「ウィーサ、貴女は奴隷と聞いて何を連想する?」
丁度護身術の訓練も終わり、夕食を食べていた頃不意にそんな質問が飛んできた。
「ええと……劣悪な環境、重労働、オークション、マフィア、商人、誘拐、下品、下劣、え~えっと。」
「ふむ、幸せな認識だな。どうやら推測のひとつは外れていたようだ。」
「推測ですか?」
「以前伯爵夫人様に直接仕えていたと言っていただろう。なので奴隷契約でも結んでいたのではないかと邪推したのだが、本当に奴隷を経験した者ならばもっと禍々しい言葉が出てくるものだ。なので違うと思ってな。」
「はぁ……確かにわたしは奴隷の経験は御座いません。」
ここ2日の付き合いでしかないが、この雇い主は今まで独り身で商売を行っていたとは思えないほど多弁であり、どこか会話を楽しんでいるようにも思える。それはウィーサに興味があるからなのか、それとも元来持ち合わせている性分なのかはわからない。とはいえ自分のプライバシーに関わることは一切話さず、ウィーサはこの少年の経歴はおろか年齢も知らない。問うたところで不機嫌になるだけだということもこの短い付き合いでわかる。
「それと、先ほど出てきた【誘拐】という単語だが、奴隷商人を何だと思っているんだ。それは村々を襲う盗賊団が〝獲物〟を奴隷として売った場合に起きる現象だから混合されているだけで、本当に奴隷を
「そう……ですか。」
「奴隷は【商品】だ。その姿かたち・種族・年齢・性別だけでなく、奴隷に墜ちるまでの背景・前歴までを丁寧に情報収集しアセスメントする義務がある。危ない橋を渡る家業だが、リスクとリターンはかみ合っていなければならない。」
「何やら難しいですね。」
「丁度今日仕入れている【商品】は丁度いいサンプルかもしれんな。夜に馬車を出す、一緒に取りに行こうか。」
「はい、同行させていただくのは初めてですね。」
「ただし護衛はいないし、貴女を助けるよりもリスクが高いと判断したらわたしは逃げるのでその心づもりでいるように。」
「はい!?」
「奴隷商人がギルドに護衛を依頼できると思うか?この家業は全てが自己責任。己の身は己で守れ。」
「……縋りつくな鬱陶しい。」
「あんな脅しをされれば怖くもなりますよ!」
ウィーサは自分より小柄なウィリアムに寄り添い身体を震わせていた。ウィリアムは赤毛の少女といった様相に似合った花のような良い香りがする。ウィーサはその香りから以前何かの物語で読んだリコリスという煉獄に咲くという誰も触れられない燃えるような彼岸花の話を思い起こした。
1時間ほど馬車に揺られていると、【水神と薬学の街】として名高いコトボへ到着した。
「来るのは初めてか?」
「そうですね。噂は聞いていましたがこんな深夜だというのに栄えておりますね。神殿の力も強いと聞いていますが本当にこんな街で奴隷の売買を?」
「むしろお得意様と言ってもいいな。薬学の街というだけあり、実験薬の被検体に奴隷を要することもある。大体は勝手に落ちぶれ金に困った人間が志願する仕事だが、〝肉体・精神に多大な異常を来す薬〟や、種族や魔導適正に見合った被検体が見つからない場合どうしても【商品】が必要となる。」
「……もし幼い子供の【商品】が必要と言われたらどうされますか?」
「手元にあって最高値ならば売るな。」
ウィーサはその瞬間頭に血が上り、ウィリアムに手が出ていた。しかしその平手は呆気なく片手で掴まれる。
「何故怒る。その薬品が製品化し世に出たならば何百・何千という幼い命を救うことが出来るのだぞ。……自分の生活がどれほどの犠牲の上に成り立っているか考えたことはないのか。」
理屈はわかるが理性が追い付かない。何故この少年はこうも達観していられるのか、その眼はどこか厭世的で、自分の激発さえ読んだ上で発言していたように思う。
「……。雇い主に手をあげる無礼、大変失礼いたしました。」
「潔いな。もっと怒りを滾らせてくれてよかったというのに。」
「馬車から降ろされたくないので。」
「良い判断だ。これ以上グダグダ言う人間ならば行先は変更になっていた。」
ウィーサは戦慄を覚えた。目の前の少年は恫喝をしながら微笑んできたからだ。その目は先ほどと同じ厭世的な、明らかに普段の会話と違う【商品】を見る目であった。しばらくその瞳に吸い込まれていると、ウィリアムはフフっと笑い、〝人間に向ける瞳〟へ戻った。
「さて、話が逸れたな。そろそろ目的地だ。」
そして馬車が止まった場所は、馬車を停める駐車場が3つもある裕福な民家であり、執事が現れたかと思うと
「マリア=ランドル16歳 コトボにて同胞五子中 第二子長女としてランドル家に出生 幼少期は活発な少女であり、6歳で幼年学園へ入学10歳で卒業後、コトボ公立薬学院へ入学、薬学の勉学をおこなっていたが12歳の時分より精神に変調を来し、〝学園が自分に毒薬を盛っている〟〝カガヤミ=ククツが自分の身体に入ってくる〟といった支離滅裂な言動を認め、大声で叫ぶ、全裸になり街を出ようとする奇異行動があり。精神薬や治癒魔導での治療を試みるも難治性であり、回復の見込みはなく一室へ軟禁。妄想言動や奇声を発する奇異行為は継続して見られており、また自室では自慰行為に
以上、情報に相違はないか?」
「はい、一切ございません。」
「では契約書に刻印を押してほしい。」
「かしこまりました。」
契約書に捺印を終えると、ウィリアムは少女に<
「さて、いくぞ。」
「はい。」
引き渡しは呆気なく終わり、馬車が出発する。
「さて、荷台の【商品】について追加の情報を与えよう。ランドル家は薬学の商いを行っている裕福な家庭だ。その気になれば自宅で気がふれた少女の一人養うくらいの財力は持ち合わせている。更に言うならば治療院とも仲が深いので、永劫精神治療院へ監禁させることもできただろう。」
「では何故我々に?」
「簡単な話だ。〝家系から存在そのものを抹消したかった〟。それ以外にない。気が触れた者を抱えているとなれば他の4人の子供の縁談が危うくなる。精神治療院へ送り出したとして、治療院は商売相手だ。今後の商売に支障が出る可能性がある。ならば最初からいない方が良い。だからわたしに声が掛かった。」
ウィーサはその言葉に恨みでも怨念でも毛嫌いでもない純然たる悪意を覚えた。
「精神に異常を来した者に対する社会の対応は想像を絶する。貧乏な家に生まれたならば山に捨てられるなどありきたりな話。精神治療院の赤い煉瓦か野山の涯か。もちろん丁寧に介抱してくれる家もあるが、こればかりは運としかいえないものだ。」
「しかしこの少女……【商品】をどうされるのですか?赤い煉瓦か野山の涯かと言っていた存在を金貨10枚以上で買い取るなど……。」
「どうなると思う?」
ウィリアムは意地悪く微笑んだ。
「神殿に供物として捧げる……、春を売らせる、または好事家の貴族に売り飛ばすですか?」
「まぁそれが手っ取り早いのだが、この【商品】は変わった特性を持っていてな。被毒妄想を拗らせそれこそ精神に変調を来すレベルで魔力を体内に宿し続けたのだろう。〝毒〟に対して完全に近い耐性を持っている。冒険者ギルドに売ればそこそこの値段が付くだろう。」
「それは……どう扱われるのですか?」
「さぁ?毒沼に落とし込んで魔物を釣り上げる餌とするか、はたまた縄で縛り測定器を持たせてより詳細なダンジョンの地図を描くか。それ自由であるし、我々の手から離れた時点で知ったことではない。知る必要もない。」
「……この少女は何のために生まれたのですか。親に捨てられ、挙句魔物の餌にされるため。神様とはそんなに非道なのですか。」
「それはわたしの知るところではないが……」
ウィリアムは一拍おいて呟いた。
「〝誰かの役には立つ〟。それだけでも十分に価値があることだ。幸せかどうかは神のみぞ知る。」