「アム~~。ひもじいぞぉ。腹が減った。わたしはまた飢えて聖骸となるのか?今度復活するとすれば何時代の何時じゃ?」
「一食抜いたくらいで騒がしい。屋敷に帰れば鱈腹飯を食わせてやるから黙っていろ。」
「しかし馬車なんぞ持っていたのじゃな。屋敷では見かけなかったぞ。」
「2、3月に一度使うかどうかだからな、馬の世話も面倒なので業者に預けている。」
「それでは赤字にならぬのか?金勘定に厳しいアムにしては珍しいの。」
「この世の中、全部が全部計画通りに事が運ぶとは限らない。もし商品取引で都合が付かなくなったとき、自分から売りに出す馬車の一台くらい持っていないと損をするだろう。必要な投資だ。」
「それにしても全身には白の化粧、わたしの自慢である黒髪も銀に染めおって……全く不愉快じゃ。」
「そうか、王立調査局に捕縛され今度こそ断頭台・首括りになるか、反王政組織に捕まって拷問の末爆殺か、そんな未来をお望みならば喜んで化粧も髪染めも落としてやろう。わたしはどちらでも構わん。」
「あはは!アムよ!冗談に決まっているではないか。どうじゃ?銀髪のわたしも美しいであろう?」
「銀よりも金が好きだな。もっといえば白金ならばなおいい。」
「ふん、口を開けばカネの話。屋敷にはウィーサ一人じゃがよいのか。夜盗が狙うかもしれんし、ウィーサが宝物庫から金を盗むやもしれんぞ。」
「夜盗に破られるほど生半可な造りをしていない。鍵は内側からでも開けられないようにしてきた。それと宝物庫には強力な呪術をかけている。近づくだけで地獄の苦しみが待っているし、彼女もそれを理解している。そこまで愚かではないだろう。」
「まぁわたしもアムの宝を盗るくらいならば虎穴に入って虎子を得る方法を考える。」
「賢明な判断だ。わたしも従業員を〝始末〟するのは心が痛む。」
「それにしてもわたしはいつまで馬車に揺られていればよいのじゃ!?王都から距離があるとは聞いていたが、朝に出発してもう昼を過ぎたぞ。」
「もうすぐ着く。辺鄙な場所にある辺境の村だが、【商品】は確かだ。」
「うっぷ……何じゃ?急に瘴気が濃くなってきたぞ。本当にこんな場所、人が住んでおるのか?【商品】とは仙人や鬼神の類ではあるまいな?」
「仙人に鬼神か……まぁ中らずと雖も遠からずといったところか。」
「ようこそお越しくださいましたウィリアム様。遠路はるばる感謝の念に堪えません。」
「構わん。早速だが商談に移ろうか。わたしはせっかちでな。」
「大丈夫です。今年も祭りで決めた巫女が貴方様のお越しを待っております。」
(なんじゃ、この村人たちの禍々しい雰囲気……。魔力とは違う。人間というよりも魔物の香りに似ておる。それにこれだけの瘴気に当てられ平常心を保つなぞ、わたしやアムのような呪術士ならばともかく、常人ならば3日と持たず発狂するじゃろう。こやつら……何者じゃ?)
「ふむ……。 ミユキ・ミヨシキ 15歳 女性 フタツイ村 ミヨシキ家に3女として出生。出生時より座敷牢にて暮らし、6歳まで読み書きを教わり、その後は座敷牢にアーデル教の聖書のみを置き、豆と水のみで生活。今年の豊穣祭でミヨシキ家に矢が当たり巫女として選抜される。 このたび職業斡旋のため金貨120枚にて案内する。 以上相違はないか?」
「何一つ。」
「ではこれが〝金貨120枚相当の箱〟だ。中身がなんであるかわたしは一切知らない。」
「はい、では巫女をどうぞ。」
「貴女様が神の御使い様で御座いますね。この度神の身許に往くことを赦されましたミユキと申します。」
「ああ、この荷台に入ってくれ。中は暗く狭いが少しの辛抱だ。」
「ええ、ご丁寧に。」
「では村長。また1年後、祭りの後に。」
「お待ちしております。」
「……。」
「……。」
「なぁアムよ。そろそろ教えてくれてもよいのではないか?」
「何から聞きたい?」
「まずはあのフタツイ村なる奇妙な村について。」
「東方より来たというボージサット・ア・バジラティッサ・シ・ジョーティス・ア・パタトヴァチャ・ウパスターカ・シ・サルヴァニー・アド・ヴァラナ・ヴィシュカンビン・ア・マザー・シャクティー・ケイマブラフマニー・サイ・マハーカッサパ・キサーゴータミー・ラ・エーネッヤカ・ダーヴァナ・ヴァヴロヴァという密教集団だ。アーデル教の信徒からすれば異教徒といったところか。」
「ぼ、ぼーじ……よくそんな長い名前覚えられるの。」
「取引先なのだから当然だ。アーデル教は知っているか?」
「まだわたしはこの時代に生きて3年だが、アーデル教くらいならば知識にある。バーデン王朝が正式に認めた教義であろう。」
「そうだ。博識だな。」
「バカにしておるのか。それにバーデン王朝の歴史を知らずとも権力を持った宗教団体が異教徒に対しどんな仕打ちをするかなど火を見るよりも明らかじゃ。何故あの村は存在を許されておる。」
「フタツイ村は体験してきた通り瘴気に侵されたとても人が住めない場所に村を作っている。160年前まではボージサット・ア・バジラティッサ・シ・ジョーティス・ア・パタトヴァチャ・ウパスターカ・シ・サルヴァニー・アド・ヴァラナ・ヴィシュカンビン・ア・マザー・シャクティー・ケイマブラフマニー・サイ・マハーカッサパ・キサーゴータミー・ラ・エーネッヤカ・ダーヴァナ・ヴァヴロヴァとアーデル教は……」
「もうよい!フタツイ村の連中で統一してくれ!」
「まぁフタツイ村の祖先たちとアーデル教との間では160年前まで、それはそれは血生臭い迫害と戦いの歴史があった。何しろフタツイ村の先祖たちは皆が一級の呪術師であり、魔法と術式が全く異なるそれは大層アーデル教を苦しめた。しかし多勢に無勢、フタツイ村の連中は迫害され、そして流れ着いた地があの瘴気に溢れた土地というわけだ。あの場所ならば迂闊に攻め込むことも出来ないしどれだけの被害がでるかわからない。」
「なるほどの、しかし不穏の種は一掃するに限る。あと一撃を何故行わない……とまぁ察しはついておる。後ろの荷台に乗った娘とアムの渡した箱じゃろ?」
「中々賢いな。お察しの通りフタツイ村の連中は布教を諦めあの僻地で密教らしく代々教えを受け継ぎ慎ましく生活することを決めた。これ以上迫害をやめてほしいフタツイ村、あと一撃で不穏の種を消し去りたいアーデル教、その折衷案となったのが……」
「あれほどの瘴気に耐える強靭な肉体と精神を持ち、無垢で魔力に満ち純心である贄の巫女か。そして金貨120枚の代わりに渡した箱というのが160年間アーデル教を苦しめてきた呪術をアムが再現し、凝縮したパンドラの箱といったところじゃな。」
「変なことを言うな、わたしは〝うっかり金貨120枚の入った箱と間違えて渡した〟だけだ。……いくらアーデル教とて子供を儀式の贄のため産み育てるなど今の時代できん。そして儀式に耐えうる素質がある者を探すだけでも一苦労だ。アーデル教は後ろにある【商品】を糧に儀式を行い、それはもう誰もが驚く奇跡を起こすだろう。だが、ただ贄を渡すだけでは迫害と変わらん。そこで武器も欲したわけだ。東方の呪術というのも実に興味深いものだった。」
「なるほどの、これ以上被害は出したくないし、無垢な巫女も欲しいアーデル教と迫害を拒否するフタツイ村、どちらにも譲歩の余地はあるが、どちらも自分から歩み寄るわけにはいかない。そこでアムの出番という訳じゃな。しかし後ろの巫女が15歳ということは少なくともこの習慣は15年前から続いているのじゃろ?前任者は誰なのじゃ?」
「さぁな、わたしがこの村に来た時には既にこのスキームは完成していた。前任者もさぞ名のある術師だったのだろう。前任者は知らんが、フタツイ村が立ち上がった90年前このスキームを作った術師は名をテグレクト=ウィルソンというらしいが、詳細は知らん。」
「どう考えてもアムの血族ではないか!」
「わたしは父上からも母上からも何も聞いていない。偶然名前が似ているだけだろう。」
「もうよい……。それでこの巫女はいくらで売れるのだ?」
「生まれたときから汚穢を排他し、儀式の生贄になるため育った【商品】だ。金貨2500枚といったところか。」
「金貨120枚で買ったものを2500……手数料にしてはとりすぎではないか?刺されるぞ。」
「フタツイ村は完全に自給自足の生活をしていて土地柄ゆえ行商人もこない。金貨なんてあっても腹の足しにもならんだろう。向こうも金を望んでいない。望みは平和だ。」
「ああ、全く同意じゃ。金貨など腹の足しにもならんからさっさと売り払って屋敷に帰ろう。わたしは腹が減った。朝から何も食べていないのじゃ。」