「んふぁ……。」
赤毛をボブにした綺麗な髪に黒のスカート、黒のローブを羽織った少女……にも似た少年が、重い瞼を気合で開けると、黒魔術を施した藁に後は金属をコーティングするだけの段であることに気が付く。別に趣味で女装をしている訳ではない。黒魔術において闇を司る女神に仕える帰依者としての正装だ。
黒魔導士テグレクト=ウィリアムは【奴隷の首輪】の作成を中断し、洗面所で冷たい水をつかい顔を洗う。鏡に映るのは燃えるような赤毛と少女と見紛う童顔。これでも王都では一流の黒魔導士兼奴隷商人として名が通っており、〝童顔の邪神〟〝神童背信者〟と忌み嫌われている。
「さて……。」
眠気も覚めたウィリアムは牢獄に新しく追加された【商品】3つを睨む。内2つは健気にも【商品】を奪還するためウィリアムの家を襲う暴挙に出たため新たに追加された品だ。【商品】が何だか喚いているが、ウィリアムは
「特出した<スキル>はなし、冒険者ギルドへの売買は無理だな。……供物として神殿に売ろうか。しかし最近値が落ちているからなぁ。娼婦として売るだけの器量はあるが、22歳か。年が行き過ぎている。」
「待って!娼婦だの供物だの……。身代金が目当てじゃないの!?わたしはルーハイン家の令嬢よ!」
「博打で作った借金が積もりに積もって金貨2870万、絶縁状と共に貴族の館から送られてきたのが2000万。3000万で買い取ったから最低でも1000万以上になってくれないとこちらが損をしてしまう。うむぅ、困った。」
あくまでも虚無へ語り掛けるようなウィリアムの言葉に【商品】の二つは血相を変える。何やら〝そんな話は聞いていない〟だの〝私は命令に従っただけ〟だのと喚き散らし、危うく紛糾寸前となる中……
「<
詠唱の一つで牢獄内に
「やはり娼館が一番高値となるだろうか……。元貴族を
鈴を転がすような声で満足気に微笑んだあたりで、【商品】たちの顔はいよいよ絶望に染まっていく。ウィリアムは通信の魔道具を取り出して一言二言通話し、その10分後に、むっくりと太った色黒の男が現れた。
「やぁ、やっとうちで働いてくれる気になったかい?」
そんな劣情を込めた眼差しと共に向けられた一言を華麗にスルーし、ウィリアムは檻の中と絶縁状を見せる。
「ふん~、元貴族でこの顔立ちかぁ。悪くないな、700か。他の二つは変態御用達だな、相場は100くらいだがキリ良く150で買い取って1000でどうだ。」
「没落貴族の身売りにしても安すぎる。1500。」
「没落貴族がメイドになったところで700は破格だ、1100。」
「女中として売っているように思えるか?1400」
「こっちだって元貴族を扱うってなればリスクがあるんだ、実際絶縁状の存在を知らず刺客が来たんだろう?1150。これ以上業突張りをするなら他を当たってくれ。」
「1150か……。まぁ及第点か。それでは……」
二人が握手を交わそうとした刹那、コンコンコンとノックの音……いや、ドンドンドンと切羽詰まった扉をたたく音が聞こえた。
「呼んでるが?」
「ああ、玄関口の式神を通じて見えている。女中だな、ルーハイン家の家紋をつけておる。」
「あんたを疑う訳じゃないんだが、この絶縁状は本物……というか、向こうは本気なんだろうな?冗談半分で書いてどうこうなるものではないことくらい理解する脳みそはしているんだろうね?」
「相手は伯爵家、そう信じたいが……。こうも不慮の事態が続くとケチがつくな。すまない、この埋め合わせはどこかでするので、一旦白紙にさせてくれないか。キャンセル料はこちらで。」
男は布に包まれた金貨10枚を受け取ると、了解したとばかりに裏口から去っていった。それをみたウィリアムは深いため息をつきながら正門のドアを開けた。そこには年にして14,5であろうか、未だ幼さの残った少女がメイド服に身を包んで立っていた。
「どうした女中。」
余程急いでいたのか未だ息は絶え絶えであり、深呼吸を繰り返している。そしてキッと鋭い眼差しでウィリアムを見つめ、一枚の紙を取り出した。
「わたくしはルーハイン家メイド兼魔導士、ウィーサと申します。アルファ=ルーベルト様の絶縁状を取り消す旨の書状を奥様より賜りました。アルファお嬢様を解放してください。」
「そうか、それで金は?」
「はい?」
「だから、金は?と聞いている。今このお嬢さんは金貨1500枚で売れるところだったのだ。それをどう補填するつもりなのか展望がないならば、〝ルーハイン家のご令嬢は博打で借金を作り、挙句権力を使って踏み倒した〟という風評が社交界に流れることになるな。」
「……脅しているのですか?」
「事実を述べているまでだ。金を預かっていないのか?」
「奥様は書状だけを……。」
「話にならん。帰れ。」
「ではお嬢様はどうなるのです!?」
「そもそも絶縁状を出したのは伯爵本人、その解除を求めたのは伯爵夫人とあれば、貴様の脳みそでもどちらに重きが置かれるか分かるだろう。後は〝家庭内の問題〟だ。こちらに責任を問うな。」
「では!わたしが金貨1500枚の代わりとなります!お嬢様を解放してください!」
「ほぅ……。ウィーサと言ったな。どれ……。」
一笑に付されると思い発してしまった一言に思わず戦慄を覚えてしまう。自分よりも幼い少女が自分を見定める目は鋭くなり、比喩でもなんでもなく頭のてっぺんからつま先までを見まわしている。
「ふむ、魔導適正あり。年が若く……」
「きゃ!なにをするんですか!」
「華奢に見えるが、中々豊満な胸を持っているな。良い値が付きそうだ。〝最悪の場合〟でも元金は回収できそうなので良しとしよう。」
「では……お嬢様を解放してくださるのですね。」
「ああ、むしろさっさと帰ってもらおうか。」
ウィリアムがフィンガースナップをすると、牢獄の扉が開き、<
「助けたはずの主に見捨てられたな。会話の一部始終は聞こえていたはずだというのに。アハハ。」
「……それで、わたしは今後どうなるのでしょうか?」
「実はこの家の女中を探していてな。仕事は黒魔術の補助とわたしの仕事である奴隷売買の雑務全般。一般的な女中業務はしなくていい。むしろ一室を貸し出すのでそれ以外は指示がない限り指一本触れないでくれ。」
「わたしが……奴隷売買……?」
「金貨1500枚の代わりになると啖呵を切ったのだ、出来ないというならば……相応の報いを受けてもらうほかないな。」
ウィーサは自分よりも年若いであろう少女の一瞥に悪寒を走らせる。この条件を蹴れば、自分はより劣悪な環境に身を置くことになる。それがありありと分かった。ウィーサはまるで操られるように、一も二も無く頷いていた。
「では正式に雇用契約書を結ぼう。ルーハイン家から取り寄せる私物はないか?」
「いえ特に……むしろこのメイド服をお返ししなくてはなりません。」
「わかった手配しよう。ついでに金貨1500枚を払うのならば貴様の身柄を解放する旨も手紙に書いておこう。」
〝そんなことがありえるものか〟
ウィーサはあまりに悪辣な少女の行動に怒りを募らせる。
「では大体だが、休日は週に3日。労働時間は不規則だが週に40時間は超えないようにする。超えた場合は別途に手当を払う。住み込みなので私物を置くのは良いが、部屋から出さないこと。あとさっきも話したが、わたしの許可なく屋敷のものに触らないこと。報酬は月に金貨で15枚。全額を返済に回せば100か月で自由の身となれる。」
破格の条件にウィーサは目を丸くする。メイドと兼任し、魔導士をやっていたので伯爵家でも給金は高い方であったが、半年節約して貯められる金額が金貨で10枚といったところだ。
「ただし!」
未だ呆然とするウィーサの耳朶をウィリアムの声が打つ。
「明日から覚悟するように。」
その微笑は、あまりにも冷淡で、悪意を感じない代わりに暗澹たる明日を淡々と告げているかのようだった。