転移後世界の仕様が変更されました   作:リセット

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レベル8 始まりの街『エ・ランテル』上

 すっかりと日が暮れてしまった四つ辻。エ・ランテルの通りには、街道にあったのと同じ、ポールにランプが吊るされた外灯が数多くある。外灯に使われているのは<永続光>と呼ばれる魔法で、文字通り意図的に消されない限りは永久に光る魔法だ。それだけでなく、街路樹にはイルミネイトが灯っており、小さな灯りが赤・青・黄・緑・紫───多種多様に光っている。

 

「まるでクリスマスだな」

「クリスマスって見たことはないんですが、こんな感じなんですか?」

「うーん……どうだろうな。私もクリスマスを、じっくりと見たことはないからな」

 

 モモンガにとって、クリスマスとは何の用事もない日でしかない。一応仕事はあるが、リアルの友達も恋人も家族もいなかったので、本当に何もなかったのだ。

 

 モモンガ───鈴木悟が住む貧民向けの環境汚染ガスが蔓延する下町ではなく、アーコロジーと呼称される富豪向けの環境管理型都市なら街中にクリスマスツリーがあり、今モモンガが見ているようにデコられていたらしいが……ユグドラシルでもクリスマスイベントはあったが、ログインしている人間に嫉妬マスクなるアイテムを配って運営が煽ったりするだけの代物だった。あと、リア充撲滅に勤しむギルドメンバーと共に、24日にイン率の低いリア充ギルドを襲撃して壊滅させたりで忙しかった。

 

「しかしこれだけ明るいと、私の闇視も必要ないな」

 

 モモンガにはどんな暗闇でも、昼間の太陽下と同じようにはっきりと見えるアンデッド能力が備わっている。ちなみにシャルティアも同じ視力を持ち、竜人のセバスも同様。ダークエルフであるアウラとマーレも、三人ほどではないが高い闇視持ちだ。

 

「さてと。この辺りにあると聞いているが───」

「モモンガ様。あの建物ではないでしょうか」

「ん……お、あれだな」

 

 目的地である探索ギルドの建物が見えて来た。探索ギルドは十字路の角にあり、縦10m、横10mほどの正方形で、高さは3階立てだ。とはいっても、今までの建物と同じで、内部が拡張されているのだろうなとモモンガは思いながら、『ズーラーノーン』支部と同じでノックをしながら扉を開けた。

 

「ごめんくださ───」

「ごめんねぇ! 今日はもう店じまいなんだ。緊急案件以外、受付は終了だよ」

 

 モモンガが挨拶しながら入店したら、開口一番に受付カウンターにいたそこそこお年を召された女性の大声が返って来た。

 

「む、すまない。夜分遅くに来てしまったようだな」

「悪いね。いつもなら、まだ受け付けてるんだけど、今日はみんな出払ってるんだよ」

「そうだったのか……と、すまない。私はモモンガと言い、今日は依頼があって来たわけではない」

「あん、モモンガ………………ああ! あんたあれかい! ツアレちゃん達が言ってた、平原に出現したダンジョンのボスさん」

「いや、ダンジョンではないし、ボス……まぁ、長と言う意味ではボスか。私のことを、彼女達から何か聞いているのか?」

「聞いてるさ。正体不明のダンジョンが出たから、調査して欲しいってここの領主から直々に依頼が出てね。そん時手が空いていて、腕のいい探索者があの子たちだったんだ。それで出かけたってのに、すぐに帰って来たから、どうしたんだい? て聞いたら、あそこはお家でしたって」

 

 ならダンジョンじゃなく、最初から家でいいじゃん。モモンガは妙に押しの強いおば……女性に気圧されるが、ここで引いてはギルド長の名が廃る。グッと堪えて、モモンガはここに来た訳を答える。

 

「漆黒の剣のみなさんからは、この都市の事や、貨幣制度の事などを教えて頂きまして……それで、この都市に来たついでに、お礼をと思って寄らせて貰ったんです。これはみなさんへのお土産です」

「あら、まぁ。随分紳士なアンデッドさんだねぇ」

 

 モモンガは総合商店に寄った際に、買っておいたお菓子の詰め合わせセットを受付のお姉さんに渡す。彼女は漆黒の剣が帰ってきたら、渡してあげなくちゃいけないねとカウンターの下にしまっていた。

 

「今日、ツアレニーニャさん達はお戻りになられますか? もし日を跨ぐようなら、後日寄らせて頂きますが……」

「あの子たちの今日の仕事はっと……内容的には、あと一時間もしたら報告しに戻ってくる簡単なやつだよ。そこの椅子にでも座って、待っておきな」

「ありがとうございます。御言葉に甘えさせて頂きます」

 

 受付嬢の御厚意に甘える事にしたモモンガは、セバスらと座って時間を潰す。暇そうにしていたモモンガ一行を見て、受付嬢が額縁を渡してくれた。最初は絵かなと思ったモモンガだったが、額縁の中で棒人間が一対一で何やら格闘術やビームの打ち合いを始めたので、これはある種の動画かと納得。

 

「行け赤いの! チャンスだぞ!!」

「そのままでは腕が折られるでありんす!! おのこなら根性をみせんすぇ!!」

「今の右ストレートは、腋が甘すぎますな。もっとどっしりと腰を構え、力の限り撃ち抜かなくては」

「ケツァルコアトル」

「る、ルアウモコ」

「何それ! 聞いた事がない神様が出て来たんだけど!!」

 

 モモンガ・シャルティア・セバスは額縁内での棒人間バトルを応援し、アウラとマーレはそこまで興味がなかったのか神話しりとりで対決していた。

 

「あれ!? ひょっとしてモモンガさんですか!!」

「あ……んん。おかえりなさい、ツアレニーニャさん、セリーシアさん、ペテルさん、ルクルットさん、ダインさん」

 

 棒人間に夢中になっていたモモンガは、漆黒の剣の帰還に声をかけられるまで気づかなかった。慌てて立ち上がり、どうしましたかと言わんばかりにお辞儀をする。

 

 けれど、ついさっきまでモモンガが少年のように夢中になっていたのを、ツアレニーニャ達は目撃している。豪奢な金刺繍がされた黒いローブを着たオーバーロードが、まるで誤魔化すようにそうするのがおかしかったのか、ツアレニーニャは面白そうにちょっと笑った。

 

「なんですか、それ……ただいま戻りました。漆黒の剣、本日の依頼を無事達成してきました」

 

 漆黒の剣は早速受付で報告を済ませる。その際に受付でモモンガからのお土産を頂戴していた。その作業も終わり、ツアレニーニャ達はモモンガ一行に近づいてくる。

 

「これ、ありがとうございますモモンガさん! このマーク、ロフーレのお菓子ですよね。私やセリーは、これすごく好きなんです。もちろん、ペテルさんたちも」

「いえいえ、皆さんのお口にあうかどうか分からず選んでいるので、気に入っている製品なら良かったです」

 

 社交辞令かもしれないが、自分が選んだ商品が好きと言われて、モモンガは悪い気はしない。ははと笑いながら、照れくさそうに頭を手で掻いている。

 

「でも、こんなお礼だなんて……私達は、正式に情報交換をしたんですから、貰いっぱなしだと少し気後れしますね」

「そう言わずに。ツアレニーニャさん達、漆黒の剣の皆さんが色々と教えてくれたから、私どもは助かっているんです」

 

 これはモモンガの本音。漆黒の剣が平均レベル65で、ナザリック基準でもそこそこ強い方だからこそ、モモンガも良いファーストコンタクトが取れたのだ。もしもあの出会いが無ければ、ナザリックはどんな行動方針で動いていたのか……だからこそ、本心からのお礼をするのが筋だと、社会人生活で学んだ経験からモモンガはここに来ている。

 

「うーん、でも……あ、それじゃ、モモンガさん達も、私達と一緒にご飯に行きませんか? これから近くの居酒屋で、今日も無事依頼を達成しました打ち上げをするんです。そこで、このお菓子分のお酒をモモンガさん達に奢っちゃいます」

「え? 打ち上げに、私どものような部外者が参加するのは……それに、私だけでなく、こちらにいるシャルティアもアンデッドで、普通の飲み食いは出来ないですから、お酒代が勿体ないですよ」

「部外者だなんてそんな。こんなプレゼントをくれる人……骨? なら部外者じゃなく、ちゃんと知り合いです。なんなら、私はツアレと呼んで貰っても良いですし、この子もセリーで良いですよ」

「あ、愛称呼びですか……中々ハードルが高いですね」

「姉さんが強引過ぎるから、モモンガさん困ってるじゃないですか」

「けどさ、俺もツアレちゃんに賛成だぜ。そこの可愛いお嬢様と、酒が呑めるなんて探索者冥利に尽きるってもんよ」

「ルクルット。どさくさに紛れて、お前の欲望が駄々洩れであるな」

「モモンガさんはアンデッドだから、お酒が呑めないかもしれませんが、そちらの執事さん───」

「セバス・チャンと申します」

「セバスさんがお酒を吞めるなら、<共感覚(シンクロ)>の魔法でお二人の持つ感覚を同調させてみるのはどうでしょうか。従来は怪我の場所や、病気でどこが痛むのかを知れる信仰系魔法なんですが、セバスさんの味覚などを共有することで、モモンガさんでも楽しめると思いますよ」

「私でも、普通の料理を!?」

「モモンガさんの魔法に対する耐性が高いと、あまり効果がないかもしれませんが」

 

 ……モモンガは悩む。料理を味わえる。それは以前のモモンガであればそこまで興味が惹かれなかっただろうが、カジットに勧められたマジックアイテムで味わう喜びを知ってしまった。そして、この都市では楽しいことがたくさんあるのも知ってしまった。総合商店や出店には、リアル時代にはお目にかかれなかった本物の肉や魚が、香ばしい匂いをさせて並んでいた。

 

 文明と文化が発展したこの都市で味わえる料理、と聞かされて、どうしてもモモンガは興味が湧いてくる。暫しフリーズしたのち───

 

「では、ご相伴に預からせて貰っても良いですか?」

 

 

 

 

 

「そんじゃ、今日も無事であることを祝って………………かんぱーい!」

「かんぱーい!!」

 

 探索ギルドから歩く事15分。商業区の中でも、酒場が集まった地域。そこの一軒で漆黒の剣と共に、モモンガ達は乾杯していた。ホップの効いたビールは氷系統の魔法を組み込んだマジックアイテムによりキンキンに冷やされており、それを美味そうにルクルットやダインは喉に流し込んでいく。

 

「ではモモンガ様。頂かせてもらいます」

 

 乾杯した後、モモンガのビールはセバスに渡される。ツアレの魔法でセバスとモモンガの感覚は既に共有されているので、あとはセバスがビールを流し込めばモモンガも味わえると言う訳だ。

 

 セバスの喉がなる。ゴキュッゴキュッと勢いよく胃に流し込まれ、泡と炭酸の刺激が喉越しすっきり。

 

「うぉ!……これがビールか」

 

 リアルでは水源は重大な水質汚染により壊滅していた。そのせいで水は貴重であり、ふんだんに使う本物のビールは超がつく高級品。モモンガの給料では手が届かなかった逸品だ。

 

 むろんリアルのビールと、この世界のビールは使われている麦も水も違うので、同じ味なわけがない。むしろ環境汚染でまともな植物が滅んだ地球より、この世界の高レベルファーマー達が丹精籠めて栽培した高品質な麦と、大自然が育んだ湧水を、上位水精霊達が本気で美味しくなるように精練した、そのまま飲んでも高品質な透き通る水を使ったこの世界のビールの方がよほど味わい深い。

 

 ともかく、ホップの微かな苦みの中に、麦従来のたしかな甘みがある逸品をモモンガは味わう。

 

「どうですか、モモンガ様」

「……美味いな。喉がないのに炭酸の弾ける感覚が味わえて、胃もないのに冷たい何かがある感覚は慣れないが」

 

 共有される不思議な感覚に慣れないのか、なんとも言えない感想を語るモモンガ。しかし、声色にはビールへの満足があり、チラリとセバスを方を見て無自覚に次の一口を催促していた。

 

 その様子を見て、セバスは非常に良い笑顔でビールを一気呑み。モモンガが幸福になれる手助けを、文字通り体を使って行えるのだ。なにこれ僕冥利かよ、嬉しすぎて死んでしまうぞ。

 

 セバスがよく焼けた、香ばしい鳥の香草焼きを口にすれば、その度にモモンガはおお!と反応し、麦と同じように高レベルファーマーの魂が籠られた瑞々しく甘くてしゃっきりした野菜を食べればうま!と声が漏れてくる。

 

 それを漆黒の剣も見ているが、モモンガがアンデッドとなり、長い間食を楽しめていなかったのは聞いていたので、微笑ましそうに酒のつまみにしていた。

 

「ああ……満足…………む?」

 

 セバスが食事を終え、満腹の感覚も共有していたモモンガは満足そうに腹を擦っている最中、ルクルットとダインがこちらをニヤニヤ見ながら麦の蒸留酒の氷をカランコロン鳴らしているのを発見。なぜあんな顔をしてと思い───

 

「あ、アウラ。私は、どんな反応をしていた?」

「……た、楽しそうでしたよ」

 

 アウラも一日中、ほぼ素のモモンガと接した事でなんとなくの性格を掴んだのか、主に恥をかかせまいと言葉を絞り出した。しかし眼を逸らしながらの一言だったので、あまりにも雄弁な態度だった。

 

(うーわ。うーわ! 俺の馬鹿! 美味しいからって、何を子供みたいに大仰な反応をしてるんだよ!!)

 

「あ―……漆黒の剣の諸君。これはあれだ、少し違うんだ。私はセバスが食事を楽しめるよう、あえて主として、つめた!」

「モモンガさん面白いですね。セバスさん、もう一口どうですか」

「美味なアイスクリームですね、これは。どれ、もう一口」

 

 モモンガの言い訳最中に、セバスに何か美味い物を食べさせたらどうなるのか気になったツアレが、アイスクリームのスプーンを突っ込んでいた。

 

 ……モモンガは精神安定化を働かせながら、机に突っ伏す。そんな彼にルクルットが近づいてきた。

 

「まぁまぁ、そんな落ち込みなさんな。何十年、下手したら何百年ぶり? の食事なんだから、そりゃ新鮮だろ」

「……………………」

「おおう、こりゃとんでもない落ち込みよう。あー、そうだな。そんじゃモモンガさんに、俺が凄いのを奢ってみようかね」

「……すごい?」

「ああ、アウラちゃんもいるし、あんま大きな声じゃ言えねえんだけどな」

 

 ルクルットがモモンガの耳があるであろう位置に顔を近づけ───

 

「一発やってみないか?」

「───1発? 何か殴りでもするのか?」

「あ―……これじゃ伝わんねえのか。文化の違いってやつか。一発ってのはな……性風俗のことだよ」

 

 せいふうぞく。静風族。性風俗……文字が頭の中で繋がった瞬間、モモンガはとても慌てた。

 

「いや、性風俗って……私はアンデッドだぞ。こんな骨の体で、何をしろと……」

「そりゃ、何って何に決まってるじゃん。何百年もご無沙汰なんだろ? 一発抜いたら、気が楽になるぜ」

「……骨なのに?」

「骨でも関係ないね。ここの娼館には、夢魔(サキュバス)がいるからな。あの子らなら、骨でもスライムでも関係ねえ。幻術と夢の組み合わせで、どんな種族もイチコロよ」

「なにそれすごい」

 

 夢魔。それも幻術方面に特化した夢魔なら、アンデッドだろうが肉体があると錯覚させるほどの現実と変わらない夢を観させられる。そこでなら───

 

(え? ここでなら、ひょっとしてこんな体になってしまったけど、俺童貞を捨てられる?)

 

 この都市なら何でも揃うんじゃねえのかと思いつつあるモモンガに、そう言えばとツアレが問いかける。

 

「モモンガさん達は、いつこの都市を離れられるんですか?」

「離れると言うと?」

「モモンガさん達の墳墓は、いきなり出現したから転移装置がついているんですよね。あれを使って、また次の場所に行かれるのはいつなのかなって」

 

 そう言われても、モモンガとしては困る。なにせこの推定異世界に来たのはなぜなのかも不明で、ナザリックを移動させる方法がないからだ。

 

 困ったモモンガだが、事情を隠したところでナザリックも隠せるわけではない。

 

「実は……あの墳墓の転移装置は壊れているんです」

「え、そうなんですか!?」

「はい……装置の故障で、あの場所に緊急着陸とでも言えばいいんでしょうか。なので、当分の間はあそこに置かせて貰う事になるかもしれません」

「そうなると、まずいであるな。一時避難ならまだしも、長い間となるとあの土地はエ・ランテルの領土。このままでは、領土侵犯としてモモンガ氏は罪に問われる可能性がある」

「う……それは嫌だな」

「しかし動かせないなら、情状酌量の余地はあります。事情さえ話せば、ここの領主なら一時的に土地を貸してくれるかもしれません」

「その代わり、エ・ランテル領で暮らすのだから、税金は徴収されるでしょうが」

「……捕まるよりはマシですね」

 

 ギルド運営資金に加えて、税金徴収。お金の問題がまた重なったが、この都市相手に正面きって争うのは得策ではない。モモンガは少し頭を抱えた。

 

 それから、他愛ない話を繰り返す。酔ったツアレが歌ったり、セバスにも酔いが回って来たのか、共感覚でモモンガも少しふらついたり。毒に対する完全耐性や、肉体に対するペナルティ耐性を持つモモンガでも、別の人物と<共感覚>で繋がれば酔う感覚を楽しめた。

 

 そうやって時間を潰すうちに、マーレが交易貨幣───交易共通貨を眺めているのをモモンガは発見。どうしたのだろうと声をかけた。

 

「何か面白い物でもあったのか?」

「ひぅ……も、モモンガさん、びっくりしました」

「すまないすまない」

「しんこきゅう……すぅ……はぁ……。えっとですね、この貨幣なんですが、不思議なシンボルが掘られていると思ったんです」

「不思議?」

 

 マーレの言葉に首を傾げ、モモンガは交易共通貨の金貨・銀貨・銅貨を見る。それぞれにはデザインとして手が掘られており、金貨には骨の手。銀貨には犬の前足のような獣の手。銅貨には人間の手が掘られている。

 

「これがどうかしたのか?」

「えっと……ぼく、本で読んだんですけど、硬貨のモチーフは、何かを象徴するらしいんです。でも、手がシンボルなのは、何がモチーフなのかな……て」

「モチーフ……ねぇ」

 

 モチーフと言われても、モモンガには何のこっちゃだ。リアルでは硬貨など消えてデータマネーが一般的で、ユグドラシルには二種類の貨幣しかなかった。

 

 モモンガが好きな前期仕様の男性の横顔が掘られた金貨と、後期から追加された女性の横顔が掘られた金貨。どちらも裏には、世界樹(ユグドラシル)が刻まれていた。あれのモチーフが何なのかと言えば、それはゲーム名のユグドラシルだ。

 

 ならば、この交易共通貨には何の意味があるのか。

 

(俺が劇場で歴史を知る~なんて言ったから、マーレなりに考えてくれていたのかな?)

 

 ならば自分も考えてみようと脳をフル回転させるが、特に何も思いつかなかった。まぁ、そう簡単に分かるわけもないから、大人しくツアレさん達に聞いてみるかと、モモンガはそちらを見て───

 

「え?」

 

 なぜか漆黒の剣は、硬貨を眺めるマーレとモモンガを見つめていた。見つめているが、その視線に籠められた感情は何なのか……もしも、モモンガがこの感情を読み取れるなら、知ろうとしてくれた事への感謝───だろう。

 

「……モモンガさん達は、暫くの間この都市の近くで住まわれるんですよね」

「え、ええ。そうなります」

「でしたら、少しだけ知っておいて欲しい話があるんです」

「話ですか? それがエ・ランテル領に住むのに、役に立ったり、必要な話ならなんでも聞きますよ」

 

 ギルド拠点の関係上、暫くはエ・ランテル領で暮らすのだから、先達が知るお役たち話は貴重な情報源だ。モモンガは幾らでも聞くつもりであった。

 

 モモンガが快く承諾したのを見て、ツアレが口を開く。

 

「……まず、お話をする前に、モモンガさん達はこの街を見て、どう思いましたか?」

「どう、ですか。私は、活気があって、文化があって───」

 

 モモンガはこの街に対して、悪い印象を持っていない。技術力がかなり高いのが警戒点だが、それ以外では料理も美味く、アンデッド向けのマジックアイテムがあり、素晴らしい芸術がある。仮にナザリックが無かったら、この都市に住んでみたいと思うほどには……良い街だ。

 

「ありがとうございます。お世辞でもそう言って頂けると、凄く嬉しいです」

「……本心ですよ」

「なら、もっと嬉しいです。そのほかには、何かありませんでしたか? この街に来て、抱いた印象などは」

「ほかの印象ですか……うぅむ」

 

 他に何かあっただろうか。自分の語彙力をひっくり返し、記憶を探ってモモンガは思考して───

 

 ───異形種と人間種が一緒にいるのは滅茶苦茶珍しかった。それがこの都市では普通の光景

 

「人間と亜人と異形の仲が良い?」

 

 自分の内心を思い出した。

 

「そうだ。この都市に来てから、私の姿を見て、驚く者は誰一人としていなかった」

 

 ……別にゲームなら良い。ゲーム内であれば、プレイヤーが骨の姿をしていても誰も驚かない。そう言うアバターがあるのは当たり前で、モンスターがいるのは当たり前。なにせゲームなのだから、リアルに害は及ばない。

 

 しかし、鈴木悟が住むリアルに骸骨のお化けがいたら、どんな反応をされるか……その一端を、モモンガは知っている。なにせ当事者の一人なのだから。

 

「あ、でも。この都市ではアンデッドは当たり前にいるのだから、驚かないのも普通のことでしたね」

 

 自分で言っておきながら、モモンガは何を馬鹿なことを言っているのだろうと否定する。はははと笑うが……ツアレ達は───

 

「当たり前……ですか」

「そう思われているなら……エ・ランテルは正解だな」

「……ん?」

 

 神妙な顔をしながら、モモンガの言葉を噛みしめていた。奇妙な反応になんだろうとモモンガ一行は不思議がり───

 

「モモンガ様!」

「どうし───何!?」

 

 セバスの大声になんだよと反応して……精神安定化が働く。店内にいた全員が、モモンガ達の方を見ているのだ。

 

「な……なぜ、私たちを見ているんだ」

 

 見る以外に何かしているわけではないが、なんとも言えない気持ちにモモンガはなる。そんな彼の心情は誰も知らず、ツアレの大声が出される。

 

「みんなー! あれをやるから、手伝ってくれるなら手をあげてー!」

「俺が亜人をやってやるよ」

「ワイトが異形を演じましょうか」

 

 ツアレが全員に問いかけると、ミノタウロスとワイトが手を挙げた。

 

「おおい、そこを空けろ」

「テーブルが邪魔だな」

「力仕事なら俺に任せろ」

 

 モモンガがなんだなんだと思う内に、目の前のテーブルが亜人達に退けられ、漆黒の剣とミノタウロスとワイトが並んだ。

 

「今日、演劇を見て来たモモンガさん達の前で披露するには拙いかもしれませんが、一つの劇を見て貰いたいんです」

「劇……ですか」

「はい。この街と関わるのであれば、必ず知っておいて欲しい物語。それを見て貰いたいんです」

「なるほど。分かりました。その物語がどんな物かはわかりませんが───」

 

 店内をモモンガが見渡す。ツアレが呼びかけるだけで、全員が動いて場を整えた物語。それだけ、重要な物語なのだろう。それを知る事は、きっと今回の視察と密接に関わっている。だから───

 

「見させてください。皆さんが、私たちに知っておいて欲しいとまで言う、重要なお話を」

「ありがとうございます。それでは……」

 

 ツアレがすぅ……と息を呑む。

 

「演目、始まりの街」

 

 舞台の幕が上がる。




彼女らが語るのは、今を形成した物語

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