壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第3話 爪痕(そうこん)

早朝の風は冷たく、森の奥深くまで霧が残っていた。

第104期訓練兵たちは、前夜の牙獣との戦闘を経て疲労を抱えたまま、次の目的地である「北の廃村」へ向けて馬を進めていた。

 

「……みんな、生きてるか?」

 

前列の中央で馬を駆るレオンが呟くように言った。

 

背後から、アルミンが小声で答える。

 

「うん、何とか。だけど、みんな動揺してる。昨日の“あれ”は……本当に恐ろしかった」

 

「牙獣。……普通の巨人じゃない。“人間”が作り出した何か、そう感じた」

 

「それって……」

 

アルミンが言い淀んだ瞬間、レオンの目が鋭くなる。

 

「本能的に、感じた。“狩られる側”としての恐怖を、奴は与えてくる」

 

その会話を後方から聞いていたサシャが、馬上から叫ぶ。

 

「ひいぃ……レオンさん、怖がらせないでくださいよぉ。あんな怪物、もう見たくないです!」

 

「でも……戦わなきゃ、また出てくる」

 

クリスタのか細い声が、冷たい風にかき消されそうになる。

 

ユミルは無言で隣を並走していた。彼女の視線はレオンを横目で追っている。

 

 

 

廃村に到着したのは、日が高く昇り始めた昼近くのことだった。

 

「ここは……昔、開拓地だった村だな」

 

ライナーが地図を見ながら確認する。

 

建物の半分以上は崩れ、井戸も干からびている。かつての生活の痕跡だけが残っていた。

 

「警戒を怠るな。牙獣は巨人のように目立つ存在じゃない。何かが潜んでいるかもしれん」

 

エルドの指示で、訓練兵たちは手分けして廃村内の探索にあたった。

 

レオンはアニ、ベルトルトと共に、中央の広場から井戸の周辺を調べることになった。

 

「……どうも、変だ」

 

アニが足を止める。

 

「足跡、あるね。でも人間のものじゃない。踏み方が……異常」

 

「追跡された可能性は高いな。しかも、俺たちがこの場所に来ることを知ってたみたいに……」

 

ベルトルトが苦しげに呟いた。

 

(ベルトルト。やはり何か知っているな)

 

レオンは心の中で呟きながらも、表には出さない。

 

 

――突如、広場中央で轟音。

 

「来たぞォォォ!!」

 

煙とともに、地中から牙獣が現れる。

前回よりもさらに大きく、腕の爪が刃のように変形している。

 

「ちぃっ……退け!」

 

レオンが叫び、立体機動を起動する。アニとベルトルトも同時にワイヤーを打ち込む。

 

牙獣は回避行動を取りながら、周囲の建物を破壊して逃げ道を封じてくる。

 

「囲まれる前に、片をつける!」

 

レオンは牙獣の背後を取ろうと動く。しかし、牙獣の反応は人間並み、いやそれ以上に素早い。

 

「まるで、考えてるみたいだ……!」

 

その時、アニが牙獣の右側に回り込む。

 

「レオン、合図!」

 

「了解!」

 

アニの蹴りが牙獣の側頭部を弾き、レオンが背中から斬撃を加える――

 

だが、牙獣はうなじに“核”を持たない。

 

「効いてない……!」

 

「後ろからくるッ!」

 

ユミルの声が響く。レオンの背後からもう一体の牙獣が飛び出してくる――

 

「くそッ!」

 

ギリギリでワイヤーを使って離脱したレオンの背後で、ユミルが動いた。

 

(あの動き……人間離れしてる。……まさか、いや、でも……!)

 

 

 

アニとレオン、ユミルの連携で2体目の牙獣を追い詰める。

ベルトルトは支援に徹し、決して前線に立とうとしない。

 

「逃げるぞ……!」

 

牙獣は、村の北側の瓦礫の下に開いた地下通路へと逃走していった。

 

「追うか?」

 

ライナーが問うが、エルドは首を振る。

 

「いいや。あの通路の先は未踏区域だ。全滅する危険がある。今は退く」

 

戦闘は終わった。だが、訓練兵たちの間には、拭えない不安と疑念が残った。

 

 

その夜、レオンはクリスタと小屋の中で話していた。

 

「ユミル、さっきの戦い……すごく早かった」

 

「ええ……」

 

クリスタは目を伏せたまま頷いた。

 

「本当は……知ってるんでしょ?」

 

「……うん。でも言えない。言いたくない。ユミルを信じてるから」

 

レオンは少しの間黙っていたが、やがて頷いた。

 

「俺も、今はまだ疑うつもりはない。だけど――俺は真実を探す。牙獣も、巨人も。全部含めて」

 

「……ありがとう、レオン。あなたになら……話せる日がくるかもしれないって、思えるから」

 

 

翌朝、村を出発する直前。

レオンはアニと二人きりで屋根の上に座っていた。

 

「昨日の戦い、お前……容赦なかったな」

 

「生き残るためには仕方ない」

 

「……お前、本気を出す時と出さない時の差が激しいよな。何か、隠してるだろ?」

 

アニはレオンを一瞥し、口の端を少しだけ上げた。

 

「……勘が良すぎるのが、あんたの欠点だよ」

 

「そうか。じゃあ俺は……“疑う”じゃなくて、“信じる”ほうで行く。今はな」

 

アニは一瞬だけ表情を崩し、ふっと目を細める。

 

「信じられるうちに、そうしておきなよ」

 

 

 

村を出て、再び馬での行軍が始まる。

前方に広がる森。その向こうに、煙が上がっていた。

 

「誰かが先に、あの村に……?」

 

エルドが双眼鏡を覗き込む。

 

「調査兵団じゃない。制服が違う……」

 

その時、アルミンが呟いた。

 

「もしかして……ウォール・ローゼ南から来た、エレンの部隊?」

 

「まさか、もうここまで来てるのか……!」

 

空気が一変した。

巨人、牙獣、そして――エレンの影。

 

すべてが交差し始める。

 

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