「コレガ……私ノ悩ミダ」
ブレインが気づいたように、己は被造物である。被造物である己が、果たして創造主の意向に逆らって自らを鍛え直しても良いのかどうか。そんな悩みだ。
この相談はナザリック全体の弱みに成りうるので、モモンガとしてはさせたくはなかった。けれどブレインが聞く体勢に入ってしまい、コキュートスも頑として動こうとしない状況ではさせない方法がない。
<魔法抑止領域>により魔法が使えないモモンガではコキュートスを動かせず、アウラやセバスにさせようにも下手に暴力沙汰にしたらブレインが確実に止めに入る。それに相談を聞いてくれる姿勢を取ってくれたブレインの目の前で、モモンガが打ち切らせるような真似をするのも大変失礼。そんな事情から最後までコキュートスは語り終え、モモンガ以外の三人はなるほどなと頷く。
まず真っ先にそれかぁ……と反応したのはアウラだった。
「マーレも悩んでたな。自分の服装を変えても良いのかどうかに」
「ソウナノカ?」
「うん。モモンガ様の話を聞いてからね」
女装はハゲマッチョの奇行……その話を伺って以来、マーレは自分で服を選んで良いのかどうかに悩んでいた。ナザリックにはぶくぶく茶釜が用意した、マーレのための服が大量に保管されている。けれどその大半は、創造主の男の娘萌えが爆発した産物。
マーレ当人の美的感覚としては不味い代物ではないのだが、行く先々でなぜ? と反応されると、何か間違っているのだろうかと不安になる……偉大なる御方から受け賜わった衣服に対して、不安を覚えたのだ。
「……そんなことがあったのか」
としかモモンガは言えない。
設定部分に対する行動はNPC毎ににスタンスが全く違う。例えばシャルティアとアウラは仲が悪いと設定されているが、元々創造主がなんやかんや仲が良い姉弟なせいか殆ど機能していない。しかし全設定が無視できるかと言われたら、それも違う。
(シャルティアがエ・ランテルでアンデッドを見かけては、時折発情してたからな……ペロロンチーノさん。なぜネクロフィリアなんて設定を……)
設定に対するスタンスはあれど、今のところNPC達はそれらから完全に脱却はしていない。カルマ値の変動はあれど、僕としての自分にある種の誇りを抱いている。
それ故に、コキュートスの悩みが生じてしまう。現状では、モモンガを守る盾にして剣になりたくてもなれない。その為には自らを作り直さなければいけないが、その行為は創造主を裏切ってしまうのではないかと怯えに繋がる。
モモンガはそんなことはないと言おうかと思った。建御雷さんはそんな事で怒る人じゃないと。けれど……言う直前に、本当にそうだろうかとモモンガは自問する。
(許可を得ずに、勝手に……俺が言えた義理じゃないか)
想像の人物に遠慮して、何も出来なかった。それはモモンガにも当てはまってしまうが故に、言葉を失ってしまう。
ナザリックの宝物庫に山のように積まれている大量の財宝。あれらはかつての想い出だ。みなで集めた、ユグドラシルでの大切な想い出。今は維持資金問題もほぼ解決しつつあるので気にはしていないが、当初はあれも切り崩さないといけないのだろうかとモモンガは戦々恐々としていた。
なにせあれは全員で集めた財宝なのだ。それを独断で使用するなど、ギルドの理念に反している……アカウントを消してまで辞めた者らに遠慮して、モモンガはよほどの理由がない限りあれに手を付けるつもりはなかった。
結局のところ、モモンガもそうだった。俺なんかが勝手に、独断でそれらに手を付けてはいけないと自縛しようとした。
(そうか……NPCにとって、己の在り様は財宝なんだな……地球とこの世界を繋ぐ手段が確立されるまでは、絶対に会えない親からの大切な贈り物。それを自分の意志で変更する……俺にとってのアインズ・ウール・ゴウンが、この子達の設定なんだ)
自らのアイデンティティがそこにはある。ルーツと呼んでもいい。
ユグドラシルがDMMOであることを知る人間からすれば、些細な問題かもしれない。それこそゲームを離れていった人や、そこまでのめり込んでいなかったライト層からすれば、しょせんはただのデータ設定だ。
しかし当事者からすれば、己が己であることを証明する要素そのもの。ゲームからは引退した創造主達にしても、NPCの製作には時間をかけ情熱を注いでいる。マーレの男の娘にしても、そこにはぶくぶく茶釜の暗い情念がこれでもかと費やされた。
仮にデスリビルドを行うのならば、それは過去の否定だ。創造主が敷いてくれた道を外れ、己の意志で今と明日を選ばなければならない。
モモンガ様のためになとど、
アウラもセバスも、デスリビルドが何なのかをコキュートスの口から聞いた。自分達100レベルのNPCが、更なる領域──ブレインやランポッサが立つ場所に到達するための切符。けれどその切符を買うには、創造主の想いを裏切らないといけない。
だから、どうコキュートスに声をかければいいのか悩ましい。安易にやりなよとは、とてもではないが答えられない。仮にナザリックのNPCでコキュートスにそれを言えるとしたら、創造主であるタブラにくたばれと中指を立てられるアルベドか、モモンガから直接言葉を賜れるパンドラぐらいだ。
言葉を無くすナザリック組とは裏腹に、ブレインは自分なりに熟考して──
「創造主……つまり親だよな? 親に、こう育ちなさいと決められて、育ったのが旦那……てことか。けど、そんな自分の在り方に疑問を持って、悩んでる、か。モモンガさん、あんたに聞きたいが、旦那の親と友人なんだよな? あんたから見て、旦那の親は決めた道を進まないと、気分を悪くするような人物だったのか?」
「違う……とは思う。私も建御雷さん……コキュートスの親だが、あの人の全てを知るわけではないが、そんな人ではなかった。強さに憧れて、とある人に勝ちたいと大量の武器を作成し、ずっと挑み続ける豪放な人物だった」
武人建御雷。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの古株の一人で、モモンガとの付き合いも長い。リアルでもオフ会で顔を合わせたことがあり、良い人だった。それを知っているモモンガではあるが、人となり全てを知るかと問われたら違う。コキュートスを作成した時に、どんな感情で彼を産み出したのか。今となっては、シャルティアぐらい事細かに聞いておけば良かったと後悔するが、それは後の祭り。
しかしブレインは豪放と聞き、ついで強さに憧れたと聞いて──
「偉大な神様がいて、そいつに命を貰ったから絶対に言う事を聞かなきゃいけない。それは違うと思うぜ」
自分の意見を述べた。
「……ナゼ?」
「親がいなけりゃ子は産まれない。俺も親がいて、その人達に育てられて大きくなった。普通に生きてりゃ、俺は農村で跡取り息子になってたはずだ。けど、今じゃこうやってこの国で一番強い人の元で、直弟子として働いている。親に決められた道なんざなかったが、最強に焦がれてここにいる。それは自分で選んだからだ。決して、誰かに決められたわけでもない」
最強。そんな単純な言葉に想いを馳せ、武神祭に参加し、一度はランポッサの強さにへし折れて……その後は弟子になれと言われて、
「……ソレハコウアレト定メラレテイナカッタカラダ。創造主ノ想像ヲ裏切リ、違ウ自分ヲ選ブナド僕トシテ恥ズベキ行為ダ」
「魔法生物として産み出された矜持ってやつか? それを肯定することを悪いとは思わねえが、結局旦那は苦しんでるんだろ? 今のままじゃいけないって。ならよ……自分で選ばなきゃ、生きる上で損じゃねえか?」
損……そう言われて、コキュートスはそうなのだろうかと沈む。僕のアイデンティティは、いかに至高の御方の役に立つかだ。至高の御方がいるから、NPCはNPC足り得る。偉大なる命の元に、かくあれかしと定められた設定で以てお仕えする。それこそが唯一にして、最大の理念。そこには己の意思決定など不必要だ。
しかし、しかしだ──
「私ハ……モモンガ様。御命令頂ケレバ……今スグニデモ、デスリビルドヲ──」
「…………………………」
モモンガは黙る。個人的心情としては、生まれたての赤子である彼に死ねなどと言えない。さりとて、組織のリーダーとしては、備えとしてのリビルドは必須。どうあがいても、モモンガにしても辛い選択肢になる。だから……何も言えない。
黙るモモンガを見て、コキュートスは俯いてしまう。もしも汗腺があるならば、コキュートスは全身から汗を出していただろう。安易な命令にも逃げれない。ただただ、自分が選ぶかどうかの岐路に立っている。
親から与えられた過去から続く道を進むのか。それとも、己の意志で新たな道を開拓するのか。そんな難しい選択肢……
アウラとセバスは、自分の心臓が掴まれたかのように委縮する。同じ僕だからこそ、今のコキュートスに突きつけられている選択肢の重さに共感してしまう。今を選ぶのか、それとも過去を選ぶのか。それはエ・ランテルで、モモンガの目の前に出された問題──過去の想い出に縋るのか、それとも今を創る彼らに迎合するのかに近い問題。
頭がパンクしそうなほどに悩むコキュートスに対して、ブレインはさらに言葉を続けた。
「……今までを否定するってのは辛いよな」
「? ブレイン殿ニモ、ソンナ事ガアッタノカ」
「あるさ。それこそ、師匠にボコボコにされた武神祭がそうだ。自分が培ってきた何もかもが否定されて、一切通じない。弟子になってからすぐに課された課題は、限界まで死ねだぜ? とんでもねえよ」
当時を思い出したのか、ブレインは懐かしそうに語る。
「……当時の俺は、蘇生に否定的だった。蘇るよりも、死なずに生き抜くことこそが正答。そう信じてた。仮に自動蘇生が働いたとしても、絶対に拒否してやろうと……けど、本当に強くなるためには、そんな心情を捨て去らなきゃいけなかった」
それでも……最強へと到達したい。それを目指したいブレインは、自らの意志で今までを捨てた。新しい自分に挑戦し、辿り着きたいのだと──
「コキュートスの旦那。旦那がどんな風に、その創造主に産み出されたのかは俺には分からん。何を想い、何を成して欲しいと願ったのかもな。けどな、そんな俺にも一つだけ分かる事がある。なぁ、モモンガさん。一つ聞きたいんだが、さっき建御雷って人物は、とある人に挑み続けてたと言ったな。そのある人には勝てたのか?」
「……いいや。勝つ前に、ある人はこの世を去った。だから勝てはしなかった。もしもある人が去っていなければ……今でも挑み続けて、ブレイン殿と同じように最強になろうとしてただろうな」
「そうか……その建御雷なる戦士は、諦めないタイプだったか……なぁ、旦那……今の話を聞く限り、その創造主は、今の強さに満足して鍛錬を止めるようなやつじゃなかった。誰かは知らないが、それを超えようと苦難の道を選べる戦士だった。それなのに、旦那はその戦士が決めた道だけを歩き続けるのか?」
「!?──ソレハ────」
建御雷が誰かを超えようとしていた。その話も初耳だが、現状に満足せず鍛えようとしていたという話も初耳だ。なにせ、コキュートスにとって武人建御雷とは、最強の戦士なのだ。それが最強ではないと言うのもショックだが、それ以上に困難に立ち向かおうとすると言うのも──
「これは俺の持論だけどな。他人が決めた道を歩いたって、そいつは最強にはなれねえ。なにせ、日々ほかのやつも鍛えているんだ。なら、それに合わせて自分で常に切磋琢磨し、状況にあわせて鍛えないと意味がねえ」
「……己デ選ブコトガ……肝要ダト?」
「そうだ。これは俺の場合だが最強になるために腕を磨いている。旦那は、何がしたくて強くなりたいんだ?」
自分がどうなりたいのか。どんな強さが欲しいのか。コキュートスは己に問う……答えなど決まり切っている。
「……決マッテイル。モモンガ様ヲ、アラユル艱難辛苦カラモ守リ切レル強サヲ。コノ世ノ全テガ敵ニナロウトモ、必ズヤオ守リ出来ルホドノ絶対的ナ強者。ソレガ私ノ求メル強サダ」
「へぇ……そいつはかなり難しいぜ。この世の全てってことは、その中には師匠もいる。師匠を超えるってことは、最強になりたいと同義だ」
「分カッテイル。ソレデモ……カツテ武人建御雷様ガ夢ミタソノ場所ニ立チ、モモンガ様ノ御役ニ立チタイ。ソレガ、今ノ私ガ目指ス理想ダ」
「コキュートス様……」
「あんた……建御雷様の想いを断ち切れるの?」
「断チ切リタクハナイ。ダガ、結局ノトコロ、私ガコウシタイト言ウ願イハ……心ノ底カラ湧イテクルノダ」
悩む時点で、コキュートスの答えは既に決まっていたのだろう。憧れは誰にも止められない。なにせ彼の創造主は、最強に焦がれた武人建御雷なのだ。その要素を引き継ぐ彼が、どうして格上を知って我慢できるのだろうか……
その様子を見て、ブレインは──
「こんな言葉を知ってるか? 竜に育てられた戦士は、いずれ竜すら討つ。造られたか育てられたかの違いなんて関係ねえ。旦那の創造主が最強を目指したと言うなら……旦那も目指して、辿り着いてみせろよ。俺の弟子になるってんなら、まずは俺を超えてみせろ。それが弟子の務めだぜ?」
「オ前ハ……超エルツモリナノカ? アノ恐ロシキ太陽王ヲ?」
「当たり前だろ。ガゼフよりもなお先に。師匠すら超えて頂きへ。一度刀を握ったなら、そこに辿り着かなきゃいけねえ。師匠も、もう69歳。いつまでも生きていられるほど、人間の寿命も長くはない。だから教えてやるんだよ、あんたが育てた弟子はこれだけ強くなったってな」
藍より出でて藍より青し。己が剣を鍛え国の礎の一つとし、武神祭で見出し育ててくれた礼に返せるものなど、師を超えることしかない。憧れに追いつくでは駄目なのだ。憧れすら追い越して、自分が新たな境地に立たねばならない。
「切磋琢磨して、新たに道を見出す。連合国の流儀はより良き未来のために、手を取り合って進む。なら、俺は師匠やガゼフと共に……今以上の未来とやらを形作ってやるだけだ。旦那が自分で選ぶと言うなら、今度は断らねえし帰れとも言わねえ。最強とやらへの手助けをしてやる」
ブレインが手を差し出す。今度の握手は最初の握手とは違う。これを掴むならば、ブレインは容赦なくコキュートスを殺すつもりだ。殺して、新たな自分になる為の手助けをする。
その様子を見ながら、モモンガは止めるべきか判断に悩んだ。友の忘れ形見を守る者としては、必要以上にコキュートスを害させてはならない。例えそれがコキュートスの悩みであり、心からの発露だとしても。
それに戦士としての矜持を説かれたとて、モモンガは戦士ではない。仮に戦いに赴くのであれば、勝率を100%にするためになんでもする。どんな手段を使っても良いから勝つ。それがモモンガの戦い方だ。
翻ってみれば、最強の在り方に拘るコキュートスのそれは褒められたものではない。それに今すぐデスリビルドを選ぶと、ナザリックの戦力低下に繋がる恐れがある。
だから止めよう。ここで自分が泣き真似をしながら止めれば、コキュートスはきっと立ち止まる。そう思い──
(──行け)
声は出ず、心の中で違う言葉が発せられた。
(被造物などでは断じて違う。かつての黄金は今も生きている……そうだ。お前達しもべは生きている。生きて──)
なんとなく。なんとなく、モモンガは今のコキュートスを邪魔してはいけないと感じた。ここで静止させるのは簡単だ。けれど……歩き出そうとする彼を……NPCではなく、PCのように自らの意志で決定させようとするその姿を、邪魔してはいけないと──
(俺はNPC達を、どこかで子供のように思って……でも、そうだ。違う。子供のように思っているなら、たぶん邪魔しては駄目なんだ。プレイヤーのようにカルマ値が変動するこの子達は、自分で選ばないと駄目なんだ)
──自分で進むんだ
それは一つの祈りかもしれない。輝く想い出の中に停滞を選びかけた彼が、新たな世界の優しい住人に触れて前に進もうとしたように……意思持たぬ筈の被造物は、自らの在り方を自らで定義しようとする。誰かに与えられた設定は、ある種の方向性に過ぎない。自らがどこに行きたいのか、どうなりたいのか。そうだ、いつだって──
(自分で選ぶんだ)
創造主がそうだから……主がそう言ったから……そうやって停滞したら最後、誰も前に進めなくなる。幾億の屍を踏み越えて、今より良き未来を形作るのは、自らが選んだ選択肢。
しかし、コキュートス自身が選ぶ道を進もうと決めたなら……もう誤魔化せない。設定でこうだから、ナザリックの僕だから……そうではなく、心の底から生じた在り様。意志ある生物だけに赦された、選択を選び取る権利。
だから、見守る。ここにはいない、彼の創造主に代わって──
(建御雷さん……貴方がここにいたら、どうしていましたか? やっぱりやめなさい? それともコキュートスの意志を優先させた? ……そう言えば、昔たっちさんが言っていたな。可愛い子供の毒親にはなりたくないとか。たっちさん、ここで俺がコキュートスの道を決定させたら、それは毒親なんですかね? もしかして、セバスの設定が少ないのは──)
自らの意志を口にするコキュートスを見守るセバスに、モモンガは目をやる。正義に憧れ、しかしディストピア世界では企業を守る警察官にしかなれなかった彼は、何を想いセバスを創造したのか──
そこまでの事情はモモンガは知らない。それでも、NPC──誰かが定めた人形の枠を超えようとするコキュートスを見守る。
コキュートスは……自分の手を一瞥して──ブレインの手を掴み取った。
選んだ道は茨かそれとも……
次回ナザリック式リビルド回