猛き炎を継ぐ者達   作:大社跡エリア12

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01『猛き炎と業火の星』

 

 呆然と空を見上げていた。

 

 辺り一帯を覆う、大量の粉塵。

 視界を遮る粒子のカーテンの遥か上空で、ぼうっ、と強烈な光が灯っているのが(かす)かに見えた。

 

 光は……なんだっけ。

 波なんだっけ。粒なんだっけ。

 

 観測拠点で受付嬢をしている勉強好きなお姫様に、あれこれ教えてもらった知識が不意に脳裏を過った。でもダメだ。やはり知識というのは、一度聞いただけではちゃんと身に付かない。

 そんな事をぼんやり考えながら、『ハンター』は地面に倒れたまま、両手を握ったり開いたり、まだ体が動く事を確かめる。

 

 

 ───あれが()()()()()()()()事は分かっていた。

 

 

 起き上がる暇なんてなかった。寝そべったまま装備の隙間に手を突っ込み、腰に括り付けた虫篭から、一匹どころか二匹まとめて掴んで放つ。

 翔蟲(かけりむし)

 掌サイズの、青白く輝く小さな甲虫。その腹部後方から伸びる強靭な糸を握り締め、ぐん! と引いて合図を送る。

 

 次の瞬間だった。

 

 天空の光が、チカッ、と大きく瞬いた。それと同時に、ハンターの体が二匹分の鉄蟲糸(てっちゅうし)に引っ張られ、恐ろしい勢いでどこかへ飛んでいく。

 果たしてどちらが速かったか。

 答えは直後に来た。

 

 

 

 城塞高地の一画に、『星』が落ちた。

 着弾した瞬間、エリア丸ごと一つが巨大なクレーターと化す。

 

 

 

 天から地へ、垂直に。

 単なる自由落下ではなく、爆発的な加速を得て大地へ突き刺さった一撃。

 発生した余波は絶望そのものだった。

 着弾点を中心に全方位へ、莫大な衝撃波が炸裂した。常識を超えた力で空気と空気が擦れ合い、爆風は大地を赤熱させる熱波の壁となって森羅万象へ襲い掛かる。

 生い茂る木々。長い年月をかけて形成された地形。自然そのもの。世界そのもの。それら一切合切が、音速に届く勢いで消し飛ばされていく。

 

 数十秒。

 

 吹き荒ぶ爆風が落ち着くまで、それほどの時間を要した。

 空気の流れが穏やかになると、どこからともなく粉塵が舞い始める。大量の土煙はどんどん大きく膨れ上がり、巨大な大樹にも見紛うほど天高く立ち昇っていく。

 

 その時、ゴッ!!!!!! という烈風が渦巻いた。

 自然に発生した風ではない。烈風は()()()()()……爆心地から放たれたものだった。

 瞬く間に引き千切られていく粉塵の大樹。

 その中から現れる、地上へ落下した『星』の姿。

 

 扇のように広げられた翼は、いっそ巨大な爪に見えた。退化した翼膜は飛行能力を完全に放棄しており、代わりに爪の先端から赤い奔流が凶悪な勢いで噴出している。

 何より特筆すべきは、光り輝く銀の体表。

 爪───もとい翼はもちろん、流線形を描く体躯も、地を踏みしめる四本の脚も、その『星』を構成する丸ごと全身が、あまりに非自然的な銀色の鱗で包まれていた。

 

 その光沢。その形質。

 地上や上空への適応とは違う。もっと次元の異なる領域での生存を目的とした肉体構造。

 そんな異形の極致が、吼える。

 

『ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』

 

 異質な叫び声だった。

 万物を引き裂くような、鋭い絶叫。その怪物は顔面を大きく縦に開き、生物としての声帯を軽く突破した声で空気を揺さ振る。

 

 城塞高地。

 ギルドが作成した地図では、『エリア2』に該当する区域。

 

 もはや元の風景など微塵も残っていなかった。 

 エリア2を中心に、直径四キロメートルの大地が半月状に抉れている。

 地表を覆っていた草木。崖や丘が目立つ地形。付近の石橋。崖下を流れる小川。その場所を特徴付ける何もかもが平等に押し潰され、深さ五〇メートルのクレーターだけが大きく広がっていた。

 

 その中心。

 今なおオレンジ色に赤熱している着弾点の真ん中で、銀の怪物は唸りながら翼を振り回す。

 

 攻撃ではない。探していた。どこかに隠れる己の『敵』を。

 しきりに首を曲げては周囲を見渡し、巨体ごと何度も何度もあちこち振り向き、そのたびに翼を振り回して辺りの空気を水平に切り裂く。

 複雑な思考がないゆえに、銀の怪物は油断をしなかった。あの程度で殺したとは思わない。もう大丈夫だとは考えない。警戒し続ける。殺意を保ち続ける。それを無意識にできる個体だけが生き延び、できない個体は死んでいった。それだけの事だった。

 

 

 そして、複雑な思考がないゆえに、気付けなかった。

 

 己の頭上に、()()()()()()()()()()()()

 

 

 ……その怪物は、超高空域を住処(すみか)にしていた。

 自分以外の森羅万象は、常に目線の下にあった。獲物がいれば上から襲い掛かった。自分より高い位置から襲って来る者など、これまでの生涯で一匹たりとも出会わなかった。

 だからこそ気付かなかった。

 己のすぐ頭上を浮遊する、一匹の青白い甲虫にも。

 甲虫の腹部後方から、真上に向かって糸が伸びている事にも。

 

 そして。

 ギチギチと力を蓄える糸の先端で───雪の結晶のような鎧を身に纏う『敵』が、巨大な太刀を構えていた事にも。

 

気焔(きえん)──────」

 

 声が、降る。

 銀の怪物が顔を上げた時には全てが遅かった。

 

「──────万丈(ばんじょう)

 

 直後の出来事だった。

 

 

 

 天から地までぶち抜いた。

 恐ろしい速度で放たれたハンターが、バルファルクの脳天を一瞬で突き抜けて大地に着弾する。

 

 

 

 あまりの速度に時間すら追い付かなかった。

 残像を刻む勢いで振り下ろされた太刀は、直線上の全てを叩き割る。バルファルクの頭部を引き裂き、そのまま地面すらかち割った。クレーターの上に、蜘蛛の巣のような亀裂が駆け巡る。

 

 物理現象が一拍遅れて機能する。

 

 ッッッズン!!!!!! という激震が、ようやく地上を縦に揺さ振った。

 バルファルクの頭部は、いっそ首を引き千切るような勢いで地面に叩き付けられていた。その反動で胴体が天に向かって大きく跳ねる。上からの衝撃と地面からの反作用に挟まれ、バルファルクの頭部は一瞬で潰れ、膨大な鮮血がぶちまけられる。

 

 当然、超至近距離にいたハンターの全身にも、大量の血肉が叩き付けられた。

 冰龍(ひょうりゅう)イヴェルカーナの素材で作られた精美な鎧。激闘の末にほとんど破壊された兜と、晒された素顔。その全てに恐ろしい量の血と肉が塗りたくられ。

 その上で。

 

「くはッ!!」

 

 ハンターは、凶悪そのものの形相で笑っていた。

 浴びた鮮血を拭いもせず、太刀を両手に握ったまま目を見開く。口を横に裂き、叩き割った命が尽き果てる瞬間をじっと待つ。

 びくんっ! と、バルファルクの巨体が大きく一回震えた。

 跳ねた体が、重力に従ってズズンッと地面に落ちる。翼から噴出するエネルギーも次第に勢いを弱め、徐々に巨体から力が失われていく。

 

 明確な死の合図。

 生物の最重要部位である頭をかち割ったのだ。無事でいられるはずがない。

 静かに、静かに沈んでいく。

 外から見ても分かるほど鮮明に、バルファルクの巨体から命の炎が消えていく。

 

 

 

 そう思った次の瞬間だった。

 巨大な翼が、視認できない速度で横一線に振るわれた。

 

 

 

「ぶ、っ」

 

 痛覚すら間に合わない。

 そもそもハンターは最初、自分が吹き飛ばされている事にも自覚がなかった。

 意識を揺さ振るほどの衝撃が全身を貫いた……と認識した頃には、その体は何十メートルも宙を舞っていた。翼の直撃を受け、視覚も聴覚も全て消し飛んだまま、ハンターは縦に横に回転しながら冗談みたいに地面をバウンドしていく。

 

 生きていたのは奇跡に近い。

 振るわれた翼に後少しでも力がこもっていれば、間違いなく全身が木端微塵に爆ぜていた。

 

 とはいえ、人の身には有り余る殺傷能力。

 薙ぎ払われたハンターの体は、砲弾のような速度で二〇〇メートル先まで吹き飛ばされる。水切り石の如く地面を跳ね、そのたびに砕けた防具の破片と血飛沫を辺りに飛び散らせていく。

 

「かっ──────」

 

 一瞬、飛びかける意識を。

 

「──────だあああああああああああああらァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 叫んで無理やり繋ぎ止めた。

 両手で太刀を握り直し、思い切り地面に突き刺す。

 ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!! と、火花を散らす勢いで砂利や土砂を巻き上げて、数メートルも大地を引き裂きながらようやくハンターは動きを止めた。

 当たり前の激痛は、数秒遅れてやって来た。

 全身を軋ませるようなダメージに、ハンターが膝をついた瞬間。

 

「ば、がっ……ごぉォォォええええええ……ッ!!」

 

 喉の奥から『全部』が吹き出た。

 体内からの出血と、胃に詰まっていた内容物。色んな物を一気に吐き出し、ハンターは己の頭をガンガン叩く。襲ってくる眩暈と嫌悪感を強引に抑える。

 視界を霞ませ、息も絶え絶えになりながら、それでも両目を見開いて顔を上げた。

 そして見た。

 

 

 二〇〇メートル向こうで、倒れたはずの巨体が蠢いていた。

 頭を割られたバルファルクが、再び四本の脚で起き上がろうとしていたのだ。

 

 

 しかし、真面に立ち上がる力も残っていないのか、巨体は幾度も膝を折る。なんとか起き上がるものの、前後の脚は全く体を支え切れておらず、ぐわんぐわんと銀の体が頼りなく揺れる。

 潰れた頭からは血を吹き出し、首は変な方向にねじ曲がり、脚も体も翼も頭も、全身至る所が正常ではない痙攣を繰り返す。

 

 にも拘わらず。

 その眼窩の奥……相手を貫くような青い眼光だけは、ハンターを捉えて離さなかった。

 

『ヒュッ───ギュ、ヴヴヴォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』

 

 声と称していいのか分からない、(いびつ)な音響が怪物の口から溢れ出る。

 直後に、銀色の翼が大きく広げられる。

 ……もはやバルファルクを突き動かすのは、生物としての単純な本能だけだった。

 敵を殺す。そして生き延びる。

 それだけの衝動に従い、彗星は大地を踏みしめ、潰れた顔面を持ち上げて、瀕死とは思えないほどの気迫と威圧感で、叫ぶ。

 

『ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!! ボォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

 

 絶叫と同時に、ゴッ!!!!!! とバルファルクの全身が爆ぜた。

 銀の鱗を()()()()吹き飛し、肉体の至る所から『龍気』の奔流が溢れ出す。翼の先端から。胴体から。前後の脚から。首から。そして鮮血を吹き出す頭から。肉も皮膚も突き破り、体内に蠢く破壊衝動を欠片も残さず表出させる。

 

 そして、一歩。

 燃え盛る焔と化したバルファルクが、ゆっくりと、ハンターに向かって足を踏み出した。

 

 絶望的なまでの、生まれ持った生存本能の差。

 人間の意思の力など、野生の前には(ともしび)にもなりはしないと思い知らせる、圧倒的な格の違い。

 その現実を見て。見せつけられて。

 ハンターは。

 

「くははッ!!」

 

 むしろ笑っていた。

 地面から太刀を引き抜く。腰に付けた鞘に戻す。

 これだけのダメージを受けても、『装備の機能』はまだ生きているらしかった。イヴェルカーナの生体機構を模倣して作られたラヴィーナ装備一式は、空気中の水分を取り込んで急速に冷やし、武器に送り込む。欠けた刀身を冰気(ひょうき)で補っていく。通常以上の切れ味を加算していく。

 

 徐々に押し寄せて来る、業火の圧力。

 真の怪物となったバルファルクに、起き上がったハンターも一歩ずつ近付いていく。

 

 不思議な事に、だった。

 何メートル、何十メートルと歩み寄っても、お互いはむやみに警戒し合ったりはしなかった。ただ近寄る。ただただ歩み寄る。走り出す必要もない。手が届くような距離まで。

 エリア全体を穿ったクレーターの上。

 人間一人と、怪物一匹が、一直線に視線をかち合わせた。

 

「気焔万丈だな、オマエも」

 

 小さく小さく呟いて、ハンターはせり上がって来る血も吐瀉物も飲み込んで一人で笑う。

 右手で太刀の柄に触れた。左手は腰の虫篭に突っ込んだ。

 準備ならできていた。

 この瞬間に、ではない。

 目の前の怪物を討伐するために、この地に足を踏み入れた時にはもうすでに。

 

「来い、彗星」

 

 その一言が合図になった。

 ハンターが太刀の柄を握り締める。バルファルクが四本の脚に力を入れる。

 片方が動いた頃には、もう片方も動いていた。

 それだけだった。

 

 

 

 次の瞬間には衝突していた。

 大小二つの生物が真正面からぶつかり、爆音じみた音響が空間そのものを揺さ振った。

 

 

 

 何もかもが、一瞬。

 ハンターは前方に翔蟲を放ち、鉄蟲糸で己の体を加速させた。ほぼ同時に、バルファルクは翼から龍気を噴出させてハンター目掛けて突っ込んでいた。

 二つの生物が交差する。

 直後に何かが大きく舞った。

 大量の土を吹き飛ばしながら地面に突き刺さったのは、バルファルクの翼爪の一本だった。翼に含まれていた血と龍気が一斉に吹き出し、周囲の空気を赤く燃やしていく。

 

「ひひッ!!」

 

 見切りと桜花鉄蟲気刃斬を組み合わせたアドリブ技。

 上手くいったが反動も大きかった。

 びりびりと。頑丈な部位を無理やり叩き割った衝撃で、腕全体が痙攣する。危うく太刀を取り落としかける。それを根性だけで抑え込み、体勢を崩しながらも背後を振り向いた。

 

 

 一歩遅かった。

 約一〇〇メートル先で、バルファルクが全ての翼爪の先端をコチラに向けていた。

 

 

「ッッッ!?」

 

 ()()()()()()()───頭がそう理解する前に体が動いていた。

 翔蟲を真横に放つ。ぐん! と体が鉄蟲糸に引っ張られる。

 直後に来た。

 

 ズドッッッ!!!!!! という赤い閃光が、一直線に世界を貫いた。

 

 まるで極太の稲妻。翼爪から放たれた龍気の奔流は、この世のどこにも存在しない現象として襲い掛かる。

 膨大なエネルギーは熱や風に変換された。壁のような厚みを持った衝撃波が全方位に広がり、触れてもいないのに大地が派手に捲れ上がる。

 間一髪で避けたはずだった。

 だが、不可視の衝撃がハンターを真横から打ち据える。

 

「がっ!?」

 

 視界がブレた。と思った次の瞬間には、鉄蟲糸に引っ張られていた体は途中で揉みくちゃになって宙を舞っていた。

 空中で軽く三回転し、地面に叩き付けられる。そのまま全身を擦り削るように転がっていく。一瞬意識を飛ばしかけ、力を失った手からついに太刀が滑り落ちる。

 (てのひら)から武器が消えた感覚で意識を取り戻した。

 後は気合いしかなかった。

 

「ばっ……がああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 消えかかる意識を、力づくで引き戻す。

 転がる勢いを利用して起き上がる。

 地面を蹴り、数メートル先に落ちていた太刀に無我夢中で掴みかかる。そのまま太刀を肩に担いで、全速力でバルファルクに向かって突っ込んでいく。

 

 その視線の先で。

 ギチギチギチギチギチギチギチギチギチッ……という軋んだ音と共に、バルファルクの翼が異様に小さく凝縮されていた。

 

「──────ッ!!」

 

 見てから反応したのでは間に合わない。

 咄嗟にそう判断し、ハンターは地面と水平になるように体を横に倒した。

 直後、ヂッ!!!!!! とハンターの側頭部を何かが掠める。

 一瞬前までハンターの頭があった位置を、どういう原理か長く伸びた翼爪が一気に貫いていた。

 

「くはッ!!」

 

 少しでも判断が遅れていれば死んでいた一撃に、それでもハンターは笑ってみせた。

 怯む理由にはならなかった。

 真横に傾いた全身を、片手だけで跳ね上げる。その勢いに己の全力を乗せた。太刀を両手で握り締め、全身を弓の如くしならせ、すぐ真上を貫いた翼爪へ一気に振り抜く。

 その動きは元々、大剣やハンマーといった鈍重な武器を扱う事を前提としたものだった。

 相手を引き裂くというより、叩き斬る、叩き潰すための技。

 それを太刀に応用すればどうなるか。

 

 

 音すら追い付かなかった。

 恐ろしいほど綺麗な弧を描き、長大な刃が空気もろとも頑丈な翼を一刀両断する。

 

 

 ずるり……っ、と。

 妙に水っぽい音と共に、ハンターに向かって突き出ていた巨大な翼が上下に()()()

 直後に絶叫が迸った。

 半狂乱になったバルファルクが、雄叫びを上げながら切断された翼を振り回す。その曝け出された断面から、血飛沫と一緒に、制御できなくなった龍気エネルギーが爆発的に噴き出した。

 

 ボッ!! と空気が唸りを上げる。

 バルファルクが激痛にのたうち回るたびに、血と混ざった龍気が辺り一帯に撒き散らされ、火山弾のように降り注ぐ。

 

 爆音の嵐だった。

 龍気の塊が、破壊の豪雨が、次から次へと大地に突き刺さる。着弾と同時に大爆発を巻き起こし、広大なクレーターの上をさらに大きく抉り飛ばしていく。それがあちこち、連続的に、同時多発的に炸裂し、際限のない無差別爆撃として見渡す限りの風景を覆い尽くす。

 存在そのものが災厄をもたらす。まさに古龍の古龍たる所以(ゆえん)が顕現したようなその有様。

 

 そんな爆撃の嵐を、一直線に突っ切るハンターの姿があった。

 

 降り注ぐ龍気など、もはや足を止める理由にはならなかった。

 破壊の(つぶて)が何度も頭上を掠めた。付近に何発もの龍気の塊が着弾した。そのたびに爆発に巻き込まれ、何回も吹き飛ばされ、そして起き上がって地面を蹴る。標的まで真っすぐ最短距離、無秩序な爆撃の中を一気に駆け抜ける。

 

 その時、すぐ目の前に龍気の塊が突き刺さった。

 爆発と共に舞い上がった粉塵を、ハンターは走って突き破る。

 突き破った先で見た。

 

 あと数十メートルという距離まで詰めた、その先で。

 バルファルクが、切断されたのとは反対側の翼を、レイピアのように強く後ろに引いていた。

 

「だあッッッらァァああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 止まる事など考えない。

 今まで以上の脚力で地面を蹴り、その勢いのまま太刀を足元に突き刺した。

 ぐん! と体が浮き上がる。ここに運も味方した。偶然にもハンターの後方に落下してきた龍気の塊が、その爆風でハンターの体をさらに上へと押し上げた。

 

 操虫棍の『跳躍』。それを太刀で再現する。

 

 次の瞬間、寸前までハンターが立っていた地点に、惑星を貫くような刺突が襲った。

 三半規管を狂わせるような轟音と共に、地面が派手に吹き飛ばされる。

 壮絶極まる威力。だが空振り。

 敵を刺し殺せなかったと気付いたバルファルクは、青く燃える瞳で、宙に浮いたハンターの姿を捕捉する。

 

 それすら遅い。

 怪物が何かを察した頃には、ハンターは全ての準備を終えていた。

 

「行くぜ、バルファルク」

 

 ハンターの左手に握られていたのは、一匹の蟲。

 爆撃の豪雨の中、糸を縫うように主人の許へ戻って来ていた翔蟲だった。

 それを前方に放つ。

 小さな青白い体、その腹部後方から伸びる強靭な糸を、片手で力いっぱい握り締める。

 

「気焔──────」

 

 一足先に、両者の視線がぶつかった。

 

「──────万ッ丈ォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 ハンターの体が、凄まじい力で引っ張られる。

 バルファルクが、もう片方の翼でハンターの体を叩き落そうとする。

 果たしてどちらが速かったか。

 答えは直後に来た。

 

 

 

 ズンッッッ!!!!!! と、恐ろしい速度でハンターの体が叩き込まれた。

 バルファルクの前頭部に腕ごと突き刺さり、太刀の刃が後頭部まで一直線に貫いた。

 

 

 

 沈黙。

 静寂。

 その一瞬、本当にその一瞬だけ、世界から全ての音が消え去ったとハンターは実感した。

 

 腕ごと突き刺したバルファルクの頭部。

 その向こう側から突き出た、血や脳漿を纏う太刀の刃。

 ハンターの足元で、バルファルクの瞳が大きく見開かれていた。しばらく微動だにしなかったその眼球は、不意に揺らぎ、頼りなくグラつき、瞳孔が次第に大きく膨れ上がり……グルンと一気に裏返る。

 

 

 

 直後だった。

 起爆した。

 

 

 

 凶星の体内を駆け巡っていた大量の龍気は、自らを押さえ付ける『意思』や『生体機能』といった枷から解き放たれ、一瞬にして無秩序に暴走を始めた。

 絶望の星───天彗龍(てんすいりゅう)・バルファルク。その傀異克服個体。

 最期の最期、銀翼の凶星が残していったのは、まさに絶望そのものだった。

 

 死んだ星が爆発する。

 ゼロ距離にいた敵もろとも、周囲の空気も大地も焼き尽くすような威力で。

 

 ……実は惑星にも寿命があるという。

 死を迎えた惑星は超常的な大爆発を起こし、その膨大な光と熱を、途方もない距離にまで行き届かせてしまうらしい。

 観測拠点のお姫様から教えてもらった知識が、なぜか今、再びハンターの脳裏を過る。

 

 それを身をもって体験した。

 空間全体が赤一色に染まった。

 

 鎧を纏おうが、盾に隠れようが、構わず全てを消し飛ばすような深紅の輝き。爆心地直下の地面が瞬時に融解し、蒸発して掻き消されるほどの熱量と威力でもって、その爆発は周辺一帯をあっという間に飲み干した。

 全てが吹き飛ぶ。何もかもが薙ぎ払われる。

 形あるもの全てを木端微塵に砕き尽くすその破壊力は、一切の慈悲もなく襲い掛かる。

 

 そして。

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き荒ぶ爆風の壁が、全身を叩いていた。

 

 モンスターに突進されたような衝撃に、ただでさえ朦朧とする頭がさらに揺さ振られる。

 視覚も、聴覚も、何の意味も成さなかった。爆発の瞬間には五感なんて軽く消し飛んでいた。真面な知覚なんて機能しない。ただ焼けた空気に当てられて、喉と目の奥が灼熱に侵される。

 

 体中の水分が蒸発していく。火を恐れる本能が声にならない絶叫を上げている。

 痛みを伴う熱。

 その猛威を全身に受けて、

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………か、ひゅ」

 

 ハンターは、

 

「……ぁ、が……っ?」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 少し遅れて、自分が『生きている』事に気が付いた。

 まだ目を開けられないが、己の体が端から端まで、しっかり五体満足で繋がっている感覚だけはハッキリ認識できていた。

 

 ……だが、実感が湧かない。生きているという実感が。

 そもそも最後の最後───バルファルクに太刀を突き刺したその直後、一体何が起きたのかをハンターは正しく把握できていなかった。

 

 視界の中で突然、何かが大きく爆ぜたのだけは記憶していた。

 そこから先の記憶はグチャグチャだ。吹き飛ばされたような感覚だけはかろうじて。

 ……いや、正直それも曖昧だ。元々何度も意識を失いかけ、思考力の欠けた状態で、根性だけを頼りに戦っていたのだ。直前の出来事のみならず、今の今まで自分が敵とどう戦っていたのかも全く思い出せない。

 

 体から、痛みと熱がゆっくり引いていく。

 それと同時に、全身に叩き付けて来る爆風が、次第に弱まっていくのも分かった。

 恐る恐る、目蓋を開く。

 目を開けた瞬間、外気の熱に眼球が焼かれてしまうのではないかと危惧したが、幸いにも、そんな事はないようだった。

 

 そして。

 視界いっぱいに、『それ』が飛び込んできた。

 

 

 

「ああっ……! 生きてるっ、生きてるな!? 良かった、間に合った……!!」

 

 

 

 誰かの顔があった。

 まだ視力が元に戻っていないのか、見える景色の全てがぼんやりと霞む。

 それでも、コチラを覗き込む顔のシルエットには見覚えがあった。

 

「……フィオ、レーネ……?」

 

「そうだ私だ! 分かるか()()()()! ……ああ良かった、良かった……!」

 

 大袈裟に震える声を聞きながら、ハンター・ムラサメは、霞んだままの目を何度か瞬かせた。

 視界の中で、全てがゆっくり像を結び始める。

 癖毛の跳ねた髪と、どことなく灰色がかった瞳。そして胸元から上あたり、騎士の制服を思わせる鎧が目に入って、ようやくこの声の主は、観測拠点エルガドに駐在する調査隊・王国騎士のフィオレーネであると視覚情報として理解した。

 

 コチラを見下ろしてくる彼女の顔を見て、「なんだその泣きそうな顔は」と思った瞬間、ムラサメは自分が地面に倒れている事にも気付く。

 

「遅れてすまなかった……! こんなに怪我を……今救護班がコチラへ向かっている! 貴殿のオトモが我々を手助けしてくれたおかげで間に合った! もうしばらくの辛抱だ! すぐに治療して───」

 

「ば……」

 

 フィオレーネの言葉を遮るように、ムラサメは右腕を上げる。

 起き上がろうとしたと勘違いされたのか、フィオレーネに「駄目だ! 安静にしていろ!」と上から押さえられてしまう。

 だが、それでも口だけは動いた。

 

「ば、ばるっ……バルファルク、は……」

 

 回らない呂律で、必死に伝える。

 それを聞いて、フィオレーネはムラサメの言いたい事を察したのだろう。心配そうに揺れる瞳をどこか遠くへ向けて、しばらく辺りを見渡して……何かを考えるみたいに眉をひそめて。

 

「……綺麗さっぱりだ。跡形も残っていない」

 

 少し痛むぞ、と言って、フィオレーネは倒れたムラサメの肩に腕を回し、静かに丁寧に上半身を起こしてやる。

 もはやそれだけの動きにすら激痛が走り、ムラサメは苦しそうに唸りながらも、なんとか起こしてもらって、見た風景に。

 

「…………」

 

 沈黙するしかなかった。

 本当に何も残っていなかった。

 元から広大なクレーターと化していた城塞高地エリア2だが、さらにその上に、半径五〇メートルほどの小規模なクレーターが刻まれていた。

 半月状に抉れた爆心地を中心に、全方位に深い亀裂が走っている。黒く焼き焦げた大地からは今なお蒸気が揺らめいており、凶星が最期に放った爆発の威力を雄弁に物語っていた。

 

 バルファルクの死体なんて、微塵も、欠片も、肉片すらも残っていなかった。

 そして、何より。

 記憶ではすぐ間近で起爆したはずなのに、今自分が倒れている位置から、爆心地がかなり遠い。

 

「間一髪だった……。すまなかった。こんな怪我を負うまで、一人で戦わせてしまって……」

 

 フィオレーネの話によると、本当にギリギリだったようだ。

 最後の大爆発の寸前、ガルクに乗ってエリア2までやって来たフィオレーネは、バルファルクから放たれる異様な空気に何かを察したのだと言う。

 咄嗟に翔蟲を放ち、頭部に捕まるムラサメに体当たりするように突っ込み、そのまま連続翔蟲飛翔で可能な限り遠くへ離れたらしいが……結局爆風からは完全には逃れられず、二人して数メートルほど吹き飛ぶ事になった。

 しかし、命は繋いだ。

 それだけで十二分だった。

 

「あれでは、バルファルクに寄生したキュリアも消し飛んでいるだろう。……最近のキュリアによる『異変』の正体は、またもや分からずじまいだ。……だが」

 

 言って、深く深く息を吐いて。

 フィオレーネは不意に、力が抜けたみたいに頭を垂れて。

 

「……良かった、貴殿が生きていて」

 

 彼女の絞り出すような声を聞いて、ムラサメの体から、やっと狩猟の熱から引いてきた。

 全身から力が抜ける。初めて深く呼吸をする。

 

 その時、何かが近付いて来る足音が聞こえた。

 モンスターではない。簡単な装備を身に纏ったガルクが一匹、落ち着いた歩幅で背後から近付いてきた。二人と一緒に爆発に巻き込まれてしまった、フィオレーネのオトモだった。

 

 ガルクは、二人に負けず劣らず砂埃まみれになりつつも、ムラサメに鼻をくっつけて何度か匂いを嗅ぐ。そして「アォン!」一声吠えて、頬をぺろぺろ舐め始めた。

 多分、ガルクなりの生存確認だったのかもしれない。

 

「……はッ」

 

 深い意味もなく、ムラサメは笑う。

 そして思う。どうやら今回の依頼は、おおむね達成できたらしい。

 自覚したら一瞬だった。ムラサメの意識が、今まで耐えてきた反動とばかりに急速にどこかへ遠ざかっていく。

 

 ……さすがに、もういいだろう。

 

 いい加減に疲れ果てた。声も出せない。体も動かせない。瞬きすらも億劫だ。

 すぐ近くにフィオレーネの体温と、ガルクの鼻息を感じながら、眠るように目を閉じる。

 そして、口に出さないまま小さく呟く。

 

 

 

 楽しい喧嘩だったぜ、バルファルク。

 もしオマエに来世があるなら──────アタシと、もっともっとたくさん(あそ)ぼう。

 

 

 

 それが今日、最後の言葉だった。

 カムラの里の『猛き炎』、女ハンター・ムラサメは、最強最高の好敵手と一方的に約束を結んで、静かに意識を手放した。

 

 

 

 

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