【私立パラの丸高校 ヒーローアカデミア編】 作: 燃える空の色
黒井の声が、まるでノイズのように不明瞭に響く。
靄に覆われ、黒井の姿が徐々に遠のいて行く気がした。
「……祝子?」
蒙昧な靄が黒井を覆い隠す中で、ふと、ひかるは、無意識の内にその名を呟いた。
それが何故か、誰なのかは、ひかるにも分からない。
けれど、確かに。
黒井の横顔から、"誰か”の面影を見た。
「……『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』」
それを聞いて黒井は…目の前にいる黒井の形をしたナニカは、そっと優しげに微笑む。
次の瞬間、その全てが黒に。ブラックホールとは異なる「黒」に呑み込まれる。
「『⬛︎⬛︎達、絶対に許さ⬛︎⬛︎』」
「黒井正義の"個性”はただのブラックホールではなく、自らの有する空間とを繋ぐワープゲートのような性質も併せ持つ……故に、私の"個性”で僅かに相殺可能と、そう資料にありましたが……!!」
僅かな拮抗も、一瞬の末に破られた。
「想像以上!!これは私の手に終える力では無い…!死柄木弔!!」
「わかってる、このクソバグが…!!」
「脳無!」と叫ぶ死柄木の言葉と共に、死柄木と共に黒霧の傍にいた脳無が動き出す。
「『"
空間を侵蝕する「黒」に侵され、次第に崩れる身体を即座に再生し、力任せに押し出して、脳無は目に止まらぬ速さで走る。
その進行方向に、ひとつ、ふたつ―――何十もの小規模なブラックホールが出現する。
突如現れるそれらを、脳無は驚異的な反射で避け、躱し、しかし限度がある。
躱した先にも、どこにだってブラックホールは創り出され、動きが止まれば地面を侵す「黒」に呑み込まれる。
まず初めに、左腕が捻れるように呑まれた。次に、右足が引き裂かれるように呑まれ、――最後に、脇腹が抉られるように消えた。
けれど満身創痍となって尚、脳無は動き続ける。
残った片足と片腕を使って、まるで獣のように大地を蹴る。
「『⬛︎⬛︎⬛︎◾︎⬛︎⬛︎⬛︎◾︎⬛︎』」
獣の如く飛び込んでくる脳無に向けて、「黒」が指を銃のように象り、照準を合わせ、手の動きで反動を再現する。
「『―――
瞬間、脳無の眼前に出現した"極小超重力天体"が、脳無を呑み込もうと空間ごと抉りとる。
「脳無避けろ!」
「『⬛︎⬛︎⬛︎?』」
死柄木の叫びに、異常を察知した脳無が咄嗟に跳ねる。
それにより、脳無を丸ごと消し飛ばすはずだったブラックホールは、その半身を抉るだけにとどまった。
「『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』」
上へと跳ねた脳無の裂けた身体から、触手のように筋肉がうねる。骨が伸びて肉を纏い、はだけた赤を縫うようにして皮膚が覆い隠す。
瞬く間に半身を再生した脳無が空中で腕を振り上げ、「黒」へ向けて振るう。
「『お ⬛︎ しするわ』」
その拳は軌道上に現れたブラックホールを通過し、脳無の背後から、脳無本人へと直撃した。
「おいおい嘘だろ、それは黒霧の十八番だろうが。なんでもありかよ、バグ野郎め……!」
苛立ちを隠しもせずに首を掻き毟り、死柄木が言う。
「黒霧!!"アイツら”がよこした資料と違うぞ、どうなってんだ…!!」
「黒井正義の様子が先程とは違います…!どうやら、彼らも知らない何かを隠し持っていたようですね」
「それに…」と言って、黒霧の身体が僅かに揺らぐ。
瞬間、黒霧の
何処ぞより連れてこられた蝶はひらりひらりと軽やかに宙を舞い、侵蝕された空間にふと触れた。
「 」
さーっ、と音を立てるようにして。
ぱたぱたと騒がしい動きがぴたりと止まる。
真っ白だった羽は黒に染まり、端から崩れるように、この世界から消えさった。
「あの闇に触れた生物は、次第に形を喪い吸い込まれて行くようです…いえ、文字通り、生命を吸われていると言ってもいいでしょう。脳無の様子を見る限りでは、近づけば近づくほど、より早く吸われ崩れているようです」
「……けど、脳無なら乗り切れる」
あの「黒」は確かに厄介だ。
それは未だ脳無が黒井を攻略していないことからよく分かる。
しかしそれはイコールで不可能と言う訳では無い。
脳無の剛腕、豪脚が崩れるまでには相応の時間がかかっているし、ある程度なら超再生でゴリ押しが効く。
実際、脳無は黒井のすぐ目の前に到達することが出来ている。
「ただ…問題は、そこからどう攻略するかだ」
あの「黒」によって、黒井の周囲一体は侵され、既に生命が踏み込んで良い領域ではなくなっている。
ひかると黒井を除けば、あらゆる存在を死滅させる「黒」を乗り越えられるのは脳無だけ。
けれど、常に身体の一部が欠けている現状、「黒」に包まれている黒井本体に決定打を与えるのは至難の業だ。
「黒霧、お前のワープゲートであのバグ野郎を飛ばせるか?」
「…厳しいかと。今の私は、我々を蝕もうとする闇を塞き止めるので手一杯です。黒井正義の周囲は最も闇が濃い…私では力不足です」
そう言うと、死柄木は大きく舌を打ち、がりがりと腕や首を掻き毟る。
「じゃあもう"アイツら”を呼べ!元々そういう手筈だっただろうが!!」
「しかし、あの方々には救援を呼んだ生徒を追って足止めしてもらっています。今彼らを呼ぶのは……」
「いいから早く!!」
「…承知しました」
そう言うと同時に、黒霧の身体が渦を巻く。
その場に残されたのは、一人佇む死柄木のみ。
「……それじゃあ俺は、雑魚狩りでもしてようかな」
死柄木の瞳は、少し離れた先。
緑谷出久を、見つめていた。
◇
死柄木達が黒井の様子を見ているのと同様に、それより離れた場所で、緑谷達もまた、その光景を呆然と眺めていた。
「黒井くんの様子がおかしい…!けど、今がチャンスなことに変わりはない! 今のうちに相澤先生を助けて、早く助けを呼びに行こう!」
「そうね、見たところ、黒井ちゃんが少し押してるようだけど…いつまで続くかは分からないわ」
そう言って、蛙水の視線が黒井へと向く。
謎の「黒」に覆い隠されて、最早元の黒井の姿の片鱗すら伺えない。
「黒井ちゃんは勿論だけど…多々ちゃんは無事なのかしら」
「心配だけど、今は黒井くんを信じるしか…」
脳無と呼ばれていた、あの男。
調節に成功したとはいえ、OFAを発動した緑谷の拳を受けて尚無傷。それどころか、仰け反るのとすらなかったほどの圧倒的な耐久力。
そして、敵の言っていることが確かならば、オールマイト並の超パワー。
なんにせよ、今の緑谷達では太刀打ちできないほどの脅威。
今、あの化け物に対処できるのは、それこそ黒井くらいだろう。
「二人とも、急ごう」
「お、おう!」「えぇ」
三人で相澤を持ち上げ、せこせこと出口まで歩き出す。
道中の他の敵を避けるようにして、漸く階段までたどり着いたという頃。
「おいおい、逃げようなんて酷いじゃないか…!」
「っ死柄木───!?」
先程の手だらけ敵、死柄木弔が前傾姿勢のまま緑谷達の元へと駆ける。
咄嗟に緑谷がスマッシュを打とうと拳を構えた瞬間。
「―――死ねェッ!!!!」
BOMB!!と爆音が鳴り響く。
同時に、死柄木の身体が爆炎に包まれた。
「勝っちゃん!?」
「俺もいるぜ緑谷!!」
突如横から飛んできた爆豪の後ろを着いてくるようにして、切島が死柄木に向けて拳を振りかぶりながら現れる。
「チッ!!」
死柄木は爆豪の爆破をモロに喰らいながらも、その拳を軽く避ける。
そのまま咄嗟に距離を取ろうと飛び退こうとすると、その足は氷結に掴まれた。
「てめぇらがオールマイト殺しを実行する役とだけ聞いた」
「轟ちゃんまで…」
コツ、コツと甲高い足音と共に、半身を氷に包んだ青年が悠々と歩いてくる。
「くっそ!いいとこねぇー!」
「スカしてんじゃねぇぞ、イカレ野郎!!」
「お前ら如きに、オールマイトは殺れねぇよ」
形勢逆転。A組においてトップ3に入る実力を持つ轟と爆豪、戦闘向けの個性を持った切島の三人の増援に、緑谷は確かな希望を抱く。
「みんな…!」
「……どいつも、こいつも……!!」
ポリポリ、ガリガリ。死柄木が全身を掻き毟る。皮が剥がれ、肉が裂け、爪が剥がれて尚掻き毟る。
苛立ち、嫌悪、憎悪、あらゆる負の感情が、痒みとして死柄木の全身をくまなく襲う。
「…あー…難易度ハード……高難易度クエスト開始だ……」
瞳に憤怒を孕んで、その五指に憎悪を纏い、死柄木が目の前の邪魔者たちを崩壊させようと構え───
―――再び、轟音が鳴り響く。
その音がした方向、広場の方を向けば、その原因はすぐにわかった。
「黒」が、まるで触手のように形を変えて、のたうち回るように無造作に振るわれ、無数に振るわれるソレに、残っていた敵のほとんどが為す術なく吹き飛ばされたいた。
次いで、再び轟音が響く。
今度は、緑谷達のすぐ目の前で。
「っおいおい嘘だろ……?」
緑谷達、そした死柄木のすぐ側に。
脳を剥き出しにした黒肌の巨漢、『怪人』脳無の上半身が吹き飛ばされ、大地に伏していた。
◇
時刻は少し遡り、火災ゾーン。
平翔子、闇川りこ、尾白猿尾の三人は、皆がいると思われる出口へと向かっていた。
しかし、突如USJ全体を、眩い光が照らし出した。
まるで太陽が空から落ちてきたかのように輝く何かが、広場に現れたのだ。
「今の光、もしかして多々くん、、、?」
そして、闇川達にはその光に心当たりがあった。
心配そうに光源の元を見つめる闇川を見て、尾白が言う。
「向こうで何かあったのかも。急ごう!」
そう言って、尾白が闇川と平を振り返る。
それを聞いて、闇川が大きく頷く横で、平は何か思案に耽っている様子だった。
「……ごめん、りこてゃ、尾っぽくん。先行ってて貰っていい?」
突如、平が二人にそう言い放つ。
「え…?急にどうしたんだ、平さん」
「、、、わかった、尾白くん、いこう。」
突拍子もない平の言葉に尾白が疑問を呈す横で、闇川は何かを察した様子で了承し、尾白と共に広場へと走り出す。
「ありがと、りこてゃ。
……いつまで隠れてるん?」
二人の背を見送って、暫く。
平はポツリとそう呟くと、周囲の建物の影から、ふと人影が。
平のよく知る人物が現れる。
「いいのか?友達を先に行かせちゃって―――久しぶりだな、翔子」
「…クソ兄貴」
灰がかった黒い長髪を携え、胡散臭い笑みを浮かべながら、その男はゆったりとした歩みで平の前へとやってくる。
「おいおい、つれないじゃないか翔子。久しぶりの兄ちゃんとの再開なんだ、もっと喜んでくれてもいいだろ?」
「できるなら一生、顔を見せんでええよ?」
飄々とした様子の自らの兄に対し、平は極めて辛辣に言葉を吐く。
「いつの間に敵になんてなってたん?それも、雄英に襲撃しかける連中の仲間になんて」
「生憎だが、俺は別にあいつらの仲間という訳じゃない。ただ相乗りしただけさ」
まるでなんてことないように、目の前の男はそう言い放つ。
仲間でないというのなら、なんでこんな所まで来たというのか。相変わらず、この男は何を考えているか分からない。
要領を得ない兄の発言に僅かに苛立ちを覚えながら、平は冷静に質問を重ねる。
「……じゃあ、なんで来たし」
そう聞くと、常に浮かべていた薄ら笑いが消え失せ、均は真剣な面持ちで口を開く。
「忠告だ翔子。……お前たちはまだ、逃げ切れていない、逃げきれない。"アイツら”は、未だお前たちを追い続けている」
「ッ…」
兄の口から語られた言葉は、耳を傾けざるを得ないものであった。
「……なんで、兄貴がそれを知ってるん?」
「それはな翔子。俺が相乗りした連中と、"アイツら”が…」
均が何かを口にしようとしたその時。
先程強い光を発した方向から今度はその逆──全てを飲み込むような黒い闇が溢れ出る。
「おや、これは……ブラックホール君か…」
「……っぴかるん、マサ!!」
均を放置し、平は広場へと走り出す。
もしかしたら、もしかしてしまうかもしれない。最悪の未来を想像して、平の額に冷や汗が浮かぶ。
ここから広場までまだ距離がある。
今から走って向かって、一体どれだけかかることだろうか。
「未来……!!」
せめて無事でいて、と。
平は、心から願った。