第1話 裂け目
空は高く、どこまでも青い。だがその青は、まるで誰かの嘲笑のように冷たく澄んでいた。
トロスト区近郊、調査兵団本部の地下室。
レオン・クロフォード、アニ・レオンハート、クリスタ・レンズ、ライナー・ブラウン、ベルトルト・フーバーの5人は、エルヴィン・スミス副団長の前に整列していた。
「――君たちの報告によれば、牙獣の出現は偶発的ではなかった。これは計画的な実験の結果だというのか?」
エルヴィンの問いに、レオンは静かに頷いた。
「はい。奴らは人間をベースに“兵器”を作っていた。……俺自身が、その実験の産物かもしれません」
アニがわずかに顔をしかめ、クリスタは苦しげに目を伏せる。
「ただ……牙獣だけじゃない。奴らは、もっと“別の存在”にも手を伸ばしてる」
「“巨人”の力、か」
エルヴィンが短く言った。
その瞬間、空気が張り詰めた。
わずかに、ライナーの呼吸が乱れ、ベルトルトの喉仏が上下するのをレオンは見逃さなかった。
(……なんだ、この反応。今の言葉に……何かが引っかかった)
言葉にするには曖昧すぎる直感だったが、レオンの胸に小さな棘として残った。
エルヴィンは言葉を続ける。
「君たちは牙獣の痕跡をたどる調査任務に選抜される。ただし――これは極秘任務だ。正式な記録には残さない」
「了解しました」
レオンは即答した。
その答えに、エルヴィンは少しだけ微笑んだ。
⸻
その夜、訓練兵団の寮の屋根にて。
アニがレオンの隣で静かに座っていた。
「……あんた、最近あたしたちを妙な目で見てない?」
「……気のせいだよ」
「ウソつけ。目が鋭すぎる。何を疑ってるの?」
アニはレオンを睨んだ。
「……お前ら、時々おかしいんだよ」
レオンは口を開いた。
「怪我してたはずのライナーが一瞬で回復してたり、ベルトルトの力加減が人間離れしてたり……」
「……」
アニは何も言わず、ただ風を受けて髪をなびかせた。
「でも、聞かないよ。俺の勘違いかもしれないしな。ただ……“もし”って時は、俺を殺してでも止めてくれ」
アニの目がわずかに揺れた。
「馬鹿ね……死ぬこと前提で考えるなよ」
「……それしか、俺には言えなかった」
二人はそれ以上何も言わなかった。ただ、沈黙の中で何かが確かに交わされていた。
⸻
翌日、東の森へ向かう調査隊が出発した。
レオンたち五人のほかに、選抜された104期の仲間――アルミン、サシャ、コニー、ミーナなどが随行していた。
霧のかかった森は、まるで人を拒絶するかのように重い空気を漂わせていた。
「何か変だよ……空気が、澱んでる」
クリスタがそうつぶやいた直後だった。
「足跡がある。人間の、それも裸足の跡が……しかもこの形、異常だ」
アルミンが地面を見て顔を青ざめさせる。
「これ……巨人化直前の足跡かも」
「エレン……?」
レオンがそうつぶやいた直後――霧の奥から、“人影”が現れた。
「来たんだな、レオン」
低く、どこか乾いた声。
現れたのは――エレン・イェーガーだった。
そしてその隣には、黒装束に身を包んだミカサ・アッカーマンがいた。
「エレン……! どこに行ってたんだ!」
アルミンが叫ぶ。しかし、エレンは微動だにしなかった。
「なぁ、レオン……俺たち、ずっと檻の中で吠えてたんだよな。何の疑問も持たずに、“巨人を倒す”ことが正義だって信じてさ」
「何を言ってる……」
「全部ウソだったんだよ! 壁の中の平和も、王政も、調査兵団でさえ……結局は誰かの道具にされてたんだ!」
その言葉に、隊の全員が息を呑んだ。
ミカサが一歩、前に出る。
「……これ以上、エレンの邪魔をしないで」
「ミカサ……お前もそっち側なのか?」
アルミンが震える声で問うた。
「私はエレンを守る。彼が何を選んでも、それが正しいと思うから」
「お前たちは……牙獣に取り込まれたのか?」
「違う!」
エレンが叫んだ。
「俺は牙獣なんかじゃない! あいつらは“力”を与えた。でもそれをどう使うかは、俺自身が決める!」
レオンは静かに問うた。
「……じゃあ、お前は何のために戦う?」
しばしの沈黙。
「……自由のためだよ、レオン。俺たちは生まれた時から、何も選ばせてもらえなかった。だけど……今だけは、俺が決める」
そう言ったエレンの目には、憎悪も、悲しみも混ざっていた。
「ミカサ、行くぞ」
エレンとミカサは霧の奥へと消えていった。
⸻
その夜、森の野営地。
焚き火の明かりの中、レオンは一人、剣を研いでいた。
「どうするつもりなの?」
アニが声をかけてきた。
「……エレンは、自分の信じた道を選んだ。それが間違ってるか正しいかなんて、俺にはわからない」
「でも?」
「でも――仲間を殺すって言うなら、止める」
「ふぅん……あんたらしいわ」
アニは火を見つめながら言った。
「ねぇ、レオン。もし“私たち”が、あんたの敵になったら……あんたは、どうする?」
レオンは少しだけ、視線を動かした。
「……俺は、お前たちを信じたい。でも、信じるってのは簡単じゃない。だから、確かめるよ。お前たちが何者であっても……心が同じなら、俺は剣を向けない」
アニの瞳が揺れる。
「……馬鹿ね。そんな危うい言葉で済む話じゃないのに」
「そうかもな。でも、それしか言えないんだよ、今の俺には」
火が弾ける音だけが、夜に響いた。