転移後世界の仕様が変更されました   作:リセット

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レベル23 リ・エスティーゼの日常 中編

「それ取ってくれ」

「どれだ?」

「塩豆油」

「受け取れ」

 

 領主の館──かつてこの地に存在したと言うヴァランシア宮殿を模した建物の食堂で、ガゼフとブレインはもそもそと朝食を頂く。リ・エスティーゼで出る食事はエ・ランテルやその他の都市と違い、麦や豆や芋やコーンではなく米が主流となっている。

 

 これは今から二百年ほど前に異邦から来たと言う人物が、りあるなる故郷では喰えなくなった昔の飯を再現したいと広めようとした穀物だ。他の都市ではパン・豆・芋ほどのシェアを奪えなかったが、当時のリ・エスティーゼ領主が大層気に入ったらしく、リ・エスティーゼ領地では稲作が成されるようになったのだとか。

 

 ガゼフにしろブレインにしろ、いただく朝食は米と焼き魚と焼き卵、それにコーンを主体とした甘いスープだ。ブレインはガゼフから受け取った塩豆油──醤油に似た液体を魚と卵にかけて掻き込んでいる。ガゼフは塩だけで十分なのか美味そうに頬張っている。

 

 二人の正面にはランポッサも座っており、彼も同じように朝餉をかっ喰らっていた。

 

 彼の食べ方は豪快で、69にもなるのに二人の白米を足して倍にしたよりも多い量を丼にこれでもかと盛りつけている。コーンスープは1リットル、焼き魚は1キロ、卵は10個分。健啖家と言う言葉はランポッサのためにあると言わんばかりの量だ。

 

「……前から思ってましたが、師匠の食う量って一向に減りませんね」

「うん?」

「初めて会った時から数えたら、もう6年ぐらいになるのに、ランポッサ様の胃袋は衰えませんね」

「食事は体の資本だ。武技で身体能力を伸ばせるとは言え、元の筋肉量が多く骨が頑丈な方が僅かでも有利。腹が減らぬようにする魔法があるが、あの魔法は腹が減らぬゆえに喰う事をしなくなる。一見利便に見えるが、外部からの供給が無ければ育つ者も育たんと言うものよ」

 

 だから喰うのだ。どんな時でもな。そう言いながら白米のおかわりに行くランポッサ。その背中を見ながら──

 

「俺らも、あの年になって食欲を維持できんのかねえ」

「分からん。現時点ですら、明らかに負けてるからな……俺もおかわりに行こう」

「俺はパス。無駄な贅肉が増えそうだ」

 

 一撃の重さが自慢のガゼフは負けてられんと颯爽とお代わりに行き、一撃の早さが自慢のブレインは我関せずとばかりに椀の残りを噛みしめる。そんなブレインは、食堂に見知った二人が入室してきたのに気づく。

 

「おはようブレイン殿! 今日も良い朝であるな!!」

「うちの兄上が相変わらずうるさくてすまんな。おはようアングラウス殿」

「おはようございます、バルブロ殿、ザナック殿」

 

 入って来たのは二人の男、片方はかなり背が高く、ランポッサに負けず劣らず立派な体格をしており、短く刈り込んだ金髪と口ひげが特徴的な男。ランポッサの長男であるバルブロだ。

 

 もう片方はバルブロに比べると頭一個分背が低いが、着流しから出ている手足は引き締まり、首なども身がずっしりと詰まっている。手がごつごつとしており、目敏いものならモンク系列と気づくだろう。彼の名はザナック。バルブロの弟だ。

 

 彼らも朝の訓練をすませてきたところで、腹が減って仕方が無いと言わんばかりに木椀に飯を盛り付けている。ガゼフ達と変わらない献立の朝食を盆にのせ、近くの席までやって来た。

 

「お二人とも朝から食うねえ……ランポッサ様によく似てる」

「ふはははは! 朝から食わねば力も出ない! 食った分だけ体がでかくなると言うものよ」

「食い過ぎて太っても知らんがな」

「それはお前の話だろ。御付きに聞いたが、最近しょこらあとをはじめとした甘味を食い過ぎだと聞いているぞ。お前はただでさえ訓練以外だと事務仕事ばかりで動かんのだから、少しは自重しろ。その内ぶくぶくになるぞ」

「頭脳労働には甘味が一番効くんだよ。それに太らんようには気をつけている。下手に贅肉がついたら、父上に扱かれるからな」

「当たり前だ。贅肉など怠惰の極み。我が子とは言え……我が子だからこそ、怠け者の象徴のような体になどさせん。筋肉以外で少しでも体型が変わったら、痩せるまで一日百万回の正拳突きだ」

「これは父上、おはようございます」

 

 いつの間にかガゼフと共に席に戻り白米を口に流し込んでいたランポッサが、野菜の酢漬けをポリポリさせながら太るなど許さんと呆れている。そちらに挨拶しながらも、ザナックはちょっと冷や汗をかいている。

 

 自らの父の扱き、それは苛烈を超え激烈な物で、痛くなければ覚えませぬどころか、()()()()()()()()()()()。死んだ数だけ人は強くなれるのだ。それを文字通り実践し、人類全体で見ても頂点と呼べる領域に立ったこともあり、息子たちには中々スパルタなのだ。流石に己と同じ修練は子供らが望まぬ限り強要しなかったが、それでも弛んだ体など見せればその日の内から地獄の訓練が始まるだろう。

 

 それが嫌なザナックは、甘味を食べる分白米の量を減らそうかなと木椀を見つめる。そんな彼の様子から気づいたのか、バルブロは言わん事がないと鼻を鳴らす。

 

「父の扱きを恐れて悩むぐらいなら、果実水なども辞めれば良いだけだぞ」

「ほぅ……兄上は父上の修練が怖くないと?」

「当たり前だ。日々鍛え体を作り、土台をしっかりとした今恐れることなど──」

「そう言えば、兄上は最近娼館でかなりド派手な遊びをしたそうですな」

「なに? バルブロ、今の話は本当か?」

「あ……た、多少は遊んではいますが、ザナックが言うような派手な遊びなど……」

「……女遊びをするなとは言わんが、羽目を外し過ぎるのは見過ごせんな。遊ぶ体力が残っているなら、仕事が終わった後私の訓練に付き合え。少しばかり鍛えてやる」

「……ザナック……お前……この野郎、少しは付き合って貰うぞ」

「私は父上の扱きが怖いので遠慮させてもらいます。父上との遊びは、日々鍛え上げている兄上にお任せすることにしましょう。それに私は事務仕事があるので、仕事後に訓練の時間などとてもとても……」

「ぐぅ……逃げよったな貴様」

 

 兄弟の間のやり取りを眺めながら、仲が良い事でとブレインは我関せずに食事を終える。朝食が終われば、ブレインは自分の仕事をこなす事になる。宮殿に来て以来武器庫の整備や在庫管理を任される事になったブレインは、ランポッサに一礼してから姿を消して自分の持ち場に向かった。

 

 ガゼフも食事を終えて、同じタイミングで食べ終えたランポッサと共に食堂を出て別れる。ガゼフは主に領主直轄兵士──その中でも新人の訓練教導官を担当している。ブレインも当初は教導官をしていたのだが、ガゼフに比べると若干雑な事から今は武器庫担当になった。

 

 ガゼフと別れたランポッサは己が執務室に向かう。連邦でも戦士としては最強の誉れ高き彼だが、普段の仕事の大部分は他領主との会議や、裁判所から上がって来た重罪人への最終判決決定に、公共事業工事計画書に目を通して実行するか実行しないかの決定書作成など事務仕事の方が多い。

 

 むろんこれを全てランポッサがやるわけではなく、書記やザナックなども手分けして行っている。バルブロはこの手の事務仕事に向いていなかったので、普段はリ・エスティーゼ正規軍の将として軍師から戦術などを学んでいた。

 

 何年経っても書類仕事は慣れんな~と思いながらも、これも領主の仕事ゆえ致し方なしと執務室に辿り着いたランポッサ。彼はいつも通りの朝だと思いながらここに来たのだが──

 

「おお、今日はどうされましたかヴァイシオン様。キーノ様。ここに来られるとは珍しい」

 

 執務室の前にはランポッサの知る存在──白銀の鎧がランポッサを待つように立っていた。その傍にはこれまた知己であり、同時にランポッサにとっての恩人とでも呼ぶべき小さな少女──赤い眼と虹色の瞳を持つ吸血姫もいた。

 

「久しぶりだな小僧。元気にしていたか?」

「お久しぶりですな。ええ、元気にしておりますとも。キーノ様も息災の御様子で」

「私はアンデッドだぞ? 息災と言われたら息災だが、死んでいるようなものだから元気かと問われたら分からんな」

 

 69歳のランポッサが、見た目は10歳にしか見えないキーノなる少女に様を付けて呼ぶ。一見はおかしな光景だが、キーノ自身がアンデッドと言うように彼女は異形種。見た目通りの年齢ではなく、これでも250年は生きている。自分より年上に対して、ランポッサなりに礼を尽くしているだけだ。

 

「久しぶりだね、ランポッサ。君は……年を多少とったか? 体の張りは健在だが、金髪が全て白髪になってしまったね」

「年は取りたくないものです。体はまだまだ動きますが、少し食べられる量が減ってしまいまして……昔なら朝から肉を10キロは食えたものですが、今では魚を1キロと卵を10個が限度と情けない話です」

「人間種として、十分食ってないか? 蜥蜴人(リザードマン)並の食事量だぞ、それは」

「いや、やはり老いてはいると思うよ。昔の彼と比較したらの話だけどね」

 

 渋い顔をしながら、まだまだ食う量は若造だよお前はとキーノは呆れた声を出す。そんなキーノに対して、違うと思うなと発言したのはヴァイシオン──正式な名をツァインドルクス=ヴァイシオン。

 

 リ・エスティーゼから北西に進んだら国境があり、そこを超えたらアーグランド評議国と言う大戦中に出来た亜人種の国がある。現在は亜人種だけでなく人間種も住んでいる国で、ツァインドルクス──通称ツアーは、その国で評議員をしているドラゴンだ。

 

 キーノとツアー……ツアーはかつてこの世界で最強と謳われたドラゴンで、その戦闘力は竜王と呼ばれる中でも別格。キーノはランポッサにも直伝した法国特殊部隊の訓練方法を自己流に改造した()()()の開発者で、ある目的のために牙を研ぎ澄ませたこともあり尋常ではない強者。

 

 そんな二人が訪ねてきた要件に心当たりが無かったランポッサだが、ツアーの次の言葉で表情が変わった。

 

「ランポッサ、君に会いに来たのは他でもない、百年の揺り返しについてだよ」

「──そうでしたか。立ち話もなんです、どうぞお入りください」

 

 ランポッサが執務室の扉を開けて、二人に入室を促す。かたじけない入らせて貰うぞと言いながら、ツアーとキーノが先に部屋に入る。その後ろからランポッサも入室し、二人を客用のソファーに着座するように促した。

 

「……百年の揺り返し。先代の領主であるワン様から伺ってはおりましたが、改めて詳しい説明をヴァイシオン様とキーノ様から伺ってもよろしいですかな?」

「いいとも──百年の揺り返し。かつてとある竜王が行った儀式により、異界・ユグドラシルからプレイヤーと呼ばれる者らが、この世界に転移してくる事故が起きた。彼らプレイヤーが転移してくるのはおおよそ百年周期で、そろそろの筈だと五国間で警戒していた。これは君も知っているね?」

「勿論です」

「五国の間で、常に警戒はさせていた。いつプレイヤーが転移してきても対処できるように」

 

 ……かつてツアーは、ある事情から己が世界を守るのだと気を入れ過ぎて空回りしていた時期がある。八欲王と呼ばれる、災厄との戦いを経験したせいで──

 

「六百年前の六大神。彼らもまたプレイヤーだった。しかし彼らは穏やかな気質で、むやみやたらと力を振るうような真似をせず、この地に住んでいた人間を保護して暮らしていた。けれど五百年前の連中は違う──」

「八欲王の虐殺。当時この世界に住んでいた異形種と亜人種を大量に殺して回り、人間種ですら歯向かうなら殺戮したプレイヤーか」

「殺戮なんてものじゃなかった。あれは殲滅だ。種族によっては絶滅まで追い込まれているんだ……それまで転移してきたプレイヤーはそんなことが無かったのに、あいつらだけは違った。それ以来、私は世界の守護者としてこの世界を守って来たつもりだ」

 

 八欲王。ツアー含めて、大半の竜王がユグドラシルのプレイヤーに対して、嫌悪の目を向ける原因となった最大の要因。彼らが創り上げた南方の大都市エリュエンティウは、大戦時の法国がスルシャーナの敵として灰塵にし、天空城も奪取した。八欲王の痕跡は消えたも同然なのだが、それでツアーが持つ彼らへの憎悪が消えはしない。なにせ八欲王の手で、この世界の魔法法則が歪められてしまったのだから……

 

 それだけではない。これはツアーのような真なる竜王と呼ばれる、500年以上生きる竜なら当たり前に知っている事。3()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()。それも魔法の書き換えなんて生温い代物ではなく、もっと大規模な根底法則そのものが。

 

 当時世界の法則が再び歪められた時、それを感じ取ったツアーはそれはもう荒れた。血反吐を撒き散らすのではないかと言うぐらい、心の底から荒れた。なにせ大規模改変による波及は、世界を守りたい彼にしたら到底受け入れられない、混沌の時代を招いたのだ。

 

 連邦を含む五国連合は現在平和になったが、それ以前には血で血を拭う大戦をしていた。大陸の中央付近の諸国には、八欲王の虐殺から免れた真なる竜王──鬼岩の竜王が支配者として君臨していたが、300年前の書き換えにより強者となった被支配者層達に、積年の恨みから反乱されて荼毘に伏した。

 

 この反乱により、真なる竜王の時代──圧倒的な個がその他を統べる時代が終わりを告げた。けれど一部を除いた竜王達がそれを受け入れられるかと言うと……難しかった。とある竜王──竜帝がこの世界に呼んだ汚物(プレイヤー)の手による世界改変。その結果として、自分達の絶対の地位が揺らいだのだ。許せるだろうか? 許せるわけがない。

 

 かつて自分達の足元を這いずり回るしか能の無かった虫けら共が、自分達に匹敵する力を得て、我が物顔で自分の縄張りを闊歩するなど許せるわけがない!

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 ある竜王達は共同研究し古き時代の魔法──始原の魔法(ワイルド・マジック)を使い、元の世界法則に戻そうと躍起になった。その結果生まれながらの異能(タレント)や武技などは戻ってきたが、肝心の改変法則が消える事はなかった。むしろタレントなどが戻ったせいで、憎き虫けら共が益々強くなってしまう。

 

 ある竜王は大規模な儀式型ワイルド・マジックを行使。キーノの生まれ故郷であるインベリアやその周辺国が巻き込まれ、当時既にレベル50や70だった住民数千万人が()()()()()アンデッド化。一気に高レベルアンデッド地帯へと変貌し、負のエネルギーの大規模発生に伴い続々と高レベルアンデッドが大発生。発生当初は数千万だったアンデッドも、最終的には負の連鎖により数億にまで膨れ上がっていた。

 

 当時大陸中央では六大国家と呼ばれる国同士が争っていたが、このアンデッド達が大量の生者を嗅ぎつけたのか六大国に流れ込んだ。彼らはこの事態を重く見て休戦し、連合軍を結成して高レベルアンデッド集団数億との戦いに挑む事になる。これが後に『腐害』と呼ばれる事になった黙示録の大戦である。

 

 他にも真なる竜王のやらかし案件は多数ある。結果として一部の穏健派を除いた、大陸中に生き残っていた真なる竜王達は本格的に狩り尽くされて、事実上絶滅した。穏健派にしてもかなり迫害されており、ツアーは何もやらかしていないが元々治めていた本拠地である東方の国を追放されている。真なる竜王であるツアーを受け入れてくれる国など、全種族に対して平等であれと掲げている五国ぐらいだ。

 

 ……これらを当事者として知っているツアーにしてみれば、プレイヤーふざけんなの気持ちがとても強い。それ以上に同族であるやらかした真なる竜王に対しても、お前らみんな死ねばーか! と言う感情も。ついでに元々住んでいた、東方の国の住民に対しても、何が追放だよ!と言う感情も多少ある。多少あるが大戦後全種族で手を取り合い、平和を築こうとしている五国が尊かったのでノーカンだ。

 

 ともかくツアーは現状五国の一員である。プレイヤーが一度現れたら、この世界にはまたもや混乱が訪れるかもしれない。とは言え全盛期の頃に比べると、ツアーの手駒は殆どいなかった。なので法国と協力した上で、五国の都市を統べている領主などには百年の揺り返しやユグドラシルなる神の国について触りではあるが伝えていた。




ツアー:とても苦労した。彼の安息の地は大陸北西ぐらい。最強の座からは一歩引いている

キーノ:イビルアイさん。こちらもインベリア絡みでとても苦労した。ある意味ランポッサの師匠
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