(いつもは裏口から荷物の受け渡しをするだけのウィリアム様のお屋敷に珍しく客人が参りました。狐を思わせる細面の胡散臭い男で、テーブルにはウィリアム様の淹れた紅茶とケーキがおかれております。)
「いやぁ、相変わらずウィリアムさんの淹れたお茶は絶品ですね。毎日でも飲みたいくらいです。」
「おべんちゃらは結構。腹の探り合いをするつもりはない、要件を端的に話せ。」
「とんでもない!事実を申しただけです。ではそうですね……金貨100枚をご融資願いたいのです。」
「ふむ……。ウィンストン・ミットフォード 32歳 男性 ノボラにて第二子次男として出生。12歳まで初等教育を履修し、卒業後商店に奉公。15歳で金融業の世界に足を踏み入れ、21歳で独立。ミットフェード金融を立ち上げる。金融ギルドに所属し、25歳で書記次長の座に就く。金融業としての主な貸付先は王都で新規に事業を立ち上げる新進気鋭の若手企業であり利息は年間18%複利……というのが表の顔で、裏では倒産寸前の企業に10日30%の暴利で金を貸し付け、破産した企業から資材や物品、人員に至るまでを差し押さえ利益を上げていた。しかし近年になりアーデル教の貸金業への締め付けが厳しくなり、貸付金が焦げ付き財務は圧迫。大元の借り付け先である金融ギルドも大金の融資に積極的ではなく、逆に上納金の回収を迫られており、金融ギルドへの上納金と事業の継続金に金貨100枚が必要……貴様の今の状況をわたしが把握した限りの情報だが相違ないか?」
(ミットフェードという男性の顔が恐怖で引き攣っております。自分の出生地まで把握されていたことが不可思議なのか、それとも【商品】に向けるような瞳をされているウィリアム様に恐れ慄いているのか……。)
「そ、そうなのです!アーデル教の連中ときたら〝利息の付いた金は返す必要がない〟などと
「アーデル教の教義に〝金を貸すときに利息をとってはならない〟とあるのはずっと昔から承知のはず。それをなんとかするのが金貸し屋である貴様の腕の見せ所だろう。」
「その通りなのですが、それにしても最近のアーデル教の締め付けは異様です。聞く話によると借金の踏み倒しを手伝う代わりに布施という名の報奨金を受け取っているとも言われています。このままではウィリアムさんに【商品】をお渡しすることも難しくなってしまい、今後のお取引に支障をきたすことになりかねるかと。」
「別にわたしは構わん。【商品】とは何も高利貸しからばかり仕入れているわけではない。時代が変われば順応するのが商人の務めだ。例えば……〝金貨100枚を書記次長の名目で押領しギルドを追われた元金貸し〟なんて今にも納品されてきそうではないか。」
「悪い冗談はよしてください。」
「これが冗談に聞こえないからわたしの屋敷にまで金を借りに来たのだろう?他の金融ギルド仲間に声を掛けたが金を借りられなかったか、借りられたとしてもとても返せない暴利。正直に答えろ、貴様がギルドへ滞納している上納金を払い、事業を継続させるために必要な金貨100枚を貸したとして、最大まで払える利息は?そして担保となるものを聞かせてもらおう。」
「……年利6%が限界です。担保になるのはわたしの事務所と屋敷くらいですが、どちらも抵当権がギルドに渡っているためウィリアムさんに渡る金は金貨20枚程度かと。」
「誰も金を貸さない訳だ。傷が広がらないうちに商売を畳んで借金を清算し工船作業員になるか鉱山採掘にでも行った方が良いのではないか?金貨2,30枚の負債は残るだろうが、今なら【商売】としてではなく純粋な職業斡旋として比較的優良な場所を見繕ってやる。」
「…………少し考えさせてください。」
「あまり時間はないと思うの早急に結論を出すことをオススメする。」
(そう言うとミットフェードという男性は紅茶を一口で飲み干し、胡乱な表情で裏口から帰っていきました。)
「なぁなぁアムー!客人は帰ったのか?もう出てきてよいか?なんじゃ、ケーキが丸々残っておるな。食べてもよいか。」
「ああ、好きに食べろ。姿を見られてもまぁ今更だが、客人が来ているときに貴女が静かにしているとも思えないのでな。」
(確かにリリアちゃんなら〝なんじゃ金貨100枚ぽっちが欲しいのかならば賭けをしよう〟とか言い出しそうです。)
「それにしてもウィリアム様が客人を屋敷に入れるなんて珍しいですね。」
「大事な取引先だ、無下にも出来ないだろう。とはいえやつは元締めにも目を付けられている。もう終わりだな。金貸し業界の情勢を得られただけ有意義な時間であったとしよう。」
「アーデル教が借金の踏み倒しを指南しているという話ですか……。確かに〝貸した金に利息を付けてはならない〟というのはアーデル教の教義ですし、借金に苦しむ人を助けるのは聖職者の義務とも思えますが。」
「もっと生々しい話だ。アーデル教の連中は新しい商売の形を見つけた。借金の踏み倒しを指南する代わりに布施を要求すると言っていただろう。それが借金額の何割かは知らないが、収入源としては申し分ない。そして〝布施を拒絶する神職者の敵〟に対し甘い顔は見せないだろう。今後【商売】の取引先にはアーデル教が加わってくるかもしれないな。」
「聖職者が奴隷売買ですか……。」
「〝アーデル教の教えと異なる考えを広めた者は地獄に落ちる〟など平然と嘯いている連中だ。地獄が生きているうちか死んだ後かなど気にもしないだろう。今度馬車を貸すのでアーデル教の教会各地にわたし名義の布施を持ってあいさつ回りに行ってきてくれ。丁度いい営業になる。」
「うむ♪やはり甘味はよいものじゃ。アムのケーキも手を付けていないならもらってもよいか?」
「ああ、好きにしろ。まぁ聖職者が奴隷売買とは風聞がよくないから前例を作り信用を得る必要があるだろうが……幸いわたしには既に伝手もコネもある。向こうも馬鹿ではない〝わたしが布施をした〟というだけで大体の事情は察するだろう。」
「しかし神に使える聖職者が……。」
「ウィーサは随分と脳みそがお花畑なのじゃな。神官とて人間じゃ、良い飯も食いたいし嗜好品だって欲しい。中には本当に聖人と見紛うような清廉潔白な神官もいないことはないが、本部への上納金という金の縛りからは抜け出せぬ。それに狂信者ほどアムの言ったように〝アーデル教の教義に背いて利子の付いた金を借りた背信者〟に対して地獄をみせることに抵抗はないじゃろう。むしろ金を欲していないの分いいお得意様となるじゃろうて。……うむ♪このケーキは生地の中に酒を混ぜているのじゃな、微かな酒精の香りが甘みを引き立てて実に旨い!中に入っている干しぶどうも最高じゃ。」
「ふむ、新人は呪術師としてだけでなく商人としても素質があるな、流石は元王族といったところか。そんな訳で高利貸しから【商品】を仕入れる機会は少なくなるかもしれないが、【商品】の数が減る訳ではない。商いをする上で必要なのは次のお得意先が何者であるか知り商機を失わないことだ。」
「そうですか……やはり世の中お金が全てなのでしょうか。」
「少し違うな。今までは〝損得勘定〟で【商品】を仕入れていた。今度は〝正義と信仰〟で【商品】を仕入れる。世の中金が全てならばこれほど複雑にできていない。」