「ナンシー・カール 17歳 女性 貧困農家の4女として生まれ生後すぐに王都の孤児院へ送られる。8歳より飲食店で給仕の仕事を行い、13歳で調理の腕を認められ厨房の仕事を行う。16歳まで貯金をし、金融業から資金を借りて喫茶店を開業。しかし異物混入や食中毒事件といった不遇が重なり半年もせず廃業となる。金貨22枚の借金が残り、本人に支払い能力はなく、この度職業斡旋のため、金貨30枚にて案内する。 以上、相違はないか。」
「ええ、ございません。」
「ではこの書類に捺印を頼む。おい、湯浴みの後、2番房室に入れておけ。」
「はい、かしこまりました。」
「おう!わかったぞ!さぁ
「しばらくまともな食事をしていなかったのだろうな、痩せてひどい。少し肉を付けなければ売りものにならないな。」
「うむ♪火を通さぬ生の牛肉など腹を下すのではないかと思ったが、カルパッチョというのは実に美味じゃ。噛み締めるたび旨味を出して何とも言えぬ余韻が素晴らしかったぞ。生魚でも代用できると言っておったな、火を通さぬ魚料理というのも興味深い、今度作ってくれ!」
「ああ、気が向いたらな。王都で生食できる魚を準備するとなればかなり値が張る。大仕事を終えたときにでも作ろう。【商品】は飯を食べたか?」
「はい、相変わらず豪勢な料理に困惑している様子ですが……。」
「そうか?普通の家庭料理なのだがな。」
(ウィリアム様は【商品】にも手づから調理された食事を振る舞います。余りにも豪華な食事を前に〝これが最期の晩餐か〟とばかりに大抵の【商品】は絶望してしまいます。そのため食欲の沸かない【商品】も珍しくありません。奴隷商人といえば奴隷に豚の餌を食べさせているイメージですが、ウィリアム様はそのような真似を嫌う様子です。)
「ウィリアム様、つかぬ事をお聞きしますが、奴隷売買といえばオークションというイメージを持ってしまうのです。そういった催しは開催されないのですか?」
「なんだ、興味があるのか?何なら出品されてみるか、貴女の年齢と器量ならば今ある借金の1/3は返せるかもしれないぞ。その後どんな人生を送るかは知らんがな。」
「滅相もございません!失言でした!」
「なんじゃ、ウィーサが
「リリアちゃんがいうと冗談に聞こえません!」
「質問に答えるならば、オークションの文化は無くなってはいないが、大々的に行う機会はほぼ皆無。主導するのもマフィア絡みであり、違法性の高い【商品】が多い。わたしのように真っ当な〝債務奴隷〟を扱う商いをしているならそんな後ろに手の回る真似をしなくても伝手を辿って売った方が余程儲けになる。」
「違法性の高い【商品】……誘拐した婦女や〝債務奴隷〟への適用がされない未成年ですか。」
「他にも他国から流れてきた移民や元聖職者だな。【商品】というのはマフィアや衛兵・教会が絡むと一気に面倒になる。別にそんなもの怖がっていてはこんな商売出来ないが、やはり面倒ごとは避けたいからな。何より費用対効果が悪い。それにオークションとは個人に売るものがほとんどだ、個人より組織に、組織より国家に売った方が金になるのが世の理だよ。」
「しかしアムよ、組織や国家よりも莫大な富をもつ〝個人〟がいることも確か。例えば今回の
「個人に異性を……いや、異性とは限らないが色欲を目的として売るとどうしても商品価値が曖昧になる。〝債務奴隷〟は金を返せば自由になるのが絶対条件、3年・4年と期間に区切りをつけたところでどうしても情が湧く。痴情のもつれとは恐ろしいもので、主人と元【商品】の間で殺傷沙汰が起こりかねない。その責任を問われるくらいならば娼館に売った方が後腐れがなくていい。」
「なんじゃつまらんの。別に売った後のことなどどうでもよいではないか、痴情のもつれなどそれこそ犬も食わん。それに最初は主人と
「そんな悍ましい愛のカタチのために危ない橋は渡りたくない。中には奴隷を愛したあまり奴隷商人に憎しみを覚え切り殺されたなんていう話もある。そんな理不尽は御免被りたい。」
「アハハ!アムほどの高位の術師が何を言っておる。斬りかかられたところで相手は消し炭じゃろうて。」
「その消し炭に正当防衛を訴えるため、どれだけの金と時間がかかると思っている。兎に角面倒ごとになるなら相応の対価が無い限りわたしは手を出さん。」
(わたしたちが話をしていると、ドンドンドンと切羽詰まったような扉を叩く音が聞こえてきました。)
「……ほらみろ、こんな話をしているから厄介ごとが向こうからやってきた。」
「関係なかろう、して何者じゃ?」
「帯刀しているな。装備はそんなに大層なものじゃないが、剣士か冒険者のようだ。1人だな、他に隠れている者はいないようだ。」
「【商品】の恋人か何かでしょうか?珍しいですね、ウィリアム様のお屋敷を特定して訪ねるなんて命知らずというか何というか……。」
「恋人がいて借金への援助があったという話は聞いていないがな……。まぁいい、わたしが出よう。<
(ウィリアム様が術をかけると眼の光が消えた虚ろな剣士がまるで操り人形のように不自然な動きで入ってきました。そして〝座れ〟という言葉と同時に椅子に腰かけます。)
「まず貴殿の名前と年齢を教えてもらおう。」
「ユリウス・ブラウン、21歳……。」
「どこかで聞いたような、ああ、ブラウン子爵家の次男か。」
「はい……。」
「それで、この屋敷に何をしに来た?」
「ナンシーを助け……買い取りに来ました。」
(ウィリアム様のお顔が一気に険しいものになります。ナンシー・カールとは今納品している【商品】のことで、どこから売買の情報が漏れたのか怪訝に思っている様子です。)
「なるほど、ユリウス殿はどうして【商品】がわたしの屋敷にあると知ったのかな?」
「ナンシーの動向は全て監視させておりましたので……。」
「ナンシー・カールの借金の原因は飲食店経営の失敗だったな。異物混入や食中毒事件が大きな要因であったと報告を受けているが手を回したのは貴殿か?」
「はい、ナンシーを幸せにするために……。」
「ナンシー・カールと直接の面識はあるのか?」
「ありません……。彼女と会うとき僕は白馬の王子様でなくてはなりません……。」
(ユリウスなる男性の妄言を聞いたウィリアム様は頭を抱えました。ユリウスさんはナンシー・カール……【商品】に恋をしていたのでしょう。しかし子爵家に連なる者が孤児の出生である女性を娶るなど出来ません。そこでユリウスさんは別の手を、奴隷としてナンシー・カールを愛人や妾として手に入れる方法をとったのです。それも徹底的に追い詰めた後自分が救いの手を差し伸べるという自作自演甚だしい真似までして。)
「……困ったな。これでは娼館に売ったところで面倒ごとになるのは火を見るよりも明らかだ。」
「もうこの変態に売ってしまえばよいではないか。元値は金貨30枚なのじゃろう?100枚くらい吹っ掛けても買ってくれそうじゃぞ。」
「この男に〝債務奴隷〟の権利を守る気などないだろう。娼館に売ったならば一年契約で金貨60枚が相場だ。130枚で売れたとして、2年と少しで自由の身にするとはとても思えない。」
「では金貨3000枚で売ってはどうじゃ?そうすれば契約は50年。そのころには寿命も尽きよう。」
「〝特殊な事情〟でもない限りそんな不当利益を得れば今後の商いに支障が出る。しかしもうこの段階になっては【商品】を手放したところで終わる話でもない。仕方がないか……。」
(ウィリアム様がフィンガースナップを鳴らすとユリウスさんは瞳に光を取り戻しました。そしていつの間にか屋敷の中へ入っていることに狼狽している様子です。)
「こんばんは、ユリウス・ブラウン殿。わたしはこの屋敷の主であるテグレクト=ウィリアムと言うものだ。貴殿に少々邪術を掛けさせてもらい、大体のことは理解した。それで、うちの【商品】にいくら出せる?」
(最初は〝わたしを子爵家の人間とわかって〟だの〝人を金銭で売り買いする下賤な人間〟だのと喚いていたユリウスさんでしたが、一切表情を変えず黙り込むウィリアム様に観念したのか、小声で本音を暴露します。)
「金貨120枚ならば準備が出来ている。」
「話にならんな、娼館に売るつもりなので通い詰めて口説け。」
「何故だ!彼女の借金は金貨22枚だったはずだろう?そちらも大きな儲けじゃないか!」
「個人に売るのはリスクが高くてな。まして貴殿のような女性に裏切られる可能性が微量でもあることに恐れ慄いて奴隷にしてしまおうなどと考える他者ではなく自分が大好きな人間に売るとなれば、その30倍は用意してもらわなければならん。」
「貴様!奴隷商人の分際でブラウン子爵家を敵に回すつもりか!」
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(ユリウスさんは腰に佩用していた剣を抜き、そのままウィリアム様へ斬りかかりました。しかし麻痺の魔法でその刃は寸前で止まります。そして薬品庫から赤色の液体を持ってきたかと思えば、鼻から胃にかけて管を入れ薬剤を注入しました。)
「……衛兵を呼べ。子爵家とはいえ殺人未遂だ、取り調べくらい受けるだろう。自白剤を飲ませた。この男は【商品】に行った非道の限りを全て白状する。お家取り消しとまではいかないだろうが、〝意図的な公衆衛生の危害〟〝平民に対する無断監視行為。〟……枚挙に暇はないが、どれも貴族特権適応外だ。この男が絶縁されるに足る罪状はあるだろう。」
「かしこまりました。しかし……それでも彼が彼女を諦めない場合どうするのですか?」
「さぁな、もしこれだけやって思いが実ったならばその時こそ〝愛〟とやらを祝福すればいいんじゃないか?」