機動戦士ガンダム ジークアクス 船乗りの道導 作:海空陸一体
零れ落ちる鱗粉は
水に溶けるも跡残さず
宇宙世紀 1月8日
地球連邦ニホン自治区・地球連邦海軍ヨコスカ軍港。
旧各国軍を統合した連邦陸軍・連邦空軍・連邦海軍は、新設された宇宙軍とは違い、旧政府の色合いが残る自治政府の影響が残っていた。
地球連邦海軍太平洋艦隊・西太平洋方面軍、艦隊根拠地の一つであるヨコスカ軍港。旧暦においては幾多の名高い戦舟たちが、ここを母港にしていた。
港湾を中心に、軍事工廠や整備施設などの周辺設備、艦の乗組員や基地守備隊等が身体を休める宿泊施設。艦隊の陸上司令部として使われている、対爆仕様のコンクリートビル。
ヨコスカ軍港から大洋へ出るには、ミウラ半島とボウソウ半島を隔てるウラガ水道を抜けるのが必要だ。東アジアどころか地球全体から見た場合、有数の経済規模を誇るニホン自治区。ウラガ水道には連日、それを支える為に多数の水上船舶が航行している。
そのウラガ水道は現在、無期限の退去命令が下されていた。それだけではなく、ニホン自治区・太平洋側全域には避難勧告とけたたましいサイレンが鳴り響いていた。
『ウラガ水道は立入規制中です。水道内を航行中の船舶は退去して下さい』
『ふざけんな!?こっちは3ヶ月も掛けてニホンに来たんだぞ!荷を運んできてるんだ!!』
『ナンバー083、速度を落とさずに進入してくる構えです』
『水上機動隊に出動要請。対象を拘束し、水道の出口を開けろ』
怒号と罵声が入り雑じる無線は、混沌とした状況を示していた。
突如始まった規制により、民間が混乱を極めている中、連邦海軍・西太平洋艦隊はニホン自治政府からの命令に従い、ヨコスカ軍港からの退避を実施していた。
『こちら西太平洋第1艦隊、旗艦『ムサシ』。航行管制へ、我の出港用意ヨシ』
『了解。管制局より『ムサシ』へ、航路はクリア。出港を許可します』
『ヨーソロー、…‥旗艦より達する。各艦はウラガ水道を離脱後、ニホン海側マイヅル基地に集結せよ。陣形を組む必要無し。繰り返す、ニホン海側マイヅル基地に…‥』
ヨコスカ軍港の奥から姿を現したのは、時代遅れの艦種であった。史上最大の艦砲である600mm砲を三連装砲搭に納め、船体の前部に2基と後部に1基、3基9門搭載。船体各所にハリネズミの如く兵器を装備しているばかり、強固な装甲は下手な攻撃を防ぐ。
連邦海軍がミノフスキー粒子の対応策として建造した、宇宙世紀に甦った鋼鉄のリヴァイアサン。
ジュッドランド級戦艦
その規格外の艦砲を据えた巨体が、ウラガ水道を急ぎ足で下ってゆく姿は、ある種の不気味さを出していた。
そして、避難を始めているのは海軍だけではなかった。
ニホン自治区太平洋側の各連邦軍基地から、次々と戦隊や師団、飛行隊が基地守備隊を伴って、ニホン海側へ避難していった。また、将兵たちは各々の身内を引き連れて、まるでナニかに追われるように基地から離れていた。
飛行場から、ミデアやデプ・ロックと言った大型機だけではなく、小型戦闘機であるセイバーフィッシュも、滑走路から大空へ離陸してゆく。
駐屯地から、61式戦車の車列が瞬く間に幹線道路を埋め尽くし、装甲車や軍用トラックなどの支援車両が山間部を目指す。
当然、陸海空問わない連邦軍のこれら行動を、間近で見ていたニホン自治区の連邦市民たちも、同様の行動に出る。必要最低限の食料や私財を持ち出し、ありとあらゆる手段で避難を始めたのだ。
これに対して、一部の界隈は政府の陰謀だと騒ぎたてた。一般市民が逃げ出す中、街中デモを決行する団体が出始めていた。
テレビでは、自治政府の避難勧告を、科学的根拠が一切ないモノだと断定し、日頃の鬱憤を晴らすが如くここぞと強い口調で攻め立てた。
経済界は、意味も分からない規制に、心の底から激怒し、片っ端から電話を掛け、直ぐに解除するよう詰め寄った。
これら批判の矛先である、ニホン自治政府上層部は、チヨダ区ナガタ町の代表官邸に集まり、この騒動の仕掛人を詰問していた。
「トウゴウさん、本当に責任を取れるんでしょうな」
「アンタが持ち込んだ資料なんだぞ!これで間違ってたら……私の議席が!?」
「避難勧告を発令してから、まだ半日しか経ってないのに支持率がこんなに下がって…」
政府閣僚の阿鼻叫喚とも言える有り様を、トウゴウ・イチロウは黙って見据えていた。そんな中、資料を喰い入るように読解していた、この建物の主がゆっくりと顔を上げた。
「キサマ、これは本当に起こることなのか?」
何度も繰り返された質問に、トウゴウは同じ答えを返す。
「そうだよ。それとも何だ、オマエは、俺の可愛い息子の報告にケチつける気か?」
キサマ、オマエ。
学友だった頃からの、互いの呼び合いに懐かしさを感じながらも、引く気など一切無かった。
「ケチをつけるどころか、正気を疑うしかないモノだからな」
まあ、そうだろうな。
トウゴウは胸の内で同意していた。最初に軍用暗号通信で送られてきたデータを見た際、一瞬だけ我を失いそうになったぐらいだ。
「キサマの息子が予想したコロニー落下の被害は、こちらでも試算中だが…少し前に暫定値が出された」
「どうだった?」
「……少なくともシドニー消滅は間違いない。直後に発生する巨大津波に関しても、最大高50m以上らしい」
あまりの計算結果に関係者がざわめく。規格外過ぎる高さの津波に想像が追いついていないのだ。
「そんな荒唐無稽の予想に、オマエは動いてくれたんだ。感謝しかねぇよ」
「当然だ。今は敵対しているとは言え、理想を語り合った同士だ。そんなキサマが、連邦議員の席を掛ける、と言ったのだ」
それに……。そう呟いた、ニホン自治政府代表は、少しだけ深呼吸してから、話した内容に少なからず衝撃が走る。
「コロニーの件。連邦軍に問い合わせたが……箝口令が引かれている」
「……ナニも聞くな、知ろうとするな」
「そうだ、
そうして代表はその場に居る全員の顔を、一人一人しっかりと見てから口を開いた。
「私は自治政府代表として、しかるべき行動を取るべきと判断した。連邦政府並びに連邦軍が、市民の生命を守る方法が無いのであるならば、独自の行動に出る」
その言葉に、閣僚たちが顔面蒼白と化す中、トウゴウは微笑しながら少しだけ助け船を出した。
「良いのか?地球連邦からの分離独立運動だと捉えられるぞ」
「それを言うなら、シドニーが消滅すると明言されてるオセアニア代表から、キサマ宛てに名指しで除名要求が来たぞ」
互いに腹の底で何を考えているのか分からない、凄みを感じさせる笑みを浮かべている。
やる事は決まった、あとは行動あるのみだ。
「連邦議会を任せるぞ、キサマよ」
「そっちの面倒を頼むぞ、オマエさん」
この話し合いを最後に、ニホン自治政府は72時間限定の非常事態宣言を布告。一時的に、連邦政府からの政治的統制から外れるのと、同意義であった。
ニホン自治区の非常事態宣言に反応したのは、近隣のチュウゴク自治区とロシア自治区の2区であった。
旧暦から消えぬ因縁がある2区は、ニホン自治政府の動きを分離主義だと即断。自治区内の連邦軍に動員を発令する。
即応可能な海軍及び空軍部隊が徴用され、ニホン海にて、ヨコスカ軍港を根拠地とする西太平洋艦隊第1艦隊と、ウラジオストクを母港とする第3艦隊が対峙する状況が発生。
更にリョジュン海軍基地から出港した第2艦隊に、カントン海軍基地の第4艦隊が合流し、ニホン列島太平洋側へ進出した。
空は、連邦空軍機が互いに睨み合い、一色触発の状態であった。
宇宙世紀0079 1月10日
人は空を見上げていた。
老若男女関係なく、空を見ている。
生まれの貴賤なく、空に出来た天井を見ていた。
「空が……落ちて……くる」
人々の視線の先には、大気圏突入の摩擦熱で赤熱している人工天体の姿があった。
それは細かな破片をばら撒きながら地球を一周し、地球連邦軍総司令部があるジャブローへ向かってゆく。
そして、その瞬間が来た。
グリニッジ標準時・8:35、アラビア半島上空でアイランド・イフッシュ、空中分解。
その僅か6分後、8:41、アイランド・イフッシュ前部が地上(オーストラリア・シドニー付近)に落着する。
オセアニア自治政府は、同日0時に連邦宇宙軍から緊急連絡で、コロニー落下阻止が失敗に終わったと知らされた。
自治政府はパニック状態になりながらも、オーストラリア東部全域に避難命令を発令。
しかし、避難は事実上、失敗に終わった。
ニホン自治政府からシドニーに落下する、と言われても、ピンポイントで場所の指定出来るのはおかしいと、信じきれなかったのが1点。
避難命令が出たのが当日0時だった為、シドニー市民がニュース番組などでコロニーは、ジャブローを狙ったモノと聞かされおり、政府の発表を、ジョークの類と疑念を抱いてしまったのが1点。
オーストラリア駐屯の連邦軍が避難誘導より、自己退避を優先したのが1点。
その為、アラビア半島上空で、アイランド・イフィッシュが分裂した時点で、シドニー近郊から脱出したのは、市民の3割程度に留まった。
この3割を少ないと見るか、多いと見るべきかは後の歴史研究者たちが、判断に悩むことになる。
コロニー前部がシドニーを消滅させ、残る中央部・後部は、それぞれ太平洋洋上・北アメリカ大陸に落下。北アメリカ大陸カナダ・アメリカ境界線付近に甚大な被害を出し、太平洋には巨大津波が発生。
太平洋上に展開していた西太平洋第2・4艦隊は呑み込まれ、全てを押し流しながら、ニホン列島へ直撃した。
沿岸部は悉く水没し、河川は逆流してくる津波の勢いのまま内陸部まで浸蝕した。
比較的に被害が少なかったのは、ニホン海側が主であり、チュウゴク自治区・沿岸は北部を除いて中部・南部は壊滅しており、ロシア自治区はコロニーの一部がシベリア管区に落下し甚大な被害が出ていた。
ブリティッシュ作戦は、その一撃で50億を超える生命に終わりを与えた。
宇宙世紀0079 1月12日
ルナツー・高級士官用個室
その部屋は真っ暗であった。
電灯も暗照灯も全て消されていた。
ただ一つ、部屋備え付きのテレビの灯りだけが、部屋を照らしていた。
『ニホン自治区での被害者は、10万人相当と見られており』
『チュウゴク自治区の津波被害は凄まじく、行方不明者は未だ集計が』
『ニューギニアでは、島ごと住民が巻き込まれた模様で』
『衛星画像になりますが……皆さん、これは…現実なのです。ご覧のように…シドニーは…………消滅しました』
テレビから流れてくるのは、コロニー落としの結果だ。聞こえてくるのは、悲惨な結末を迎えた人々に関するニュースばかり。
それを黙って聞き流し、コロニーが落着する映像を見つめる。人口500万以上の大都市が消える瞬間を、焼き付けるように観る。
「……許してくれ」
アイランド・イフィッシュが、GGガスにより死の空間と化すのを傍観したことへの告解か。
人が生きていた人工天体、それが質量兵器に変貌するのを止められなかったことへの謝罪か。
結末を知っていながら、阻止出来なかったコロニー落としへの懺悔か。
「許してくれ…許してくれ…許してくれ…」
赦して欲しい、と言い続けることしか出来ない。犠牲の過大さに対して救えた命は僅かであり到底、贖罪に足るとは思えなかった。
だが、そうしなければ、耐えられなかった。己の罪を自覚し、余りの重さに押し潰されそうになっていた。
「許してくれ」
その時、特徴的な音を発しながら内線電話が点滅した。それを緩慢な動きで受話器を取り外し、通話ボタンを押した。コールを掛けたのは、ルナツーの基地職員だった。
「……なんだ」
『大佐、中将閣下がお呼びですが……声が掠れているようで、大丈夫でしょうか?』
「いや……丁度、仮眠していた。それだろう」
男は嘘をついた。
仮眠など取れる状態では無い筈なのに。
だが、通話先の職員は誤魔化せたようだった。
『分かりました。本題ですが、レビル閣下が各艦隊司令官に召集を発令しました。大佐も会議にご参加下さい』
「…承知した。時間と場所は?」
『はい。場所は作戦会議室になります。時間は30分後です』
「分かった。身支度を整え次第、向かうと閣下に伝えて欲しい」
職員が返事をすると通話を切った。
足取りが覚束ない中、フラフラとシャワー室の中に入りお湯を出す。
鏡に映るその顔は、酷い有り様だった。充血し真っ赤になった目に、流れ落ちた涙の跡が残る頬。
「……やらなければ。助けれる命を」
男は聖人ではない。
男は他者を殺す生業だ。
男は無力な人々を助ける責務を負っていた。
トウゴウ・ヤイチロウは知っている。
この地獄が続くことを。
だからこそ、足掻くしかないのだ。
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