森の夜は冷たく、闇は深い。
月の光さえも、濃い霧に遮られ、焚き火の明かりだけが人の存在を証明していた。
レオンは火のそばで小枝を削りながら、クリスタの背中に視線を向けた。
その向こうでは、ユミルが腕を枕に眠っている――はずだった。
(寝てる……いや、違う。息が浅い。……起きてる)
レオンの目にはわずかな違和感が引っかかっていた。
だが彼はそれを追及しようとはしなかった。
それよりも今、彼の頭に引っかかっているのは、今日エレンと対峙した時のあの感覚だ。
何かが“繋がってしまった”ような気がする。
(俺たちは敵じゃない、そう言った。でもあいつの目は、戦いを覚悟してた。あれは――牙だ。逃れられない闘争心)
「レオン、眠れないの?」
声をかけてきたのはクリスタだった。
「……いや、少し考え事をしてただけだよ」
クリスタは隣に腰を下ろし、小さく笑った。
「レオンってさ……いつも周りを気にしてるよね。自分のことより、他人の動きとか、空気の流れとか」
「……そうしないと死ぬからな。俺の戦い方って、周りを活かすタイプだから」
「でも、誰かに頼ることも大事だよ?」
レオンは笑みを返した。
「それは、誰かを本当に信じられた時だけだ」
「……そっか」
クリスタの瞳がわずかに揺れた。
「ねぇ、レオン。ユミルのこと、どう思う?」
突然の問いだった。
「どうって……あいつは、自由すぎて読めない。でも、ああ見えて仲間思いだよ。お前のこと、すごく大事にしてる」
「……うん。私も、そう思う」
クリスタの声が少しだけ震えていた。
(……何か、あるのか?)
レオンは思わず問いかけそうになったが、言葉を飲み込んだ。
⸻
翌朝、東の森の奥へ進行中――
前方を進む斥候班から、急報が飛び込んだ。
「煙弾だ! 赤色……大型個体の接近!」
「全員、戦闘態勢! 前方に巨人が出現した!」
駆け足で進んだ先、森の開けた場所には――異形の巨人がいた。
牙獣ではない。明確に“知性”を持つ巨人――身の丈およそ12メートル。異様に伸びた腕と、歪んだ顎。
「知性巨人!? なんでこんな場所に……」
アルミンが叫ぶが、すでに巨人はこちらへ突進してきていた。
「クリスタ、下がって!」
ユミルが叫び、彼女を庇うように前に出る。
その動きには、常人離れした反応速度があった。
レオンの目が鋭くなる。
(今の動き……普通じゃない。あの速度、あの距離感……訓練兵レベルじゃない)
ライナーとベルトルトも同時に動き出し、左右から挟み撃ちにしようとするが――
「レオン、こっちを!」
アニの声。彼女は立体機動装置を巧みに操り、巨人の目の前を横切って注意を引いた。
(よし……ここで動きを封じる!)
レオンは跳躍し、巨人のうなじへと急降下――
だが、巨人は突然、後方へと跳ねた。人間らしからぬ判断力と敏捷性。
そして逃走。
「……あいつ、知性があるのか?」
アニが低く言う。
「いや、知性というより……訓練された動きに近い」
レオンは悔しげに唇をかんだ。
(エレンも巨人化できる。あの巨人も、同じ“人間”なのか?)
ふと視線を戻すと――ユミルの姿がない。
「……クリスタ、ユミルは?」
クリスタは何かを言いかけて、唇を閉じた。
「……あっちに……行ったよ、巨人の進行方向」
「一人でか?」
「……ええ」
レオンの目が細くなる。
(ユミル……お前は何者だ?)
⸻
その頃、森の奥。
ユミルは誰にも見られぬ場所で、木に背を預けて座っていた。
「……っつーの、危なかった。あそこで私が変身してたら、間違いなくバレてたな」
誰も聞いていないはずの空間に、ぽつりと呟く。
「でも、クリスタにはもう気づかれてるよな……あの子、優しすぎるくせに、目が鋭いんだよ」
手のひらを見つめながら、ユミルは微笑した。
「それでも、あの子が“何も言わない”って選んでるなら……私はそれに甘える」
⸻
その夜。焚き火の周り。
クリスタがそっとレオンの隣に座った。
「ねぇ……レオン」
「ん?」
「人って、秘密を抱えてても……許されると思う?」
唐突な問いだったが、レオンはすぐに答えた。
「何を守るための秘密か、による。自分のためだけなら、いつか裏切りになる。でも誰かのためなら……それも戦いだ」
クリスタは微笑み、うつむいた。
「……ありがとう。やっぱり、レオンは優しい」
(……レオンはきっと、気づき始めてる。ユミルのことも、ライナーたちのことも)
(だけど、今は誰も責める気はない――だって、それでも“仲間”だから)
クリスタはそう思いながら、焚き火の揺れる炎を見つめ続けた。