潰してやる…潰してやるぞ 薊政権   作:あかい

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薙切家の「じゃない」方

 私はしがない教員だった。

 

 そこそこ歴史ある老舗旅館の次子として生まれ、年の離れた兄を真似するように、五つの時に包丁を持った。

 それなりに料理人としての才があったのだろう。幼い頃は兄と並んで神童として持て囃され、私も調子に乗って厨房に入り浸っていた。

 

 すくすくと育った料理人としてのプライドがべきべきにへし折られたのは、とある学園に入学してから半月経った頃だった。

 遠月茶寮料理學園。日本で一番有名な料理学校である。

 私の料理人としての才能など、この學園に集う化け物共の小指の爪程にも及ばないのだと理解したのは、同級生に遊び半分で申し込んだ食戟擬で、完敗した時だ。

 

 今思えば、あの時料理をすっぱり諦め、學園を退学していれば良かったのかもしれない。

 ただ当時の私は非常に負けず嫌いであった為、へし折られたプライドを回復せんと躍起になっていた。先輩同輩後輩を巻き込み、何日も徹夜して料理の研究に勤しみ、食戟擬を重ね自身のスキルアップを図った。輝かしい青春だったと言える。今でも大切な思い出だ。

 

 學園を卒業した後、方々から来る誘いを蹴って遠月の教員になる道へと進んだ。在籍した六年の間で、客に料理を振る舞うよりも、人に教える事に喜びを覚えるタイプだと自覚できたのである。

 料理人の卵が己の料理に悩み、向き合い、殻を破って成長していく。例え一助であろうとも、彼らの助けになれた事が誇らしかった。偶然声をかけた後輩から、「先輩のおかげです!」と微笑まれた時に、私は決めたのだ。料理人の卵を導く道へと進もうと。

 一皮剥けた学生達が學園を巣立ち、料理界を発展させていく。素晴らしい事ではないか。

 料理は好きだ。私は料理が持つ無限の可能性を信じている。まだ見ぬ皿が待っていると思うといても立ってもいられない。新たな一品が己の手で、他者の手で生み出されていく様に興奮を覚える。

 いずれ日本の料理界を、いや、世界の料理界を担っていくであろう若者達に出会える學園は、私にとって最高の職場と言えた。

 

 だからこそ、薙切薊の「正しい味」しか認めない、それ以外は塵だという意見には賛同できなかった。

 何十、何百、何千、何万もの失敗を積み重ねた先には彼が言う「正しさ」を超える味がある。私が學園在籍中に辿り着いた結論である。初めから引かれたレールの上を走るだけでは辿り着けない一品があるのだ。

 彼が前総帥である薙切仙左衛門を追いやり、新しく総帥の座に着いてから、何度もそう伝えた。薙切薊とは知らない仲ではなかったし、妄執に囚われている彼は非常に危うい状態だった。

 

「先輩、残念です。貴方なら僕の理念に賛同してくれると思っていましたが……」

「中村!」

 

 現実は非情で、彼は頑なだった。何度目かの抗議に、解雇という形で返答された時には、この男と己の主張は一生相容れないものなのだろうと嫌でも理解させられた。

 既に日本の料理界は薊政権の手が回りつつある。実家に帰る事は出来ない。何十人もの従業員を抱える兄の迷惑にはなりたくなかった。

 

 學園を追い出された私は行く当てを失い、彷徨っていた。どうにかして、薊政権を打破できないかと頭を悩ませ、月明かりが照らす道を進んでいた。思考に集中していた私は、道を照らすライトの光にも、タイヤが道路を進む音にも一切気づいていなかった。

 己の現状を正しく理解したのは、体に途轍もない衝撃が走ってからの事である。コンクリート壁が迫ってきたような衝撃に、体が吹っ飛ばされて、宙を舞い、地面に落ちたような音がした。學園の事、料理界の事、未来の料理人の事。何かを考える前に、私の意識はぷつんと消えてなくなった。

 

 

 

 

 

 

 車か何かに撥ねられてしまった私は、目を覚ますと五十センチ程の大きさに縮んでしまっていた。つまり赤ん坊になっていた。流石に若返りすぎだ。名探偵の彼もびっくりであろう。動揺しすぎて、乱歩・ドイルとか名乗るかもしれない。おまけに全く見覚えのない場所にいる。どこだ、ここは。

 

 困惑する私の目の前に派手な柄の人形が差し出される。反射的に手に取ってしまった。ただのうさぎを模した人形である。唯一異様なのは目に優しくない色の布で縫われているということだろうか。

 上下に緩く人形を揺らしていると、ふふっと笑い声が聞こえた。黒髪をぴしっと一つに纏めている女性が穏やかに微笑んでいた。誰?

 私をあやしているらしい女性は、暫くすると別の女性と入れ替わるように私の下から去っていった。彼女たちは私のお世話係のようだ。どうやら私――この赤ん坊はやんごとなき身らしい。

 ロイヤルファミリーとかだったらどうしよう。親に仕込まれたのでそれなりの所作はできるが、ロイヤル感を醸し出せるかと問われれば難しいと言うしかない。だが、そんな私の不安は早々に解消された。私を見に来たいかにも日本男児風の男性が着流しをばっちり着こなしていたからである。良かった、日本人っぽい。

 

 暫く赤ん坊として過ごしていた私が、己の立場に気づいたのは、この体になってそれなりに経ってからだった。

 

「えりな様までもが神の舌を持っているとは……二代続いての神の舌を持つ者が生まれるのは薙切家至上初ですぞ!」

 

 薙切……?えりな……?

 頭に浮かぶのは、史上最年少で遠月十席に加わり、日本の料理界を牽引するであろうと呼ばれた少女の姿。

 まさか、私がいる場所はあの薙切の家だというのか。そういえば、以前目にした着流しの男性……どこかで見た事があると思ったが、彼はもしかしなくとも理事長ではないだろうか。

 

 どうやら私は、薙切家の一員として生まれてしまったらしい。輪廻転生という奴だろうか。このような非現実的な事がまさか自分の身に起こるとは。あまりにも奇想天外。アンビリバボーなあの番組に出演できるかもしれない。

 

 柵の中でぐるんぐるん寝返りを打ちながら、私はある一人の男に思いを馳せた。かつての後輩で現在の父親、薙切薊。私の首を切った男。複雑以外の何物でもない。

 彼が狂気的と言えるほど「正しい美食」に拘っていた理由。見当はついている。何せ私もあの事件を目の当たりにしたのだから。薊の主張も理解できるが――やはり私は料理とは、真の美食とは一人一人の料理人が幾億もの失敗を重ねて無数の選択肢から生み出すものだと考えている。神の舌を使えば、誰もが美食を作れるようになるだろう。だが、そこに料理人の熱はない。空虚な、無味乾燥な皿が出来上がるだけだ。

 だが、どうにかしようにも、赤ん坊という身の上ではどうにもできない。せいぜい寝返りを打つくらいである。そもそも薊――父は滅多に私の下に現れない。これは父親だけではなく母親もそうだが。

 

 うーん、どうしたものか。

 


 

 薙切家の一員として生まれ数年。寝返りしか打てなかった私は、屋敷を徘徊できるまでに成長した。薙切の名を持つ者として、多くの人間から期待とプレッシャーを掛けられながら薙切家の教えを受ける。私が大人でなければ、泣きわめいて駄々こねていたかもしれない。まあ、でも薙切えりなに比べたら、私にかけられる期待など飛んで吹くようなものだが。

 神の舌を持つ彼女は、まだ碌に言葉を発せない時分から数々の料理の味見を任されていた。依頼の件数は彼女が成長すると共に比例的に増えていく。味見と並行して私と同じ、いや、それ以上の教育を受けているのだ。驚くべきことにそのハードスケジュールを一切の弱音を吐かずに熟しているのだから、正にスーパー女児と言って過言ではないだろう。

 だが、弱音こそ吐かないものの、時折暗い顔で廊下に佇んでいる姿を見かける。

 

 小さな女の子が辛そうにしている。何とかしてやりたいと思うのは当然の事と言えた。

 

「おじいさまに怒られてしまうわ!」

 

 叫ぶ薙切えりな――姉の手を掴み、屋敷を駆ける。父や祖父に見られたら確実にお叱り待ったなしだが、幸い二人はここにはいない。次の味見の仕事まで、三十分ほど時間がある。

 辛そうに味見をする少女の姿を見ていられず、彼女の手を引き、厨房へと駆け込んだ。肩で息をする姉に水を渡し、フライパンと米、玉ねぎを取り出す。みじん切りにした玉ねぎを炒め、生米を投入。そのまま暫く炒め続け、別で作っていた出汁と混ぜて水分を飛ばす。

 

「リゾット?」

 

 横から顔を出した姉が、怪訝そうな顔で私を見た。皿に盛りつけて、姉に差し出すと彼女は困惑した表情で私とリゾットを交互に見つめた。

 

「何で私が……わ、分かったわ。食べるわよ!」

 

 眉間に皺を寄せて、食べたくなさそうな様子の姉に無言で皿を押し付けると、彼女は観念したかのように両手を上げた。

 

 一口。リゾットをスプーンで掬って口に入れた姉の瞳が見開かれる。かつて學園で教わり、教えてきた通りに作ったリゾットだ。不味いはずがない。姉の様子に満足気に頷くと、彼女は憮然とした表情で「……私にも、作り方を教えてよね」と呟いた。

 

 

 

 車が地を進む振動が体に伝わる。両手と両足を縛られ、身動きが取れない上に、目隠しのための布を巻かれて自分が今どこにいるかも分からない。唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

 

 端的に言えば、誘拐された。

 

 どうやら誘拐犯は私とえりなを間違えたらしい。似てるからね。仕方ないね。

 顔を真っ赤にして携帯に向かって叫ぶ男は、数分間もの間怒号を飛ばし、地面に携帯を叩きつけた。怒りを発散するかのように地に落ちた携帯を二、三回足で踏みつけ、肩で息をする男。彼の様子をぼんやりと眺めていると、顔を上げた男と目が合った。

 

「何故お前は神の舌を持っていないんだ!ふざけるな、この役立たず!お前のせいで俺の計画が全部台無しだ!!」

 

 そ、そんなこと言われても……。

 身動きが取れない私に男の罵声が降りかかる。えりなを使って料理人としての道を成り上がっていく。ぎゃあぎゃあと喚く男の言葉の端々から、男がそんな夢物語を思い描いていたことが窺えた。

 少ししか聞いていない私でも「無理だ」と分かる杜撰で幼稚な計画だが、誰か男の野望(笑)を止める者はいなかったのだろうか。なんだか後ろで待機している誘拐犯たちも微妙な顔を浮かべているし。男は既に、冷静な判断が出来ない状態に陥っているのかもしれない。

 だが、実際に人違いとはいえ薙切家の者を誘拐できている時点で、男の計画は半分ほど達成できていると言っても過言ではない。

 

 どうするんだ、この状況。下手に男を刺激して、これ以上状況が悪化するのは避けたい。が、このままだと放っておいてもヒートアップした男に刺されかねない勢いである。男とこれ以上視線が合わないように逸らしていると、扉の前に立っていた誘拐犯の一人へと視線が吸い寄せられた。

 ――一度だけ、屋敷で見かけたことがある顔だった。黒服に身を包んだ彼は、父の隣にいたはずだ。

 瞬時に私の頭の中で一つの仮説が浮かぶ。もしや、この状況は父が仕組んだものではないかと。

 あり得る、と思ってしまった。最近の父は、総帥の座についた薙切薊の姿にそっくりだった。姉に対して行われる教育を邪魔する者の排除。例え、それが肉親であっても今の父ならばやる。そうやって義理の父親も蹴落としたのだから、血の繋がりなど彼には関係ないはずだ。

 

 ならばこの危機から脱出するのに、薙切家を頼る事は難しいだろう。父は根回しや暗躍が得意だから、この誘拐を祖父が把握していると希望を持たない方がいい。

 どうしたものか。己の力でこの場を切り抜けるとなると、難易度ルナティックである。何せ私は三十年ほどの料理経験がある子どもに過ぎないので。

 

「何だその反抗的な目は!」

 

 どうするべきか、と考えていると頬に衝撃が走った。叩かれた、と気づいたのは衝撃に耐えきれず床に体を打ち付けてからだ。じわじわと頬が熱を持つ。両手両足縛られているから、起き上がることも出来ず芋虫のように動く私を見て男は高らかに笑った。

 ちょっと不味い状況かもしれないな、ずきずきと痛みを訴え始めた頬から意識を外し、笑っている男へとこっそり視線を移す。反応しても、反応しなくても激昂しそうだ。これも父仕込みなのだろうか。だとしたら、彼は役者である。

 

 けたけたと笑い声を上げ、男は部屋から去っていった。誘拐犯の数人が男の後に続き、残ったのは一人であった。屋敷で見た事のある男である。彼は、最後の一人の背中が扉の先へ消えた事を確認して、すぐさま私に駆け寄った。

 

「止められず、申し訳ありません。すぐにこの場からお逃げください」

 

 焦ったような表情の男が、私を拘束する縄を外し早口で言った。その姿を見るに、どうやら男の私に対する仕打ちは彼らの想定外にあったようだ。驚いた。手綱を握れていないらしい。叩かれた頬に手を添えると、彼は痛ましそうに私を見つめた。

 

「血が……!」

 

 男の目が驚愕に見開かれる。口元を拭うと、少量の赤が手の甲についた。先程叩かれたときに口の中が切れたのだろうか。ぼんやりと手の甲に付着した血液を見つめていると、男に早く逃げろと急かされた。

 

「この部屋から出て、右に進んでください。突き当りに外へと繋がる扉があります。扉を開けて少し進んだ先に黒い車が待機しているので、そこで手当てを……」

 

 流れるように言葉を紡ぐ男は、胸元から出したハンカチで私の口元をそっと拭う。その手つきは優しいものだった。

 

 彼に背を押され、廊下を進む。「あの扉です」と示された場所が、私が薙切家に戻る道へとなるのだろう。扉の前に来て、彼とは別れた。私が逃げ出したことを男に気づかせないために細工するのだという。

 

 扉を開けると、暖かな日差しが私を包んだ。光が眩しい。

 こそこそと植え込みに隠れながら進むと、確かに黒い車が停止していた。あの黒服が助けてくれたのは、何故だろうか。

 もしかすると、父に私を排除する気はなかったのかもしれない。危ない状況に会わせて姉の教育を妨害する私の行動を止めさせるために、今回の事を引き起こした、とか。

 

 何にせよ、だ。父がどういう思惑で今回の事を引き起こしたのかは知らないが、やりすぎだ。

 遠月の総帥の座に収まった後の変革もそうだが、極端すぎる。人の心とかないのだろうか。

 

 空を見上げる。綺麗な青が広がっていた。目を閉じると、かつて遠月で過ごした日々が浮かび消えていく。

 

 うん!やっぱり無理だわ!

 

 一つ頷き、私は敷地内へと足を進めた。車に乗る人物に見つからないように慎重に、ここではない別の出口を探す。

 数分も探せば、出口はすぐに見つかった。足を必死に動かして、家から距離を取る。

 薙切薊と私の考えは相容れない。彼が折れるか私が屈服するか──そうでもしないとまた衝突するのは目に見えている。前は教師と理事長という関係で首という形で済んだが、今回は親子で、恐らくマッチポンプの誘拐を企てられ、実行されている。

 要するに命がいくつあっても足りねえや、という話である。

 

 薙切えりなの事を思うと心は痛むが、身の安全と天秤にかけると迷いなく後者に傾く。私は神の舌持ちではないし、居なくなった所で困る人も居ないだろう。

 

 あばよ、薙切家!二度と帰らねーから!!




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