壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第10話 選ばれし者

――夜明け前。空はまだ深く、静寂が世界を包んでいた。

 

だがその静けさを破るように、訓練兵団の東方監視塔で火の手が上がった。

炎、巨人の咆哮、牙獣の咆哮、そして……人の悲鳴。

それはまるで、選ばれし者を試すかのような“審判の夜”だった。

 

 

「敵、来たか」

 

塔の屋根に立ち、レオンは呟く。

 

アニ、ライナー、ベルトルト、クリスタ、サシャ、そしてアルミンとジャンまでもが集結していた。

皆、あの“監視者”の言葉を思い返していた。

 

『次は、“本物”をぶつける。牙獣群、巨人群、そして“自我を持つ混合体”。――耐えられるかな?』

 

それはただの脅しではなかった。

この襲撃は、明確な“意思”のもとに放たれている。

 

「敵数、確認。牙獣六体、巨人八体、混合体一体……!」

 

アルミンが双眼鏡を通して状況を叫ぶ。

その表情には恐怖と困惑が入り混じっていた。

 

「くそ……どうやってここまで接近を許したんだ!」

 

「逆に言えば、意図的に『見逃されていた』ってことだろうな」

 

ジャンの皮肉に、誰も反論できなかった。

 

牙獣――元は人間だった獣。

巨人――世界の理不尽そのもの。

そして、混合体――

 

「……あれは……!」

 

サシャが口元を押さえた。

 

そこに立つ“混合体”の姿は、どこか人間の姿を保っていた。

一見すれば、20代の男性。

だが肌は灰白色、腕は巨人の再生構造、背中には牙獣特有の黒い脊椎露出。

そして何より――彼の目は、“理性”を持っていた。

 

「……喋ってる……?」

 

風を通して届いた声は、確かに人語だった。

 

『レオン=クロフォード。確認。排除対象に該当』

 

「……名前を、知っている……?」

 

「まさか……あいつ、“かつての仲間”か?」

 

ライナーが言葉を飲む。レオンの目がかすかに揺れた。

 

「……あれは、ケイン・ラドフォード」

 

「知ってるのか……?」

 

アニの問いに、レオンは短く頷いた。

 

「あいつは……俺と同じ、“牙獣計画”の生き残りだった。……だが、俺よりも深く、取り込まれていた。完全適合体、人工混合種第一号」

 

静寂の中で、ケインの声が響いた。

 

『選別対象に告ぐ。レオン=クロフォード、およびその周辺人物は、全て“組織の財産”である。引き渡しを要求する』

 

その言葉に、クリスタが一歩踏み出す。

 

「誰が……誰を財産って言ったのよ!」

 

怒気に満ちた声。だが、ケインは淡々と告げた。

 

『拒否、確認。排除を開始する』

 

咆哮が夜を裂く。

 

――戦闘が、始まった。

 

 

巨人が塔を包囲し、牙獣が高速で駆け回る。

その中央に、混合体ケインがいる。

 

「アニ、ライナー、ベルトルトは外周の牙獣を引き剥がせ! サシャとジャンは巨人の足を狙って時間を稼げ!」

 

レオンの指示に皆が動く。

彼自身は、中央にいるケインに向かって走った。

 

「久しぶりだな、レオン」

 

ケインが笑う。

 

「だが、お前は“拒絶”した。“選ばれし存在”でありながら、何もかもを否定した。――だから、死ね」

 

「お前に殺される理由はない。お前はもう、“自分”じゃないだろ!」

 

レオンの刃が唸り、ケインの腕を切り裂く。

だが、すぐに再生する。

 

「貴様のような不完全体に、俺が遅れを取るはずがない……!」

 

ケインの腕が伸び、鉄塔の骨組みをも引きちぎる。

一撃、二撃――レオンは紙一重で回避する。

 

「……!」

 

その時、アニの蹴りがケインの側頭部を直撃した。

 

「よそ見してる暇はないでしょ」

 

すかさず、レオンが背後から斬撃を叩き込む。

 

だが――ケインはその刃を“素手”で止めた。

 

「強いな、お前たち。だが無意味だ。俺はもう“人間”じゃない」

 

「……なら、俺は“人間”で構わない」

 

レオンは刃を捨て、ケインの胸に拳を叩き込む。

 

その拳に、過去も怒りも悔しさも、すべてを込めて――

 

「お前を止める、それが俺の答えだ!」

 

一閃――ケインの胸の核が砕けた。

 

混合体は叫び声と共に崩れ落ちる。

 

戦場が静かになった。

牙獣たちは制御を失い、巨人も活動を停止していく。

 

「……勝ったのか……?」

 

ジャンの声が虚空に溶けた。

 

 

翌日。戦いの痕跡は、またも“揉み消された”。

 

公式発表は「演習中の事故」。

ケインの死も、牙獣の存在も、何一つ公には残らなかった。

 

だが――

 

「君たちは、よくやってくれた」

 

そこに現れたのは、調査兵団副団長――エルヴィン・スミスだった。

 

「真実を知っている者がいる限り、闇はいつか終わる。君たちはその“希望”になり得る」

 

「だったら……聞きたいことがある」

 

レオンが前に出る。

 

「牙獣計画、そして“混合種”について、調査兵団は何を知ってる?」

 

エルヴィンは一瞬だけ目を伏せ――そして言った。

 

「……お前が“選ばれし者”であることは、こちらも承知している。だが、信じたい。お前が人間として抗う限り、我々はお前を信じる」

 

その言葉に、レオンは小さく頷いた。

 

「なら、俺は人間として戦う。もう二度と、同じ過ちを繰り返さないために」

 

 

そして――その夜。

 

一人の男が、廃屋の中で目を覚ました。

 

「……エレン・イェーガー、目覚めたか」

 

声をかけたのは、あの“監視者”だった。

 

「君には特別な因子がある。君なら“新たな段階”に到達できるはずだ。巨人でも、牙獣でもない、“第三の存在”に」

 

エレンの瞳がゆっくりと開かれる。

 

「……俺は……」

 

その言葉の先にあるものが、“次章”を決定づけていく――

 




第1章 完
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