の気軽さで、ガゼフの武技が籠められた一太刀を──武技だけでなく、このバスタードソード自体素材は鋼鉄ながら、八つのルーンが刻んである魔法武器。それなのに素手で防がれてしまった。
「クソ!」
「動かんか!!」
二人とも止められた武器を動かそうとするが、ランポッサの剛力が1mmとて許しはしない。
「常在戦場。訓練の一環として不意打ちを許してはいるが……暗殺者でないお前達では、如何せん太刀筋と殺気が分かりやす過ぎるな。剣から殺気を抜かねば、簡単に先読みされ、こうやって防がれてしまうぞ?」
「見もせずに居合止めるやつなんざ、他にいてたまるか!」
「そうかのう……」
これ以上止めていても時間が勿体ないなと言いながら、ランポッサは二人の武器から手を離す。それで二人は武器を納める……などしない。ランポッサ相手に果敢に攻撃を仕掛けていく。それをランポッサは武器も抜かずに、最初は両手で、時間が経つにつれ慣れて来たのか片手だけでいなしていく。
<能力向上><能力超向上> <神速>
ブレインもガゼフも武技──戦士職が習得可能なこの世界独自の技術──で運動能力を強化。ブレインに至っては、独自開発した専用武技まで発動。それでも二人は防御を崩せず──
「そろそろ訓練の時間も終わりだ。二人とも朝食にするぞ」
手刀がガゼフの右肺を抉り、返す刀でブレインの右ひじを破壊してしまう。両者とも激痛に顔を歪め、武器を手放してしまった。その隙をランポッサは見逃さず、首を叩いて気絶させる。ガゼフもブレインも首が180度回転してしまったが、まだ息があるので問題はない。
ランポッサは二人に対してポーションをぶっかけて傷を治してから、両者とも担ぎ上げて食堂にまで持って行くのであった。
戦闘城塞リ・エスティーゼ:原作では王国の首都で首都の割に古めかしいだけのしょぼくれた都市。こちらでは大戦期に更地になってしまったが、その後傭兵気質な集団により復興された
ガゼフ:原作では王国戦士長。本作ではランポッサの直弟子。1ガゼフを強さ単位にしてはいけない
ブレイン:原作ではこの時期は野盗。本作ではランポッサの直弟子。原作だと武者修行の為に人斬りとして野盗の仲間になっていたが、リ・エスティーゼの環境的にそんなことする必要もないので居心地が良い模様
ランポッサ:原作では王国の国王。本作ではかなり見た目とか変わった組。転移後世界の戦士としては最高峰の実力者で、比較対象はWEB版たっち・みー