「ここが異形種向けの、魔術工房兼魔術組合か」
武器工房から歩いて20分。モモンガ一行が一つの建物の前にいた。建物はこじんまりとしており、工房街の中でもかなり小さい部類だ。入口らしき場所には看板がぶら下げられており、モモンガが眼鏡で読んだところ『ズーラーノーン』エ・ランテル支部と書かれている。
入口には特に鍵などもかかっていなかったが、一応ノックをしてからモモンガは建物に入る。
「ごめんくださーい。誰かいますか?」
中はカウンター式酒場のようになっており、何かしらの液体が詰められた瓶がカウンター奥の棚に並んでいる。モモンガがざっとみたところ、カウンターだけでなく左手にはソファーと商談机のような物が置かれ、右手には湾曲した階段があり上階へと通じている。中の広さは外観から想像するよりも、僅かにだが広いようにモモンガは感じた。
(マジックアイテムによる空間拡張っぽいな)
外見よりも内部が拡張されているのは、ユグドラシルだとそう珍しくもなかった。モモンガが使う<要塞創造>で創られる要塞も内部は魔法拡張されているし、『グリーンシークレットハウス』を代表とする持ち運べる拠点アイテムも、大抵中は広く作られている。なので、内部を拡張する何かしらの手段があるのだとモモンガは推察した。
「ん? 誰じゃこんな工房に」
中に入り周りを見ていたモモンガ一行の声を聞いてか、カウンターの横にあった扉から誰かが出て来た。その誰かはモモンガのようにスケルトンであり、血が渇いた時の黒色をしたローブを着込んでいた。
「失礼。あなたはここの魔術工房の人だろうか?」
「人ではなくアンデッドじゃが……ここの工房を預かる者じゃ。おんしもアンデッドで……そっちのお嬢ちゃんもアンデッドじゃな。残りは人間種か?」
「私は
「亜人に異形に人間……そちらのお嬢ちゃんが真祖? にしては、随分と可愛らしい外見をしているな」
スケルトンはシャルティアをまじまじと観察する。通常真祖とはユグドラシルでは醜悪な見た目をした怪物で、およそシャルティアのような長い銀髪に整った少女の顔をしていない。それはこの世界も同じなのか、工房のスケルトンは物珍しそうにしていた。可愛らしいと言われてまんざらでもないのか、シャルティアはふふんと髪を靡かせている。敬愛すべき御方───ぺロロンチーノに与えられた美貌は、彼女の自慢なのだ。
スケルトンの反応から、こちらの真祖も醜悪な見た目なのだろうかと思い、モモンガは一つ質問をしてみた。
「真祖を知っているのですか?」
「知るも何も、この工房にも一人在籍しておるからな。そやつも吸血鬼だった頃は別嬪だったそうじゃが、真祖になってからはえらい見た目が変わったらしく、嘆いてた時期があるそうでな」
(吸血鬼が別嬪? 吸血鬼の花嫁ではなく、吸血鬼が別嬪、つまり可愛らしい見た目をしているのか。しかし真祖は見た目が違う。中々おもしろい情報だな)
「まぁよいか。儂はモモンガと同じオーバーロードでカジット。カジット・デイル・バダンテールじゃ。それで? 我が工房に何の用があって来た?」
「私どもは旅の者でして、この都市の探索者からオーバーロードが運営する魔術師組合があると聞き、ここがそうだと思い寄らせて頂いたんです」
「エ・ランテルでオーバーロード。なら、確かにここで合っておるな。なんじゃ、お主も魔導の探求をする口か」
「ま、まあそんなところです」
「ならば無下にするわけにもいかんな。立ち話もなんじゃ、そこに腰掛けい」
魔導の探求と言われても、モモンガは別に魔法の研究者ではない。この世界になぜ位階魔法があるのかや、この世界に独自の魔法があるのか。また、ルーンという魔法技術らしき代物など興味は尽きないが、今はその辺りは脇に置き、カジットの勧めに従って全員で席につく。ちなみにモモンガは下座に座った。あくまでも話を聞きに来た人の体だから。それを見て僕4人が上座じゃないことにざわつきそうになったが、モモンガが自発的に座ったのでギリギリ納得はしたのかグッと堪えていた。
(やっぱり、俺が誰かに下に見られる行為は嫌だけど、俺が自分から行う分にはまだ我慢できるんだな。あんまりやり過ぎても、威厳がないリーダーとして見られるかもしれないから、良い塩梅を探さないといけないが)
「おんしらは旅の者、と言うておったな。どこから来たんじゃ?」
「ユグドラシルという大陸です」
「……ユグドラシル……はて。どこかで聞いた名前じゃな」
「えっ! ほ、本当ですか!?」
とりあえず世間話といった風にカジットが切り込んできたので、モモンガはユグドラシルを大陸扱いにして軽くジャブを打ってみた。そうしたらまさかの知っている風な反応をしたので、思わずモモンガは強く反応してしまう。
「えらい剣幕じゃな。旅先で、自らの故郷の名が出て懐かしくでもなったのか?」
「え、あ……すまないカジット殿。どうも、過剰に反応し過ぎたようだ」
「気にしとらんからええわい。それで、ユグドラシルの事じゃったな。たしか何かの本に載っておったような……ああ、あったあったこれじゃ」
カジットが虚空に手を差し入れると、手首から先が空間に消えてしまう。何かを探すようにごそごそと手が動き、暫くしたら引き抜かれ、手には一冊の本が乗っていた。アイテムボックスを探る動きに近く、モモンガは今のが検問所で聞いた<
「その本は何ですか?」
「儂は元々スレインの出でな。旅人でも聞いた事があるかもしれんが、あの国では六大神が祭られておる。これはその六大神に纏わる内容が記された一冊で、何ページじゃったかな、ええと……このページを読んでみると良い」
「拝見します」
カジットから本を受け取ったモモンガは、眼鏡をかけて読んでみる。内容としてはその昔、天から六柱の神が降臨し人類に叡智を授け、弱かった人間達を保護し彼らが村───今では法国と呼称されるスレイン村を興すのを手助けした、だ。そして神々───のちに六大神と呼ばれる神々は、天の世界である『YGGDRASIL』に住まわれていた。
「その謎の文字は六大神が直接遺された物で、どう読むのかについては未だに議論があるが、一説ではユグドラシルではないかと言われておってな。おんしのユグドラシルとどこまで関係があるかは知らぬが、何かの参考にはなるかの?」
「……関係がないかもしれません。天の神様と言われても、心当たりがありませんので」
「じゃろうな。ユグドラシル呼びもしょせん一説でしかなく、未だにどう呼ぶのかは議論の的じゃよ」
一人納得するカジットだが、モモンガは内心険しい顔をしていた。『YGGDRASIL』。文字でやり取りするときにはカタカナのユグドラシルで表記するが、ゲームタイトルとしての正式名称は英語表記だ。眼鏡を外しても本の表記は英語のままで、異世界の言語の中に英語が混じっている形として本には記載されている。
(六大神とやらは俺と同じプレイヤーの可能性が高い! けど弱かった人間って何のことだ。俺がみたところ、この世界の人間種はそこそこ強いぞ。そのプレイヤー達は俺より強くて、50レベルは雑魚に見えた? それとも昔は人間が弱かった? カジットさんに聞いてみるか)
「カジット殿。この六大神が降臨したと言うが、いつ降臨したのかの記録などは残っているのだろうか?」
「600年前じゃよ」
「600年……この本には、人間が弱いと書かれているが、私が見る限りではこの街は非常に発展し、通りを歩く人は皆一様に活気に溢れ、とてもではないが弱いという表現が似合うようには見えない。大昔は、人間が弱かったのだろうか?」
「それは分からんな。当時を知る者は生きてはおらん。記録として残っておるのは、人間種は弱いから一致団結し生きよ。という、法国の理念ぐらいよ」
「そうですか……」
少し落胆するモモンガだが、推定プレイヤーの六大神が600年前に転移したのが分かっただけでも良しとするかと決めた。それと同時に、当時を知る者はいないと言うカジットの物言いに、おやとモモンガは首を傾げる。カジットは見たところ、どの角度から見てもアンデッドだ。アンデッドはもう死んでいるのだから年を取らない不老の存在。それにオーバーロードはユグドラシルの種族テキストによれば、千年近く彷徨ったアンデッドなる記述もある。もしもオーバーロードであるカジットが千歳なのであれば、それを知っているのではと……
「カジット殿は当時まだ生まれていなかったのですか?」
「ん? ああ、儂が当時を知るアンデッドではないかと思うたのか。残念じゃが、儂は人間種から転生の儀をしてアンデッドになった身。まだ42歳の若輩よ」
「も、元人間?」
「おうとも。儂はとある魔法に関する研究をしており、人間の身では寿命が足らぬと感じ、不老不滅のアンデッドになることを決めてな。儀式を経て
「あ、私は33で───あ」
「なに? 儂より年下じゃと!?」
素で自分の年齢を言ってしまってから、やっべとモモンガは焦るが既に時遅し。モモンガが33とかなり若いと知ったNPC達もざわめき、シャルティアやアウラなどは思わずソファーから立ち上がっていた。
「モモンガさ───モモンガさんが33歳! あたしより年下なんですか!?」
「なんと!……なんと……」
「も、モモンガさんより、僕の方が年上?……」
「なっ! なら、私とモモンガさんが同衾したらおねショタになりんす!!?」
「なぜ儂だけでなく、お仲間まで驚いてるんじゃ!」
NPCからの驚きの声に、モモンガは焦る。焦るがしかし、精神安定化が冷静さを取り戻してくれる。冷静さを取り戻したところで、頭をフル回転させるのは変わらないが。
(まずい! NPC達の俺への忠誠心を見る限り、どうも長き時を生きる存在っぽい勘違いをしているのは明白! そこで俺が実は若いとなったら、内心失望されるかも……考えろ。考えるんだ。何か起死回生の一手を………………カジットさんは元人間種。元人間……ナザリックの人間嫌い……そ、そうだ!)
「すまない。少し誤解を招く言い方をしてしまったな。33歳というのは、私の享年のことだ」
「享年……という事は、おぬしは生まれついてのアンデッドではなく、後天的にアンデッドになったのか」
「その通り。生前の私は、人間であったが、死亡し、気が付いたら
「モモンガさんは元は人間だったんですか!!」
「うん? そう言えば、これはお前達には話したことがなかったか」
驚きのあまり間違った郭言葉を忘れたシャルティアに対して、モモンガは俺は元人間だぞとアピールする。びっくりして口を開けるセバスやアウラ達だが、驚いているだけで嫌悪などの感情は見受けられない。そのことからモモンガは、自分の発想の賭けに勝ったのだと確信する。
(よし! カジットさんのおかげで、自然と俺が人間だったことを教えられたぞ! 元人間になんて仕えてたまるかとか言われる可能性もあったが、嫌そうな表情をしていないし大丈夫……かも)
表情だけで感情が全部分かるスキルをモモンガは持っていないので確かなことは言えないが、これは必要な行為。なぜならNPCのナザリックに属さない者に対するある種の見下しや嫌悪は、この世界で生きる時に邪魔になる可能性が高いとモモンガは考えていた。もしも面と向かって、シャルティアやアルベドのように下等生物などと呼んだとしよう。言われた相手は嫌な気持ちになり、場合によっては喧嘩になることだってある。
その時実力差があるならまだしも、モモンガが確認した限りでは数の暴力に訴えられたらまずいぐらいにはこの土地の住民は手練れだ。まだ全てのNPCは確認できていないが、例えばオーレオールという100レベルを除けば、全員50前後から60前後しかない
「私が人間だった頃の話は、また今度家に帰ってから詳しく語ろう。それよりも、カジットさんは儀式でアンデッドになった。そういう事をする人は、珍しくはないのですか?」
「儂が知る限りでは珍しいな。先も言ったが、儂は元法国の民。あの国では連邦ほど死霊術の研究が盛んではなく、アンデッド化すれば白い目で見られ、迫害されてもおかしくはない。それで国を出たぐらいじゃよ」
「六大神信仰の本山……連邦では、六大神は信仰されていない?」
「多少はおるじゃろうが、人間種以外も暮らすこの国で、人間の神を信仰する者は少ない。建国神話に関係があり、幼少期から宗教に触れる機会が多い法国の民と比べて、宗教と関わることもあまりないからの。まぁ、その分信仰系
「そうなんですね」
信仰系が少ないと聞いて、その理由をモモンガは思考。
(信仰心がないと、この世界では信仰系統の魔法を習得出来ない、とか? 直接聞きたいが、それで疑われるのも避けたい。今はこれも胸の内に留めておくにするか)
そこからもカジットからはそれなりに有益な話が聞けた。旅の人間なら、ここを見ておいた方がいいという観光スポットや、アンデッド向けの療養所として巨大共同墓地にある地下神殿なども教えてもらう。他には『漆黒の剣』が在籍する探索ギルドの場所や、他にも都市周辺のモンスターを狩る傭兵ギルドなども。
「おお、そうじゃ。おぬしは元人間であれば、料理などが恋しいと思う瞬間があるのではないか」
「料理……あまりないですね。生前は貧乏で、大した味の物を食べる機会も少なかったもので……」
「なんじゃ、そうなのか……アンデッドになってから、何かを味わいたいと思ったことは?」
「ない……と言えば嘘になります。けれど、この骨の体では味わうも何もないですからね」
ははと笑うモモンガに対して、カジットはちょっと待っとれとカウンターまで行き、何かを取って来た。カジットが持つのは、喘息の治療に使われる吸入薬に似たケースだ。
「それは?」
「こいつはのう。味覚を持たないアンデッドでも、甘いや辛いなどを味わえるマジックアイテムよ」
「なにそれすごい」
モモンガは素で凄いと答える。
「料理の味とは、味覚・視覚・嗅覚から成り立つ。その内大抵のアンデッドにも、嗅覚と視覚は存在する。これには特殊な調合を施した液体が詰められており、この上のボタンを押すと霧状になって噴射する。こいつをこうやって───」
カジットは鼻のある部位に吸入薬を押し当て、一度噴射。霧はカジットの頭蓋骨内に振り撒かれ、甘い匂いをさせる。
「嗅覚を刺激する事で、疑似的に味覚があるように感覚に錯覚を起こさせるのよ。お主も一吸いしてみろ」
そう言ってカジットがモモンガに吸入薬を差し出してくる。初めて来た場所で、何かしらの液体を吸うというのはモモンガには少し抵抗がある。彼が毒に対する完全耐性や、肉体ペナルティ耐性を持つのはNPCも存じているが、それでも何かしらの毒物かもしれないとセバスなどは警戒心を持つ。
しかし味わえるというのは少し興味がある。吸入薬による味は料理と言うにはほど遠いが、リアルの鈴木悟時代には栄養剤や牛肉とラベルされたチューブを啜っていたので見た目への抵抗はあまりない。
モモンガは少し迷った末に受け取り、恐る恐る鼻の位置で噴射した。
「!! うまッッッ!!」
口内にふんわりとした甘みが広がる。カラメルのような香ばしさと、ウッディな香り。舌など今のモモンガにはないのに、まるで味覚を感じる器官が生えてきたかのよう。驚きのあまり精神安定が起きるが、それで甘味が消えるわけではない。モモンガはこの世界に来てから感じていなかった、生の旨味とでも言えるそれに酔いしれ、ちょっとばかりトリップしていた。
「も、モモンガ様! どうされたのですか!!」
「貴様!! モモンガ様に何を吸わせた!!!!」
しかしセバスがその様子を見て慌てふためき、シャルティアが標準語でブチギレ始めたのですぐさま気を持ち直し、モモンガは彼女を止める。
「待つんだシャルティア! これは毒物などではない! ただ……ただ、久方ぶりの甘味に、我を忘れていただけだ」
「……そうなんでありんわす?」
「ああ。これはかなり旨いぞ。お前も吸ってみればいい。確かシャルティアも味は分からないんだよな」
シャルティアは吸血鬼。液体を吸うためかアンデッドの中では珍しく飲食が可能なのだが、汗や血などの体液以外は味を感じない体質をしている。なのでシャルティアもこれなら味が分かるのではないかと思い、モモンガは勧めてみたのだ。
シャルティアは主であるモモンガからの申し出を断ったりなどしない。素直に受け取り、一吸いして───
「美味いでありんしゃ! これが味……でありんすか!!」
「だろ! 俺、こんなのを味わうのなんて初めてだぞ!! そうか、シャルティアは初めてか。これはな……『甘い』って言うんだよ」
普段使っている一人称私すら忘れて、シャルティアの感想に同意するのかはしゃぐモモンガ。シャルティアも味なんて初めてなのか、ちょっと興奮していた。
常にないはしゃぎ方をするモモンガを見て呆気に取られるマーレと、そんなに美味しいんだろうかとアウラはシャルティアの手から吸入薬を取り、自分も吸ってみた。
「メープルシロップ? にミルクと卵かな。バターっぽい風味もするし……パンケーキかも」
普段からナザリックでそれなりに色々と味わっているアウラは、二人ほど感動はないのか冷静に味を分析していた。それよりも、偉大なる御方であるモモンガがシャルティアと一緒にキャッキャしているのを見て、セバスにこっそりと耳打ちする。
「ねぇ。なんだかモモンガ様の様子がおかしくない? あんなの初めて見るんだけど……シャルティアもモモンガ様相手に、なんだか馴れ馴れしいし」
「……そうでしょうか。シャルティア様はさておき、私が知るモモンガ様はいつもあのような方でしたよ」
「そうなの?」
「はい。モモンガ様は我々のために支配者として振舞ってくれていますが、本当のモモンガ様はお優しい方です。それはアウラ様も御知りでは?」
「そりゃぁ……そうだけど。闘技場に集まった時も、あたしやマーレの事を気遣って、自らお飲み物を入れてさしだしてくれたけど」
「私の知るモモンガ様は、いつもロイヤルスイートで至高の御方……我が主であるたっち・みー様や、シャルティア様の創造主であるぺロロンチーノ様と共に、楽しそうに談笑している姿ですよ」
それは遠い過去の記憶。まだNPCだったセバスは、廊下などをギルドメンバーと共に楽しそうに歩くモモンガの姿を見ていた。今のようにくだけた口調で、遊んでいる光景。それがセバスの知るモモンガなのだ。
「これはほんとうにすご───うん。まぁ中々だな」
我を忘れて楽しんでいたモモンガだが、いつもの精神安定により平常に戻る。戻った事でNPCの前でそんな態度になっていたのを恥じ入り、内心では顔から火が出そうなくらい真っ赤になっていた。
「すまないな、カジット殿。つい我を忘れてしまったようだ」
「かまわんが……その様子。モモンガも精神安定があるようだの」
「も? カジット殿も同じなのですか?」
「うむ。アンデッド特有の精神作用耐性のせいか、当初は中々感覚に慣れんかったが、最近はようやく向き合い方も心得てきたところ」
「向き合い方ですか。私はまだ───」
NPCの前でこれを言っても良いのかどうか。悩むモモンガだが、カジットという自分と同じ種族が精神作用の安定化と向き合うというのが気になり、聞くは一時の恥と踏み込むことにした。
「どうも慣れていませんね。向き合うコツなどでも?」
「ん? そうじゃな……ある一定以上の感情になると無理矢理鎮火されるなら、精神修行で自らの感情をコントロールする術を学ぶのよ。法国では信仰系習得のために、心を研ぎ澄ませ精神を安定させる訓練がある。それを応用して、悟りと呼ばれる技術を体得する」
「ほう。何やら面白そうな技術ですね」
「悟りを体得すれば、自らの任意で感情の出し入れも可能になる。そうすれば、精神安定が作用するギリギリのラインで感情を押し留め、いつまでも楽しいや悲しいを体験できる」
モモンガは悟りのことをいくつか質問するが、スキルと言うよりも文字通りの精神修行であり、短時間で獲得できるものではない事を知った。しかし、精神作用が若干鬱陶しいのも事実で、仮に自分の感情の出し入れが自在になれば……
(カジットさんも会得出来ていない悟り。やり方は色々とあるらしいから、法国にいつか赴いて習得してみたいものだな)
ともあれ。カジットからいくつかの話を聞いたモモンガは、『ズーラーノーン』支部を後にした。カジットからはいつでもマジックキャスターなら歓迎すると聞き、今度は手土産でも持ってこようかと思案する。あと、あの味が吸えるマジックアイテムも購入しようと。あれはカートリッジ式で、色んな味を楽しめて、今も新たな味が研究されているらしい。ちなみに、発案者は法国で味音痴を馬鹿にされたアンデッドなのだとか。
魔術工房からある程度離れたところで、モモンガはNPC達に対し───
「すまないな皆。あのような失態を見せてしまうことになるとは……」
失態とは、言うまでもなく甘味美味しいと騒いでしまったことだ。NPCの前では偉大なる支配者として振舞っているのに、あれではただのお上りさんだ。なのでどう誤魔化そうかとするモモンガだが、その前に───
「モモンガ様に失態など! このセバス、久方ぶりにあのようなモモンガ様のお姿を見れて、執事として嬉しい次第でございます!」
「そ、そうか。失態───待て。久方ぶり、だと? 一体何の話をしているのだ」
「たっち・みー様や、その他の御方との交流の話ですが……」
久しぶりと言われても、こちらに来てからモモンガはNPCの前であんな様子など見せたことがない。なのでセバス達にこの場で聞き出したところ───
(はぁ! お前ら全員、ユグドラシル時代のことを記憶として覚えてんの!!?)
デミウルゴスが1500人大討伐隊の話をした時点でモモンガも思い至っているべき案件ではあったが、それだけで気付けなど難しい。しかし聞き出したおかげで、NPCは全員目視していた時に限るが、モモンガやその他ギルメンがどんな様子だったのかを記憶しているのだ。
「で、ではお前達は、ユグドラシル時代の私が、今のように支配者然とした振る舞いをしていなかったことも知っているのか?」
「勿論でございます」
モモンガはそれを聞いて思わず膝をついてしまう。モモンガの奇行にアウラ達がモモンガ様!と驚いているが、彼としてはそれどころじゃない。
(勿論じゃねえ! え? 俺がそういう性格じゃないのを知っていたのに、お前ら全員俺が支配者のポーズをしてんの黙認してたの!!? はぁ? 俺だけ道化師を演じてたってか? はぁ!?)
あまりの事態にモモンガの精神が上昇し、安定化し、また上昇して平常に戻る。
今の今まで、モモンガはNPC達が自分のことを偉大だの崇高だの智者だのと褒め称えるので、彼らが言うに相応しい支配者の態度を取らないと、自我を持つ彼らに愛想を尽かされ失望されると思いずっと演技していたのだ。だと言うのに、肝心かなめのこいつらはそれが違うと知っていた。ふざけるな!?
「なぜ……なぜ私の振る舞いが違うと知りながらも、疑問を持たなかったりしたのだ?」
「そ、その。え、ええと……」
「マーレ。正直に答えてくれないか」
「で、デミウルゴスさんもそうだったんですが。ぼくたちは、最後まで残ってくださったも、モモンガ様が、ナザリック地下大墳墓の支配者として、その、本気を出した姿なんだって思って……」
「デミウルゴスが?」
「はい。我々の気持ちに応えて、最後までナザリックに残りし敬愛なる神が、絶対者たる振る舞いを取ってくださる。これほどの慈悲は存在しないと」
「は?」
「え?」
……暫くして。事態を呑み込んだモモンガは、膝をついたまま空を見上げて黄昏た。
モモンガさんはしゃぐ
カジット:原作では2巻でナーベに殺されたズーラーノーン十二高弟の一人。原作ではアンデッドに成ろうとし、自分の力だけでは届かない事から『死の螺旋』を引き起こしたが、この世界線では普通に実力が身に付いたので法国を出た後自力でアンデッド化した。その後アンデッドの組織『ズーラーノーン』に参加し、エ・ランテルに支部を創設する際の責任者として抜擢。アンデッドだけでなく他種族の知識もあれば自らの研究も進むと考え、エ・ランテルの支部は種族を選ばない魔術工房として運用されている。しかしアンデッドであるカジットが支部長のためか、集まるのは異形種が多めとのこと
つい数か月前にナイトリッチからオーバーロードに進化した