壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第2章 壁の内と外
第1話 裂け目


空は高く、どこまでも青い。だがその青は、まるで誰かの嘲笑のように冷たく澄んでいた。

 

トロスト区近郊、調査兵団本部の地下室。

レオン・クロフォード、アニ・レオンハート、クリスタ・レンズ、ライナー・ブラウン、ベルトルト・フーバーの5人は、エルヴィン・スミス副団長の前に整列していた。

 

「――君たちの報告によれば、牙獣の出現は偶発的ではなかった。これは計画的な実験の結果だというのか?」

 

エルヴィンの問いに、レオンは静かに頷いた。

 

「はい。奴らは人間をベースに“兵器”を作っていた。……俺自身が、その実験の産物かもしれません」

 

アニがわずかに顔をしかめ、クリスタは苦しげに目を伏せる。

 

「ただ……牙獣だけじゃない。奴らは、もっと“別の存在”にも手を伸ばしてる」

 

「“巨人”の力、か」

 

エルヴィンが短く言った。

 

その瞬間、空気が張り詰めた。

わずかに、ライナーの呼吸が乱れ、ベルトルトの喉仏が上下するのをレオンは見逃さなかった。

 

(……なんだ、この反応。今の言葉に……何かが引っかかった)

 

言葉にするには曖昧すぎる直感だったが、レオンの胸に小さな棘として残った。

 

エルヴィンは言葉を続ける。

 

「君たちは牙獣の痕跡をたどる調査任務に選抜される。ただし――これは極秘任務だ。正式な記録には残さない」

 

「了解しました」

 

レオンは即答した。

 

その答えに、エルヴィンは少しだけ微笑んだ。

 

 

その夜、訓練兵団の寮の屋根にて。

アニがレオンの隣で静かに座っていた。

 

「……あんた、最近あたしたちを妙な目で見てない?」

 

「……気のせいだよ」

 

「ウソつけ。目が鋭すぎる。何を疑ってるの?」

 

アニはレオンを睨んだ。

 

「……お前ら、時々おかしいんだよ」

 

レオンは口を開いた。

 

「怪我してたはずのライナーが一瞬で回復してたり、ベルトルトの力加減が人間離れしてたり……」

 

「……」

 

アニは何も言わず、ただ風を受けて髪をなびかせた。

 

「でも、聞かないよ。俺の勘違いかもしれないしな。ただ……“もし”って時は、俺を殺してでも止めてくれ」

 

アニの目がわずかに揺れた。

 

「馬鹿ね……死ぬこと前提で考えるなよ」

 

「……それしか、俺には言えなかった」

 

二人はそれ以上何も言わなかった。ただ、沈黙の中で何かが確かに交わされていた。

 

 

翌日、東の森へ向かう調査隊が出発した。

 

レオンたち五人のほかに、選抜された104期の仲間――アルミン、サシャ、コニー、ミーナなどが随行していた。

 

霧のかかった森は、まるで人を拒絶するかのように重い空気を漂わせていた。

 

「何か変だよ……空気が、澱んでる」

 

クリスタがそうつぶやいた直後だった。

 

「足跡がある。人間の、それも裸足の跡が……しかもこの形、異常だ」

 

アルミンが地面を見て顔を青ざめさせる。

 

「これ……巨人化直前の足跡かも」

 

「エレン……?」

 

レオンがそうつぶやいた直後――霧の奥から、“人影”が現れた。

 

「来たんだな、レオン」

 

低く、どこか乾いた声。

 

現れたのは――エレン・イェーガーだった。

そしてその隣には、黒装束に身を包んだミカサ・アッカーマンがいた。

 

「エレン……! どこに行ってたんだ!」

 

アルミンが叫ぶ。しかし、エレンは微動だにしなかった。

 

「なぁ、レオン……俺たち、ずっと檻の中で吠えてたんだよな。何の疑問も持たずに、“巨人を倒す”ことが正義だって信じてさ」

 

「何を言ってる……」

 

「全部ウソだったんだよ! 壁の中の平和も、王政も、調査兵団でさえ……結局は誰かの道具にされてたんだ!」

 

その言葉に、隊の全員が息を呑んだ。

 

ミカサが一歩、前に出る。

 

「……これ以上、エレンの邪魔をしないで」

 

「ミカサ……お前もそっち側なのか?」

 

アルミンが震える声で問うた。

 

「私はエレンを守る。彼が何を選んでも、それが正しいと思うから」

 

「お前たちは……牙獣に取り込まれたのか?」

 

「違う!」

 

エレンが叫んだ。

 

「俺は牙獣なんかじゃない! あいつらは“力”を与えた。でもそれをどう使うかは、俺自身が決める!」

 

レオンは静かに問うた。

 

「……じゃあ、お前は何のために戦う?」

 

しばしの沈黙。

 

「……自由のためだよ、レオン。俺たちは生まれた時から、何も選ばせてもらえなかった。だけど……今だけは、俺が決める」

 

そう言ったエレンの目には、憎悪も、悲しみも混ざっていた。

 

「ミカサ、行くぞ」

 

エレンとミカサは霧の奥へと消えていった。

 

 

その夜、森の野営地。

 

焚き火の明かりの中、レオンは一人、剣を研いでいた。

 

「どうするつもりなの?」

 

アニが声をかけてきた。

 

「……エレンは、自分の信じた道を選んだ。それが間違ってるか正しいかなんて、俺にはわからない」

 

「でも?」

 

「でも――仲間を殺すって言うなら、止める」

 

「ふぅん……あんたらしいわ」

 

アニは火を見つめながら言った。

 

「ねぇ、レオン。もし“私たち”が、あんたの敵になったら……あんたは、どうする?」

 

レオンは少しだけ、視線を動かした。

 

「……俺は、お前たちを信じたい。でも、信じるってのは簡単じゃない。だから、確かめるよ。お前たちが何者であっても……心が同じなら、俺は剣を向けない」

 

アニの瞳が揺れる。

 

「……馬鹿ね。そんな危うい言葉で済む話じゃないのに」

 

「そうかもな。でも、それしか言えないんだよ、今の俺には」

 

火が弾ける音だけが、夜に響いた。

 

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