【私立パラの丸高校 ヒーローアカデミア編】 作: 燃える空の色
「―――黒井?」
午後の光が教室の床に長く影を落とす。授業の終わりが近づき、教室の空気がどこかそわそわと揺れている中、ひかるはふと窓の外を覗いた。
そして、視線の先。広がっていたのは、日差しをも拒むかのような濃密な闇。しかもその闇は、まるで生き物のように徐々に広がっていた。
〈ぴかるん、これちゃっとやばいかも〉
ポケットのスマホが震え、通知音が静かに響く。先日作ったばかりのトークアプリに、未来からのメッセージが届いていた。
画面をちらりと確認すれば、その内容は目の前の異常事態に直結していることが一目で分かる
「…先生、俺、ちょっと手洗い行ってきます!!」
「ウチも。へー子も来るっしょ」「もち」
「あ、おい!!」
急ぎ足で教室を飛び出し、三人は廊下を駆ける。
広い廊下に張り巡らされた窓からも、遠くに広がる闇が見える。
それが一体何なのか、現時点では想像しかできないが、見里がこうして動くということは、つまりそういうことなのだろう。
詳しいことは分からない。分からないが、多分、黒井が何かした。
黒井とは短くない付き合いだ。少なくとも、今向こうで起きている現象が、黒井によるものであろうことくらい予想が着く。
「見里、黒井に何が…!」
問いかけるひかるに、見里は少し間を置いて答えた。
「なんか〜爆豪?って子にぴかるんのこと色々言われて、マサがマジギレしちゃったっぽい」
「マサがそんなキレんの、滅多にないっしょ。よっぽど言われたんやね」
「そそ。で、このままだと雄英ごと全部飲み込んじゃうんよ」「やば〜」
「シャレになってねぇよ!」
見里が見た未来が本当ならば、黒井がああなっている原因はひかるにあるということになる。
馬鹿馬鹿しい話だが、ひかるのせいで、黒井は今、学校全体を呑み込もうとしているのだ。
それに、過去に一度、同じような光景を見たことがある。
「……前の時と同じか、それ以上ってことか」
これまでの人生において、ひかるは一度同じような状況を経験したことがある。
当時の記憶は曖昧だし、ひかるは詳細こそ知らないものの、黒井が能力を使用し、辺り全体を呑み込んでしまった。
けれど、その時は建物だけを呑み込んで、それ以上の被害はなかったはずだ。
であると言うのに、より広大な敷地を持つ雄英さえも完全に飲み込むということは、恐らく、黒井はあの時よりもさらに力を発揮している。
このままではあの時以上の被害が出るのは確実だろう。
少なくとも、ああなった黒井を止められるヒーローを、ひかるは知らない。ならば、黒井を助けられるのは、ひかるしかいないだろう。
「急がねぇと…!」
「おけまる〜」「マサがいるとこ、多分グラウンドβっしょ。なら、あともう少しで…… 」
そう話している間にも、徐々に闇に侵食された建造物が近づいてくる。
ひかるは鈍く光を発しがら、全力で足を前に動かした。
―――俺の事で怒ってるとか
――――何やってんだよ、黒井…!
◇
三人がグラウンドβに到着した時、そこではオールマイトが闇に沈んだグラウンドβを前にして立ち竦んでいた。
オールマイトが三人に気づくと、目を丸くして驚く。
「君たちは…それに、多々少年!?何故ここに!?いや、それより、ここは今危ない!早く避難して!」
「オールマイト、そういや雄英に…あーいや、そうじゃなくて!!俺の事は今どうでもいいんです。黒井と、あと闇川は……!!」
ひかる達が到着したグラウンドβに広がるのは、正しく異様な光景───黒い街。
グラウンドβそのものを取り込んだブラックホールは、未だ周囲を蝕み、拡大を続けていた。
「他の生徒たちはモニタールームで待機させてるが、黒井少年と闇川少女、そして轟少年と爆豪少年は、まだこの中に…!!」
「そんな…黒井!!」
オールマイトから伝えられた事実に、ひかるがブラックホールの中に向けて手を伸ばす。
「待て、危険だ多々少年!!ここは私に任せて…ゴハッ!」
一人ブラックホールに包まれたグラウンドβへと進もうとするひかるに、オールマイトが静止の声を投げかける。
しかし、ひかるを止めようとしたオールマイトが咳き込み、口から出た血飛沫が宙を舞う。
「そんな体じゃどの道無理でしょ。…大丈夫です、他のやつはわかんないけど―――」
ひかるの身体が燦々と煌めき、その輝きが、全てを吸い込む暗黒を照らし出し、光を纏ったひかるの手が、ブラックホールの中へと入り込む。
「―――俺なら、大丈夫なんで」
街全体を呑み込んでいた暗黒――その一部が、硝子の様に罅割れた。
「なっ!!?」
「ぴかるんやる〜」「さすぴか〜」
「…じゃあ、行ってくる」
一寸先は闇。しかし、ひかるはその闇を、黒井の闇を、照らし出す。
三人に見送られながら、ひかるは一人、暗闇の奥へと突き進んでいった。
◇◆
ぽこぽこと、まるで泡立つような音を立てながら、深海のようなその場所に、黒井は居た。
「……」
暗闇の奥底で、黒井は一人、ぼんやりした意識のまま、蹲るように座り込む。
―――何も知らないくせに
――――ひかるを知らないくせに
―――――俺とひかるを、知らないくせに
その心に浮かぶのは、誰に対してかさえ分からないような途方もない怒りと、虚無感と、物悲しさ。
そして、ほんの少しの寂しさだった。
―――俺は、どうしたんだろう。
――――ここは、どこだろう。
―――――ひかるは、どこだろう
明瞭としない意識のまま、何が起きているのかさえはっきりと分からない状況で、黒井はふと、ひかるのことを想う。
ひたすらに、ひかるを想う。
──会いたいなぁ、ひかる……
ひかるに会いたい、ひかると話したい、ひかるの声が聞きたい、ひかるに触れたい。
ただただ一心に、ひかるのことを恋しく思う。
「───ぃ、ぉい──おい!…黒井───!」
「……え…?」
気の所為、だろうか。
ひかるの声が、あったかくて、優しくて、どこか不器用な、その声が。
何者も通さない、全てを吸い込む暗黒の中でなお、ひかるの声が、響き渡る。
曇天の空を割って射し込む陽光のように、その声は、暗い闇の奥底を照らし出す。
けれどそれは、決して無理矢理なものでもなければ、黒井を傷つけるためのものではないのだろう。
あぁ、だって。
だって、この光は―――こんなにも、暖かいのだから。
「俺なんかのために、みんなに迷惑かけやがって………黒井!」
キラキラと輝く、太陽のような人が。
ひかるが、黒井に手を差し伸べて来てくれる。
黒井もまた、そんなひかるに手を伸ばして。
ひかるも、黒井の手を掴んで。
―――その手を、強く握りしめた。