――夜明け前。空はまだ深く、静寂が世界を包んでいた。
だがその静けさを破るように、訓練兵団の東方監視塔で火の手が上がった。
炎、巨人の咆哮、牙獣の咆哮、そして……人の悲鳴。
それはまるで、選ばれし者を試すかのような“審判の夜”だった。
⸻
「敵、来たか」
塔の屋根に立ち、レオンは呟く。
アニ、ライナー、ベルトルト、クリスタ、サシャ、そしてアルミンとジャンまでもが集結していた。
皆、あの“監視者”の言葉を思い返していた。
『次は、“本物”をぶつける。牙獣群、巨人群、そして“自我を持つ混合体”。――耐えられるかな?』
それはただの脅しではなかった。
この襲撃は、明確な“意思”のもとに放たれている。
「敵数、確認。牙獣六体、巨人八体、混合体一体……!」
アルミンが双眼鏡を通して状況を叫ぶ。
その表情には恐怖と困惑が入り混じっていた。
「くそ……どうやってここまで接近を許したんだ!」
「逆に言えば、意図的に『見逃されていた』ってことだろうな」
ジャンの皮肉に、誰も反論できなかった。
牙獣――元は人間だった獣。
巨人――世界の理不尽そのもの。
そして、混合体――
「……あれは……!」
サシャが口元を押さえた。
そこに立つ“混合体”の姿は、どこか人間の姿を保っていた。
一見すれば、20代の男性。
だが肌は灰白色、腕は巨人の再生構造、背中には牙獣特有の黒い脊椎露出。
そして何より――彼の目は、“理性”を持っていた。
「……喋ってる……?」
風を通して届いた声は、確かに人語だった。
『レオン=クロフォード。確認。排除対象に該当』
「……名前を、知っている……?」
「まさか……あいつ、“かつての仲間”か?」
ライナーが言葉を飲む。レオンの目がかすかに揺れた。
「……あれは、ケイン・ラドフォード」
「知ってるのか……?」
アニの問いに、レオンは短く頷いた。
「あいつは……俺と同じ、“牙獣計画”の生き残りだった。……だが、俺よりも深く、取り込まれていた。完全適合体、人工混合種第一号」
静寂の中で、ケインの声が響いた。
『選別対象に告ぐ。レオン=クロフォード、およびその周辺人物は、全て“組織の財産”である。引き渡しを要求する』
その言葉に、クリスタが一歩踏み出す。
「誰が……誰を財産って言ったのよ!」
怒気に満ちた声。だが、ケインは淡々と告げた。
『拒否、確認。排除を開始する』
咆哮が夜を裂く。
――戦闘が、始まった。
⸻
巨人が塔を包囲し、牙獣が高速で駆け回る。
その中央に、混合体ケインがいる。
「アニ、ライナー、ベルトルトは外周の牙獣を引き剥がせ! サシャとジャンは巨人の足を狙って時間を稼げ!」
レオンの指示に皆が動く。
彼自身は、中央にいるケインに向かって走った。
「久しぶりだな、レオン」
ケインが笑う。
「だが、お前は“拒絶”した。“選ばれし存在”でありながら、何もかもを否定した。――だから、死ね」
「お前に殺される理由はない。お前はもう、“自分”じゃないだろ!」
レオンの刃が唸り、ケインの腕を切り裂く。
だが、すぐに再生する。
「貴様のような不完全体に、俺が遅れを取るはずがない……!」
ケインの腕が伸び、鉄塔の骨組みをも引きちぎる。
一撃、二撃――レオンは紙一重で回避する。
「……!」
その時、アニの蹴りがケインの側頭部を直撃した。
「よそ見してる暇はないでしょ」
すかさず、レオンが背後から斬撃を叩き込む。
だが――ケインはその刃を“素手”で止めた。
「強いな、お前たち。だが無意味だ。俺はもう“人間”じゃない」
「……なら、俺は“人間”で構わない」
レオンは刃を捨て、ケインの胸に拳を叩き込む。
その拳に、過去も怒りも悔しさも、すべてを込めて――
「お前を止める、それが俺の答えだ!」
一閃――ケインの胸の核が砕けた。
混合体は叫び声と共に崩れ落ちる。
戦場が静かになった。
牙獣たちは制御を失い、巨人も活動を停止していく。
「……勝ったのか……?」
ジャンの声が虚空に溶けた。
⸻
翌日。戦いの痕跡は、またも“揉み消された”。
公式発表は「演習中の事故」。
ケインの死も、牙獣の存在も、何一つ公には残らなかった。
だが――
「君たちは、よくやってくれた」
そこに現れたのは、調査兵団副団長――エルヴィン・スミスだった。
「真実を知っている者がいる限り、闇はいつか終わる。君たちはその“希望”になり得る」
「だったら……聞きたいことがある」
レオンが前に出る。
「牙獣計画、そして“混合種”について、調査兵団は何を知ってる?」
エルヴィンは一瞬だけ目を伏せ――そして言った。
「……お前が“選ばれし者”であることは、こちらも承知している。だが、信じたい。お前が人間として抗う限り、我々はお前を信じる」
その言葉に、レオンは小さく頷いた。
「なら、俺は人間として戦う。もう二度と、同じ過ちを繰り返さないために」
⸻
そして――その夜。
一人の男が、廃屋の中で目を覚ました。
「……エレン・イェーガー、目覚めたか」
声をかけたのは、あの“監視者”だった。
「君には特別な因子がある。君なら“新たな段階”に到達できるはずだ。巨人でも、牙獣でもない、“第三の存在”に」
エレンの瞳がゆっくりと開かれる。
「……俺は……」
その言葉の先にあるものが、“次章”を決定づけていく――
第1章 完