ウィーサは撥水性のある薄着に着替え、浴槽で【商品】を洗う仕事に従事していた。売り渡しまで【商品】を清潔に保つのは重要な仕事であると雇用主に説明されている。【商品】には奴隷の首輪が付けられているので、襲い掛かってくることはないと分かっているのだが、〝オスの裸体〟を初めて見るウィーサは未だ恐怖心と嫌悪感が抜けなかった。
「痛くありませんか?」
【商品】はふぅふぅと鼻息を荒くしながら、コクコクと頷いた。全身に泡を付け、浴槽から桶で湯を掬い洗い流していく。
「では下も洗っていきますね。痛かったら首を横に振ってください。……ってちょっと~~~!もう、最悪!」
ウィーサの持つスポンジがデリケートゾーンに触れた瞬間、【商品】は絶頂してしまったようだ。ウィーサは急いで自身に湯をかけて、【商品】を桶で殴ってやりたい衝動を抑える。給金を考えればこの程度の〝事故〟は目を瞑って然るべきであろう。頭では分かっているが、自分の行っている業務がどうしようもなく最低な仕事と思えて仕方がなかった。
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ウィーサが雇用され一週間が過ぎた。奴隷商人というのは物語に出てくるように下卑た存在であり、殴る蹴るの暴行を加えたり、奴隷が女ならば犯されるような、そんな想像をしていたが、雇い主であるテグレクト=ウィリアムの奴隷に対する対応は実に淡々としたものであり、【商品】という扱いに徹している。
屋敷には応接室、広間、牢獄が6つ、10人は同時に入れる浴室、衣裳部屋があり、【商品】に出す食事はウィリアムが手作りしており、家庭料理としては上等な出来といった具合だ。【商品】は屋敷に連れてこられることが多く、馬車で遠征したのも今のところコトボの街へ行った1回きりだ。
「……思っていたよりも奴隷商人とは地味な仕事なのですね。」
「貴女がどんな想像をしていたかしらないが、【商品】を安値で仕入れて高値で売る。扱う品がなんであれ、商いにおいてその原則から外れることはない。」
テーブルで食事を囲みながらウィーサは思った疑問を口にする。メニューは燻製肉とほうれん草のソテーに卵焼き、白パンがついているのでご相伴に預かっているウィーサからすれば豪勢といっていいのだが、一回の取引で金貨数百枚の稼ぎをしている人間の晩餐としては少し慎ましく思えた。
「まぁそれもありますが、ウィリアム様がお一人で全てを行っていることにも違和感を覚えます。食事を出す給仕を雇ったり、【商品】を洗う使用人を雇ったり……。全部をお一人で行うのは手間ではありませんか。」
「だから貴女を雇っただろう。」
「しかし洗体は任されておりますが、料理は相変わらずご自身で作られるのですね。」
「特に苦と思っていないからな。」
「料理は……ですか。」
もしゃもしゃとカリフラワーを頬張るウィリアムを見て、今朝の洗体業務が頭に浮かぶ。赤毛の可憐な美少女といった様相の雇い主(闇の神の帰依者であることから女装をしているが、男の子である)は、自分が来る前まで今朝のような業務を自分で行っていたのだろう。何度今朝のような〝事故〟に遭遇したのだろう。そして【商品】たちに取り返しのつかない倒錯的な〝
「ウィリアム様も苦労してきたのですね。」
「なんだ急に気持ち悪い。……さて、今日は少し変わり種の【商品】が納品される。扱いには注意が必要なので良く学んでおくように。」
そう言ってウィリアムは燻製肉を口に運ぶ。正直ウィーサとしてはどの【商品】も扱いには慣れていないので、熟練の奴隷商人である雇い主をして注意が必要と話す品に自分が対応できるか不安が募る。
そうして夕飯が終わって夜も深まった頃、コンコン と ノックの音がした。扉を開けると黒いローブですっぽりと覆われた小さな体躯をした人の形と、少し神経質そうな細い体の男性、後ろには護衛を任されたのであろう冒険者の集団が見えた。
「お約束の品を持ってまいりました。」
「今鑑定を行う。しばし待て。」
黒いローブから見え隠れするのは日焼けとは違うどこか神秘的な古美術品のような褐色の肌、ウィリアムは書類に目を通しながら全身を隈なく精査し、無事に【商品】の受け渡しは完了した。邸宅に入りローブを取ると、敵意に満ち満ちた双眸で睨みつける少女の姿が現れる。
「ウィーサにも説明しておこう。まず氏名はネフィティ=リリア、出生はバルロドス王朝、第一子長女、齢は定かではないがバルロドス暦100年前後であり……」
「待ってくださいバルロドス王朝って……もう1000年も昔に滅びた大国ではないですか!?」
「まぁ最後まで聞け。……齢はバルロドス暦100年前後であり、現代に換算するならば1400歳を超える。シュテルネッカーという反王政の過激派組織に加入し、金銭的な援助を行っていたことから3年前に存在が発覚し、カリフの街に潜伏していたところを逮捕。調査の時点で常軌を逸脱した支離滅裂な言動が聞かれたため精神鑑定に出されるも、結果は正常。また、隠れ家としていた民家の裏屋根からは、歴史的な価値を抜きにしても金貨換算で5000枚を超える貴金属・バルロドス王朝時代の徽章が発見される。本来は死罪相当であるが、情状酌量が適応され、全財産没収の上、半年の禁固刑を経て、このたび職業斡旋のため案内する。……と、こんな感じだ。」
「シュテルネッカーというと、確か第一王子誘拐未遂や、各地の領地でも爆殺事件を起こしている犯罪集団では。」
「ああ、先も言ったようにそんな場所へ莫大な資金提供をしているとなれば断頭台送りになって然るべきなのだが、あまりにも歴史的な研究価値がありすぎたのだろう。そして書類だが戸籍上は12歳の少女となっている。ちょうど奴隷売買が適応される下限年齢だ、お上もよく考えるものだ。」
「ああ、なるほど。歴史学者に売るために一度うちの【商品】になってもらう手続きが必要だったのですね。」
「その通りだ、既に売り先は決まっている。しかし引き渡しまで15日ほどあり、それまで事故無く丁重に【商品】を扱うのが我々の仕事になる。」
「わたしを
「わかったわかった、とりあえず4番房室へ連れていけ。どれだけ喚いていても黒魔術……いや、どんな魔法も掛けるのは無しだ、魔術によって少しでも【商品】に変質があっては困るからな。原始的に口枷をして後ろ手に縄で縛るほかない。」
「はい、わかりました。ではこちらへどうぞ、行きますよ。」
「ふぁなへ!ひっはふうは!」
いつもの業務の延長線上に捉えているウィーサは、【過激派組織の姫君】を扱うというこの仕事についてまだ正しく理解をしていなかった。