【私立パラの丸高校 ヒーローアカデミア編】 作: 燃える空の色
雄英高校ヒーロー科、2日目。
ヒーロー科と称されても、基本は高校。
午前の授業は必修科目・英語などの普通の授業。
そして、午後の授業―――ヒーロー基礎学。
「わーたーしーがー!!」
「――来っ」
「―――――普通にドアから来た!!!」
教室の扉が勢いよく開き、扉の向こうから筋骨隆々の大男…『平和の象徴』オールマイトが意気揚々と現れ、滑り込むように教室内に足を踏み入れる。
「うわぁ!オールマイト!!本物だ〜!!!」
「すげぇや、ほんとにヒーローやってんだ!!」
「銀時代のコスチュームだ…!画風違いすぎて鳥肌が……!」
目の前に現れた歴史的英雄に対し、クラスの殆どの生徒が興奮を隠せずに騒ぎ出す。そんな様子も慣れたものと、オールマイトはズカズカと教卓に立ち、授業を開始する。
「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地を作る為様々な訓練を行う科目だ!!早速だが今日はこれ!!―――戦闘訓練!!」
「戦闘……訓練…!」
ヒーロー科としての本懐、個性を使っての本格戦闘。あるものは僅かに息を飲み、あるものは凶暴な笑みを浮かべる。
勿論、黒井も楽しそうに目を輝かせていた。
「そして…そいつに伴って…こちら!入学前に送って貰った「個性届」と「要望」に沿ってあつらえた…」
オールマイトがリモコンを操作すると、教室の壁が動き出し、ロッカーのようなものが現れる。そして、その中に入っているのは――、
「―――
「戦闘服!!おおお!!!」
ヒーロー社会において誰しもが1度は考えるような、自らのヒーローコスチューム。それらが現実となって、実際に着用することが出来るというのだから、
「着替えたら、順次グラウンド・βに集まるんだ!」
「「はーい!!」」
無論、そのような状況に置かれて、喜ばないものがいるわけが無い。
皆が勢いよく返事し、急ぎ足で更衣室へと向かい、自身のコスチュームに着替えてグラウンドへと歩き出す。
「格好から入るってのも大切なことなんだぜ、少年少女!!」
「自覚するのだ!今日から自分は、ヒーローなんだと!!!」
「───始めようか、有精卵共!!戦闘訓練のお時間だ!!」
◇
「うわぁ、みんなかっこいい!!緑谷もなんか可愛い〜!」
「あはは、ありがとう…黒井くんのコスチュームは…制服と、パーカー?」
ぐるりと、黒井は自らの装いを確認する。
前世において、黒井が普段から着用していた私立パラの丸高校の制服と、黒井の特徴でもあった赤いパーカー。
ヒーローコスチュームと言うには、まるで一般人のような格好をしている黒井に、緑谷が困惑を隠せずにいた。
「俺の個性、あんまり道具とか関係ないからさー。機能性とか、着慣れてるやつとかの方がいいかなーって」
着慣れてる、とは言ったものの、実際過去に着ていたものとは完全に別物だ。機能性という意味でも、勿論、思い出という意味でも。
「、、、黒井くんっぽいし、親しみやすくていいと思うよ」
こつこつと甲高い音を立て、そう言いながら闇川が二人の前に現れる。
ピンク色の可愛らしい服と黒いミニスカートを身に纏い、厚底のヒールを鳴らしながら歩いてくるその姿は、ヒーローと言うよりは渋谷なんかによくいる女子高生といった印象だ。
「わ、りこてゃ!かわいい〜」
「ありがと、、、自分で考えたんだ」
そう言って、くるりと一回転し、ツインテールとフリルが可愛らしく揺れる。
「これ、耐爆性能とか、色々機能ついてて…」
「かわいいし、かっこいいしし、便利!!」
「、、、ありがと、、、」
少し恥ずかしそうに頬を赤らめて、闇川はツインテールの自身の髪に隠れるようにして顔を背ける。
そんな一喜一憂する生徒たちをひと通り見ると、オールマイトはウンウンと満足気に唸り、再び口を開く。
「いいじゃないか皆、カッコイイぜ!!」
「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地練習を行うのでしょうか!?」
「あ、あれ飯田だったんだ。カッコイイ〜」
鎧のようなコスチュームに身を包んだ青年…飯田天哉が、オールマイトに水を差し、そこに更に黒井が茶々を入れる。
「いいや!もう二歩先に踏み込む!屋内での
「敵退治は主に屋外で見られるが、統計で見れば屋内の方が凶悪敵出現率は高いんだ」
「監禁・軟禁・裏商売…このヒーロー飽和社会、真に賢しい敵は
「君たちにはこれから「敵組」と「ヒーロー組」に分かれて、二対二の屋内戦を行ってもらう!!」
「基礎訓練もなしに?」
オールマイトが今日行う授業をそう解説すれば、解説を傾聴していた生徒のひとり、蛙のような少女…蛙水が首を傾げて問う。
「その基礎を知るための実践さ!ただし、今度はブッ壊せばオーケーなロボじゃないのがミソだ」
そう語り終えると同時に、生徒達が一斉に喋りだした。
「勝敗のシステムは──」「ブッ飛ばしてもいいんスか」「また相澤先生みたいな除籍とか──」「別れるとはどのような別れ方を───」「このマント──」「ひかるにも見せたいなぁ、この戦闘服」
「んんん〜聖徳太子ィィ!!」
唸るように声を上げて、とりあえず勝敗のシステムや別れ方など授業に関する質問を取り上げることにし、カンペを読み始める。
「いいかい!?状況設定は───!!」
この訓練では最初、「敵」がアジトに「核兵器」が隠し、それを守る「敵」と、処理しようとする「ヒーロー」に分かれる。
制限時間以内に、「ヒーロー」は「核兵器」及び「敵」を捕縛・回収。「敵」は「核兵器」を守るか、「ヒーロー」を捕縛することが、勝利の条件となっている。
単純で、実にアメリカンな設定だ。
「コンビ及び対戦相手はくじだ!」
オールマイトが懐から小箱を取りだし、順番にくじを引いていく。
「あ、りこてゃ、同じチームみたい!よろしくね!」
「黒井くん、よろしく」
くじの結果、黒井が引いたアルファベットはK…幸いなことに、闇川と同じチームである。
「続いて対戦相手は……」
くじ引きの結果を元にし、進行は滞りなく進んでいく。
初回の対戦相手は──
「───緑谷・麗日ペア!VS爆豪・飯田ペア!」
これまた運命を感じるような、因縁の対決である。
◇
「ヒーローチームWIN!!」
「……」
戦闘訓練初戦、緑谷・麗日ペアVS爆豪・飯田ペア。
その結果は、勝利したが満身創痍の状態のヒーローチームと、敗北したが殆ど無傷の敵チーム。
そんなあべこべな様相が、画面の向こうでは広がっていた。
「…緑谷、大丈夫かな?」
「もじゃもじゃくん、痛そうだったね。あんまり大丈夫じゃないかも、、、」
緑谷の腕は完全に変色しきっており、見ているだけでこちらまで辛くなってくるほど痛々しい。
「えー、それでは、次の対戦相手──」
「りこてゃ、俺ちょっと緑谷見てくる!」
「わかった。、、、気をつけてね、行ってらっしゃい」
「あ、黒井少年!!?」
オールマイトの静止も無視して、黒井は廊下に飛び出す。
少し走れば、そこには小型搬送用ロボに担架で運ばれていた緑谷が見えてくる。
「あれ、黒井くん……?」
「緑谷、大丈夫!?凄い痛そうだったけど…!!」
「だ、大丈夫…じゃないけど、今はアドレナリンどばどばで、思ってるほど痛くは…」
そう言いながらも、緑谷は腕を押えて「いてて…」と苦しそうな顔をする。
「よし、俺のブラックホールで痛みを吸えないか、やってみる!」
「え、黒井くんの個性、そんなものまで吸えるの…?」
「わかんない!でも、多分やれるはず!」
むむむ、と力み、ブラックホールを発生させれば、緑谷の腕が僅かに吸引され、同時に緑谷の表情が少し和らぐ。
「ありがとう、黒井くん。ちょっと楽になったよ…」
「良かった…とりあえず、保健室までこのままついてくから!」
「え、いいよ、そんな!?それに、黒井くん──」
「いいから安静に!!」
抵抗する緑谷を余所に、黒井はブラックホールの展開に集中する。
ただでさえ、特定の物だけを吸うというのは少し面倒なのだ。
痛みなんて概念的というか、身体機能的なものだけを吸い込むのは、それなりに疲れるし、集中力を要する。
そのまましばらく痛みを吸い取っていれば、気づいた頃には保健室が目の前まで迫っていた。
「あ、保健室だ!良かったね緑谷!これで治してもらえるよ!」
「う、うん、ありがとう黒井くん」
「痛みは吸ったけど、別に傷を治したわけじゃないから気をつけてね。それじゃ、俺戻るから」
「が、頑張ってね!」
緑谷を無事送り届けて、黒井は急ぎ足でグラウンドβへと向かう。
想定よりも保健室が遠く、少し時間がかかってしまった。もしかすれば、既に自分の番が来ているかもしれない。
急いで走り、自動ドアが開くと同時に外へと飛び出す。
「───お、良いところに来たな、黒井少年!!ちょうど、今から君たちの対戦相手を選ぶところだ!!」
息を切らしながら戻ってきた黒井を見て、オールマイトはサムズアップを向けて喋りかけてくる。
「俺たちの対戦相手って、まだ決まってなかったんですか?」
「いやぁ、今年は合格者の規定数が増えてるってことを完全に失念していてね。一通り終わったあとに、まだ元気そうな子達にやってもらおうと思っていたんだよ」
誰か、やりたい人はいるかとオールマイトが声をかけると、2人、手を上げる者がいた。
「今度は完全にブッ飛ばす」
「さっきはすぐ終わっちまったからな」
―――爆豪勝己、そして轟焦凍。
A組において、黒井を除けばトップ2と称されるに相応しいふたりが、対峙していた。
「オーケー!!それじゃあ黒井少年と闇川少女ペアが敵チーム、爆豪少年と轟少年がヒーローチーム!!さぁ、戦闘訓練、スタートだ!!」
◇
廃ビルのような建造物の最高階にて、黒井は核兵器を設置し、1階に隠れた闇川と通信して作戦会議を行っていた。
「それじゃあ、りこてゃが入口近くで待機して、爆豪達がきたところを爆撃。俺がブラックホールで核兵器を守りつつ、できるかぎり時間を稼ぐ……って感じの戦法でいい?」
「うん、いいと思う。わたしの"能力”はあんまり守るとかに向いてないし、機動力とか、精密性って観点だとあの爆発頭くんの下位互換だから、、、その分火力なら負けてないから、1発当てられたらかなり大きいと思う」
自爆にブラックホールと、どちらも"能力”が範囲殲滅に特化している以上、まだ小回りや機転が利く黒井が防御に回り、細かい制御が難しい闇川がヒーロー達と相対。可能なら捕縛・撃破を狙う布陣。
正直、女の子に先陣を任せるのは心苦しいが、今の黒井は敵。男女平等に、使える手は使うべきだと気持ちを切替える。
「二チームとも、準備は出来たようだね。それじゃあ───屋内対人戦闘訓練、開始!!!」
オールマイトの号令と同時に、双方が共に動き出す。
「一息に凍っちまえ…!」
開始の合図と共に、建物内に轟が足を踏み出した―――瞬間、轟を中心として、凄まじい冷気が建物ごと黒井と闇川に襲い掛かる。
「"
ビル全体へと広がる氷結。しかし、それらは黒井が事前にビルの中に配置していた極小のブラックホールへと吸い込まれた。
「…やっぱりそう一筋縄じゃ行かねぇか」
「どけ半分野郎!!」
即座に対応された轟を放置し、爆豪は1人で建物内へと侵入。両手から火花を散らしながら、一気に奥へと駆け抜けようと走る。
「―――
「なっ!?」
爆豪が通路を曲がろうとしたその時、物陰に隠れていた少女、闇川が爆豪の前へと姿を現し…爆音が響く。
「ックソがァ!!」
それに対し、爆豪は脅威的な反応をもって回避。掌から放つ爆破によって、闇川の爆発に巻き込まれる前に後方へと退避した。
「すごいね、爆発頭くん。完全にキマったと思ったのに、、、」
「たりメェだァ、地雷女!!」
そう叫び、爆豪は再び突貫する。掌から小規模の爆破を起こし、推進力を利用して瞬間的に距離を詰め、大きく腕を振りかぶる。
「―――死ねェ!!!」
「あんまりそういうこと、簡単に言っちゃダメ…!!」
爆豪の掌から、大きく爆破───しかし、爆風、爆煙の中から、闇川は殆ど無傷のまま爆豪へと向かってくる。
「どォいうことだテメェ!!」
「、、、わたしに爆発はそんなに効かないよ」
【―――人物名:闇川りこ
能力:地雷
特性:自身の爆破をある程度無効化する故か、爆発(熱や光、高音)に多少の耐性を持つ。】
「ッなら―――!!」
「巻き込まれたくねぇなら退け!! 爆豪!!」
それを聞いてもなお、再び闇川の元へと走り出す爆豪の背後から、再び氷結の波が闇川に向かってくる。
「っ、轟くん、、、!!」
「驚いた、仕留めたつもりだったんだけどな」
咄嗟に後方へ飛び退くと同時に小規模ながら自らを起爆させ、迫り来る氷塊を吹き飛ばす。
「おい半分野郎! てめぇ、何邪魔してやがる!!!」
「爆豪お前、こいつと相性悪いだろ。多方、こいつはタイムアップ狙いの時間稼ぎ要員ってところだろうな。お前が足止めくらうだけ相手の思う壺だ。……さっきの氷結で方が着けば、それで良かったんだがな。
だから闇川は俺が相手する、お前は先に―――……?」
轟と爆豪がいがみ合いながらも今後の方針を固めようとする傍らで、傍でそれらを聞いていた闇川は突如俯く。
ぶつぶつと小声で何かを呟き、その顔には影を落としていた。
「―――わたしの前で堂々と他の子のとこにいく話をするなんて、、、もしかして、わたしのこと嫌いになったの?ねぇ、なんで?」
「あ”あ"!?急に喋ったと思ったら、何言ってんだテメェ!!」
「ねぇ、そうなんでしょ、、、わたしのことが嫌いになったんでしょ。あんなに激しく求めてくれたのに、あんなにわたしを追いかけてきたのに」
「んだッこいつキショく悪ィッ!」
突如豹変した闇川の姿に、爆豪が困惑を隠せずにいると、轟から再び氷壁が穿たれる。通路ごと闇川を凍らせようと杜撰な氷結を、闇川も自爆によってそれらを吹き飛ばす杜撰な対応で対峙した。
「いいから早く行け、爆豪!!」
「だから、俺に指図してんじゃねぇッ!!!!!」
瞬間、威力こそ小さいものの、凄まじい光と音を放つ爆破が起こり、同時に爆豪が宙を舞って闇川の頭上を通り抜ける。
「なんで逃げるの、、、!」
「―――お前の相手は俺だ」
その背を追いかけようとする闇川に向けて、再び氷結が広がっていく。
「邪魔しないでよ、ねぇ、なんで邪魔するの、、、!?」
「お前が敵で、俺が…ヒーローだからだ」
そして、爆炎と氷結、双方が激突する。
◇
闇川の背を乗り越え、爆豪は一人建物内を先行する。
道中には罠のひとつもなく、既に階段をあとひとつ登れば、まもなく最上階へと到達するだろう。
「出て来いブラックホール野郎!!!」
勢いよく扉を蹴破り、爆豪は核兵器が置かれているであろう部屋へと大胆不敵に侵入する。
「うわっ!?り、りこてゃ、爆豪が来ちゃったよ!?」
『ごめん、先に行かせちゃった…轟くんの相手は頑張るから、そっちはそっちでお願―――』
「死ねやクソがァッ!!!!」
爆豪に気づき、驚いた様子の黒井が、恐らく先の地雷女との通信を行っていた。しかし、爆豪はそれを意にも介さず、黒井を視認したと同時に、腕に着けた装備のピンに手をかけた。
──こいつの個性は全くもって未知数
────何かされる前にぶっ殺す
ピンを引き抜き、爆豪が抱く殺意そのもののような圧倒的規模の爆発が黒井に向けて放たれ、直撃する。
『先程注意したばかりだろう!!爆豪少年!!!』
「防がれたら関係ねぇよ、オールマイト!!!」
次第に爆煙が晴れ、爆豪は満身創痍の黒井の姿を幻視し…そして、それが幻であると知った。
「これ喰らって無傷かよッ……!!」
「あ、あぶね〜!!死ぬかと思った〜!!!!!」
爆豪の目に映るのは、僅かにコスチュームが焦げただけの黒井正義の姿…爆豪の最大火力を喰らってなお、五体満足のその姿である。
「何しやがった、テメェ…」
「俺の個性、ブラックホールって言ってさ。なんでも吸い込むことができるんだよ。だから、爆豪の爆発とか、色々。全部ブラックホールで吸った」
そう言って黒井の周りにはいくつもの黒い渦───黒井がブラックホールと呼ぶそれがあった。
「なんッだそりゃ、ブラックホールをなんだと思ってやがる…!!」
悪態をつきつつも、爆豪は戦闘態勢を整え、頭を回し、相性最悪の相手をどう無効化するか、その攻略法を考える。
───殴り合いは?見るからに喧嘩慣れしてなさそうな面だ、純粋な近接ならやれる
─────無策に突っ込んだところで、あのブラックホールの餌食になって終わりだ。
──────近接でも、遠距離でもダメ。
「――クソッ」
認められるか、認めてなるものか。
あのクソナードに負けて、真っ向からこの己が負けて、何もかもが邪魔されて―――その上で、デクですらない同じ中学出身のやつに、何も出来ずに負けることなんて認められるはずもない。
勝つ、必ず勝つ。勝たなければ、勝てなければ意味が無い。目指すは完全な勝利―――なら、打てるては全て使うべきだ。
「おいクソブラックホール野郎!!!」
「え、クソ…?え、えぇ……それもしかして俺の事?そんな風に呼ばれたの初めてかも…ひかるに教えたら笑われちゃうかな…?」
──そうだ、ひかる…多々光。
───俺と同じ中学の出身で、生意気にも雄英普通科に進学しやがったクソモブ。
────こいつはどこにいてもあのモブ野郎の話をしてやがった。
────なら……
「てめぇ、あのクソ地味陰キャのダチだろ!?あんな何の役にも立たねぇ、何の価値もねぇモブ端役とヨロシクしてたてめぇに、俺が負けるわけねぇだろうが…ッ!!?」
「─────⬛︎?」
爆豪がひかるの名前を出した、その一瞬。
黒井正義の放つ空気が、変わった。
まるで泥の中にいるような、暗くて、重くて、苦しい。
鈍い鈍い音が聞こえる。大気が震え、大地が歪み、世界が軋む音がする。先の見えぬ暗闇が、怪物という形を成して目の前にいるのではないかと、錯覚を受けるナニカがいる。
重圧、とでもいえばいいのだろうか。
瞬間的に世界を満たしたのは、恐怖とも威圧ともいい難く、けれど呼吸さえも満足に許さないほどのそれだ。
爆豪でさえ、その空気に呑まれてしまうほどに。
「今、なん⬛︎───?」
黒井の顔が見えない。
それは、別に覇気に気圧されたからとか、威圧に呑まれたからとか、そういう訳では無い。
ただただ本当に、文字通り、黒井の表情が見えないのだ。
まるで闇に覆われたかのように、黒井の顔は黒一色に染まり、周囲に滲むブラックホールが、僅かに吸引を続けている。
軋む、歪む、壊滅し破壊し崩壊し押し潰される。
世界が、空間が、空気が、大地が、爆豪が。
その場にいる全ての者が。その声を聞くすべての者が。それを見る全ての者が。
闇川も、轟も、オールマイトも、その状況を見ていた生徒たちも。
なにより爆豪には、その恐怖が驚くほど鮮明に映っていた。
「───っっっっっテメェ馬鹿そうだもんなァ!!?あの陰湿そうなモブ野郎に、どうせ好き勝手利用されてんだろ!!?」
けれど、止まらない。止まれない。
ブラックホールに吸い込まれないよう、決して広くない室内を縦横無尽に移動し続けながらも、爆豪は罵倒を辞めない。
「────まえに…おまえにひかるの、何がわかる」
「あ”ぁ"!?知らっねぇわあんな地味個性しか持ってねぇクソモブのことなんざ!!雄英に入れたのも、どうせただのまぐれだろうが!」
黒井の周囲に展開されているブラックホールが、次第に数と大きさを増してゆく。
それは恐らく、黒井自身の精神状態に左右されてのものだろう。今の黒井は、見るからに冷静さを失っていた。
それこそ、まるで大切な何かを汚されたように。
「俺は、テメェには負けねぇ!!!」
だからなんだと言うのか。
爆豪が相手からのプレッシャーに押し潰されるようなことはない。限りなく膨れ上がった自尊心、自分以外の勝者を許さないほどのプライド故に、爆豪は決して折れない。折れるべきところで、引くべきところで、恐れるべきところで、萎縮するべきところでもなお、爆豪は立ち向かってしまう。
「……もういいよ、お前」
それを聞いて、黒井の身体が僅かに歪む。
目の錯覚か、そう思って改めて見れば、その歪みは確かにそこにあり、次第に大きくなっていた。
黒井を中心として、黒いモヤのようなものが拡がっていく。
拡大していく、感染していく、蔓延していく。
黒井の顔も、身体も。爆豪でさえ、その全てが暗黒に飲み込まれて行く。
「なんッだよ、そりゃ―――!!」
―――黒井正義が、手を伸ばす。
『待て、落ち着くんだ、黒井少年……!!』
「"
オールマイトの制止の声も届くことなく、黒井が厳かに手を掲げ―――振り下ろす。 そして同時に……ビル一棟、否、グラウンドβそのものが、暗闇に呑みこまれ、瞬く内に沈んでいく。
ただ一人を除けば、一切の抵抗も許さず。足掻き、藻掻き、しかしその手は闇をかきわけることなく。
次第に、その意識ごと闇に沈んでいった。
―――お前にひかるの、何がわかる
闇に閉ざされ行く意識の中で、爆豪の脳裏には、その言葉が何度も響き渡っていた。