【私立パラの丸高校 ヒーローアカデミア編】 作: 燃える空の色
00.ひかるとマサ、雄英を目指すやつ
――事の始まりは、中国の軽慶市って言うところらしい。
なんでも、
そうして、いつの間にか「超常」は「日常」に。
それと、「架空」が「現実」になった。
世界総人口の約八割が何らかの"特異体質”である超人社会となった今のこの世界、良くも悪くも混乱渦巻く社会の中で、漫画のような、誰もが一度は憧れた一つの職業が……まぁ、良くも悪くも脚光を浴びていた。
◇
ヒーロー、敵。
混乱渦巻く現代社会において、日夜その名前を聞かないことは無い。
まるで漫画のような彼らは、しかし現実のものとして威風堂々たる姿を世界へと見せつける。
勿論、テレビやスマホの向こうだけでなく、ただ道端を歩いているうちにも遭遇することはある彼らヒーローは、熱狂的な人気を持ち、特にトップヒーローと称されているもの達は誰しもに名を轟かせていた。
誰も彼もが特異体質を持ち合わせる超常社会において、そんな彼らに憧れる無数の未来ある若者たちは、ヒーローとなることを夢見て、自らの力や学力を高めるための努力に勤しむのだ―――、
「うわ、すごい爆発…」
――けれど、それは少年にとって、どこか遠い世界の話だった。
少年は歴史の授業内容を頭の中で反芻しているさなかに起きた、商店街の向こうで立ち上る煙と爆炎を遠巻きに見やる。
その隣で、もう一人の少年――黒井正義は、子供のように目を輝かせながら飛び跳ねていた。
「かっこい〜!!ねぇひかる、近くまで見に行こ!」
跳ねる毛先が光を弾き、興奮を隠せない指先は爆発の方角を指している。
しかし、ひかると呼ばれた少年は気怠げに視線を逸らした。
「いやいいよ、危ないし。てか黒井お前、ヤンジャン買いに行くんじゃへぇの?」
「……あ!」
その誘いを軽くいなし、気怠げなその声を聞いて黒井は間抜けな声を上げ、慌てたように駆け出した。
「そうだった、忘れてた〜〜〜!!やばいやばい、急がないと!! って、ひかる?何してるのー!?早くー!!」
「えぇ……これ、俺が悪いの?」
悪態を小さくつきながらも、ひかるは後を追う。
その時、横合いから緑色の影が飛び込んできた。
「…って、うわ」
「す、すいません!!」
ついで衝撃、僅かに退く。
ひかると衝突したのは、同じ程度の背丈をした緑髪の少年。少年は短く謝罪の言葉を述べた後、また急ぐように、ヒーロー達がいる方へ駆け出していった。
「ひーかーるー!!」
「あーはいはい、今行くから」
黒井からの催促を受け、ひかるは小走りで駆け寄っていく。
ぶーたれる黒井をいなしつつ、顔の上には柔らかな笑みを浮かべ。
ヤンジャンを買ったら、次はどこに行こうか、何をしようか。
あのヒーローはどうだ、このヴィランはどうだ。
どうでもいいようなことを話しながら、しかし楽しい時間を過ごしながら、二人は共に歩いていく。
その横を、偶にヒーローやヴィランが通りがかることもあるかもしれないが…あまり関係のない話。
これもまた、前とは違う今の世界の……「超常」社会での日常、その一コマだ。
◇
少年―――多々ひかるは、この超常社会において、至って普通の人間だった。
誰しもが「個性」という異能を併せ持ち、平均という規格がとれなくなってから久しく。それでも尚、ひかるは普通と称されるに相応しい少年だった。
しかし、ひかるには…たったひとつだけ、普通では無い所があった。
「……おまえ、くろいか?」
「え…ひかる!!??」
それはまだ、ひかるが幼稚園に入園してすぐの頃。ひかるは運命の再会を果たした────その運命こそが、黒井正義。
前世、そして今世においても最愛の友となる彼との馴れ初めである。
ひかるは黒井との再開と同時に、前世の記憶を取り戻した。
今世のように、皆が特殊な能力を持ち…しかし、何故かしれっと日常を謳歌していたあの世界のことを。
初めこそ困惑し、記憶が戻る前の自分とは打って変わった性格をした自身をどう誤魔化したものかと思っていたが、どうやら姉や両親も前世の記憶を保持していたらしく、当たり前のように受けいれられた。
そんな事情もあって、黒井以外に同年代の友達ができるはずもなかったので、黒井と一緒に過ごす生活を…「前」のような生活を送り始めた。
遠足、運動会、お泊まり、合唱コンクール。
子供ならではのことも、せっかくだからと沢山した。
ヒーロー社会ならではのゴタゴタに巻き込まれることもあったが、それなりに充実した日々を送っていたと思う。
だが、それでもやはり。常にひかるの中に残り続ける疑念があった。
―――俺たちは、一体どうやって死んだのだろうか
ひかるは確かに、前世の記憶を取り戻した。
しかし、それは全てではない。
自身の死に際。なぜ、この世界へとやってきたのか。その理由を、ひかるは何も知らない。
何度か、黒井に聞こうともした。けれど、それについて話そうとする度に、黒井は悲しそうな顔をして、まるで…吸い込まれるような、光を灯さぬ瞳が、ひかるへと向けられた。
それが、どうしようもなく悲しくて、寂しくて。
ひかるは結局、理由を聞けないでいる。
黒井と2人で過ごす、この日常が続くなら…それがなんであろうと、構わないから。
ひかるは、そう思っている。
◇
ひかるがこの世界に転生してから凡そ15年。
中学3年になり、そろそろ進路を決めなければ行けないという頃。
誰もいなくなった教室の中、夕陽に照らされながらも、ひかると共に黒井が机に張り付き談笑していた。
「―――それでさ〜?俺、やっぱりひかると一緒に雄英目指そうかなって」
「ふーん……て、は?」
突如、脈略もなく放たれた言葉は、適当に相槌を打っていたひかるの耳を通り過ぎず、一切の語弊なくひかるの脳に響いた。
「いやだから、ひかると雄英高校行きたいなーって思ってさ」
「いや、いやいやいや。え、いや。話飛びすぎだし、急すぎだし、無理だろ。俺ら成績そんな良い訳でもないし。 それにお前知ってるだろ?俺の"個性”は前の"能力”と同じで……」
言葉尻を濁す少年の体を、仄かな光と温かみを帯び始める。
全身から光を発する少年、しかしその光は形を変えたり、周囲に影響を及ぼしたりするわけではなく――――
「……ただ光るだけなんだって」
【――人物名:多々 光。
解説:ちょっと光る。】
「そんなことないって!ほら、それに俺だって…」
もう一人の少年の身体も同様に熱を放ち、瞬時に全身から放たれる鈍い闇が、辺りのものを吸引し始める。
「ブラックホールを出せるだけだし!」
【――人物名:黒井 正義。
解説:ブラックホールを生み出せる。】
「いやだから、それがすごいんだって……」
「それに俺、別にヒーロー科に行くなんて言ってないよ!!」
むぅ、っと頬をふくらませ、少年…黒井が反論する。
対し、ひかるはバツが悪そうに頬をかく。
「それはまぁ、確かに。じゃあ、どこに行こうとしてんの」
「普通科か経営科!」
「普通科は分かるけど、なんで経営?いや、別に変ってほどでもないけど」
「文化祭の時にお店出したりしてて、楽しそうだから! ひかると一緒に、お化け屋敷とか、喫茶店とか出したりして!!」
「いや、文化祭の出し物目当てって…受験ってそういうもんじゃないだろ」
「えーそう?」
「じゃあじゃあ〜」と妄想を膨らませる黒井を横目に、ひかるは進路希望表をじっと睨みつける。
黒井にはああはいったものの、ひかる自身、特に夢や目指してる大学がある訳でもないし、ヒーローのことが、まぁ、特別好き……という程でも、なくはない。
雄英を特別目指すだけの動機はないが、目指さない理由も特にない。
前世もあって、中学の範囲の勉強はできないという程でもないから、今から頑張れば入れないこともないだろう。
しかし、それでいいのだろうか。
ヒーローを目指す子達の集まる雄英高校、その普通科ともなれば、恐らくそのほとんどがヒーロー科の受験で落ちてしまった子達、あるいは夢や希望を捨てきれない子達になるだろう。
加えて確か、雄英体育祭などで記録を残したものは、ヒーロー科に移籍することが出来たはずだ。みんな、それを狙って頑張ることだろう。
そんなところに、「友達に誘われたから」と目指していいものなのだろうか。
「―――ひかる?」
「あぁいや、ごめん。ちょっと考え事…って言うか、やっぱり雄英とか、俺が行くようなとこじゃ…」
「え〜?…ねぇ、ひかる? ひかるが何について悩んでるかはわかんないけど、ちょっと考えすぎなんじゃない?」
小首を傾げ、黒井の大きな瞳がひかるを映す。唐突に、それでいて真っ直ぐに投げ掛けられた疑問に、返す言葉もなく。
ひかるは咄嗟に、誤魔化すように答えた。
「いや、別にそんな考えてるわけじゃ…」
「いや考えてるでしょ。ひかるがどう思ってるかはわかんないけど…別に、そこまで色々考える必要もないと思うよ?雄英にいる子がみーんな、そんな色々考えてるわけじゃないと思うし……」
諭すようなその言葉に、ひかるはぐうの音も出なかった。
ひかるの悩みや考えが、まるで筒抜けになっているかのように錯覚するほど、黒井の言葉はひかるの心を良く突く。
実際、どこまで行こうと高校生。考えている人は考えているだろうし、すごい子はすごいのだろうが……そう言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。
けれど、だからといって…
「それに、ひかるは、ひかるが思ってるよりも、ずっと凄いやつなんだからさ!」
「……きも」
「きもくない!」
「いやキモイわ」
「え〜〜〜〜」
悩みに悩んで悩んだ末に、行き着く先がまさかまさかの根性論も真っ青な、意味の分からないアドバイス。妙に心のこもったそれは、なんだかちょっとキモさすらも感じさせる。
けれども確かに、多々光への強い信頼を宿したそれは、乾き縮まり萎縮して、捻くれた心に大きく響いた。
―――それを皮切りに、二人の口から笑いが溢れ出てくる。
あぁそうだ、ひかるには、こんな風に自分を信じてくれる、自分と一緒に笑ってくれる、すごい友人がいるのだから。
他の誰よりもすごい癖に、他の誰よりも強いくせに、それでもひかるから離れないこいつが、ひかるのことを信じて、ひかるの名前を呼んで、ひかるとずっと一緒にいるのだから。
そうだそうだとも、自分は凄い……とまで振り切れずとも、自分のことを、少しは信じていいだろう。例え、大した理由がないのだとしても。例え、ちっぽけな自分だとしても。ダメダメで、どうしようがなくても。
なんてことはない、この友人が、自分は自分なのだと断言してくれたのだから。
そう考え、二人で笑っていると、さっきまで悩んでいたことがバカバカしく思えてきた。
「…はぁ、わかった。行くよ、俺も」
「ほんと!?なら今からひかるん家で勉強しよー!!」
「……お前、最初からそれがしたかっただけなんじゃ」
二人はプリントに「雄英高校普通科」と希望する進路先を記入して、ジャンケンで負けた黒井が職員室まで二人分のプリントを持って走って行く。その背を見送り、ひかるは誰もいない教室で一人窓の外を見上げた。
太陽が沈み始め、オレンジ色が地平線の彼方から地上を染め上げる中で、空は闇に覆い隠されていく。
相反する二つの色が交わっていく景色の中、確かな変化を始めたひかるのこれからを表すようなその世界の色を見て、ひかるは確かな「日常」の変化を感じた。
「……」
―――雄英高校、日本においてトップとされるヒーロー育成学校。
その知名度は他の高校とは比較にもならないほどのそれであり、その名は世界にも轟いている。
もしかしたら。もしかしたら、だが。
かつての同級生たちや、先輩、先生に―――二人のギャルと、地雷系女子に。―――みんなにも、もう一度出会えるかもしれない。
暗闇に包まれ、先の見えない未来の先に、ほんの少しの希望と光を見出して。沈み行く夕陽を、ひかるは目に焼きつけるように見つめていた。
▽▽▽
黒井を見送ってしばらく。既に10分以上の時が流れ、何してるんだとひかるが僅かに苛つき始めた頃。
大きな乾いた足音が少し響いた後、がらがらと勢いよく扉が開けられ、焦った様子の黒井が飛び込んでくる。
黒井は飛び込む勢いのまま地面に頭を擦り付けて五体投地し、所謂土下座を披露した。
「ごめんひかる!!先生が「お前ならヒーローになれる!」って勝手にヒーロー科に変更しちゃって……!!」
「……はぁ」
なんとなく、そんな予感がしていなかったと言ったら嘘になる。
怒りどころか呆れすらも通り越して、ひかるは指で眉間を抑え、内心の多様な感情を孕んだため息をついた。
「ごめん…」
そんなひかるの姿に、黒井は申し訳なさそうに項垂れ、目には僅かな涙を宿し、あからさまに落ち込んだ様子を見せる。
まるで叱られた犬のような姿の黒井に、ひかるの溜飲が僅かに下がる。
生徒の将来を勝手に決めちゃっていいの?とか、お前から誘ったくせに、とか。ひかるが言いたいことはいっぱいあった。
けれど、こんな姿を見て、まだ怒れるはずもない。
下を向く黒井の髪をわしゃわしゃと乱雑に撫で、ひかるは黒井の手を掴み学校から出る。
既に日は傾き、下校時間すれすれ。
急いで靴を履き替え、小走りで校門へと向かう。
「ひか、ひかる、っ!きゅ、急に走ってどうしたの!?もしかして怒ってる!?」
「いいから走れって! お前のせいで結構遅くなっちゃったんだから」
僅かに目を腫らしたまま、黒井はひかるに手を引っ張られてその後ろを着いていく。何度ももたれ、転びそうになる度に、ひかるに支えられて走り続けた。
「…ここまで来れば大丈夫だろ」
「こ、こんなに走る必要、あった?」
「元はと言えば、誰のせいでこんな遅れたと思ってんだ」
二人は息も絶え絶えになりながらも、学校から離れ、既に人気のない道を進み出した。
もう誰もいないこの時間を、夕日の刺した通学路を二人で歩く。
ふいに、ひかるがスマホを取り出して、誰かと連絡するような仕草を摂る。黒井が不思議そうにそれを眺めていると、連絡を終えたひかるが黒井に振り向き言う。
「それじゃあ、行くか」
「え…?」
「ウチで勉強すんだろ?ほら、姉ちゃんも良いって」
「……うん!!」
パッ、とまるで季節外れの向日葵の花が咲いたような、太陽が顔を覗かせたような明るい笑みを浮かべて、今度は黒井が手を引っ張って、ひかるの家に向かって走っていく。
たわいの無い話をしながら、どうでもいいことで笑いながら。
かつてを懐かしみ、これからの未来に思いを馳せながら。
この愛しい日常を謳歌しながら。
あの頃から、何も変わらない日常のようで、どこか違うこの世界で、それでもきっとこの時だけは。
二人で歩くこの道だけは、きっと。
きっと何も、変わってない。
これまでも、そして、これからも。
――――2人は、共に歩いて行く。
―――言い忘れていたけど
――――これは、黒井と俺が
―――――最愛の日常を取り戻すための物語だ