模擬戦を終えたコキュートスを連れて、モモンガは宮殿の廊下を歩いていく。ここに行けばブレインに会えると、ランポッサに教えられた。本当は顔合わせとしてランポッサも行く予定だったが、侍女が訓練場に来て彼を仕事に連れて行ってしまった。キーノも予定があるとのことで別れている。
そのため今はナザリック組だけで、宮殿の廊下を歩いている。先頭を歩くのはモモンガで、そんな彼の耳にコキュートスとアウラの会話が届く。
「……スマナイ。アマリニモミットモナイ失態ヲ晒シテシマッタ。栄光アルナザリックノ一員デアリナガラ、手モ足モデナイナド……武人建御雷様ガオ与エクダサッタコノ力ヲ、私ガ穢シテシマッタ……アッテハナラナイ失態ダ」
「あんなみっともない負け方をするなんて!……てアルベドがいたらコキュートスを叱りつけたかもしれないけど、あれはしょうがないよ。あれが武技なのかな? のうりょくぜんかいほう……能力全開放? それとも全解放? なのかは分からないけど、何かをあのお爺さんは使用した。あれは
アウラがあの瞬間を思い出して、顔を青くする。力に応じてこそ力、そう宣言したランポッサは武技なるこの世界特有のスキルを見せた。武技そのものはアウラも何度か目にしている。それこそダーク=ナイトが森で何度か使っているので、戦士が使うアクティブスキル程度の認識だった。
けれど……最後のあれは違い過ぎた。視覚情報として強さを視認できるアウラは、ランポッサの強烈過ぎるステータスを視てしまった。
「あの時のランポッサさんは、それほどに違ったか?」
キーノが無理矢理止めたほどのランポッサの武技。モモンガもそれについて気になっていたので、会話に参加した。モモンガの問いにアウラはどう答えたら良いのだろうと悩む顔を見せ、セバスも顎鬚を難しそうに撫でつけている。コキュートスはと言うと、格上だとしても一矢すら報いれなかったことを恥じているのか、モモンガの前で項垂れてしまった。
「あの武技を使う前でも、出鱈目なスペックをしていました。たぶんHPはコキュートスの倍はあったと思います」
「倍……と言う事は、200前後か。150から160を想定していたが、もっと上だったか。MPも同じか?」
「MPは低かったです。コキュートスとあまり変わらないぐらいだとあたしは感じました」
「その情報を加味するなら……戦士系で
100レベルの1.5か1.6倍だとモモンガは睨んでいた。ステータスの総合計が1100には届くかもと。
戦士系列で総合計1100とするなら、近接職が伸びやすいHPなどは200前後になり、魔防などは100ぐらいまで落ちるだろうと脳内で情報を纏める。
(ランポッサさんは最上位揃えで確定させてもいいか……戦士職としての理想型だな、やはり。もっとも、理想型ではあるだろうが、
流石にそこまで突き詰めていたら嫌だなと思いながら、モモンガはセバスにも意見を促せる。
「200……そこまで高いとなると、とてもではありませんが私やコキュートス様では勝ち目がありません。エクレアと私が素手で殴り合うようなものです」
「100も差があればそうなるな。数値が全てではないが、それも僅かな差の時の話。ここまで離れているとなると、10レベルの戦士職と100レベルの戦士職が殴り合うのと大差がない。同じ100レベルなら補正値が無いからまだましか……コキュートス」
モモンガがコキュートスに呼びかけると、彼の体が少しだけビクリと動く。その様子にセバスは悔やんでいるのだろうと考え、どうしても同じナザリックの僕として同情してしまう。モモンガがこれで怒りを抱くとは微塵も思っていないが、創造主の一人がどう思うかではなく、僕として納得できるかどうかの問題なのだ。
「お前が手も足も出なかったのは事実だが、それを恥じることはない。ランポッサさん相手に初見で抗うのは、ユグドラシル出身者には無理だ。根本的にスペックが違いすぎる」
「シカシ……」
「しかしも何もない。武技によるバフがなくとも、ランポッサさんの推定能力値は200だ。対策なしでこれと殴り合いを成立させるなら、最低でもワールドチャンピオンが数人は必要になる」
「ワールドチャンピオン……たっち・みー様が数人もですか!」
「たっちさんが数人だ。これも推測になるがフル装備の私が四人、たっちさんで三人はいるな。それだけランポッサさんの、ステータスによる暴力は圧倒的だ……それに最後のバフは倍率がおかしいと言ったな。アウラ、具体的にそれはどれくらい圧倒的だった?」
「……倍です。あたしには、あのお爺さんの力が倍になったと視えました」
「倍……え、倍? つまり100%アップ?」
「はい」
「……セバスはどう感じた?」
「強大としか……私の物差しでは計り切れませんでした」
「ああ……つまりほんとに100%上昇で、セバスの能力測定値を逸脱してしまったと……え、なにそれ!?」
流石にその上昇率はおかしいのでセバスにも確認をとったモモンガだが、執事から返って来た答えは苦渋の顔で分かりません。観測者が観測しきれないほどに、ランポッサの倍率はおかしかったことになる。
(いや……いや。2倍上昇のバフ!? そんなもん、ユグドラシルにはなかったぞ! ランポッサさんが元は200だから、それを倍にして400!? んなもん勝てるわけねえだろ!! HP400だからまだまし……いや、でも物防が400だとして、魔法防御と総耐が200前後……はい無理。レベル換算で250前後だ、こんなもん。無理矢理計算したら150を5で割ればいいから……100レベル30人分? コホルスレイドボス相当じゃねえか! ワールドチャンピオンが、ワールドエネミーのアーティファクトでボス化したのと同格じゃねえかよ!!)
あまりにも逝かれた数値が出てきて、モモンガは恐れ戦く。 理論値上限に届いてない筈のランポッサが、武技を使っただけで異常な数値を出している。つまり──
(
……モモンガは本当に、少しだけだが。体をぶるりと震わせた。この世界でのレベル習得と、独自の技術体系である武技の併せ技。それだけではない。エ・ランテルで聞いた、昔に失伝した古き魔法──竜が使いし
「モモンガ様、どうかなされましたか?」
モモンガの様子がおかしいことに気付いたのか、セバスが心配そうに声をかける。それにハッとしたのか、モモンガはちょっと慌てつつも、精神安定化により平常な状態を取り戻しながら返答した。
「別に何もない。少し考え事をしていただけだ……コキュートス。本当に気を落とすな。ランポッサさんはちょっと……ちょっとじゃないな。大分か。大分私の想定を超えていた。むしろ途中でキーノさんが止めてくれたとは言え、おまえに怪我が無くて良かったと、心底胸を撫でおろしている」
もしもランポッサが2倍バフの状態でコキュートスを斬りつけていたらどうなっていたか。確実に、一撃で蒼い蟲王は絶命していた。物攻400超えとはその領域の話だ。神器級防具で身を固めていても難しい。物理攻撃に対する耐性Vがあっても、一撃でHPの大部分が削られる。完全耐性が無ければ話にならないだろう。
だからこそ、本当にこんな場所でコキュートスが死ななくて良かったと安堵する。そんなモモンガの様子に、主にそのような想いをさせてしまった事こそを、コキュートスは心底恥じる。己の弱さが敬愛すべき偉大なる主に心労をかけさせてしまった。何と言う──
──武人建御雷様ニ頂イタコノ力デハフソ……何ヲ考エテイル! 我ガ創造主ノ手腕ヲ疑ウナド! ソレコソ恥ズベキ……シカシ。我ガ力デハ、コノ国ノ王者ニ届カナカッタノモ事実。私ハドウスレバ……デミウルゴス。
ランポッサはモモンガを害そうとする気配が無かった。しかし、もしもあの人物がモモンガを殺害しようと思えば、簡単にそれは叶っただろう。<転移>で逃げようにも、連邦の都市は大抵<魔法抑止領域>が機能している。つまり都市住民らが敵意を向けてきたら、モモンガには抗う術が殆どない。
勿論彼らがそのような人物ではないとコキュートスは思っており、ランポッサもそのような悪しき人間ではないと感じ取っている。それでも……全生命が悪ではないと誰に言い切れるのか。
──アルイハ、我ラガ悪トシテ断罪サレルカ
コキュートス自身は、命令でも無ければそこまでナザリック外の生命を抹殺しような気はない。モモンガが外の人間や亜人を友として認め、共に手を取り進もうとするなら喜んで付き従うだけだ。その相手もこの都市に住むような気のいい武人達ならば、コキュートスとしても気持ちが良い。しかしナザリックの同僚たちの大半は違う。仲が良いナーベラルにしてもそうだが、基本的に外への敵意は半端ではない。
──モモンガ様ニ従ウ奴隷……セメテ王トシテ崇メ奉ル民トシテナラバ、ナーベラルヤソノ他ノ僕モ納得ハデキヨウ。ダガ友トナルト、ソレハモモンガ様ト同格ダ。同格……実際ニコノ地ノ王者ト手合ワセシ、ソノ強大サヲ身ヲ持ッテ実感シタ私ニシテモ、モモンガ様ヤ武人建御雷様ト同格カト問ワレタラ、少シバカリ心ニシコリガ残ッテシマウ。我ラナザリックノ僕ニトッテ、至高ノ御方々ハ絶対ノ存在……悩マシイ。私ガヤリタイト思ウ鍛錬ハ、トモスレバソノ絶対ヲ裏切ル行為。武人建御雷様……貴方様ノ盟友デアルモモンガ様ヲ守ルタメニ、私ハドウスレバ──
外への敵意を持つ同僚たちは、例えばリ・エスティーゼの者らがモモンガと肩を組んだりしている姿を見れば心穏やかにはいられないだろう。もしも間違って襲撃でもしようものなら……返り討ちにしかならない。太陽王を抜きにしても、市井の一般人がセバスと二本勝負をして一本は取れる手合いなのだ。100レベルの僕以外が、彼らと争えば確実に死ぬ。
そして、もし裁判となれば先に手を出したナザリックの方が罰せられてしまう。それが秩序が定められた連邦の法だ。言い方は悪いが、リ・エスティーゼの武人が嫌う一方的に決闘を突きつけるのと大差がない行為。
それらを抜きにしても、デミウルゴスが危機感から口にしたこの世界の脅威度に対する備え。それすらも今のナザリックには存在しない。
……認めるには業腹ではあるが、コキュートスは己の弱さを自覚してしまった。籠城戦ならナザリックの防衛システムを使えるが、ナザリックの外では個人の強さにしか頼れない。なのに、この世界にはユグドラシルの100レベルを遥かに上回る猛者が存在する。もしも、もしもだ。エ・ランテルで依頼を受けたモモンガが行った先に、太陽王級の外敵が陣取っていたならば……
コキュートスは己の手を見る。偉大なる御方から受け賜わった、外骨格の太い腕を。モモンガがもしも危機に陥ったなら、そこからお救いするのに相応しいと誇らしく思っていた四腕は……当人の目にちっぽけに映ってしまった。
自分の手と腕をじっと見つめるコキュートスが、何を考えているのか。大体の予想はつくセバスはその気持ちに共感し、アウラもまたコキュートスとランポッサの模擬戦で思うところがあったのか難しい顔をしながら考え事をしている。それはモモンガも同じ。推測に過ぎないが、コホルスレイドボス級まで実力が伸びる一例を目の当たりにして、外の脅威に備えようとしているデミウルゴスやアルベドをどうやって説得したものかと頭を悩ませる。
四者一様に同一の問題に頭を悩ませながらも、いつかは進む足も止まる。全員が辿り着いたのは宮殿の一室──武器倉庫で、ここに件のブレインがいるらしい。コンコンと戸を叩きながら、失礼しますとモモンガが入室。
「ん? 誰だあんたら?」
槍の穂先の手入れをしていたブレインが顔を上げる。宮殿では見ない顔が四人も並んで入って来たので、彼は若干の警戒心を顔に滲ませながら、疑わしい眼を向けてくるのであった。
レイド:6人1チームx2で行う
ケントゥリアレイド:6人1チームx3で行う
マニプルスレイド:6人1チームx4で行う
コホルスレイド:6人1チームx5で行う (モモンガさんのランポッサ推定戦闘力がこの辺)
レギオンレイド:6人1チームx6で行う(ワールドエネミーが分類されてるのはここ)