それと文体を変えました。
やあやあ皆さんこんにちは。第12SS装甲師団*1に所属しております、ターニャ・デグレチャフ連隊員です。
文明的という言葉がなんと素晴らしいものなのか、私はここ数日ほどではっきりと再確認しました。ああ、文明といっても最近話題な、ライヒが月までもを征服したとかそっちの話ではない。もっと身近な、例えばコーヒーだとか、例えば安定した衣食住だとか、、そして、そして何より最低限度の道徳……! これらは我々人類が最低限霊長たりうるための要素ではなかろうか。特に最後、特に道徳。
いや、なにもナチスにヤンキーが子犬に傘を差すような道徳心と言うものを求めるわけではない。彼らにそんなものを教え込むのと比べたら、猿にシェイクスピアを書かせる*2方がよっぽど簡単だろう。しかし、だいぶ穏やかな表現をしてもこの国があまりうまくいっていないというのは明らかなのだから、せめて優秀なものにはそれ相応の待遇を与えるとか、最低限いきなり射殺しないとか、その程度はしてほしいものだ。
そう、このようなことはしないで頂きたいのだ。少なくとも私の前では。
「Gówno! Cholera! Niech ktoś mi pomoże. Czy wy naprawdę jesteście ludźmi!」
壁一面に並べられ、おそらくは東欧系だろうか、手足を縛られた男女が喚いている。少しでも未来と言うものについての概念を持っているのなら、そうなるのも当然だろう。言葉は分からないが、たぶん「くそっ、くそったれ! 誰か助けてくれ!」みたいなことを言っているのだろう。
しかしこの世界では連合国は敗れ、白バラも壊滅して久しい。残念ながら私にできることは何一つない。
私が諦観を抱きながら見ている間も彼らは叫び、後ろに流れる穏やかなヴィスワ川と不協和的なコントラストを生み出している。
「デグレチャフ同志、どうした? 見世物も佳境だというに、なぜにそう深刻な表情をしておるのだね? もっと皆と楽しみなさい」
金のヒトラーユーゲントバッジを光らせながら中隊隊長が近づいてきて、私と目線を合わせて子供に言い聞かせるように言った。奥を見ると、隊員たちが縛られた彼らを指差しながら笑っているのが目に入る。
「ジークハイル、憲兵大尉殿。……その、ウンターメンシュが死ぬのは当然喜ばしいことであるとは理解していますが」
「ああ、なるほど。ご婦人方特有の超越的慈愛の発露というわけだ。君らは犬が死ぬのにも悲しむそうだからなあ」
どちらかと言うとご婦人特有の慈愛というよりは、日本人特有のもったいない精神だ。そしてそれに目を瞑ったとしてもこのデリカシーのなさ。模範的ナチ党員とでも言ってやりましょうかね。
このような愚か者にもったいない思想を説いても、この猫派の中隊長はどうせ「もったいない? 我々優秀なドイツ民族は余っているくらいなんだぞ。そちらの方がもったいないではないか」といった感じで理解しようとしないだろう。そのような相手に時間を使うほど無駄なことはない。何よりそのような事は前世で飽き飽きるほどやった。
「仕方あるまい、今回は貴官は記録を行ってくれ。ただ、君もいずれは慣れねばならんからな。奴隷道徳は捨て去り給え。君が真にアーリア人ならば」
小隊長は私が返事をしないのを見ると、半ば機械的にそう言う。そして一瞥もせずに踵を返して、元の隊員たちのところへと戻っていった。
人は慣れる生き物、私もいずれはナチズムに染まってしまうのだろうか。そうなる前に私は欧州からおさらばできると信じたいものだ。
いや、彼らの行いが人道にもとる行為であると分かっているのにも関わらず、説得を試みようともしない私は、もうすでに手遅れなのだろうか。
……そんなことはないはずだ。ああ、私は擁護するとも、私自身を。それによって得られる利益が、自らを批判することによる利益を上回らない限りは。
私の琴線にふれた言葉に、「人は元来論理的な生き物だ。だからこそ論理によって説得されることを嫌うのだ」といったものがある。経験則的にも、一般の大衆は何故だか明らかに正しい心理から目を背け、自ら盲人となりに行くといった傾向があるだろう。そう、つまり私が彼らにたとえ説得を試みたとしても、彼らはきっと受け入れなかったのだ。だから私がしたことは間違いではない。それに、今ここで処刑されかかっている彼らを助けたところで、一体私に何の得があるだろうか。
さくりさくりと音がした。私がそのほうを見やると、青く透き通ったヴィスワ川を背景に、外套を羽織った軍人がこちらに歩いてきてた。寒さが相当堪えるらしく耳に毛皮を当てている。
私が見ているのに彼は気付くと、手に持っていた一枚の紙をひらひらと掲げた。ちらりと見えたその紙の上部には、「最終的解決の実施記録」と書いてあった。男は掲げた紙を再び下ろし、足早に距離を詰め、私と触れるか触れまいかといったところまで近づくと「デグレチャフ、これが記録用紙だ。文字の書き方は分かるか? ダメならばマニュアルを渡すが」
「貴官が私を字も書けない小娘などと、侮る気持ちは分からなくもないがな。休学中とはいえ私もギムナジウムに通っているのだよ、マイヤー」
彼──マイヤーはちえっと軽く舌打ちし、私に紙とペンを押し付ける。そのまま大股で歩き去り、手ごろな岩に腰を落ち着けた。
ああ、それにしても。いったいどこで私は道を間違えたのだろうか。本来ならば、先ほどマイヤーにも言ったように、ギムナジウムに通っていたはずなのだ。この狂った世界で、しかしそれでも平穏に思索に耽っていた筈なのだ。学生かばんを肩にかけ、制服外套を羽織っていたはずの私は、今トーテンコップを頭につけ、親衛隊の軍服を身にまとっている。私は別に軍務を志願したなどと言うわけでもないのに。
と、そこまで考えた瞬間、マイヤーが「デグレチャフ、手を動かせ。彼奴ら、そろそろ処刑を始めるようだぞ」
余りの速さに少しばかり驚いて、彼の方を振り返る。彼は飴玉を口に放り込むと、隊員たちの方を指差した。そこでは先ほど話しかけてきた中隊長が、ニタニタと嫌な笑みを浮かべてライフルを構えている。私も処刑などに詳しいわけではないが、これほどの速さでの処刑執行とは異例ではないだろうか。まるで戦時下だ。
彼が一発だけライフルを撃つ。冬特有の凛と張りつめた空気が、一挙に粉々に割れてしまったような音であった。硝煙に阻まれ、縛られた彼らの姿が見えなくなったが、その様子は容易に想像できるものであろう。女が叫ぶ。野次馬がどこからともなく出てくる。中隊長は堪え切れないといった風に笑った。女の叫び声が響く中でも、異様にはっきりと聞こえる異質な笑い声であった。
それと共に、風が巻き起こり、硝煙を切り裂いてゆく。撃たれた女は腕から血が垂れているが、わざと半殺しに留められている様だ。
……軍隊は銃弾一つであろうとも厳密に管理されるはずなのだが、彼はどうするのだろうか。まさか劣等人種のせいと言えば何でも通るほど、管理がザルというわけではないと信じたいが。
さくりと音が立つ。中隊長は冬の草原にゆったりと両手を広げて、まるで何かの司会者かのように立っている。ライフルを無造作に肩に担ぎ、首から下げた鉄十字を光らせ、「さあて。お集りの皆さん、朗報ですよ」と野次馬にも向けてそう声を弾ます。野次馬が何を期待しているのか、やんややんやと騒ぎ出す。中隊長は先ほど打ち抜いた女の顔をつかみ、無理やり自らの方を向かせる。涙と血と唾液と、とにかく様々な体液が混ざりあって顔全面を汚していたが、唯一目だけはぞっとするような美しさを保っていた。白い吐息が彼女の口から漏れる。
中隊長は再び後方を振り返り「この穢れた劣等人種共を、我々、アーリア人の代表者たる我々が処分いたします!」
歓声が沸き起こる。野次馬はおろか、親衛隊隊員も手を掲げて中隊長を称賛する。中隊長は数瞬、感慨に浸るように目を閉じていた。
騒音の中、野次馬が縛られた彼らに向けて石を投げた。それと同時に群衆はさらに過熱し、シュプレヒコールが巻き起こる。中隊長はライフルを掲げながら彼女を見て「いい目をしている。捨てられた子ウサギのような、じっとりと濡れた、哀れな…どうしようもなく醜い目だ」
そう吐き捨てると、彼女を思いきり銃身で殴りつけた。私は何をするでもなくその様子をぼうっと見ていた。悲憤慷慨するというわけでもなく、ただライフルの心配やまだ見ぬ新技術などを曖昧模糊とした思考で思っていた。
ようやくその後、こんな事をしている場合ではないと気づいて、用紙にペンを走らせ始めた。
ふと、背後の気配に気が付いた。
どうせマイヤーだろうなと思って振り返ってみると、思ったとおり彼がそこに佇んでいた。外套をなびかせ、態々特注したというクラッシュキャップ*3を、風で飛ばさぬように手で押さえている。
「どうかしたかね、酷く険しい顔をしているが」
彼はアハアハと笑っている中隊長を睨みつけながら、どこか気落ちした声色で呟いた。
「へえ、あんたはこれを見て何も感じないってか」
そうは言わなかったはずだが。私とて中隊長の行為が人道にもとるものであるのは理解している。ただ起こせる行動もないのだから、気にしないのが精神的にもよいだろうと考えたまでだ。
マイヤーは小隊長の方へ手を遣ると、彼の素なのか、打って変わった口調で語り始めた。
「あんたはガキだから知らんだろうがな。あの中隊長はイカれてる、頭がおかしい。劣等人種を殺すだけならもっといいやり方がいくらでもあるのに、態々手間がかかる方法を好んで…そして飽きたら即銃殺だ。俺にはまるで理解できん。したくもない。あそこで笑ってるあいつらも同類だ。
あいつらは全員
無抵抗な市民を虐殺するって快楽を、どうしても忘れられなかった、哀れな奴らの残党だよ」
私と同じ新兵である16歳のマイヤー君が、何某かをほざいている。
しかし、行動計画は多少修正しても良いだろう。今までこの国にはナチズムの信奉者くらいしかいないと思っていたが、体制派が目立つものの、反対派などもしっかりと存在するのだ。使い捨てれる駒は幾らあってもいい。これからはこの国の
いつの間にやら野次馬の歓声は止んで、落胆の声と不満気な声がちらほらと聞こえてきていた。おやと思ってみてみると、中隊長はどうやら甚振るのにはもう飽きたようだ。隊員たちは鈍く光る銃口を一列に並べ、それを彼らに向けている。
今、銃口を向けられている彼らは一体どのような心持ちなのだろうか。憂い?悲しみ?怒り?恐怖?この場で感情として相応しく見えるものはいくつか思い浮かぶが、なかなかしっくりとこない。死の淵に瀕した人間は一体どのようなことを思うのか。私個人の経験知から言わせてもらうならば、死の瞬間に思うのは「こんな馬鹿なやつがいるんだ!」という驚きであるが、この状況においてはそぐわないだろう。今は彼らを殺すことによる社会的利益が不利益にまさっているのだから、中隊長らが彼らを処刑することは順当だ。
まあ、感情とは非論理的なものであるのだから、グダグダ考えていても仕方がない。それならまだ記録をまじめにやる方が生産的だ。
そんなことをつらつらと考えながら眺めていると、ぱちんと安全装置を外す音がした。隊員たちが撃鉄を起こし、
中隊長が手の平を振り下ろす。それと共に、マズルフラッシュと銃声が辺り一帯を覆った。硝煙のにおいが鼻につく。数秒後、ボトリとただの肉塊がいくつか落ちる音がした。彼らが考えていたであろう何某かも、彼らが叫んでいた何某かも、すべて無に帰して、ただ戻ってきた風の音がその名残を伝えている様だった。処刑は、恐ろしくあっさりと終った。
中隊長は、ライフルをハンカチで拭い、目を細めながらあたりを見渡した。しばしその場の隊員たちと談笑していたが、すぐにこちらへと近づいてきた。
「さて、デグレチャフ同志、記録をこちらに。間違っても『人道的配慮が』などと書いてはくれるなよ?いかなる理由であろうと、処罰は免れまいて」
まるで近所のちょっと偏屈なおじさんのように、彼はからからと笑った。
「御冗談を、憲兵大尉殿」
私は一言だけそう言って、中隊長に記録を渡した。
中隊長はざっとそれに目を通し、軽く眉を上げると、「うん、問題はないな。良く書けている。イェーガー報告書*5にでも挑戦してみるかね?」
「ああ、いや、冗談だ。各員、状況復帰の後、通常任務へと戻れ!」
下命と同時に兵は散会し、死体をヴィスワ川や掘った穴に無造作に捨てる。風は一段と冷たくなり、ちらちらと降り始めた雪を運んできた。
兵舎に戻ると、私は外套と規格帽を脱ぎ捨てた。ただコンクリを打ち付けただけの壁はひどく冷たく、隅に置かれたストーブがわずかな熱気を無造作に撒いている。
私は固いベッドに腰かけると、手の平を蒸気の温みですっかり濡れている窓ガラスに擦り付けた。小さく音が鳴る。外はもう、夜が底の方まで押し付けていて、夕闇に包まれている。部屋は明るいので、窓ガラスには当然風景 ではなく質素な家具と私とが写し出された。
私はわずかに見える風景を眺めているだけですよという顔で、腕を枕に顔を窓に押し付けた。
そのまま数分思考を重ね、その後は眠気に抗えずベッドに横になった。