「セレスティア・レイヴン 25歳 女性 アーデル教の修道院にて捨て子として育てられ、15歳で正式な修道女に叙階される。貧しい民を搾取する悪徳高利貸しを神の御名のもとに糾弾し、数多の悪質な金融業者を廃業に追い込む『白銀の修道女』として庶民から篤い信仰を集める。 しかし23歳の時分より教義の厳格な解釈に傾倒し、『教会が受け取る布施や献金はすべて貧者に還元されるべきであり、私腹を肥やす司祭たちは悪魔の代弁者だ』と教団本部に牙を剥き始める。教会の腐敗を告発して回った末に異端として破門処分を受ける。 その後は信徒たちの寄進を頼りに細々と活動していたが、かつて彼女に恨みを抱く元・高利貸し一味による巧妙な詐欺と罠に嵌められ、教会建築の名目で多額の借金を背負わされる。本人に支払い能力はなく、この度職業斡旋のため、金貨60枚にて案内する。 以上、相違はないか。」
「ええ、ございませんとも。」
「ではこちらの書類にサインと捺印をたのむ。」
「私は間違ったことはしておりません!神の教えを曲げ、金に目がくらんだ堕落した神父どもに屈するつもりなど毛頭――」
「そこまでだ。おい、いつものように2番房室に入れておけ。あと、口うるさそうだから、気絶していない限りは首輪の呪術出力を少し上げてもいい。」
「ま、待って!私を薄汚い奴隷のように扱うな!貴様らこそ、人間の魂を金に換える現代の悪魔だ!神の鉄槌が――ぐっ!?」
「おい、
(房室へ引きずられていく修道女の姿を見送りながら、わたしは片付けの手を止め、思わずため息をつきました。)
「……ウィリアム様、今回はまた一段と厄介そうな方がいらっしゃいましたね。確かアーデル教といえば、この国の国教であり、隣国である皇国の総本山でもあるはずでは……?」
「ああ。宗教というものは時として国よりも強大な権力を持つがゆえに、内部の腐敗も一通りではない。だが、彼女のように『教義を真面目に信じすぎた狂信者』は組織にとって最も扱いにくい癌なのだ。異端として破門された挙句、恨みを買っていた連中に嵌められて借金まみれの奴隷に堕ちる……何とも哀れで滑稽な末路だな。」
「しかしアムよ、そんな危険な宗教の揉め事を抱え込んで大丈夫なのか?下手に教会から目を付けられたりしたら面倒ごとが増えるだけではないか。」
「面倒ごとを避けるのが商人の基本だが、今回は話が別だ。彼女がこれまで潰してきた高利貸しや、彼女を恨んでいる連中の中には、わたしを目の敵にしている同業者も少なくない。彼女を『我が屋敷で合法的に飼い慣らされている哀れな狂信者』として見せつければ、裏社会の連中に対する最高の牽制になる。」
(ウィリアム様は冷徹に微笑みながら、手元の書類にスラスラとサインを書き入れました。その瞳には、宗教的狂信すらも自分のビジネスの駒として計算し尽くす、底知れぬ商人の算盤が透けて見えます。)
「それに、彼女が持っている『修道会時代の独自の人脈』や『不正融資の隠し口座に関する情報』は、同業者を締め上げるための極上のスパイスになる。……さて、1週間ほどあの房室で徹底的に現実を叩き込めば、もう少しおとなしく使いやすい【商品】になるだろう。」
●
数日後。ウィリアムは【商品】を納入する独房にて、セレスティアに対して〝自白の黒魔術〟を執行していた。
薄暗い部屋の中に、セレスティアの淡々とした、しかし淀みない声が響き渡る。
「……質屋の仮面を被った高利貸しによる金融法逃れの手口ですか? そんなものは基本です。質草として預かった物品の査定額を意図的に購入価格の1割~3割にまで引き下げ、実質的な年利二百%以上の複利利息をもぎ取る。あるいは、買い戻し特約付きの売買契約を偽装し、利息制限法を潜り抜ける手法など、同業者であれば誰でも知っている常識ですね。」
「ほう……。では、神殿の神官どもが信徒からの取り立てを名目に踏み込んできた場合の法的・魔術的な回避ルートは?」
「簡単です。『宗教的寄進および自主的な喜捨』という名目で帳簿を書き換え、神殿への上納金をあらかじめ1割から2割ほど多めにキックバックしておけばよいのです。悪徳な商売をしているのであれば5割が相場でしょうか。そうすれば、監査の神官どもは目を瞑るどころか、裏で組織の盾となって庇護してくれますから。」
セレスティアは虚ろな瞳を向けたまま、あまりにも淀みなく、そして裏社会の人間すら舌を巻くほどの〝合法的な搾取と闇のノウハウ〟を次々と告白していく。
「――先ほどの神殿や質屋のカラクリはよく分かった。では、隣国である皇国と我が国の違法な地下送金についてだ。表向きの関税や魔導通信網の監査を潜り抜け、大金を国境の向こうへ安全に流すためには、どのようなルートを使っている?」
ウィリアムの問いかけに、セレスティアは虚ろな目をわずかに瞬かせ、機械的な調子で淀みなく語り始めた。
「……一番確実なのは、王国内の教会が管理する『免税特権付きの聖遺物・典礼品輸送船』を利用することです。」
「ほう。聖職者どもの特権を利用するわけか。」
「はい。皇国と我が国を行き来する教会の巡礼船や宗教用具の輸送コンテナは、国家の検問や税関の抜き打ち検査が免除されています。その内部に、二重底の魔導蓄積チェストを仕込むのです。現金そのものを運ぶのはリスクが高いので、一度『聖堂への匿名寄進』という名目で教会側の魔導口座に入金させ、国境の向こう側にある皇国の提携神殿から、別名義の裏口座を介して同額を引き出させる……これが最も古典的かつ安全な『無人送金』の仕組みです。」
「なるほどな……。宝石や硬貨ではなく、帳簿上の信用と神殿の特権ロンダリングを利用するのか。」
「それだけではありません。もっと悪質なケースでは、皇国との交易商人ギルドと癒着し、『教会に奉納する美術品の購入代金』という名目で架空の貿易赤字を計上します。実際にはガラクタ同然の絵画を高値で買い取ったことにし、その差額分を皇国の裏帳簿にスライドさせる。これならば、いかに王国の魔導監査部といえども、宗教行事の査定に踏み込むことはできません。」
セレスティアは、自分がこれまで〝悪を裁くため〟に叩き込んできた、あるいは告発するために調べ上げてきた闇の経済網の全貌を、まるで聖典の朗読でもするかのように淡々と暴いていく。
そのあまりに洗練された脱税と地下送金のスキームに、リリアは呆れたように大きく息を吐き出した。
「おいおい……アムよ、この女、自分で『悪徳金融を許さない』とか言っておきながら、どこの大悪党よりもしっかり裏の経済網を熟知しとらんか? 下手にその辺の犯罪組織を動かすより、こいつ一人手元に置いておく方がよっぽど金を生みそうじゃぞ?」
「……まったくその通りだ。表向きは民衆の味方として高利貸しを弾圧し、その裏で犯罪者どもが裸足で逃げ出すほどの完璧な地下送金ネットワークの構造まで完全に頭に叩き込んでいる……。」
その驚愕の知識量を目の当たりにし、さすがのウィリアムも思わずペンを止め、感心したように目を細めた。
「……素晴らしい。これほどの脱法スキームや、他国からの違法な地下送金ルートの知識……そこらの裏社会の人間を軽く凌駕しているな、我が屋敷の顧問として雇いたいくらいだ。『白銀の修道女』という世間の評判は伊達ではなかったということか。」
「ふん……悪魔の片割れに褒められたところで、何も嬉しくなどありません……。」
うつろな表情のまま吐き捨てるセレスティアを見つめながら、ウィリアムは小さく息をつき、頭を抱えた。
「しかし……これほど有能な駒を、どうしたものか。」
「アムよ、そんなに感心しているのにどうしたのじゃ? それほど頭が切れるなら、以前の言っていた通り『彼女を恨んでいる高利貸し』の連中に高く売りつけてやればよいではないか。連中も、彼女に散々潰されてきたのだから、大枚を叩いてでも買い取るはずじゃぞ。」
リリアが面白そうに首を傾げながら提案するが、ウィリアムは深く眉をひそめ、首を横に振った。
「それが簡単にはいかない。……彼女がこれまで潰してきた高利貸しどもの恨みは尋常ではない。『買い取る』という名目で彼女を連れ戻せば、間違いなく合法的な手続きを踏むことなく、私怨にまかせて公開処刑の如く惨たらしくなぶり殺しにされるだろう。」
「ふむ……確かに。彼女のような狂信者を恨む連中は、商売敵というよりただの私怨の塊じゃからな。」
「そうだ。我々が扱うのはあくまで法に則った【商品】であり、契約だ。客の個人的なリンチの道具として引き渡せば、我が屋敷の信用問題に関わる。かといって、これほどまで悪魔的な実務知識と人脈を持つ人間を、ただの〝元聖職者の娼婦〟として使い潰すのも、商人としてあまりに悪手だ……。」
ウィリアムは冷徹な算盤を弾きながら、目の前で縛られた元・修道女をじっと見据えた。
正義の修道女でありながら、皮肉にも誰よりも深く闇のスキームを熟知してしまった女。この厄介すぎる【商品】をどう飼い慣らすべきか、ウィリアムの頭脳はさらに深い思索へと沈んでいくのだった。
「よし……。」
ウィリアムは独房の扉を開け、セレスティアの首元に巻かれていた魔力首輪をパチンと外した。代わりに手首へ装着されたのは、最低限の拘束を維持しつつも彼女の自由を一部認める魔導呪印のブレスレットだった。
「……っ、これは?」
「気にするな。我が屋敷の『顧問』として最低限動いてもらうための枷だ。さて、〝セレスティア・レイヴン〟。お前のその卓越した闇のスキームと、修道会時代の人脈の価値を認めて、一つ取引をしよう。」
ウィリアムは冷徹な笑みを浮かべ、一枚の帳簿と書類の束を彼女の目の前に突き出した。
「取引だと……!? 私を悪魔の駒にするつもりか。ふざけるな、神に誓って私は――」
「お前を恨んでいる高利貸しどもの顔を思い出すといい。かつてお前が中途半端に追い詰め、今や我が物顔で復活しているあの悪徳業者どもだ。お前は彼らを『正義の告発』で叩き潰そうとしたが、結果はどうだった? 奴らは法網をかいくぐり、逆に裏工作でお前をこの奴隷の身分にまで落とし入れた。」
その言葉に、セレスティアは屈辱と怒りで歯を噛みしめた。脳裏によぎるのは、自分を巧妙な罠に嵌め、借金を背負わせた悪徳業者どものあざ笑う顔だ。
「だがな……我が屋敷の仕組みを使えば、暴力など一切振るうことなく、奴らの全財産を合法的に、一銭残らず奪い尽くすことができる。……お前がこれまで夢見た『悪党どもを完全に社会的死に至らしめる理想郷』を、我がビジネスの力で実現してやろうというのだ。」
「なっ……! そんなの、ただの合法的な強奪ではないか! 神の教えに背く――!」
「神の教えか? ふっ、お前の愛する教会の神官どもが、裏でどれだけその高利貸しどもからキックバックを受け取っているか、先ほどの『自白』ですでに帳簿のデータも揃っているぞ。お前を裏切った組織ごと、奴らを地獄に叩き落としたくはないか?」
ウィリアムの悪魔的な囁きが、セレスティアの耳の奥に深く、重く染み込んでいく。かつて「正義の修道女」として挫折した彼女にとって、それは「合法的にすべての悪党を社会的に抹殺できる」という、あまりにも毒性が強く、抗いがたい究極の誘惑だった。
「私に、それをやれと……?」
「そうだ。我が屋敷の『顧問』として、我が国の裏金融網を統括し、お前を嵌めた連中を最初の監査対象として徹底的に締め上げる。どうだ、受けるか? それとも、娼館で男を相手に尻を振るか?」
震えるセレスティアの手が、ゆっくりとウィリアムの差し出した書類へと伸びる。その瞳から「正義」の光は失われ、代わりに底知れぬ狂気と冷徹な実務者としての輝きが宿り始めていた。
「……ふっ、いいでしょう。悪魔に魂を売る代わりに見せていただきましょう。貴方様のやり方で、あのゴミどもがすべてを奪われ、路頭に迷う地獄を!」
「そうだな、小手調べにお前を売ってきたしがない高利貸しを地獄に落としてもらおうか。」
「な!ウィリアム様!それはお得意様を敵に回す行為では!?」
「あいつらは一度事業を潰され正規の高利貸しだけでなく詐欺にまで手を付けている。かといって無下にもできない厄介な存在だ。消えてくれるならば一向に構わん。」
「それで……。わたしに何をしろと?」
「命乞いのつもりで先ほど話した〝ガラクタの絵画を聖画に昇華させる〟スキームを連中に話せばいい。復興したとはいえ奴らの台所も火の車、私念よりも目の前の儲け話には食いつくだろう。」
「具体的には?」
「そんな取引、架空でいい。連中にガセネタを掴ませ、全財産の残りカスまで回収して追い払うためのデコイだ。……だが。」
ウィリアムは不敵に笑い、セレスティアの首元にある魔導ブレスレットを軽く叩いた。
「お前が本気で奴らを破滅させたいなら、その『ガラクタを聖画に見せかける手口』を、リアルに演じてみせろ。一文無しになった奴らが借金塗れで逃げ回る姿くらいは、特等席で見せてやってもいい。」
その言葉に、セレスティアの瞳が妖しく据わった。
「……承知いたしました。あの豚どもに、地獄以上の絶望を味あわせて差し上げましょう。」
●
数日後。王国の南部に位置する、潮風が吹き抜ける一大交易港・ポートマリアの薄汚れた倉庫街。
「アハハハハハ! こりゃあいい! まさか、あの落ちぶれた『白銀の修道女』様が、自分をハメた俺たちに泣きついてくるとはな!」
木箱の上に足を投げ出し、下卑た笑みを浮かべているのは、かつてセレスティアを詐欺に嵌めた元・高利貸しの一味――ガルドだった。その周囲には、皇国への密輸を手引きする闇のブローカーどもが顔を揃えている。
その中央に、かつての凛とした修道服を黒ずんだ実務用のローブに変えたセレスティアが、冷ややかな眼差しで立っていた。
「……笑いたいだけ笑ってくださいませ。ですが、お話を聞けば、笑みも引きつるはずです。――わたしの手元には、皇国の高名な聖都から流出した、幻の『聖母の初期素描画』がございます。これを次の出国船に乗せ、皇国の買い手に高値で売り飛ばすのです。」
「はっ、またお前の得意の宗教的ハッタリか? ガラクタの絵画なんて――」
「触れても構いません。この絵に込められた微弱な聖痕の魔力波長を。」
セレスティアが布をめくると、そこにはどう見ても素人が描いたような薄汚れたキャンバスが転がっていた。しかし、セレスティアが修道会時代に叩き込まれた特殊な魔導調律の秘術――『聖画の解析魔法』をその場で指先から流し込むと、次の瞬間、キャンバスから神々しいまでの黄金の聖光がふわりと立ち込めた。
「なっ……!? こ、この光は……本物の聖遺物の反応……!?」
ガルドたちの顔色が一変した。長年、裏で美術品のブローカーもかじってきた彼らにはわかる。これが本物の『聖母の初期素描画』であれば、皇国の闇市場に持ち込むだけで、数千金貨の巨利を生む代物だと。
「私を嵌め、全財産を奪ったあなたたちですが……今や私もテグレクト邸の顧問に収まった身。個人的な私怨を越えて、皇国への密輸を成功させるためのビジネスパートナーを探していたところです。この絵の『極秘の買い付け資金』として、あなたたちの財産をここに投資していただきたいのです。利益は山分けでいかがでしょうか?」
セレスティアの完璧すぎる実務演説と、目の前にある「黄金の聖光」の誘惑に、ガルドたちは完全に理性を飛ばした。
「や、やりやがった……! これを皇国に売り払えれば、俺たちは一獲千金の大富豪だ! 全財産どころか、あちこちから借金してでもこの絵を買い占めるぞ!!」
こうして、連中はセレスティアの持ち込んだ〝皇国への一獲千金・密輸の儲け話〟に、自分たちの持てるすべての資金と信用を狂ったように突っ込んだのだった。
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その頃、テグレクト邸の書斎。
「――で、報告はそれだけか?」
ウィリアムは報告書に目を通しながら、呆れたように、しかしどこか冷ややかに鼻で笑った。
「はい。ガルドどもは私の言葉を信じ切って全財産の買い付け資金を投じ、さらに皇国の闇商人から違法な前払い金まで引き出しました。現在、連中は『夢の大儲け』に浸り、極上の高揚感で買い付けの準備に奔走しております。」
「……おい、顧問。ちょっと待て。」
ウィリアムは手元の羽ペンを静かに置くと、冷徹な双眸をセレスティアに向けた。
「わたしが指示したのは、『デコイの架空取引で連中を脅して追い払うこと』だ。なぜ、お前の本気すぎる闇知識と人脈と流通網がフル稼働した結果、本物の聖画ロンダリング・ルートが完璧に開通してしまっているんだ?」
「あら? 架空の取引をリアルに見せるため、我が修道会時代の人脈と、皇国と神殿の裏帳簿を少しだけ応用したまでですが……何か不都合でも?」
「不都合どころの騒ぎか!密輸詐欺で本物の聖画を持ち出すなど聞いたことも無い!このままだと、あのクズどもが破滅するどころか、本当に大金を掴んで一獲千金してしまうぞ!?」
ウィリアムのその言葉に、セレスティアはふっと妖しく微笑んだ。
「ご安心ください、ウィリアム様。……あの愚か者どもが、実際に『夢の大金を手にする瞬間』など永遠に来ません。」
「……ほう?」
「連中が投じた全財産と皇国からの前払い金は、すべて神殿の聖堂口座を通じて我がテグレクト邸の特設口座を中継する仕組みにしてあります。――そもそも、王国の神殿が管理する聖堂口座は、国教としての『宗教不可侵特権』により、国王や税務局であっても令状なしには一切の査察が法律で禁じられています。 さらに、その口座と我が屋敷の特設口座の間は、幾重もの魔導秘匿結界と偽装信託の帳簿によって分断されている。この金の流れを、国や税務局、いえ相手が裏社会のマフィアであろうが外からハッキングして把握することは、魔導的・物理的に不可能です。 そして、ガルドたちが『いよいよ聖画を受け取る』というその直前――」
セレスティアは懐から、一枚の完璧に調印された契約書の控えを取り出した。
「我が屋敷が仕込んだ『融資特約の自動失効条項』が発動します。それと同時に、皇国側の密輸ルートの全証拠データを、王国の魔導監査部へ匿名で――それも、『王都の三大教会すべてに同時に公印付きの写しをバラ撒く』という形でリークするのです。
こうすれば、いかに腐敗した教団本部といえども、一つの神殿だけでその情報を隠蔽・揉み消すことは不可能になります。彼らは自らの組織の保身と責任逃れのために、自ら進んでガルドたちの違法密輸を監査部につき出し、切り捨てるより道がなくなるのです。」
「……なるほど。」
ウィリアムの唇に、ふたたび不敵で残酷な笑みが戻ってきた。
「密輸現場を押さえようと監査部が踏み込んだとき、そこにあるのはガルドたちが買い付けた『本物の聖画』、しかし傍らには神殿名義の『合法的な全額差し押さえの書類』が無慈悲に残っているわけだ。」
「はい。ガルドたちは『皇国との違法密輸の首謀者』として王国と教会の両方から追われ、財産はすべて神殿名義という形で我がテグレクト邸への『借金の返済分』として合法的に没収される。連中の手元に残るのは、莫大な賠償金・法的罰金・追徴課税の請求書と、税務局・神殿・皇国からの逃亡生活の恐怖だけです。」
それを聞いたウィリアムは、満足そうに深く頷いた。
「……素晴らしい。我が屋敷の監査官として、100点満点の仕事だな。教会や監査部に我が家の名前が嗅ぎつけられる隙すら与えず、奴らの全財産を綺麗に我が屋敷の利益へとすり替えてみせるか。」
「お褒めにあずかり光栄です。我が主よ。」
セレスティアが恭しく頭を下げると、書斎の空気は冷徹なまでの静けさと、完璧なビジネスの勝利に満たされた。
●
数日後。王国の港町・ポートマリアの倉庫街。闇夜に紛れて皇国行きの密輸船が出港しようとしている埠頭のすぐそば。
「キタキタキタァァーーッ!! ついに、皇国行きの積荷が揃ったぞ!! おい、みんな木箱を開けろ! これであの『白銀の修道女』を出し抜いて、俺たちは皇国で大富豪だ――ッ!!」
ガルドが狂喜乱舞しながら特送便の木箱の蓋をバフッとこじ開けた。その瞬間、倉庫の中に、息をのむようなまばゆい黄金の聖光がパーッと満ちあふれた。
「おおお……! す、すげぇ……本物の聖母の素描画だ……! これさえ皇国に持ち込めば、金貨1000……いや2000は硬いぞ……!!」
ブローカーたちが歓声を上げ、ガルドも勝利の笑みを浮かべて絵画に手を伸ばした――が、その絵の裏に張り付けられていた一枚の「法的書類」に気づき、動きを止めた。
そこに記されていたのは、王国聖都の神殿本庁が発行する厳粛な公印と、冷徹な文字だった。
――『聖堂口座特例融資の規約違反、および皇国への違法密輸未遂に伴う、本美術品および一切の売却利益の全額差し押さえ通知書』。
「……は? なんだこれ……? 絵は本物だぞ……? なんで、俺たちの取り分がゼロで、全部教会に持ってかれてんだ……っ!?」
血の気が引いたガルドが慌てて契約書の細かい文字を読み返した。
――そこには、『本件取引において調達されるすべての美術品およびその売却益は、神殿の聖堂口座を通じた融資契約の完全担保に充てられるものとする』という、巧妙に隠された条項が刻まれていた。
絵画はまぎれもなく本物。皇国に売り飛ばせば巨額の富を生むお宝。しかし、その利益の所有権は、神殿の特例口座を中継した時点で一銭残らずすべてウィリアムの元へ合法的にトランスファーされていたのだ。
「うそだろ……俺たちは全財産を突っ込んで、命がけで本物の聖画を手に入れたのに……一文の利益にもならねぇってのか……!? おい、どういうことだ、あの女――セレスティアぁぁぁーーっ!!!」
ガルドの絶望と怒りの絶叫が、港の倉庫街に虚しく響き渡る。そして、その絶叫の余韻が消えぬ間に、夜闇を切り裂くように重々しい足音が近づいてきた。
踏み込んできたのは、王国の魔導監査部とアーデル教の異端審問官たちだった。
「そこまでだ! 王国からの違法な聖遺物密輸および不法出国の容疑で、貴様らを全員拘束する!!」
「ち、違う! 俺たちははめられたんだ! 利益は全部教会に……ぐわっ!?」
本物の聖画を目の前にしながら一銭の儲けも出ず、ただ「皇国への違法密輸の首謀者」という重罪のレッテルだけを貼られて、魔導の枷で地面に叩きつけられるガルドたち。
彼らが全財産を失い、絶望の淵で連れ去られていくその裏で、すべての利益と資産は、誰にも嗅きつけられることなく神殿の裏口座を経由して、美しくウィリアムの帳簿へと回収されていったのだった。
●
その頃、静まり返ったテグレクト邸の書斎。
「――ふぅ。これにて、ガルド一味の資産回収と、監査部への偽装リークの始末はすべて完了いたしました。」
紅茶を優雅に啜りながら報告するセレスティアの横で、ウィリアムは完璧に整えられた帳簿の数値を眺め、ふっと満足げな笑みを浮かべた。
「ご苦労だった、顧問。我が屋敷の信用に一筋の泥も塗らず、むしろ同業者どもから根こそぎ富を回収して見せたな。お前のその狂信的なまでの『悪党許すまじ』という執念、我が屋敷の実務においては最高に頼もしい武器だ。」
「お言葉ですが、ウィリアム様。私は復讐をしたわけではありません。ただ、神の御名のもとに『不義の富を正しい場所に還した』だけですよ。」
セレスティアが美しく、そしてどこか底知れぬ狂気を湛えた笑みを浮かべる。テグレクト邸の「顧問」となった元・修道女は、こうして誰よりも鋭い牙を隠し持ちながら、ウィリアムの隣で静かに、しかし確実に裏社会に足を踏み入れるのだった――。