早朝の風は冷たく、森の奥深くまで霧が残っていた。
第104期訓練兵たちは、前夜の牙獣との戦闘を経て疲労を抱えたまま、次の目的地である「北の廃村」へ向けて馬を進めていた。
「……みんな、生きてるか?」
前列の中央で馬を駆るレオンが呟くように言った。
背後から、アルミンが小声で答える。
「うん、何とか。だけど、みんな動揺してる。昨日の“あれ”は……本当に恐ろしかった」
「牙獣。……普通の巨人じゃない。“人間”が作り出した何か、そう感じた」
「それって……」
アルミンが言い淀んだ瞬間、レオンの目が鋭くなる。
「本能的に、感じた。“狩られる側”としての恐怖を、奴は与えてくる」
その会話を後方から聞いていたサシャが、馬上から叫ぶ。
「ひいぃ……レオンさん、怖がらせないでくださいよぉ。あんな怪物、もう見たくないです!」
「でも……戦わなきゃ、また出てくる」
クリスタのか細い声が、冷たい風にかき消されそうになる。
ユミルは無言で隣を並走していた。彼女の視線はレオンを横目で追っている。
⸻
廃村に到着したのは、日が高く昇り始めた昼近くのことだった。
「ここは……昔、開拓地だった村だな」
ライナーが地図を見ながら確認する。
建物の半分以上は崩れ、井戸も干からびている。かつての生活の痕跡だけが残っていた。
「警戒を怠るな。牙獣は巨人のように目立つ存在じゃない。何かが潜んでいるかもしれん」
エルドの指示で、訓練兵たちは手分けして廃村内の探索にあたった。
レオンはアニ、ベルトルトと共に、中央の広場から井戸の周辺を調べることになった。
「……どうも、変だ」
アニが足を止める。
「足跡、あるね。でも人間のものじゃない。踏み方が……異常」
「追跡された可能性は高いな。しかも、俺たちがこの場所に来ることを知ってたみたいに……」
ベルトルトが苦しげに呟いた。
(ベルトルト。やはり何か知っているな)
レオンは心の中で呟きながらも、表には出さない。
――突如、広場中央で轟音。
「来たぞォォォ!!」
煙とともに、地中から牙獣が現れる。
前回よりもさらに大きく、腕の爪が刃のように変形している。
「ちぃっ……退け!」
レオンが叫び、立体機動を起動する。アニとベルトルトも同時にワイヤーを打ち込む。
牙獣は回避行動を取りながら、周囲の建物を破壊して逃げ道を封じてくる。
「囲まれる前に、片をつける!」
レオンは牙獣の背後を取ろうと動く。しかし、牙獣の反応は人間並み、いやそれ以上に素早い。
「まるで、考えてるみたいだ……!」
その時、アニが牙獣の右側に回り込む。
「レオン、合図!」
「了解!」
アニの蹴りが牙獣の側頭部を弾き、レオンが背中から斬撃を加える――
だが、牙獣はうなじに“核”を持たない。
「効いてない……!」
「後ろからくるッ!」
ユミルの声が響く。レオンの背後からもう一体の牙獣が飛び出してくる――
「くそッ!」
ギリギリでワイヤーを使って離脱したレオンの背後で、ユミルが動いた。
(あの動き……人間離れしてる。……まさか、いや、でも……!)
アニとレオン、ユミルの連携で2体目の牙獣を追い詰める。
ベルトルトは支援に徹し、決して前線に立とうとしない。
「逃げるぞ……!」
牙獣は、村の北側の瓦礫の下に開いた地下通路へと逃走していった。
「追うか?」
ライナーが問うが、エルドは首を振る。
「いいや。あの通路の先は未踏区域だ。全滅する危険がある。今は退く」
戦闘は終わった。だが、訓練兵たちの間には、拭えない不安と疑念が残った。
その夜、レオンはクリスタと小屋の中で話していた。
「ユミル、さっきの戦い……すごく早かった」
「ええ……」
クリスタは目を伏せたまま頷いた。
「本当は……知ってるんでしょ?」
「……うん。でも言えない。言いたくない。ユミルを信じてるから」
レオンは少しの間黙っていたが、やがて頷いた。
「俺も、今はまだ疑うつもりはない。だけど――俺は真実を探す。牙獣も、巨人も。全部含めて」
「……ありがとう、レオン。あなたになら……話せる日がくるかもしれないって、思えるから」
翌朝、村を出発する直前。
レオンはアニと二人きりで屋根の上に座っていた。
「昨日の戦い、お前……容赦なかったな」
「生き残るためには仕方ない」
「……お前、本気を出す時と出さない時の差が激しいよな。何か、隠してるだろ?」
アニはレオンを一瞥し、口の端を少しだけ上げた。
「……勘が良すぎるのが、あんたの欠点だよ」
「そうか。じゃあ俺は……“疑う”じゃなくて、“信じる”ほうで行く。今はな」
アニは一瞬だけ表情を崩し、ふっと目を細める。
「信じられるうちに、そうしておきなよ」
村を出て、再び馬での行軍が始まる。
前方に広がる森。その向こうに、煙が上がっていた。
「誰かが先に、あの村に……?」
エルドが双眼鏡を覗き込む。
「調査兵団じゃない。制服が違う……」
その時、アルミンが呟いた。
「もしかして……ウォール・ローゼ南から来た、エレンの部隊?」
「まさか、もうここまで来てるのか……!」
空気が一変した。
巨人、牙獣、そして――エレンの影。
すべてが交差し始める。