転移後世界の仕様が変更されました   作:リセット

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レベル9 始まりの街『エ・ランテル』下

「昔、昔、あるところにたくさんの人間さんがいました。人間さんだけではありません。スケルトンさんもたくさんいました。狼さんもたくさんいました。みんなみんなたくさんいましたが、彼らは種族が違いました。スケルトンさんのようなアンデッドは異形種と呼ばれ、狼さんのように毛皮を纏う人型生物は亜人種と呼ばれ、人間さんやエルフさんやドワーフさんは人間種と呼ばれました。彼らは色んな主張を持っています」

 

 ツアレは語り部なのか、とうとうと言葉を紡いでいく。彼女の語りに合わせて、ミノタウロスとワイトも言葉を紡ぐ。 

 

「がおー。俺は人間の肉が好物なんだ。俺様、お前、丸かじり」

「亜人さんの舌には、人間さんがとても美味しく感じたのです。だから、亜人さんは人間さんを捕まえては、モグモグしようとしてました」

「ワイトはアンデッド。命ある存在が憎くて憎くてたまらないと思います」

「アンデッドさんは異形さんと言い、人間さんも亜人さんも、生きている相手が大嫌い! 他の異形さんも、似たような気持ちらしいよ」

 

 それはこの世界でも、いつかあった当たり前の光景。人間種は寿命も短く、亜人や異形と違い種族レベルを重ねられなかった彼らは、職業レベルも上がりにくく異様に弱かった事実。もはや物語ですら、なぜ人間が亜人に食べられていたのかを語ることは少ない。

 

 ワイトとミノタウロスの言葉を受けて、今度はペテルが───

 

「私たち人間は、お前達に負けはしない。正義の鉄槌を思い知れ」

 

 彼はどこに隠し持っていたのか、料理用ナイフを取り出してミノタウロスとワイトを突く。途端───

 

「ぐああ!」

「ぬああ!!」

 

 二人はそれで斃れてしまった。それを見て、モモンガはいきなり主演が死んじゃったよと思ったが───

 

「儂の倅をよくも!! 許さぬぞ!!」

 

 いきなり飛び入りで(ナーガ)が乱入してきた。彼はスプーンをペテルの頭にコツンとぶつける。

 

「きえええ!!」

 

 奇声と共に、ペテルがぶっ倒れてしまった。

 

「……人間さんも、亜人さんも、異形さんも。彼らはお互いの主張を通そうとしていたら、いつしか争いとなり、誰かが倒れたら、誰かが代わりに復讐を果たす。そんな小競り合いが起きて……いつしか───」

「なんだ!」

 

 店中にいた人間と亜人と異形が、お互いに軽くスプーンを投げつけ始める。いきなり始まったスプーン投げ大会に、モモンガは軽く驚く。

 

「───大戦争へと発展していきました」

 

 大昔。人間は弱く、亜人達も種族間での能力差が大きく、異形もみな全く能力が違った。だから大規模な戦争になど発展せず、弱い方が負けて、強い方が勝つ。どちらかが一方的に殴り、殴られた方は力が弱いから殴り返す事も出来ない。それが三百年より前の当たり前で……それ以降では、当たり前で無くなった概念。

 

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「みんな、負ける気はありませんでした。同族と共に、敵を殺すために力を振り絞ります。傷ついても回復魔法が癒し、蘇生魔法が死者を蘇らせる。相手を殺しても、簡単に数は減りません。資源が尽きるまで、死人は黄泉から戻ってきます」

 

 種族の存亡を賭けた大戦争で流れた血は川を作り、大地の地層を赤色に染める。誰にも止められない戦争……当時から世界最強だった白き竜王ですら、とある時期を境に、急激に強くなった者達を力技で止められなかった。

 

「それから何年も、何年も戦いは続きます。もはやなぜ戦っているのかすら分からない。けど、誰も足を止められない。この戦争に負けたら、自分達は滅亡してしまう。そんな恐怖から、目の前の敵を殺し続けます。殺され続けます」

 

 どれだけの血が流れたのか。どれだけの死体が量産されたのか。蘇生魔法で蘇ると信じ、友の亡骸を踏み越えて悪しき敵を討つ。そんな闘いが……何年も続いたのだ。

 

「……けれど。ある日、人間さんはこう言いました」

「……いつ、終わるんだろう。俺たちは、あと何回殺せばいい? あと何回死ねばいい? 俺はあと何回、子供まで殺せばいいんだ? 教えてくれ、六柱の神々よ……」

 

 ───戦いは長引き過ぎたのだ。傷が癒えようと、蘇ろうと、一度傷ついた心までは簡単に治らない。魔法を使っても、頭の中に記憶がある限り、何度でも心の傷は再発する。

 

「一人だけではありませんでした。その言葉に同意するように、人間の中で戦争に反対するものが次々と出てきました。けれど、相手が襲い掛かる限り、武器を降ろすことなど出来ません……例え、その言葉が魅力的でも、家族を、友を、同族を守るためには、武器がいりました」

 

 それでも反戦主義は広がり続ける。多くの異形・亜人を屠って来た武人ですら、自らの手が血で汚れ続ける事に耐えられなくなっていた。その場その場では信仰魔法で精神を誤魔化せても、床に就けば蘇生すら不可能になるまで破壊した、多くの亡霊が囁くのだ。お前も早く死ね、と。

 

「……そうしたある日。人間さんの元に、一人の子供が訪ねてきます。その子は……亜人でした」

「止まれ! 何をしに来た!!」

「人間さんは、剣を手に威嚇します。彼は多くの亜人と戦ってきましたが、子供を殺すのには抵抗がありました。だから、威嚇して、追い払おうとしたんです。でも……」

「人間さん。お話があります。聞いてください」

「お話と聞いて、その武人は悩みました。実はこの子供に見える亜人は、実は成人した個体で、だまし討ちをしようとしているのでは、と。悩んだ末に、殺し合いに嫌気が指していた彼は、子供の言葉を信じることにしたのです」

「話とはなんだ」

「人間さんに、これを買い取って欲しいんです」

「少年が差し出したのは、桶一杯の魚です。彼はそれを掲げながら、お金が欲しいと言いました」

「……金が欲しいなど、どういう風の吹き回しだ。そもそも、貨幣のことを誰に聞いたのだ」

「人間さんが、教えてくれました。お金を使って、人間は欲しいものを手に入れるんだって」

「……亜人が金を手に入れてどうするのだ。お前達は、こんなものは使わないだろう」

「人間さんから、買いたいものがあるんです。だから、お金が欲しいんです」

 

 戦争中に買いたい物。そんなもの、情報や武器など色々と思いつく。だから、その武人は子供の亜人をスパイだと思った。敵が油断するだろうと、子供を送り込んだのだと。彼はすぐに切り殺すかを悩んだ。悩んだ末に、子供を殺すのだから、せめて最後くらいはしたいことをさせてやろうと、彼は望み通り魚と引換に、人間の国で使われていた貨幣を渡してやった。

 

「ありがとう人間さん!」

「……それで。お前は何が欲しいのだ」

「人間は、子供にバレないよう握り、腰の剣をいつでも抜けるようにしました。もしも武器を売って欲しいと言えば……どこに何があるのか教えて欲しいと言えば、すぐにでも殺せるように。そんな彼の敵意に気付かず、子供はこう答えたんです」

 

 なんと答えたのだろう。モモンガは少し頭を捻ってみる。パッと思いつく限りでは、人間の兵士が言うように武器や情報だ。それさえあれば、戦いは有利に進む。それこそ人間の間で反戦主義が広がっていると知れば、作戦なども立てやすくなる。戦争をしているのだから、まさか玩具が欲しいなどとは言わないだろうと、モモンガは常識でそう考えたのだ。

 

 考えたからこそ……それは不意打ちだった。思いもしない言葉だった。

 

 ───だから、この先。その言葉をモモンガは幾度となく、思い出すかもしれない。

 

「人間さん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「─────────」

 

 ……驚いた時。本当に驚いた時、言葉とは消えてしまうのだ。

 

「人間さんは、この言葉を聞いて、大層驚きました。その子供は、まるで対等の相手と接するかのように、人間さんのルールに従って、硬貨を使って約束しようとしたのです」

「どういう意味だ。時間を買いたいなどと……」

「人間さんは、これを使って時間を買うと聞いたよ。時給って言うんだよね」

「確かに時間で区切って雇うこともある」

「なら、これで時間を買いたいんです。これであなた達の時間を買うから、その間は武器を握らないでください。僕たちは、もう、痛い思いをしたくないんです。あなた達を買ってる間、僕たちも何もしません。人間さんは、紙と言うもので約束をするんですよね。それを使ってもいいから、もう……お父さんやお母さんを、斬ったり突いたり叩いたりしないでください」

 

 それは……あまりにも、切実な願いであった。痛いのは嫌だ。怪我をするのは嫌だ。もう争いたくない。自分の知り合いが、友が、恋人が、親が……死ぬのを見たくない。度重なる血で血を洗い流す死闘を、もうやりたくない。見たくもない。

 

 人間の間に厭戦ムードが漂っていたように、亜人の間でも戦争の悲惨さは嫌悪され始めていた。誰もが戦争など止めたかったのだ。お互いの数が減るばかりの、絶滅戦争など誰も望んていなかった。殴られたら、殴り返される。遥か古代のように、どちらかが一方的に強いわけではない戦いなど……誰一人求めてなど……いなかったのだ。

 

「人間さんは……その亜人の、貨幣を受け取りました」

「なぜ、お前は私達のルールに従ったのだ。こんなことをせずとも、他の亜人がそうするように、力で示せば良かったのではないか?」

「でも……そうしたら、人間さんは、武器を握らないでいてくれる?」

「……………………」

「人間さんは、その質問を聞いて何も返せません。いつものように、亜人が力を頼りに攻めて来たなら、同じく力づくで追い返すだけです。でも、貨幣と言う、自分達の間で成立するルールを出されて……返す言葉を持たなかったのです」

「それから。多くの亜人達にこの話が伝わり、同じように人間さんの元へ何かを持って訪れました。人間さんはその度に、彼らが持ち込んだ品を貨幣と取引し、その貨幣で時間を買われます。それが広がるに連れ、次々と武器を握る人間が減っていきました。そんな日が続き……とある日の事です」

「亜人よ。お前達の持つ品だが、これをもっと分けては貰えないだろうか」

「いいよ。でも、ちゃんとお金と交換だよ?」

「金か……実は今手持ちが少なくてな。代わりに、我が領で育てた質の良い牛はどうだ。これの肉は美味いぞ」

「うーん。良いよ! その牛さんは、どんな味がするのかな」

 

 こうして。徐々に徐々に、種族間で品物の取引が増やされていった。相手が持つ品物を、自分達は持っていない。でも、それが欲しいと思えば、自分の持つ物品を差し出せば手に入った。交換する物品は、別に惜しいものでもなかった。なぜなら、その人物にとって、それは自分で頑張れば産み出せるものだから。

 

 その輪は広がっていく。いつしか貨幣が当たり前に使われ出し、人間と亜人の間で交流が本格化していった。異形の者達も、交流する彼らを見て……戦わない彼らを見て、いつしか握りしめていた拳を下ろしていた。

 

 そうこうする内に、アンデッドのような生者を憎む存在達も、その輪に加わっていた。知識あるアンデッド達は、人間や亜人が持つ知識が欲しかったのだ。しかしその内に……彼らが造った、マジックアイテムも取引される物品の一つになっていた。

 

 誰かが戦争を止めようと言ったわけではない。停戦の申し入れもなく、降伏宣言もなかった。それなのに……いつしか戦争は終わっていた。多くの種族が、当然のように今を受け入れていた。中にはかつての遺恨を持ち出す者もいたが……今更、あの戦争をまた始めたいと思うものは少数派だった。なぜなら、違う種族と交換した品々を、手放すのは惜しかったから……

 

 それからも、交流は続けられていく。文化の発展に限界はない。誰もが一度道を進むと決めたなら、その道を究められる世界。生まれも育ちも関係なく、努力すれば一流、超一流となれる。進む道は違えども、何かを極めた一流達が邁進する。誰かが何かを産み出せば、誰かが触発されて新たな理念を創造する。誰かの手が足りなければ、それを見て興味を持った誰かが手助けしてくれる。

 

 戦争に向けられていた才能達は、数多の方向に広がっていった。剣や槍は地面に置かれ、鍬を手にした人間は一人で何百人も支えられる農民に。楽譜と歌詞を手にしたマーメイドは、誰もが魅了される歌姫に。多数の属性を持つ精霊達は、新鮮な水や空気を提供するインフラに。畜産業を学んだミノタウロス達は、品種改良を繰り返し、人肉よりも遥かに美味になった牛や羊と言った家畜を世話する酪農家に。

 

 一部を除いたゴブリンなどは、未だに他種族に戦いを挑む。それらを撃退するために、武の道を究めていく者達もいた。かつて戦争を生き抜いた仲間の中には、犯罪者になってしまうものもいた。それらを捕縛するために、治安組織に入る喧嘩自慢達もいた。

 

「たくさんの種族が交流し、交易し、新しい技術を開発し、既存の技術を改善する。人間さんも、亜人さんも、異形さんも関係ありません。戦争前よりも、もっともっと、うーんと! 豊かになっていく生活を見て、これが正解だったんだ。誰もがそう思いました。憎しみで力をぶつけあった時代は終わり、愛情や友情で手を結ぶ、実りある時代が幕を開いていったのです」

 

 そうして。ツアレの語りは終わり、店内にいた全員が拍手をする。していないのは、ポカンとしていたモモンガ達だけだ。

 

「これが知っておいて欲しい物語……連邦・法国・合衆国・評議国。四大国の、共通貨幣経済制度の始まりです。当時の各種族の長達はこの都市───四国のちょうど真ん中にあたるエ・ランテルに集まり、契約を交わしたんです。外の世界はどうかは分からない。けれど、この四国の間では、戦争を二度としない。我々の血はもう流れない。お互いに手を取り合い、文明と文化を発展させ、相互理解と最大利益を追求し、より良い社会を創り上げる。その証として、これが発行されました」

 

 ツアレの手に握られるのは、交易共通貨。四国───新たに加わった聖王国も含めれば、五ヵ国───の間で使用可能な、種族間を繋ぐ楔そのもの。紙などと言う破かれ偽装されるようなものではなく、貨幣経済そのものを支える象徴こそが……契約書となった。

 

「この貨幣は、三種族がモチーフなんです。人間種の手。獣の手は亜人種の手。骨の手は、異形種の手。この硬貨を作る時には、人間種以外の硬貨をどうデザインするのかは揉めたそうですが」

「最終的に、一番金を出したコボルドとスケルトンが亜人と異形の代表になったそうです」

「今造りなおすなら、俺たちミノタウロスこそが一番金を出してやるよ」

「コボルドの意地を見せてやろうか? あ?」

「くだらん。我らアンデッドが、またオークションで勝つだけだ」

「ワイトもそう思います」

 

 亜人と異形の間で、なにやら種族の意地を賭けた戦いが勃発していた。しかし本気の喧嘩ではなく、まるで友達同士がじゃれ合うかのような、他愛のない代物。

 

 未だにツアレの持つ貨幣を見ていたモモンガに、彼女は言葉を続ける。

 

「モモンガさん達が、エ・ランテル領……ううん。この連邦で生活をされるなら、覚えなきゃいけない事はたくさんあると思います。生活習慣もそうですし、法律なども」

「そう、だな」

「でも、これだけは忘れないで欲しいんです。共通貨幣経済制度の始まりである、この都市では───」

 

 ツアレが三枚の硬貨を、天に高く掲げる。

 

「これが私達の貨幣()です。誰が使っても、同じ価値を持つこれこそが、三種族を繋ぐ平等()なんです。ね! みんな!」

 

 彼女の宣言を聞いて、種族同士の意地を賭けた酒戦をしていた連中も、サムズアップをして返答。そんなやり取りを見て───

 

「凄い……話だな」

 

 モモンガはただ……圧倒されていた。ただのこの世界の貨幣としか見ていなかったそれが、モモンガが感動した文化と文明を創り上げたのだ。

 

 彼は周りを見る。この酒場だけを見ても、多種多様な種族がいて、文明の高さを示す純度の高い透明なガラスコップに極上の酒が並々注がれて、料理人の神業による御馳走が複雑な紋様が刻まれた皿に並び……

 

 圧倒されるモモンガに対し、今度はセリーが近づいてきた。

 

「姉さんに代わって、私がモモンガさんに一つ面白いことを教えて上げます」

「まだ………………あるのか」

「この都市にいたら、教えたい事なんてたくさんありますよ。それでは、この交易共通貨ですが……見ててください。交易共通貨の金貨と銀貨と銅貨を重ねて───上から覗いてみたら分かります」

 

 モモンガの目の前で、セリーシアが三枚の硬貨をちょっとずらしながら積み上げる。それを言われるままに上から見て……モモンガはもう一度言葉を失った。

 

「面白いですよね。こうして重ねてみたら、まるで円陣を組んでいるように見えるんです」

 

 銅貨・銀貨・金貨。それぞれの硬貨のデザインは、人の手、獣の手、骨の手が描かれている。それを角度を変えて重ねると……円陣を組んで、手を重ねているようになるデザインがされていた。

 

「交易共通貨には、それぞれの国で使える、もっと価値のある白金貨がありません。商売で使うには、桁が少ないのでとても不便です。でも共通貨に、白金貨が加えられたことはないんです。だって、とても無粋ですから」

 

 ……………………

 

「……はは、ははは、はははははは!」

「モモンガさん?」

「はははははは! 凄い! 凄いじゃないか! ああ、なんて凄いんだ! そうか、そうやって築き上げて……チ、抑制は鬱陶しいな」

 

 モモンガはひとしきり笑った後、精神安定により平常状態に戻る。戻るが……また笑いそうになる。

 

(なんて凄いんだ。鎮静化している筈なのに、何度も同じ感情が戻ってくる。なぜだろうな……そう言えば、まだセバスと感覚共有をしている。俺は酔っているのかもな)

 

 モモンガが感動したのは、彼らが築き上げている素晴らしい黄金()だ。種族間の差別をせず、共通貨(神話)を軸として繋がり合う。これは本当に……モモンガからすれば、凄い事だ。本当に───

 

「羨ましい。なんて……なんで。俺のは、過去なんだろうな」

「え?」

「なんでだろうな。こんな風に、素晴らしい文化があって、過去を乗り越えて、築き上げた黄金()を見て。ただ感動したいだけなのに……羨ましいって。思ってしまうんだろうな」

 

(感情が治まらない。俺はどうしたんだ? 違うだろ。ほら、セリーさんやツアレさんが俺を見て不思議がってる。素晴らしい劇だったと手を叩こう。セバスやシャルティア、マーレにアウラもいる。俺はナザリックのギルド長だろ。弱音を吐いたりするなよ。何してるんだよ。今こそ、種族特性の精神安定化の出番だろ)

 

「羨ましい……今がこんなにあるなんて。俺がずっと欲しかった物が、ここにはたくさん溢れてる! 違う……確かに俺はみんなと創り上げたんだ! 黄金の栄光を、創り上げたんだ! ……過去の栄光なんかじゃない。ナザリックにはあったんだ……あるんだ」

 

 モモンガは自分の感情を制御しようとするが、全く出来ない。セバスとの共有のせいか、安定化の働きが不十分だった。

 

「……なんでだよ。なんで、俺たちの黄金は過去なんだ。なんで今に繋がってないんだ。どうして! エ・ランテルが積み重ねているように、今にないんだ。どうして! ……思い出の中にしかないんだ……」

 

 ……モモンガは知ってしまった。過去ではなく、今にも楽しいがあることを。モモンガは思い出していた。かつて、たくさんの楽しいを体験したことを。楽しい事を重ねたら、かつての黄金(過去)の傍にいる、仲間達が出てくれるかもしれないと、そう思うほどには今日……楽しかったのだ。

 

「ぺロロンチーノさん……出てきてくれよ。この街には、みんなで楽しめる娼館もあるらしいんだ。一緒に童貞を捨てましょうよ……ウルベルトさん……一緒に遊びましょうよ。この都市なら、ウルベルトさんが嫌いな、富を独占するような奴もいません。美味しい物もたくさんあります。俺たち下級層が、腹を空かせることもないんです。たっちさん……この国は、みんなで種族の差を乗り越えたんです。俺たちが、PKKをしなくても、全員で力を合わせて差別を無くしたんです。こんな優しい国なら、たっちさんの夢だって叶うんです。だから……出てきてくれよ」

 

 ……絞り出すようなモモンガの声を聴いて、店内がどうしたんだろうと静まり返る。彼らにはまるで、モモンガが泣いているように見えた。アンデッドであるモモンガには涙腺なんてないから、泣く機能もない。けれど……まるで、幼子が泣いているかのようで───

 

「どうしたんだよ、モモンガさん。いやなことでもあったのか?」

「……ルクルットさん?」

 

 いつの間にか、ルクルットがモモンガの近くに来ていた。彼はジョッキを片手に、モモンガの肩に手を回す。

 

「いやなことがあったなら、全部ぶちまけちまえよ。酒の席は、愚痴を言い合う場所でもあるんだぜ?」

「……すみません。急に、訳の分からない事を言いだしてしまって。酒の席を悪くするつもりはなか───」

「かぁ! めんどくせえ!! 今の弱音を聞いたら、良く分かんねえけど、溜め込んでることがたくさんあるんじゃねえの! なのに酒の席がどうとか! めんどくせえ!! お前らもそう思わねえか!! どう見ても溜め込んでるやつが、うじうじしてんのめんどくせえよな!?」

 

 ルクルットがジョッキを掲げてそう聞くと、一同は暫し腕を組んで考えてから───

 

「そいつモモンガだったよな! おら! 全員で、モモンガの愚痴を引きずり出すぞ!!」

「店主!! 酒、あるだけ持ってこい!!! モモンガをべろべろに酔わせて、口を滑らかにしちまえ!!!」

「ワイトもそう思います」

「な……な……………………」

「ちびすけ! モモンガ様を守るでありんす!!」

「分かってるよ! マーレも早く!!」

「えう! ま、待ってよ!!」

 

 店内が急に騒然としだす。彼らは自分の酒を手に、次から次へとモモンガの元に持ってくる。あまりにも急な展開に、モモンガは驚き、シャルティア・アウラ・マーレはモモンガを守ろうと動いてしまう。しかしここに集まったのは、レベル60以上の連中ばかり。殺す気ならどうとでもなるが、殺害は禁じられているので封殺されていた。

 

「ダメダメ! モモンガさんを酔わすなら、セバスさんにお酒を呑ませないと。と言う訳で、セバスさん。この度数999%の、ドラゴンも酔わせる超濃縮アルコールをどうぞ」

「かたじけない。有難く頂戴いたします」

「ちょ! セバス! どう聞いても、やばそうな度数を飲んでんじゃねえ!!!」

 

 セバスはツアレに言われるままに、グイッと透明の液体を呑んでしまう。途端に、モモンガの胃があった場所に強烈な刺激が発生。すさまじい勢いで、モモンガの全身が灼熱に覆われる。

 

「ぐぉおおおお! これ酒のそれじゃねえ!!! 毒物に改名しろ!!!!」

「アルコールは、元々毒みたいなものですよ」

「すごい効き……あれ誰が造ったの?」

「俺だ。と言っても、一人で造ってはないぞ。バレアレさんとこの坊ちゃんに手伝って貰ったんだ」

「天才薬師の妙技だね」

 

 グッとガッツポーズする人間のマジックキャスターと、下半身が鳥になっているハーピーが和気あいあいとしているが、モモンガの意識はそれどころじゃなかった。

 

「どうだ、モモンガさん。それだけ酔っぱらったら、話す気にもなるだろ」

「お前には、これが酔っぱらうなんて表現で済む状態に見えるのか!!! 俺に肉体ペナルティ耐性がなかったら、大変なことになってるんだぞ!! 見ろ、セバスを!! 気絶してやがる!!!」

「あれぐらい、普通だよな? 999%圧縮と言っても、99%のアルコールを10杯飲んだら、摂取量は一緒だぞ」

「ワイトもそう思います」

熊人(ワーベア)の旦那と、ワイトさんは良い事言いますね」

「良くねえ!!! あとワイトはそう思いますしか言ってねえだろ!!」

 

 ……暫くして。セバスが気絶から復活し酒気も抜けて来たのか、モモンガの灼熱も治まっていく。酷い目にあったとブツブツ言う彼に、ツアレが───

 

「モモンガさん。少し強引にしてしまいましたが、私達がモモンガさんの愚痴を聞きたいのは本当なんです」

「……しかしだな」

「……本当に、モモンガさんが話したくないなら、これ以上無理強いはしません。代わりに───」

 

 ツアレはごそごそとポケットを漁り、交易共通貨を三枚取り出す。

 

「───モモンガさんの時間を買わせて貰います。モモンガさんが、いやなことや、誰かに言いたかったことを聞く時間を、買わせてはくれませんか?」

 

 差し出された硬貨を見て……モモンガは暫し逡巡し───

 

「……面白い話ではないですよ」

 

 貨幣を受け取った。




お酒の席は無礼講。モモンガが語るのは、彼を形成した物語


経済都市エ・ランテル:大陸北西でも一際賑わう商業都市。多くの金が集まり、多種多様な種族が共に暮らす大都市。周辺国家で商人を目指す者は、必ず一度はこの都市に来ると言われている。この都市で商売をするなら、忘れてはならない言葉がある。『貨幣(これ)の重みを忘れるな』

ツアレニーニャ・ベイロン:原作では貴族に強権で拉致され、飽きられたら人買いに売られ王都の娼館で道具として扱われていた娘。本作では王国(連邦)がこんな感じになってるので、別に拉致されることもなかった。妹と共に自分達も、何かの夢を追いたいと両親を説得して村を飛び出て、エ・ランテルで探索者として働いている信仰系魔法詠唱者。彼女が信仰するのは平等なる貨幣()。モモンガさんに貨幣制度を教えたのは、それが彼女の信仰だから
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