ンフィーレアの護衛任務を終えたモモンガ一行は、森を出た後カルネ村によってから<転移門>でエ・ランテルまで帰還した。大人数の商団を動かすとなると絶対にモモンガでも魔力が足りないが、ンフィーレアが採取した大量の薬草──正確には薬草が詰まった木箱ぐらいであれば問題ない。数秒でエ・ランテルまで帰還した時に、ンフィーレアから<転移門>は便利ですねと言われて──
「<上位転移>までならまだ使い手はいますが、<転移門>となると非常に少ないですし、魔法協会を通して
「それはお前が欲しいだけだろ? <転移門>がいつでも使えたら、利便なのは認めるがな」
薬師と中二暗黒騎士がそんなやり取りをしていた。
(金儲けの手段として<転移門>のスクロール……これも金儲けの手段として、一度検討してみてもいいかもな)
第十位階を籠められるスクロールは、幸い連邦にも流通している。なんでもドラゴンが自分の剥がれ落ちた鱗を、素材として売っているのだとか。
「魔法素材屋ヘジンマールか……今度会いに行ってみるか」
エ・ランテルの一角に住むと言う、
その一頭がヘジンマールで、元々協調性が高かった彼は自らの体を魔法素材として売っていた。
(ドラゴン素材が普通に買えるのは助かる。ユグドラシルだとレア素材は、大抵自分で狩るしかなかったからな)
いずれはスクロール素材を買いに行くとして、モモンガはナザリックに用があるので一度戻った。戻る前に一応パンドラの様子を見に行ったのだが──
「見て下さいモモンガ様! 蒸気機関のプロトタイプが完成しました!!」
モモンガの顔を見るや否や、パンドラはドラム缶サイズの鉄の塊を見せに来た。モモンガが聞いたところによると、水を出す魔法と水を温める魔法を組み合わせ、蒸気の高い圧力に耐えられるよう鉄の容器に位階魔法で魔化を施したとかなんとかと説明される。
「……それはお前が興奮するぐらい、すごい代物なのか?」
「何を言っているのですかモモンガさん! これを発展させれば、いずれはアクターさんから伺った高速鉄道も夢じゃありませんのよ!?」
「魔法で水を直接温めて蒸気に変化させているので、以前モモンガ様が危惧していた大気汚染とやらの可能性もほぼ0。夢の機関が誕生するやもしれません!!」
「ふぅん……」
夢の機関と言われても、モモンガにはピンとこない。内燃機関や外燃機関と言われたらまだギリギリ理解できなくもないが……
(大気汚染の可能性が無いってのがポイントなのかな? ……そもそもこの二人は蒸気機関とやらを作ろうとしていたのか?)
「パンドラとラナーさんは、その……その機関とやらを作成しようと?」
「いいえ、それは違いますわ。ただアクターさんと転移の普及に関する話をしていたら、鉄道の話が出てきまして。それがどのように動くのかを伺ったところ、インスピレーションが舞い降りました」
「鉄道? パンドラ、お前そんな知識があったのか?」
賢いと設定しても、そもそも設定に書き込まれていない知識は付与されない。仮に創造主の在り方から補完するとしても、この場合モモンガの知識の中に、鉄道に関する記録が無いと駄目だ。その筈なのに、いつパンドラはそんな物を知ったのだろうか──
「
「ああ、あそこならあるか」
アッシュールバニパル……ナザリック第十階層にある図書館で、ここには大量の書物が収められている。大半はゲーム内に関係する書物──イベントアイテムや傭兵モンスター召喚本か作成アイテムの外装を決定するビジュアル本だが、それとは別にリアルの書物もかなり収蔵されている。
これはユグドラシルに搭載されていた拡張データ追加機能によるもので、著作権が切れた本や資料であればゲーム内に持ち込めたのだ。AOGのメンバーは妙に凝り性も多く、タブラを筆頭とした本好きも多かった。そんな彼らは見境なしに大量の書物データを持ち込んでいて、その一部にリアルではとうの昔に廃れた熱機関である蒸気機関と、汽車に関する構造本もあった。
(あそこは大体なんでもあるからな。社長の心得とか、リーダーとしての気概と資質とかのハウツー本まで蔵書されてるし)
今となっては、あの行動の数々がこの世界での新しい技術に繋がるのかもしれないなら、無駄ではなかったとモモンガはちょっとご満悦だ。
「まぁ……あんまり根を詰めたりしないようにな」
開発絡みに関しては、モモンガは門外漢なのであまり触れないようにする。依頼人であるラナーが喜んでいて、それがいずれナザリックの益になるのであれば何の問題もない。
(誰かが損をしないように、全員で知恵を出し合ったりして手を取り合う。その理念を守れるなら言う事なしだ)
そんなやり取りがありつつも、ラナーの研究施設を後にしたモモンガは稼いだ金を使って農作物を大量購入してからナザリックに帰還した。
家に帰ったら手洗いうがい……の代わりに、いつものルーチンワークであるエクスチェンジボックスに農作物を放り込む作業だ。わざわざ買い漁った農作物を使って、ユグドラシル金貨に変換する。直接金を放り込んだ方が手間がかからないのに、なぜこんなことをするのか。無論訳がある。
それはエクスチェンジボックスの仕様上、これが非常に効率が良いからだ。
エクスチェンジボックスはユグドラシルのアイテムで、投票箱のような見た目をしている。投入口と排出口がついており、投入口から物品を入れて横についているボタンを押すと、入れた物品の価値に応じて金貨が輩出される。物品の価値は手間暇や芸術的価値は一切考慮されず、あくまでもいれたアイテムに使われた素材の価値で排出金額が査定される。
仮にエクスチェンジボックスにルーンが刻まれた鉄の剣を投入したとしても、査定額は鉄としか認識されない。ルーンを刻んだ手間賃や、刻まれたことで上昇したアイテムランク分は無視される。
そして……連邦産農作物は素材としての価値が高かった。むろんとても高いわけではない。単純にアイテムとして見た場合は、バフ効果付きのユグドラシル産食物の方が上だ。しかしこの世界ではアイテム効果だけでなく、農作物として糖度がどうのや瑞々しさだうんたらと言った味の良さや新鮮さも価値として考慮される。
なのでエクスチェンジボックスに入れた場合、思ったよりもユグドラシル金貨を輩出してくれるのだ。しかも連合国では高レベルドルイドやファーマーが育てているおかげか、農作物の成長速度や収穫量が半端ではない。大量に出回っているおかげで、基本的にコストが低く銅貨があれば十分な量を買える。
つまりどういうことかと言えば、銅貨を介して手に入れた農作物を金貨に変えられるのだ。これはとんでもないことである。物質変換の魔法はあるにはあるが、それは同価値の物体にしか変化させられない。なのに金限定とは言え、上位素材への変換を実現できたのだ。
(おかげで思ったよりも懐がホクホクだ。ユグドラシル金貨を金として外に出し過ぎたら市場が崩れるかもしれないから、基本的にはナザリックの維持資金にしか回せないけど……それでもお金がたくさん稼げるのは悪くない)
この仕様が判明した直後、モモンガはパンドラから絶対にユグドラシル金貨を外に持ち出さないよう強く厳命されている。例え創造主であろうとも、必要以上に市場を荒らすのは好ましくないと。やり過ぎたら、反感を買う可能性が高いと。
為替がどうのレートがどうの金本位がどうの管理通貨がどうのと、モモンガにはちんぷんかんぷんな話をされたが、どうも金を流通させすぎるのはまずいことぐらいは分かった。なのでエクスチェンジボックス産金貨に関しては、全て宝物庫に放り込まれている。
(パンドラ曰く農作物の量は安定供給されているから、稼いだ金は市場に還元する方が良いらしい。稼いだ金はユグドラシル金貨としてナザリック内に貯めおきつつ、連合国内で使用されている貨幣は市場に戻せる。事実上、俺たちは一切損をしていなくて、連合国の商人や農家もお金を稼げる。いわゆるWinWInの関係を維持できるから、当分はこの方法で維持金貨を集めるのが得策だな)
そう言った事情があるので、当初の懸念点だったナザリック維持金貨問題は割と解消しつつある。これが大した流通ではなく、高品質な野菜やらが貴重品であれば実現はしなかった。実現したのは、間違いなく大戦を経て高レベルな社会文明を発展させた連合国の恩恵だ。
いやほんと良い国だなと言いながらモモンガは大量の金貨を宝物庫に収蔵し、作業を終えたら第一階層でNPCの修練監督をしているコキュートスの元に向かう。
「やっているな」
そこでは一般メイドと言った、ナザリックの低レベル僕が無限沸きするモンスター相手に戦闘をしていた。戦闘と言っても、モンスター側は一切の反撃をしない。なのでどちらかと言えば、経験値を稼ぐだけの作業と言う方が正しい。
近くにはコキュートスがいて、剣の握り方や槍の振り回す方法などを教えたりしている。そちらに向かってモモンガは歩を進める。
「コレハモモンガ様! 帰還ナサレテオラレタノデスネ」
「一仕事終えて来たからな。みなの調子はどうだ?」
「順調デゴザイマス。アチラヲ」
コキュートスが指さす方を見ると、エクレアがアンデッド相手に奮闘している。良く見ればメイドの相手とは違い、アンデッドは反撃行動を取っており、手に持つ魔法武器で攻撃を仕掛けていた。
「実際ノ戦闘ニ近イ形デノ訓練ニ移行シテイルモノモイマス。今ノママデアレバ、アト一月モアレバ全員、第三階層マデノ30レベル以下アンデッド相手ニ、一対一ナラ余裕ヲ持チナガラ勝テルヨウニナレマス」
「それならば、コキュートスの言う通り順調だな……少し時間はあるか? 訓練に関することで、少しばかり相談がある」
「モウ少シスレバ、今日ノ訓練時間モ終ワリマス。オ待チ頂イテモヨロシイデショウカ」
「問題ない」
道具作成の魔法で椅子を造り、腰掛けて待つこと三十分。全員の訓練を眺めていたモモンガの目の前で全員が武器を仕舞い、偉大なる主に礼をしてから本来の持ち場に帰っていく。
それらを見送った後、コキュートス用の椅子を作成してからモモンガは話しかけた。
「ご苦労だった。思いの外、全員良い動きをするようになったな」
「オ褒メ頂キ、至極恐悦ニ存ジマス」
「想定よりも素晴らしい働きをしているのだ。お前の上司として誇らしく思うよ……さて、ではお前への相談に関してだな。大まかに言えば二つあり、一つは私にも前衛戦闘の心得を授けてはくれないか?」
「モモンガ様ニデスカ? 御身ハ
主の相談に対して不要だと応えるのはコキュートスとしても心苦しいが、マジックキャスターが近接戦をするなどその時点で破綻している。仮に相手がモモンガと同じ戦士職相当──モモンガの戦士としての力量は技術面を無視したら、大体33レベルの戦士職相当だ。相当と言っても、これはユグドラシルで真っ当に戦士系ビルドをした時の話で、この世界の自殺リビルドを繰り返した上澄みは含まない。
ともかく、33レベル相当とは大して高くはない。仮にこの世界のレベルがもっと低い──それこそ300年前の基準であれば英雄級として振舞えたが、現代で33とはごく普通の成人男性ぐらいだ。そんなモモンガが近接技術を学んだとて、使う機会はそこまでない。そう思ってのコキュートスの発言であったが──
「お前の懸念は正しい。私が前衛として動く時点で、チームは壊滅的な打撃を受けているだろうからな。しかしな……今回、私は現地住民と共に、ナザリックの近くにある森林へ赴いた。幸い現地住民であるラキュースさんとンフィーレアさんが強者で、連戦となっても問題はなかった。けれど、仮にこの二人がいなかったなら、我らのチームは撤退を余儀なくさせられていた。この意味が分かるか?」
「──ソレダケ、森林ニツワモノガ多カッタ?」
「そうだ。森へは薬草の採取のために行ったのだが、帰る時には私のMPは半分近くまで削られていた。ンフィーレアさん……間違いなく、単体でセバスの倍以上は強い彼がいて、その上でMPが5割消耗だ。この世界の蘇生法則や、現地生物のレベルを思えば妥当ではあるが……この先も似たような事があるならば、あまりMPに頼る戦い方をしたくはない」
ンフィーレア。彼の強さはパワードスーツありきとは言え、モモンガから見ても別格だった。もしもあのスーツが無ければ、魔樹の薬草まで辿り着く前に撤退せざるを得なかっただろう。
そこでモモンガが痛感したのは、マジックキャスターの継戦能力面での短所だ。どうしても戦闘力の大部分をMPに依存するモモンガは、MPが切れると途端にお荷物と化す。似たようなタイプでシャルティアやマーレもMPやスキルが戦闘能力に直結する要素は大きいが、あの二人は近接面でも高いステータスを持つのである程度はどうとでもなる。
しかし純魔のモモンガは、魔力切れとなると一気に不利になってしまう。そこでモモンガが思いついたのは──
「戦士化の魔法。あれを使えば魔法が使えなくなる代わりに、私のステータスを近接方面に振れる」
ネタ魔法<
戦士系のスキルなどは獲得できず、きっちりと計算されてビルドされた戦士職と比較するとステータスなどが劣るが、それでもシャルティアと殴り合えるぐらいの筋力や耐久力、体力が身に付く。この魔法を使っている間は常にMPを消耗するが、魔力の自動回復量とちょうど釣り合うので、結果としてMPを一切消耗せずに戦闘可能になる。
「ソウデシタカ。アノ魔法デアレバ、モモンガ様モ100レベルニ近イ戦士トシテ活躍ナサレル。ソノタメノ、近接技術。コノコキュートス、浅慮ニ過ギマシタ」
「浅慮ではないだろ。普通であれば、<
「ソレハ……多少ハ思ウトコロハアリマス。戦士トシテノ攻撃スキルガ無ケレバ、決定打ニ欠ケマス。ヤハリ戦力トシテハ、ドウシテモマジックキャスタートシテノモモンガ様ト比較スルト、見劣リシマス」
「分かっている。それを解決するのと、ナザリック全体の強化案として、武技についても相談したい」
「武技……コノ世界ノ戦士ガ使ウ、アクティブスキルニ似タ攻撃デシタカ?」
「のようだな。ここではユグドラシルと違い、レベルアップをしても望む攻撃スキルは獲得できない。しかし武技は違う。訓練が必要となるが、その代わりに望む武技を習得できる。私が思うに、戦士版の魔法が武技なのかもしれぬな」
魔法がきちんとした勉強がいるように、戦士の攻撃スキルやバフも訓練した上で武技として修めなければならない。それがモモンガの考察だ。戦士職としてレベルアップすればスキルは獲得可能であると、マスターソースの情報から確認済みだ。しかしながら、マスターソースを見ないと自分が何のスキルを獲得したのか詳細が不明。けれど武技は違う。これは自分で時間をかけて習得しないといけないが、その分魔法並に自由度が高い。
「自動取得のスキル任せにすると、この先思った以上に戦士職は強くなれない。ならば我らも武技が習得可能かどうか試したい。仮に武技を私も習得できるのであれば、戦士化の魔法に組み合わせて私も100レベルの戦士として前線に立てる……とは言え、まずは武技が学べるかどうか。それと学んだ武技をナザリックの者に教える教官として、コキュートス。お前にはこの世界の強者に弟子入りし、教えを学んで欲しい」
「承知イタシマシタ。私モ武技ニ興味ガアリマス。既ニ100レベルトナリ、コレ以上ノ伸ビシロガ無クナッタト思ッテイマシタガ、コノ世界ノ戦闘技術ヲ学ブコトデ伸ビルノデアレバ望ムトコロデゴザイマス。シテ、弟子入リトノ事デスガ、私ガ学ブニ相応シイ武人ガオラレルノデショウカ?」
「いる。ここに──」
モモンガが自分のインベントリから、一通の封筒を取り出した。封筒は魔法蝋で封がされており、この中には紹介状が入っている。
「ヴァーチさんとラキュースさんに頂いた、リ・エスティーゼ最強の武人、ランポッサさんへの紹介状だ」
武技を学びたい話をしたところ、ヴァーチとラキュースがそれならばランポッサの元に行き、そこ経由でガゼフ──訓練教導官である戦士に師事してみたらどうだろうかと紹介状を貰えたのだ。
「最強……ソレハドノ程度ノ強者ナノカ、興味ガ尽キマセヌ」
「私もだよ。ラキュースさん……彼女はセバス曰くお前と同等で、私から見ても100レベルの戦士職に匹敵する猛者だった。そんな彼女が、私が数十人いても、勝てないと断言してくれたほどだ……どんな化物が出てくるのか、今から心底震えるよ」
コキュートスも、自らの主が同格だと認めた戦士が、幾らいても勝てないと明言する戦士と聞いて、呼吸音が荒くなる。彼は武人気質なのだ。
ともあれコキュートスを連れて、モモンガは一度リ・エスティーゼに……連邦でも猛者が一番集まる魔境を目指す事にした。
モモンガさんリ・エスティーゼ行きを決めるの巻