歩く事数十分。モモンガ一行は工房街から抜け出し、大通りを通り、商業区まで戻って来た。ここは多種多様なギルドが並んでいる。モモンガがカジットから調べたところ、ギルドとは会社やデパートのような物らしい。工房街でも商品は売られているが、あちらは各店舗の研究施設や作業施設が主であり、店員が店舗にいないことも多いのだとか。それに職人はコミュニケーション能力に難がある場合も多く、第三者とやり取りをして売買をするには向いてない人物もいる。結局のところ、工房街だけで百万以上───エ・ランテルには、都市住民と商団、両方合わせるとこの人数になる───の人間を捌くことなど不可能。
ここで商業区の出番だ。屋台のような出店に始まり、総合的に商品を扱う総合商店などがここには多数ある。多くの商店は商業ギルド、別名商会の管轄で、エ・ランテルで店を構える商人は商会に属している。多くの商業ギルドは多数の商品や、新たなサービスを売り込み今日も今日とて貨幣を稼ぐ。それが商業区であり、同時にこの都市でも最も多くの人間がいて賑わうエリアだ。
「最初から、ここで物色しても良かったな」
モモンガは探索ギルドの建物による前に、途中目に付いた巨大な建造物に寄ってみた。この建物もどこかの商会の管轄らしく、建物の入り口にはロフーレ総合商店と書かれていた。
建物は外観が6階建てに見えていたが、階段の横には建物内部の見取り図が設置されており、それを見る限りでは12階までフロアが描かれている。
「ズーラーノーンの工房もそうだったが、この都市では内部拡張が随分普及しているな」
「ユグドラシルでは違ったのですか?」
「マジックアイテムや魔法で作った建物は大抵広いが、街に創られた建物は見た目通りな事が普通だ。大型の施設や建造物で内部も拡張されているのは、ダンジョンなり、ナザリックのようなギルド拠点が普通だな」
ナザリックは元々ダンジョンだったが、モモンガ達が攻略したことでダンジョンからギルド拠点に変化。当時は第六階層までしかなかったが、その後ギルドメンバー全員で課金からの増改築を繰り返したことで、現在の第十階層まであるナザリックが完成したのだ。
モモンガはこの世界にも、そう言った外部増築・内部改築を可能とする技術があるのだと確信しつつ、それをナザリックに組み込めたなら……そんな空想をしてしまう。
「………………」
「モモンガさん?」
「……あれなんなんだろうな」
フロアを見渡していたモモンガは、真ん中辺りにスペースが空いているのを見つける。周りには食品などが並んでいるのに対し、そこだけ不自然に空いているのだ。あの場所は商業用として使うには最適な位置で、そこがぽっかり空洞と言うのはおかしい。
そう思ったモモンガは、その場所に近づいてみた。
「魔法陣?」
スペースには直径5mほどの円形魔法陣が描かれていた。これは一体と思うモモンガの前で、人型爬虫類が魔法陣の中に入っていく。
「4階で」
そう言うと、爬虫類の姿が消えてしまった。それを見てモモンガはまさかと気づいた。
「も、モモンガさん。消えちゃいましたが、これって……」
「私たちも入ってみるか」
モモンガが円の中に入ったので、マーレ達も一緒に中に入る。途端にモモンガ達の脳内に、直接声が響く。
『何階に行かれますか?』
「そうだな……12階で頼む」
そうモモンガが答えると、ポンと音が響き、風景が一瞬で切り替わる。足元を見ると同じ魔法陣があるが、明らかに光景が違うのだ。
モモンガが円を出てみると、そこはリアル時代に映像でしか見た事がない映画館のロビーを思わせる場所だった。
「12階は劇場エリアと見取り図には記されていた。今のはやはり、エレベーター代わりの転移魔法陣か」
「エレベーター?」
「ナザリックにはそう言えばないな。こういった商業施設には、上下階に移動するための装置が設けられているんだ。私が知るのは機械を使った物だが、ここでは転移魔法で代用しているのだな」
アウラの問いに答えてから、モモンガは劇場ロビーの受付カウンター上部を見る。上部壁には光る石が嵌められており、そこから光が投射されて空中にスクリーンが映し出されている。
「これは演目の一覧か」
「な、なんだか色々とありますね」
「少し読んでみるか。どれどれ……『朝日に捧ぐ』。『英雄達の足跡』。『皇帝の長い一日』。様々なジャンルがあるようだ」
全部で十二の舞台があり、それぞれで違うジャンルの劇が開催されているようだ。モモンガが読む限りでは、舞台Ⅰが一番高い料金で、舞台Ⅻが一番安い設定になっている。
(これはあれかな。演者によって料金が違うのか?)
ともかく様々な劇が開催されているらしく、多種多様な演目があった。こんな文化があるとは、やはりこの都市の文明レベルは高いと感心するモモンガは、ふと隣をみたらマーレが少し目を輝かせているのに気づく。
「どうした。何か気になる物でもあったか?」
「あ、そ、えと。その、な、なんでもないで───」
「ひょっとしてここの劇を見てみたいの? あんた本とか、そう言う物語が好きだものね」
「えぅ! え、ち、違くて───」
「なんだ、見たかったのか。ふむ、そうだな……では、全員でここの劇を鑑賞するとしようか」
「よろしいので?」
「私たちは視察に来ているんだ。こういった文化を鑑賞するのも、この世界を知る一歩になる。昔、タブラさんが言っていたよ。物語とは歴史だと。積み重ねられた歴史が、いずれは物語として紡がれる。なんだったかな……ああ、そうだ。神話にしろ民話にしろ、現実に起きた出来事に多少の脚色を加え、それを出力したものが今日にまで伝わっていく、だったかな。ここで劇場鑑賞をするのは、この世界の歴史を知るのに、手助けとなるやもしれん」
「タブラ様が……では、モモンガ様に我らご一緒させて頂きます。共にこの世界の歴史を知りたいと考えます」
「では、鑑賞するのに貨幣がいるな。マーレと共に、この金貨を両替してくるんだ。この建物の8階に両替商が入っている。分からなければ店員などに聞いてみると良い」
「承知いたしました。マーレ様、共に行きましょうか」
そう言ってセバスはマーレと魔法陣に入り姿を消す。それを見送った三人は───
「劇……ねぇ。おままごとを鑑賞するのは、私の趣味ではありんせんが……」
「良いじゃない別に。文化を知る一歩。これも必要なことなんだよ」
「ちびすけは、時折マーレに甘いでありんす」
「オドオドしてる軟弱ものだけど、あれでもなんだかんだ弟だからね」
姉と弟。弟に対して横暴ではあるが、なんやかんや優しさのようなものは見せる。それはとある姉弟の関係であり、懐かしき光景で───
「ふふ……」
「も、モモンガさん。急に笑ってどうされましたか」
「うん? 気にしなくていい。ただ……二人のやり取りが面白かっただけだ」
モモンガが何に対して面白がったのか不明なので首を傾げる二人を見て、今度あの姉弟がどんな関係だったのか教えるのも面白いかもなと彼は一人ほっこりしていた。
「お待たせいたしました。両替商にも随分と並んでいて、少し遅れてしまいました」
「人が多そうな商店だからな。時間がかかるのは仕方がない……マーレは何かみたい物はあるか?
「ぼ、僕が選ぶんですか!?」
「知りたいのは文化だ。ならば、どれを見ても変わりはない。ならば、マーレが見たいものでも問題はない。シャルティアやアウラ、セバスもそれで良いか?」
「良いですよ!」
「早く選ぶでありんすわ」
「私は生憎芸術となると、とんと縁がありませんもので。マーレ様に、こういった時に何を選ぶのか、ご教授頂きたいものです」
「そ、それじゃこれで」
マーレが指さしたのは、舞台Ⅷ『黄金伝説』だった。
「こ、これ冒険活劇らしくて。ぼ、僕、図書館においていた、未来少年コナンって言う話が面白かったんです。それで、この世界の冒険活劇も観れたらいいなーと」
「ではこれにしようか」
「冒険活劇が好みだなんて、マーレはお子ちゃまでありんすよねぇ……」
「ま、たまには良いんじゃない。ラブロマンスよりはマシでしょ」
呆れる二人と共に、モモンガは親戚のおじさん気分で券を買い、五人で舞台を見に行く。
2時間ほどの演劇も終わり───
「だから! あそこで黄金のコインが裏だったのが伏線なの!! あんな分かりやすかったのに、なんで理解してないの!!?」
「なぁ!! 理解してないのはぬしでありんしょう! 最後の場面で夕陽を背に、肘までしかなくなった手でヒロインを抱きしめる!! あの感動のシーンを、どうしてうーんで片付けられるでありんすか!!?」
「二人とも途中からずっと応援するぐらい熱中していたな……熱中するのも分かるぐらい、迫真の劇だったが」
モモンガは演劇と言っても、本当にどんな文化なのかが知りたかっただけで、観て楽しもうとは思っていなかった。モモンガの知る演劇とは、ユグドラシル内で行われていたプレイヤーによる三文芝居だ。
ロールプレイの一環として、そう言った催しを行う道化師などがいたが……やはり素人のそれであり、観ていて別に楽しい物でもなかった。だからモモンガは、ここの演劇も大して期待はしていなかった。しかし……彼は侮っていた。舐めていた。30レベル以上の特化型
舞台は空間拡張により広く、檀上では人を惹き付ける熱演が行われる。心を魅せる演技は三文芝居とは天と地ほど違い、回復魔法があるせいか、闘いの場面になれば本当に腕が飛び腹が貫かれる。
幻術で投影されたリアルな炎や、本当に発射される<火球>に、<火球>で吹き飛ばされてこのために土属性魔法で作られた壁に激突する演者たち。
……18回。この演劇の間に、モモンガが体験した精神安定化の発動数だ。
カーテンコールではこれでもかと手を叩き、隣のセバスにあの役者は凄いだの、女優の演技が素晴らしいだのと子供のように報告していた。
その間、セバスは自らの主を見ながら、凄く良い笑顔でにっこりしていた。眼福である。
演目も終わり、精神安定化によって平常に戻ったモモンガは、今は冷静にシャルティアとアウラのやり取りを見守る。ついでに、マーレにも声をかけた。
「マーレも楽しかったか?」
「は、はい! その、えと、凄く凄かったです!!」
「ああ、凄かったな」
「モモンガさんも、た、楽しかったですか? ぼくはすごく、たのしかったです……けれど……」
「私か? 私は……楽しかったよ。楽しかった。こんなに楽しかったのは……いつ以来だろうな」
マーレの質問に、モモンガはふと過去を振り返る。楽しかったのはいつだろうと。思い出を振り返れば、楽しかった
「モモンガさん?」
「───楽しかったんだな。本当に、楽しかったんだ。楽しいという感情を……久しぶりに思い出したよ。そうか、あの時の私は……こんな想いを、抱いていたのだな」
たのしい。たった四文字のありふれた感情を、自分はどこに置いてきたのだろう。
「は、はい! 楽しかったです!!」
モモンガの言葉を質問と受け取ったのか、マーレが元気に楽しかったと答える。そんな彼の頭を、モモンガは何も言わずにくしゃくしゃと撫でる。無邪気な顔と言葉に、いつかの自分を重ねて───
「シャルティア、アウラ。感想を言いたくなるのも分かるが、私たちは遊びに来たわけではない。そろそろ、目的のギルドに行こうじゃないか」
「あ……申し訳ありませんモモンガさん! あたしたち、文化調査なのに目的を忘れて」
「ごめんなさいでありんす!!」
「良いよ。私も……楽しんでいたからな。しかし、それで目的を忘れては本末転倒だぞ」
自分はナザリック地下大墳墓の主であり、今は最後まで残った四十一人の一人であり、ギルドを預かる長なのだ。それが遊んでばかりいては、責任者として失格も同然。いつまでもプライベート気分では駄目なのだ。
………………けれど。
楽しいという感情。嬉しいという想い。それを記憶の中だけに残すのは……なんだか勿体ない。そう思ってしまった。
だから───
「今度は……ナザリックに休日を作って、思う存分鑑賞しにこようか」
最後に出会った友人───ヘロヘロ。モモンガは彼に、ゲームサービス終了日に、一言こう言いたかった。
「最後くらい、一緒に遊びませんか?」
……ヘロヘロはブラック企業勤めであり、まともな休日などなかった。平日ですら心身がボロボロになるくらいで、まともな睡眠などとれていなかった。だから、眠たくてもモモンガのメールを読んできてくれた彼を、引き留める言葉を吐き出せなかった。
……モモンガは、もしかしたらヘロヘロやその他のギルドメンバーも、この世界に来ているかもしれないと希望を抱いている。そんな彼らに出会った時、胸を張ってこう言ってやるのだ。
「
なんとなく。楽しい事が過去だけでなく、今にもあるのなら。彼らは遊びたくて、ひょっこり出てくるのではないか。
そんな突拍子もない事を考えながら、モモンガは総合商店を出て。すでに日も暮れ始めていたから、これが最後の場所になるなと、最後の目的地を目指し始めた。
おかしい……この話で一旦エ・ランテル視察は終わる筈だったのに、はしゃぐモモンガさんを書いてたら筆が乗ってデパートだけで話が終わってしまったぞ……